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第四話前編 ターナー伯爵家
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ごきげんよう。3度目の人生をやり直しているレティシア・ビアードです。
エイベルがターナー伯爵家に修行に行くので私も同行させてもらいました。
ターナー伯爵家も武術の名門です。生前はターナー伯爵夫人とお母様のルーン公爵夫人が姉妹でしたが、今世はビアード公爵とターナー伯爵が兄弟です。
せっかくなので有名なターナー伯爵の目利きで適性を見ていただく予定です。
ターナー伯爵は個人に合った武器を選び、戦い方を教えてくれます。
生前とかわらず弓と剣を使い速さ中心のスタイルで戦うように教えられました。
私に合った訓練メニューを考えてくれるので楽しみです。
去年からビアード家門で指導を受けていたおかげで、基礎体力作りと木剣での訓練から始まりました。エイベルはすでに木剣を卒業しています。悔しいですが一度も勝てません。
魔法を使えば勝機はありますが、学園に通うまでは魔法が使えることは内緒です。
エイベルとは訓練量が違うので今は負けても仕方ありません。ビアード公爵家では私の訓練は厳しく管理されています。エイベルのように自由に訓練はさせてもらえません。
ですがターナー伯爵家では自由に訓練をさせてもらえます。少しでも差を埋めたいですわ。
普段は別々に指導騎士が訓練をしてくれます。私の毎日のノルマの訓練は午前中だけです。
それなので午後の自由時間はエイベルと一緒に訓練します。
共に訓練すると刺激になるのでありがたいです。勝つためには実力の差を知らないといけません。
エイベルの騎士との訓練が終わったので、腰に勢いよく抱きついて見上げます。
「エイベル、弓の勝負しましょう」
「は?早射ちな」
了承してくれました。ですがいかに早く的の中心に矢を射る早射ちは得意ではありません。
「ずるい」
「勝負をお前の得意な弓に譲ってやるんだ。剣は勝てないだろうが」
悔しいですが今の私は武術では弓以外でエイベルに勝てる見込みはありません。
「わかりました」
護衛騎士に審判を頼みました。
護衛騎士の合図で弓を放ちます。護衛騎士の終わりの合図に弓を置きます。
丸い的に10本中7本中心に命中しました。エイベルは15本中5本です。
同じ時間でも矢を放つ速さも違います。命中すれば10点、外れた矢は1点です。
私が80点でエイベルが65点です。初勝利ですわ。顔が緩んでしまいますわ。
「勝ちました!!」
悔しそうな顔に得意げに笑いかけます。
「約束です。ビアード公爵家に帰ったら、王都に遊びに連れて行ってください」
「おい!?願いを叶えるなんて言ってない」
「お買い物に付き合ってください。お兄様」
生前の友人のセリアの真似をしてパチンとウインクを決めるとため息をついたので交渉の勝利を確信しました。
「一人で行かないだけいいか。深窓の令嬢が」
時々からかってきます。
このエイベルは冗談も言えるようになりました。堅物エイベルに柔軟性が身に付いたと評価しましょう。
私も大人なので生前のように本気で相手をして喧嘩をしたりしません。大人の余裕ですわ。
「その設定どうしましょうか。社交デビューしたら深窓の令嬢やりますか?」
「それは母上と相談しろ。できるのか?」
「お兄様のお願いなら頑張りますわ」
にっこり笑うと呆れた視線を向けられました。
2度目の人生は弱気な令嬢設定で過ごしていたので今世も必要なら余裕でできます。最近はうるんだ瞳も作れるようになりました。
「レティ、エイベル、今日はここまでになさい。お客様が来るからお出迎えの用意して」
楽しそうなターナー伯爵夫人の声に返事をしてエイベルから離れて弓を片付けます。
ここでお世話になり一月が経ちましたが、わざわざお出迎えなんて初めてです。クロード殿下が来るわけないですよね。お出迎えするならターナー伯爵家よりも家格の高いお客様です。
伯母様とエイベルと一緒に待っていると見慣れた馬車の紋章に固まりました。脳裏に浮かんだ顔を消し去り、穏やかな顔を作ります。どうか違う人でありますように。
「久しぶりね。リオ」
「叔母上、お久しぶりです。お世話になります」
「丁度良い相手がいるのよ。」
馬車から降りて、穏やかな顔で聞き覚えのある声で伯母様と挨拶をかわすのはクロード殿下の次に会いたくない人でした。
心の準備ができてません。
「初めまして。マール公爵家三男のリオ・マールです」
社交用の笑みを浮かべて礼をするリオに悲しくなりました。
