指先で描く恋模様

三神 凜緒

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少女の吐露と弱音…そして覚悟

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薄暗い光が、扉の隙間から差し込む。半分以上溶けた蝋燭が乗る燭台に火を灯そうにも、ライターもマッチもない。時折響く稲光に体を震わせながら、吐いた息が体温を奪う感覚。
少しだけ怖くなり肩を抱きしめながら、冷たい畳に腰を下ろす。
外を歩き回ってる時には感じなかった寒さと震え。クシュンと口から声が零れた。

「あう~~外の様子がちょっと可笑しいね…雷が酷くなってるのかな~?」
「これは…不味いかもね…お寺ってどうしても吹き抜けの構造だから室温が温かくならないし…」
「仏さまはほとんど服を着てないのに、何で平気な顔で座禅をしているんだ~?」
「さあね~ああでも…飛鳥寺の仏様は重ね着をしているみたいだよ?」
「葵のそのマメ知識の出所が分からない…なはは……」

後ろを振り向けば、静かな穏やかな面持ちをしている仏様がいる。何かツボみたいなものを持っているけど、これ…何の仏様なんだろう?
お坊さんたちはこういう寒さにも慣れるのが修行なのか…暖房の類は一切見受けられない。

「明るい内に少しでも早く下山をした方が良いと思うけど、まだ時間も三時ぐらいだし…」
「助けを呼ぼうにも電話が通じないんじゃ…誰か一人先に降りて助けを呼ぶ?」
「行くなら…美桜か樹でしょうね。私は上着がないし、工藤先生は歩けないしね」

それが現実的な話だったのだが、問題は……一人での移動には危険が伴うので、工藤先生と葵を置いて、二人で下山する必要がある。
この状況で二人を置いていく事に、一定の抵抗があって中々立ち上がる事が出来なかった。

「何か他の手があれば良いんだけど~何か…大事な事を忘れてるような気がする…」
「美桜もそう思う? ボクもなんだけどね…凄く大事な事の筈なんだけど~あっ…」

二人して首を捻って考えるんだけど、何も出て来ない…何で頭の回転が悪いのかな~って疑問に思っていたら…急にお腹が鳴りだした事に気付いた…
その出来事に顔を赤らめて、周りを見回すと…やはり三人とも聞こえてしまったのか、笑いながら工藤先生がリュックから何かを取り出していた。

「そういえば、お昼の残りがまだあったわね。良かったら皆で食べない?」
「おお! もしかして工藤先生のお手製ですか?」
「それは楽しみですね…! いつもお昼のお弁当とか美味しそうでしたものね!」
「ありがとう~♪ 今回はかなり自信作なのよ~!」

ああっ…! そういえば、そんな事もあったね…! 考えてみれば、色々あってご飯も食べてなかったし…それで頭が回らなかったのかな?
違うような…そうでないような? それよりも、工藤先生の発言で、自分のリュックに入っている物も思い出し、ずっと重く肩を食い込ませていた物を取り出した。

「良かったら、これ飲んで?…多分あったまるよ。喉が渇いたら、紅茶もあるから…(飲みかけだけど~)」
「おおっ…! えっと~~うわ~~い! 嬉しいな~~! 樹お手製のスープか~…凄くあったまりそうだね…(小声で)人間が飲めるものなのか?」
「もう~!酷いよ~~美桜! ちゃんと人体に影響ない飲み物だよ…! それにその…作ったのはボクじゃないし…ね…」
「あら…そうだったの? 何か理由でもあるの…」
「ああ…それはですね――――」

その時のボクは後から考えても驚くほどに、素直に自分の事を話していた。
きっと他の人からすれば取るに足らない事…どこにでも起こりうるトラブル…
ただそれを話すのはきっと勇気のいる事…とても恥ずかしい…ミス
三人に分ける為の紙コップを渡し、注ぎながら何があったかさらりと解説をしていた。

「ああ~それはきついわ…妹さんって料理上手なんだな~」
「樹は相変わらずそそっかしい…もっとちゃんと確認しないとダメ~」
「そうなんだよね~あはは…あれ…? この野菜の切り方は母さんの奴な気がする…」
「確かに材料の切り方が全部均一だけど、もし妹さんが切っていたのならすごく上手よね?~味付けも悪くないし~」

ボクにとってはちょっと辛すぎるスープも、他の三人には好評のようだ。
東谷君と、工藤先生が一杯ずつ飲んだだけだから、実はかなり余っていたんだ。それに、苦労先生が大量に作ったかやくご飯も…四人で食べてもなくならない位残っていた。
すっかり忘れていたんだけど、よくこんなにたくさんご飯を持って歩いているな…!

「工藤先生って、大飯食らいでしたっけ…何か量が可笑しい!?」
「そんな事ないよ? ただ家の両親が凄い食べる人たちで…若い子たちもこれ位食べるのかな~って……」
「いやいやいや…これは、体育会系の男子でも無理な量ですって!」
「あちゃ~…それじゃ、次はもっと少な目が良いのかな~?」

歳が近いせいか、精神的に近づいていたのか、まるで女友達のように話し合う。
少し辛めのスープに、沢山のかやくご飯。食べれば血流が良くなり、体温があがる…
ボクは妹好みな辛めのスープを口に運ぶと…その度に、重いきりむせこんでいた。

「ゴホッ…ゴホッ…ああ…やっぱりボクにこれは無理だ…何で辛いのなんてこの世界にあるんだろう~もう~~!ピリ辛だけでイイじゃないの~~!」
「あはは…そんな事言わないの。元々、あの調理実習そのものがこの調理実習の為にあったような物らしいから。寒い時には辛い物が一番だからね~」

