指先で描く恋模様

三神 凜緒

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休日の授業♪ その4 (東谷視点)

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休みの日は普段、俺はずっと自主練に励んでいて、こうやって机の前で勉強するなんて考えられなかった…(;^ω^)
ずっと、俺の学生生活は運動だけで埋まっていくんだろうな~って、思っていたんだ。
――――それが変わったのは、いつからだったろうか?
樹が机に座り、俺がもう一つの予備の小さな椅子に座る。何でも普段はこれに、妹の凛香ちゃんが座っているらしい…二人で何をしているんだろう?

「東谷君、…助詞と助動詞マスター出来た?」
「全然~、使用頻度の高いものは百人一首で大体出てるから、それをまず覚えてと言われたけど…さすがに全部は覚えてないな…」

一体、全部でいくつあるんだ? ってぐらい多くて、運動バカな脳みそでは限界がある…
勉強し始めた時期は同じなのに、樹の方がずっと先に進んでいるみたいだ…

「今思えば、外国人に日本語を教える時って、何でも最後に『~です』とか『~でした』とか言えばとりあえずOKみたいな教え方あるよね…多少間違っても大体通じるから」
「それこそ、文法的には間違っていてもニュアンスで伝わるって奴だね…」

文法は間違っていても意味が通じるというのは、言葉の謎というか、融通の大きさ。
工藤先生から借りた本はとても小さく、文庫本サイズ。なので普段から持ち歩いて読める。
ただ問題は、小さい分二人が肩をくっつけないと、二人で読む事が出来ないんだよね。
あと、個人的にだけど、樹は読むのが常人よりも速い気がする…多分、速読に近い。

「ははははっ…それじゃ、ボクが全部手取り足取り教えてあげるよ~♪」
「手はともかく、足は勉強に使わないだろう?」
「えっ………ふふふ…そうだよね~♪ うふふふっ…はははははっ…」

漫才好きな樹に合わせて、自分なりに軽くウィンクしながらツッコミを入れてみた。
樹は最初、面くらったような顔をしていたので、ちょっと後悔していたら…やがて、何かのツボでも入ったのか、最初は小さく…やがて段々と大きく声で笑いだした。

「そっ…そんなに面白かったか?」
「うんっ~♪ だって東谷君、漫才とか全然観ようとしなかったじゃない? ボケも突っ込むのも好きじゃないって言ったのに、それが何で…」
「何でってそりゃ…えっと…何だろう?」

自分は漫才が好きかと言われれば、そんなに好きじゃないと思う。ボケてもそんな面白いネタも出てこないし、今回も笑えないと思って何気なく言ったのだ…

「そっ…そんな事よりも、この家に来たのは百人一首の寸劇をやる為だろ? 一体どの歌をやりたんだっ!」
「そうだったね…うんうん…ちょっと待ってて~これやってみたかったの~」

笑えないネタを言って恥ずかしくなったのを、ごまかす様に少し声をあげる。
あまり怒鳴る男は嫌われるかなと理性が呟いていたんだけど、思わずでちゃった…

「『しのぶれど 色に出にけり 我が恋は 物や思ふと 人のとふまで』って知ってる?」
(必死に隠しているのに、どうしても顔や仕草に出てしまう恋の悩み。それは周りの人が気づき、訊ねるほどにはっきりと分かってしまった)
「この歌は…結構有名なのかな? どこかで聞いた事あるような気がする…」
「そうだね~結構有名だよね~だからかな~ボクが気になったのは~うんうん」

しきりにわざとらしく頷き、何かを企んでいるような…(;^ω^) 嫌な予感が………

「実はこの歌さ…男の人が書いてるんだよね!」
「そうだな…名前は清原深養父《きよはらのふかやぶ》って書いてるもんね」
「つまりさ…この歌の寸劇をするならさ…東谷君がイイと思うんだよね!!」
「おい~~~!!」

詰まりはあれか…樹は恋に悩んでモジモジしてる俺を見たいと…(;^ω^)
待ってくれと言いたいが、何か得体の知れない迫力があるぞ…!!

「わくわく~♪」
「わくわくって、口で言うな~っ。そんな恥ずかしい事…ぜったいに…」
「ええ~~やってくれないの~?」

普段こんな事を言うような子じゃないのに、妙に上機嫌だからかな?
ただそれも、こちらが対応を渋れば凄くガッカリしだし、目を潤ませていく…

「うううっ…分かったよ! やればいいんだろ…やれば~!」
「やった~~~~!」
「なっはっはっはっは…あ~~あ…」

ピンポーン
<これから行われるのは、東谷君の即興の寸劇です>

『彼女は今何をしているんだろうか? 俺と同じように相手を想い悩んでいるんだろうか? それとも、よく寝ているのだろうか?
ああ…自分を想って枕を濡らして欲しいという想いと、自分ごときに悩み苦しんで欲しいと願うのは間違っているのだろうか?
いや、違う…愛が苦しい事だけではない筈。その苦しみが愛を深く強くしていくのではないか!』
『段々と、歌の趣旨から外れていくような…じゃなくて、えっと何か恋の悩みでもあるの?』
『悩みですって? そんなものありませんよ…ええ、ありません…あなたの気のせいですよ…俺が恋しているんだなんて、そんなのは気のせいです!』
『何か、舞台役者のような立ち居振る舞い…役者として覚醒でもしたのかな…?』
『俺はただ…そう風邪を曳いて少し具合悪いだけです。顔が赤いのもそれが理由です…』
『いや、誰も顔が赤い事は突っ込んでないけど…赤いのはきっとこの寸劇が恥ずかしいからじゃないかな~?』
『そんな事はない~~~~!』

――――
――――――――
結局、漫才みたいになってきたのはきっと、樹のテンションが異常に高かったからだろう…
気づけば、彼女のノリにこちらも気分があがり、どんどん次々とセリフが出てくる。
ずっと、自分の横を俯いて黙ってついていく姿しか見た事なかったが、新しい樹が見れてちょっと…その…嬉しかった…何でだろうな…?