「お目にかかれて光栄です。ビアード公爵家嫡男のエイベル・ビアードです。」
向けられる無関心な視線に胸の痛みを我慢して礼をします。
「レティシア・ビアードと申します。よろしくお願いします」
動揺を隠してゆっくりと顔をあげると、息を飲む音が聞こえました。
「レティシア!?」
焦った声をしたエイベルに顔を覗かれて、視界が歪みました。頬に手を当てられ涙がこぼれました。淑女としてありえません。
「伯母上、マール様、失礼します」
「ええ、そうね・・」
涙を止めようとするとエイベルに抱きあげられました。謝罪しないといけないのに、涙が止まりません。まだ社交デビュー前ですが、泣いた事実は消えません。醜態ですが、もう考えられません。エイベルの首に手を回して感情に任せて泣くことにしました。
リオと私に関係はありません。
わかっていても悲しくてたまりません。
無感情な視線を向けられたのは初めてです。私のリオはもういないんです。優しくて頼りになる従兄も愛する夫も。
抱きしめて背中を叩く手は記憶にあるものと違います。ただこの腕のぬくもりに救われます。
思いっきり泣いたらすっきりしました。
「ごめんなさい。挨拶・・」
「母上もいないからいいよ。怖かったか?」
「わかりません」
「お前の癇癪には慣れてるから。先に帰るか?」
首を横に振ります。
私は我儘を言ってエイベルと一緒にターナー伯爵家に来ました。まだまだ覚えたいこともたくさんあり、もっと強くなるために修行もしたいです。
それに、なにも知らないターナー伯爵家での日々はさらに気ままなんです。
やはり昔のレティシア・ビアード様の記憶はないので、時々罪悪感に襲われます。
罪悪感に襲われても解決しないので前を向くことを決めても・・。
覚悟を決めて、リオには生前身に付けた社交用の令嬢モードで関わることにしました。
これからリオが他のご令嬢を大事にするのを見ていかなければいけません。
親しみも優しさも向けられることもありません。大好きな抱きしめてくれる腕も頭を撫でる手もありません。姿は同じでも私のリオではない無関係な人間としっかり頭に刷り込まないといけません。
涙が止まったので、笑みを浮かべてエイベルから離れます。
「エイベル、ありがとう」
「いいよ。無理に関わらなくていい。俺が相手してやるよ。食事の時間には起こしてやるから休め」
素っ気ない顔をして乱暴に頭を撫でてエイベルが出て行きました。
今世のエイベルは優しい。
鏡の前に立ち笑顔を作ると令嬢モードの穏やかな笑みを作れました。
リオの無関心な顔を思い浮かべてもちゃんと笑みを浮かべられるのできっと大丈夫です。
荷物からフルートを出しました。
今世はバイオリンでもピアノでもなくフルートを習ってます。バイオリンは前世の記憶が詰まって切なくなります。
変えたい未来と、どんなに望んでも掴めない未来があるんです。
ビアード公爵令嬢として生を受けたなら全うしないといけません。
フルートの練習に集中して、ビアード令嬢らしさを思い出しましょう。
切ない音色にならないように練習しないといけません。ぼんやり弾くと切ない音色が響いてしまうので、ビアードに帰る前に正しい演奏を身に付けないといけません。
演奏中に自分の感情に支配されるのは未熟の証ですから。
食事の時間にエイベルが迎えにきました。
エイベルの手を握って、部屋に入りターナー伯爵夫妻とリオに礼をします。
「お見苦しいところをお見せして申しわけありませんでした」
「気にしないでいいわ。それに貴方は全然手がかからないからたまには子供らしくて安心したわ。」
「伯母上、ほどほどにお願いします。さすがに気にしてますので」
「食事にしようか。早く座りなさい」
食欲がないので、エイベルのお皿に料理を移します。令嬢モードの仮面を被り、リオの方は見ないで食事をすすめます。
食後のお茶は辞退させていただきました。ターナー伯爵夫妻に心配そうに見られますが令嬢モードで穏やかな笑みを浮かべて退室しました。私の令嬢モードは劣化したのかもしれません。もう一度部屋に戻って鏡の前で令嬢モードの表情の確認をすることにしました。
***
翌日から訓練にリオも混ざりました。
リオとエイベルが手合わせをしています。エイベルがリオの剣を簡単に飛ばしたので、驚きました。リオにしては動きが遅くエイベルの圧勝です。事態が飲み込めず何度か瞬きをしても見間違いではありません。
「エイベルが勝った・・?」
剣を拾ったリオは穏やかな顔をして悔しそうな様子はありません。
「さすがビアード様」
生前はエイベルがリオに勝つことはありません。常に瞬殺されてました。これはいずれ私も勝てるのでは・・?