笑いながら、こちらに水を差しだしてくれる工藤先生。目じりに涙を浮かべながらそれを受け取り、ゆっくりと口の中にある痛みを潤していく…
そんなボクの様子などお構いなしに、この中では一番辛いのが平気な葵は合点がいったように、頷いているのが視界の端に写っていた。

「ああ~、やっぱりそうなんですか…もしかして、そうじゃないかなって思いました」
「葵……もしかして、気づいて樹の事を手伝っていたの?」
「いや、ただ山には必要かなと思ってただけ。理由は分からないけど、防寒具などの注意事項も、辛い料理を作らせた理由も学校は何も言わなかったけど~私は—――」
「何も教えずに苦労させた方が、あとあと記憶に残って生徒たちは覚えていてくれる…と、校長先生は考えているんだと思う。大人になってから苦労させるよりも、自分の目が届く範囲の間ならサポート出来るから、苦労させて覚えて欲しいと…願ってるみたい」

それは他人がどう思うかは分からない。でも、今の状況ももしかしたら校長先生の言うサポート出来る範囲なんだろうな…きっと…冷静になると思い出す事もある。
ボクたちがここにいる事はすでに、大久保先生などは知っているし、この雨具をくれたお坊さんも知っている。となれば、捜索する時にこのお寺が候補にあがる筈…
それなら多分、ここでじっとしてるだけでいずれ見つけてくれるとは思うけど…

「先生…一つ伺ってもよろしいですか?」
「うん? 突然どうしたの…かしこまっちゃって…」
「先生は…その…東谷君の事が好きなんですか?」
「「おおおっ!?」」
「…………」

自分の言葉で、空気が一瞬凍ったのを感じた。黒い男子の制服を袖に通しながら、未だに女の子になりきれてもいないのに…凄く滑稽だと感じながら…真っすぐに工藤先生の目を見つめる。その目は驚きに見開かれていても、視線を逸らす事なくこちらを見つめていた。
ごくりと、唾をのむ音が鼓膜を揺する。白い吐息が横に流れ、ここにも風が流れているのかと、埒外な事を考えたりもする。
やがて…工藤先生はゆっくりと目を閉じ、何かを考え感じながらゆっくりと息を吸うと…

「自分でも分からない…と言ったら、卑怯な言い方よね? 答える前に一つだけ答えてくれるかな? 何で私なんかを必死に助けようとしたの? 恋のライバルになるかも知れない私を……」
「そんなのは決まっています………あなたに何かがあれば、東谷君が悲しむからです」
「………ふふふふっ…樹『ちゃん』って…本当に可愛らしくて良い子なのね……ふふふふふっ…それじゃ…今度は私の番ね?」

何が可笑しいのか、バカにしているようには見えない。ただ小さく上品に笑いながら、懐かしむ様にこっちを見つめながら、紡ぐように言葉を発していく。
全身を硬直させながら、彼女の口の動きだけに注目しているんだけど、他の二人な何かに気付いたのか、ゴチョゴチョと騒いでいるようだが聞こえない…

「好きよ…とても…彼ほど真面目で素敵な子…会った事が無い位ね?」
「そう…ですか…はい…ありがとうございます…」

多分言いにくい事だったと思うのに、それをスラスラと言ってしまう姿に、自分との器の差に少し嫉妬を覚えながら、負けまいと頭を下げ、取り乱さないように深呼吸をする。

「ごめんなさいね? 今まであなたの事を女性っぽい男子だなって思ってたの。何度か女子かなと思ったりもしたんだけど、男子に女の子っぽいと言ったら傷つくかなって…考えちゃって気づかなかったの…」
「いえ、大丈夫です。これは…ボクの問題ですから…先生の責任じゃありません」

ボクが思った以上に平静な事に、外野が何か騒いでるみたいだけど、ボクだって少しずつ大人になってるんだ。これ位で騒いだりはしない。
だって、例えライバルがいたとしても…ボクは東谷君と繋がってるんだって実感が今はあるんだから…そう…決して戸惑ったりはしない…

「私だけが告白するのは不公平よね~? 樹『ちゃん』は~~? 東谷君の事をどう思ってるのか教えてくれないの~?」

こちらが平静を保とうと深呼吸してる中、急に工藤先生が意地悪そうな笑みを浮かべて、こちらの表情を伺って来た…
何だ何だ何だ…その余裕そうな態度は…! ついさっき東谷君への愛を告白したとは思えない位の余裕じゃないか…! これは反撃なのか…ボクも同じ土俵に立てと言う事か!

「えええ!? ボッ…ボッ…ボクですか!? そりゃあれですよ…ボクは東谷君の事…ゴニョゴニョゴニョ…ですよ!」
「ええ~~~? 聞こえないよ~~~ もっとはっきりと大きな声で言って~~?」

絶対に聞こえてる筈なのに、耳に手をあてて、わざとらしく聞こえない振りをしてくる。
確かに言われてみれば…ボクだけ自分の気持ちを言わないのは卑怯なのか…!?
何度も息を乱しながら、自分の中にある想いを感じ、それが消せない物だと、恥ずべき物ではないと…覚悟を決める。

「ええい!! 一度しか言わないからしっかり聞いて下さいよ! ボクは東谷君がス―――」
「よう…やっぱりここにいたのか…皆無事か~?」
「ギャ~~~!!!」
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