――――
――――――――
それでその日の休日は何事もなく終わると思ったんだ…

「うん? 何だ…この気配は……」
「どうしたの?」

何か…妙な視線を背中に感じる。もしかして美希さんが見てるのかなと振り返れば、そこには樹の妹の凛香ちゃんがドアの隙間からじっとこっちを見ていた…
こちらが振り返ったのに気付いた凛香ちゃんは、小さくこちらに手招きをし始める…
「いや、ちょっとね…えっと…トイレ借りてイイ?」
「えっ…うん、大丈夫だよ~いってらっしゃい~」

樹はまだ気づいていないようだ…という事はあくまで視線を向けていたのは俺だけのようだ…
出来るだけ自然な様子で、部屋を出ていく。正直、ワクワクと楽しそうな樹を置いていくのは気が引けるんだけど、凛香ちゃんも何か大事な用があるっぽいんだよね…

「ありがとう~♪ 東谷お兄ちゃん~」
「そいつは良いんだが…一体何の用事だ?」

廊下に出るといきなり抱きつかれて、ウィンクしながら頬ずりしてくる…
数えるほどしか会った事ないのに、この子もよく甘えてくるんだよね。あくまで妹みたいな存在として…だと思っている。

「お姉ちゃんを待たせちゃいけないし、すぐに済むから。ちょっとだけアタシの部屋に来て?」
「ああ…わかった」

腕を掴まれて、ルンルン気分で部屋に招かれる。俺は何の用事か分からずただ引っ張られるだけだったんだけど、女の子の頼み事は基本的に断れないんだけど…かなり戸惑ってる。
樹は男の子っぽい格好してるのに対して、凛香ちゃんはフリルのついた他所行きの可愛らしい格好…うん…すごく対照的だ…

「ありがとうね~えっと…お兄ちゃんは~樹お姉ちゃんの事をどう想ってるの?」
「はははっ…ストレートに訊くんだな~凛香ちゃんは…」

部屋に辿り着いた途端、無邪気な顔でどうなの?どうなの? って訊ねるその姿はカワイイのではあるが、中々にヘヴィーな質問だ…えっと…

「そうだな…そんなに気になるのか?」
「うんっ~♪」
「やれやれ…どれ……うん?」

こういう事が気になる年ごろなのかな~? っと、困って頭を掻いていたのだが…違和感が…
少しだけ膝を曲げて、彼女の目線に合わせながらその無邪気そうな瞳を覗きこむ。すると、彼女の口元はとてもにこやかだったのだが、その瞳だけは笑っているようでいて、笑っていなかった……

「なら~教えてあげちゃうね~♪」
「やった~~~♪」
「ふふふ……そ・れ・は…ナイショ♪」
「えええ~~~~っ!? どうして~~~?」

「大人になるとね…本当に大事な事は口にしなくなるんだよ?」
「そうなの? どうして…なのかな?」

首を傾げ、こちらのセリフの意味を理解しようと唸りだす凛香ちゃん。
どう説明すればイイのかな~? と腕を組み真剣に考える。
中学生が聴いてもと云うよりも、誰が聴いても分かるようにするには…え~っと…

「そうだな…それはきっと、言葉がウソを吐くからかな?」
「言葉がウソを吐く? 好きって言ったら、ウソになるの?」
「そういう意味じゃないんだよな~つまりだ…」

上手い言葉が思いつかない。だけど生半可な言葉でごまかしたくないなって雰囲気が、凛香ちゃんの瞳に宿っていた。
だが、時間をかければ樹が不審がるだろうし、必死に頭を捻って言葉を続ける。

「分かりやすく言えばさ、言葉は想いを伝えるには不完全だから。好きだとか嫌いだとか本気で言っても、それをどう解釈し受け止めるかは、相手の想い一つで決まるんだ。
好き=社交辞令なのか、友情なのか、それとも恋愛なのか…それは言った本人しか分からないし、恋愛として好きだと言っても、その深さや種類も本人しか分からない」
「そうだね…確かに、それはあるかも…うん」
「事務的な事なら言葉で伝えてもイイと思うけど、こういう事はさ…多分、言葉だけで伝わるのは…違う気がするんだ」

俺の言葉にやっと頷き、腕を組みながら得心したと本当の笑みを浮かべてくれた。
この子…俺が思ってるよりもずっと、理解力が早くて助かる…ふぅ…

「そうだよね~考えてみたら、初対面の人にいきなり好きとか言われたら、どんなに真剣でも怖いしね~うんうん~」
「いや…それは多分、違う恐怖だと思うんだが…まあいいか…そろそろ樹の所に戻るね」

いい加減、トイレにしては長すぎる離席。これ以上は在らぬ疑いを掛けられるかも知れない…と危惧していると、凛香ちゃんも分かっていたようだ。

「そうだよね~、お兄ちゃんが便秘持ちだなんて思われたくないもんね~」
「それは勘弁だ…(;^ω^) それじゃ、またな~」
「またね~お兄ちゃん~♪ (どれだけお姉ちゃんを真剣に思ってるか、少しだけ分かったかな? うふふふぅ…)」

最後に何か、小さな声で呟いていたようだが聞こえず、俺は気にせずに樹の元へと急いで戻るのであった…
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