「エイベル、凄いですわ。悲願達成ですね。おめでとうございます」
「レティシア?」
噴き出す音がして視線を向けるとリオがお腹を抱えて笑ってます。戸惑ってエイベルの背中に隠れます。知らないリオが不気味で怖いです。
「ごめん。深窓のビアード公爵令嬢があまりにも想像と違って」
「悪いな。体が弱くて神殿以外は外に出してないんだ」
私は体が弱くないのに、ビアード公爵家では病弱と言われています。心外です。ビアード公爵家の皆様は風邪をひかないので、よく風邪を引く私が病弱と思われています。
でも王子の婚約者候補から逃れるために利用するので否定はやめましょう。リオとクロード殿下は従兄弟なので余計なことを話されては困ります。
リオはエイベルに任せて逃げましょう。怖いものには近づかないことが一番です。
「お兄様、私はお邪魔なので、弓の訓練に行きます」
「え?」
「わかったよ。また後でな」
戸惑った顔をするリオと手を振るエイベルに礼をして弓の訓練場を目指しました。
「レティシア様、こちらにいらしたんですか」
「フィル様」
カーソン伯爵家嫡男のフィル様は前世のクラスメイトです。フィル様もターナー伯爵家でお世話になっていたとは知りませんでした。生前ではほとんど関わりのなかった令息達にターナー伯爵家でお会いしました。
なんと今世のエイベルは強く同世代には負けなしです。
「よければお付き合いさせてください」
「よろしくお願い致します。」
フィル様とは時々一緒に訓練をしています。フィル様は弓が上手で早射ちでもほとんど中心から外しません。時々アドバイスをくれるのでありがたいです。色んな方と訓練するのは新鮮で楽しいです。
「レティシア様、いつまでターナー伯爵家に?」
「お兄様次第ですわ」
「もしよければ、お帰りになったらビアード公爵家を訪ねてもいいでしょうか」
「はい。いつでもお越しくださいませ」
「またお会いしていただけますか?」
ほんのり頬を染め髪を掻きあげて疲れた声を出すフィル様に笑ってしまいます。
訓練の後に疲れた姿を見るのは初めてです。
「いずれはクラスメイトですわ。その時はよろしくお願いします」
「はい。」
フィル様は嬉しそうな顔で騎士に呼ばれて去っていきました。フィル様もエイベルと同じで訓練が好きなんですね。
ターナー伯爵家で知り合った同世代の騎士見習いの方々には、ビアードに訪問したいとお願いされます。ビアード公爵家も武術の名門ですので、訓練希望の向上心がある方々は大歓迎です。
片付けていると遠目でエイベルとリオの親しそうに話す姿が見えました。
違和感がぬぐえません。どうしたら生前とは違うこの現実を受け入れられるのでしょうか。
木の上に登ると気持ちの良い風が吹いてきました。
目を閉じ幸せだった記憶が思い浮かびます。
ターナー伯爵家で修行に行き詰まるとアドバイスをくれたリオ兄様。頬を撫でる風がリオの起こす風を思い起こさせます。
リオ兄様、見守っていてください。令嬢モードで頑張りますわ。
護衛騎士に声を掛けられたので木から降りてビアード公爵令嬢の仮面を被りましょう。
エイベルがターナー伯爵家に修行に行くので私も同行させてもらいました。
ターナー伯爵家も武術の名門です。生前はターナー伯爵夫人とお母様のルーン公爵夫人が姉妹でしたが、今世はビアード公爵とターナー伯爵が兄弟です。
せっかくなので有名なターナー伯爵の目利きで適性を見ていただく予定です。
ターナー伯爵は個人に合った武器を選び、戦い方を教えてくれます。
生前とかわらず弓と剣を使い速さ中心のスタイルで戦うように教えられました。
私に合った訓練メニューを考えてくれるので楽しみです。
去年からビアード家門で指導を受けていたおかげで、基礎体力作りと木剣での訓練から始まりました。エイベルはすでに木剣を卒業しています。悔しいですが一度も勝てません。
魔法を使えば勝機はありますが、学園に通うまでは魔法が使えることは内緒です。
エイベルとは訓練量が違うので今は負けても仕方ありません。ビアード公爵家では私の訓練は厳しく管理されています。エイベルのように自由に訓練はさせてもらえません。
ですがターナー伯爵家では自由に訓練をさせてもらえます。少しでも差を埋めたいですわ。
普段は別々に指導騎士が訓練をしてくれます。私の毎日のノルマの訓練は午前中だけです。
それなので午後の自由時間はエイベルと一緒に訓練します。
共に訓練すると刺激になるのでありがたいです。勝つためには実力の差を知らないといけません。
エイベルの騎士との訓練が終わったので、腰に勢いよく抱きついて見上げます。
「エイベル、弓の勝負しましょう」
「は?早射ちな」
了承してくれました。ですがいかに早く的の中心に矢を射る早射ちは得意ではありません。
「ずるい」
「勝負をお前の得意な弓に譲ってやるんだ。剣は勝てないだろうが」
悔しいですが今の私は武術では弓以外でエイベルに勝てる見込みはありません。
「わかりました」
護衛騎士に審判を頼みました。
護衛騎士の合図で弓を放ちます。護衛騎士の終わりの合図に弓を置きます。
丸い的に10本中7本中心に命中しました。エイベルは15本中5本です。
同じ時間でも矢を放つ速さも違います。命中すれば10点、外れた矢は1点です。
私が80点でエイベルが65点です。初勝利ですわ。顔が緩んでしまいますわ。
「勝ちました!!」
悔しそうな顔に得意げに笑いかけます。
「約束です。ビアード公爵家に帰ったら、王都に遊びに連れて行ってください」
「おい!?願いを叶えるなんて言ってない」
「お買い物に付き合ってください。お兄様」
生前の友人のセリアの真似をしてパチンとウインクを決めるとため息をついたので交渉の勝利を確信しました。
「一人で行かないだけいいか。深窓の令嬢が」
時々からかってきます。
このエイベルは冗談も言えるようになりました。堅物エイベルに柔軟性が身に付いたと評価しましょう。
私も大人なので生前のように本気で相手をして喧嘩をしたりしません。大人の余裕ですわ。
「その設定どうしましょうか。社交デビューしたら深窓の令嬢やりますか?」
「それは母上と相談しろ。できるのか?」
「お兄様のお願いなら頑張りますわ」
にっこり笑うと呆れた視線を向けられました。
2度目の人生は弱気な令嬢設定で過ごしていたので今世も必要なら余裕でできます。最近はうるんだ瞳も作れるようになりました。
「レティ、エイベル、今日はここまでになさい。お客様が来るからお出迎えの用意して」
楽しそうなターナー伯爵夫人の声に返事をしてエイベルから離れて弓を片付けます。
ここでお世話になり一月が経ちましたが、わざわざお出迎えなんて初めてです。クロード殿下が来るわけないですよね。お出迎えするならターナー伯爵家よりも家格の高いお客様です。
伯母様とエイベルと一緒に待っていると見慣れた馬車の紋章に固まりました。脳裏に浮かんだ顔を消し去り、穏やかな顔を作ります。どうか違う人でありますように。
「久しぶりね。リオ」
「叔母上、お久しぶりです。お世話になります」
「丁度良い相手がいるのよ。」
馬車から降りて、穏やかな顔で聞き覚えのある声で伯母様と挨拶をかわすのはクロード殿下の次に会いたくない人でした。
心の準備ができてません。
「初めまして。マール公爵家三男のリオ・マールです」
社交用の笑みを浮かべて礼をするリオに悲しくなりました。
「お目にかかれて光栄です。ビアード公爵家嫡男のエイベル・ビアードです。」
向けられる無関心な視線に胸の痛みを我慢して礼をします。
「レティシア・ビアードと申します。よろしくお願いします」
動揺を隠してゆっくりと顔をあげると、息を飲む音が聞こえました。
「レティシア!?」
焦った声をしたエイベルに顔を覗かれて、視界が歪みました。頬に手を当てられ涙がこぼれました。淑女としてありえません。
「伯母上、マール様、失礼します」
「ええ、そうね・・」
涙を止めようとするとエイベルに抱きあげられました。謝罪しないといけないのに、涙が止まりません。まだ社交デビュー前ですが、泣いた事実は消えません。醜態ですが、もう考えられません。エイベルの首に手を回して感情に任せて泣くことにしました。
リオと私に関係はありません。
わかっていても悲しくてたまりません。
無感情な視線を向けられたのは初めてです。私のリオはもういないんです。優しくて頼りになる従兄も愛する夫も。
抱きしめて背中を叩く手は記憶にあるものと違います。ただこの腕のぬくもりに救われます。
思いっきり泣いたらすっきりしました。
「ごめんなさい。挨拶・・」
「母上もいないからいいよ。怖かったか?」
「わかりません」
「お前の癇癪には慣れてるから。先に帰るか?」
首を横に振ります。
私は我儘を言ってエイベルと一緒にターナー伯爵家に来ました。まだまだ覚えたいこともたくさんあり、もっと強くなるために修行もしたいです。
それに、なにも知らないターナー伯爵家での日々はさらに気ままなんです。
やはり昔のレティシア・ビアード様の記憶はないので、時々罪悪感に襲われます。
罪悪感に襲われても解決しないので前を向くことを決めても・・。
覚悟を決めて、リオには生前身に付けた社交用の令嬢モードで関わることにしました。
これからリオが他のご令嬢を大事にするのを見ていかなければいけません。
親しみも優しさも向けられることもありません。大好きな抱きしめてくれる腕も頭を撫でる手もありません。姿は同じでも私のリオではない無関係な人間としっかり頭に刷り込まないといけません。
涙が止まったので、笑みを浮かべてエイベルから離れます。
「エイベル、ありがとう」
「いいよ。無理に関わらなくていい。俺が相手してやるよ。食事の時間には起こしてやるから休め」
素っ気ない顔をして乱暴に頭を撫でてエイベルが出て行きました。
今世のエイベルは優しい。
鏡の前に立ち笑顔を作ると令嬢モードの穏やかな笑みを作れました。
リオの無関心な顔を思い浮かべてもちゃんと笑みを浮かべられるのできっと大丈夫です。
荷物からフルートを出しました。
今世はバイオリンでもピアノでもなくフルートを習ってます。バイオリンは前世の記憶が詰まって切なくなります。
変えたい未来と、どんなに望んでも掴めない未来があるんです。
ビアード公爵令嬢として生を受けたなら全うしないといけません。
フルートの練習に集中して、ビアード令嬢らしさを思い出しましょう。
切ない音色にならないように練習しないといけません。ぼんやり弾くと切ない音色が響いてしまうので、ビアードに帰る前に正しい演奏を身に付けないといけません。
演奏中に自分の感情に支配されるのは未熟の証ですから。
食事の時間にエイベルが迎えにきました。
エイベルの手を握って、部屋に入りターナー伯爵夫妻とリオに礼をします。
「お見苦しいところをお見せして申しわけありませんでした」
「気にしないでいいわ。それに貴方は全然手がかからないからたまには子供らしくて安心したわ。」
「伯母上、ほどほどにお願いします。さすがに気にしてますので」
「食事にしようか。早く座りなさい」
食欲がないので、エイベルのお皿に料理を移します。令嬢モードの仮面を被り、リオの方は見ないで食事をすすめます。
食後のお茶は辞退させていただきました。ターナー伯爵夫妻に心配そうに見られますが令嬢モードで穏やかな笑みを浮かべて退室しました。私の令嬢モードは劣化したのかもしれません。もう一度部屋に戻って鏡の前で令嬢モードの表情の確認をすることにしました。
***
翌日から訓練にリオも混ざりました。
リオとエイベルが手合わせをしています。エイベルがリオの剣を簡単に飛ばしたので、驚きました。リオにしては動きが遅くエイベルの圧勝です。事態が飲み込めず何度か瞬きをしても見間違いではありません。
「エイベルが勝った・・?」
剣を拾ったリオは穏やかな顔をして悔しそうな様子はありません。
「さすがビアード様」
生前はエイベルがリオに勝つことはありません。常に瞬殺されてました。これはいずれ私も勝てるのでは・・?
「エイベル、凄いですわ。悲願達成ですね。おめでとうございます」
「レティシア?」
噴き出す音がして視線を向けるとリオがお腹を抱えて笑ってます。戸惑ってエイベルの背中に隠れます。知らないリオが不気味で怖いです。
「ごめん。深窓のビアード公爵令嬢があまりにも想像と違って」
「悪いな。体が弱くて神殿以外は外に出してないんだ」
私は体が弱くないのに、ビアード公爵家では病弱と言われています。心外です。ビアード公爵家の皆様は風邪をひかないので、よく風邪を引く私が病弱と思われています。
でも王子の婚約者候補から逃れるために利用するので否定はやめましょう。リオとクロード殿下は従兄弟なので余計なことを話されては困ります。
リオはエイベルに任せて逃げましょう。怖いものには近づかないことが一番です。
「お兄様、私はお邪魔なので、弓の訓練に行きます」
「え?」
「わかったよ。また後でな」
戸惑った顔をするリオと手を振るエイベルに礼をして弓の訓練場を目指しました。
「レティシア様、こちらにいらしたんですか」
「フィル様」
カーソン伯爵家嫡男のフィル様は前世のクラスメイトです。フィル様もターナー伯爵家でお世話になっていたとは知りませんでした。生前ではほとんど関わりのなかった令息達にターナー伯爵家でお会いしました。
なんと今世のエイベルは強く同世代には負けなしです。
「よければお付き合いさせてください」
「よろしくお願い致します。」
フィル様とは時々一緒に訓練をしています。フィル様は弓が上手で早射ちでもほとんど中心から外しません。時々アドバイスをくれるのでありがたいです。色んな方と訓練するのは新鮮で楽しいです。
「レティシア様、いつまでターナー伯爵家に?」
「お兄様次第ですわ」
「もしよければ、お帰りになったらビアード公爵家を訪ねてもいいでしょうか」
「はい。いつでもお越しくださいませ」
「またお会いしていただけますか?」
ほんのり頬を染め髪を掻きあげて疲れた声を出すフィル様に笑ってしまいます。
訓練の後に疲れた姿を見るのは初めてです。
「いずれはクラスメイトですわ。その時はよろしくお願いします」
「はい。」
フィル様は嬉しそうな顔で騎士に呼ばれて去っていきました。フィル様もエイベルと同じで訓練が好きなんですね。
ターナー伯爵家で知り合った同世代の騎士見習いの方々には、ビアードに訪問したいとお願いされます。ビアード公爵家も武術の名門ですので、訓練希望の向上心がある方々は大歓迎です。
片付けていると遠目でエイベルとリオの親しそうに話す姿が見えました。
違和感がぬぐえません。どうしたら生前とは違うこの現実を受け入れられるのでしょうか。
木の上に登ると気持ちの良い風が吹いてきました。
目を閉じ幸せだった記憶が思い浮かびます。
ターナー伯爵家で修行に行き詰まるとアドバイスをくれたリオ兄様。頬を撫でる風がリオの起こす風を思い起こさせます。
リオ兄様、見守っていてください。令嬢モードで頑張りますわ。
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