追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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元夫の苦難41

学園では本格的に良縁探しの時期が来ている。
俺にとっては迷惑なことに思い出作りのために連日令嬢にしつこく声を掛けられる。一番耐えがたいのはレティシアが狙われていることだ。レティシアは手紙をもらえば応対する。気持ちは受け取らなくても笑顔で謝礼とお断りと激励の言葉を掛ける。そして害虫は諦めずさらに想いを寄せる。どんな反応の殿下とも楽しそうにお茶をするレティシアを見て強引に一緒にいることが一番だと気付いた。

「振られたんだから諦めろよ。俺の婚約者に」
「リオにだけは言われたくないだろう」
「何度振られても追いかけてるよな。お友達に昇格するといいな」
「目指しているのは恋人」
「ビアード兄妹には恋は無理だろう。恋より訓練だ」

ビアードとは違いレティシアは恋を知っている。友達は誘われたけど断った。俺の目標は男に見られることだ。ロキやナギと同じ視線をよく向けられているのが複雑だ。
朝はビアードと過ごしてるし、俺も訓練があるから昼と放課後は捕まえるようにしている。婚約者に近づく男を排除する権利は俺にはある。いつも人で溢れているレティシアの部屋に先触れをしないで行っても追い出されることはない。膝の上に抱き上げても意識されないが構わない。俺の膝の上でも特に気にすることなく課題をしたりお茶を飲んだり自由に過ごしている。逃げられないし嫌がられないのは昔からの習慣なんだろうか。ビアードの膝の上で過ごしているのを想像して慌てて打ち消した。距離感のおかしいビアード兄妹。シスコンはどうにかならないだろうか。
見回り以外では手を繋いで第一寮まで送る道のりが唯一の二人の時間。ゆっくり歩いてもすぐに寮に着いてしまう。
自分のためには望まないレティシアに生きて欲しい。できればずっと傍にいてほしい。

「レティシア、忘れるのが怖いなら俺が覚えてるよ」
「リオ様?」

きょとんとしているレティシア。何度でも伝える。俺は記憶力はいいし、レティシアに関することは絶対に忘れない。忘れるなら消えたいと泣いていたレティシアのためにできることはそれくらいしか思いつかなかった。

「話せば楽になることもあるだろう?君にとっての大事な思い出を」
「楽?リオ様、体調が優れませんか?」

なんで心配そうな顔で見られてるんだよ。伝わってない?繋いでいる手は血まみれだった左手。剣が貫通していた左手を両手で包み込む。発狂して錯乱して魔法陣を壊したレティシア。剣を刺す手に躊躇いはなかった。もう二度と傷つけたくない。血の一滴も流させたくない。そして彼女の心を知りたい。銀の瞳を見つめてゆっくりと言葉を音に乗せる。

「俺はレティシアを幸せにしたい。本当の君に会いたい。俺は頼りないけど、君さえ傍にいてくれるならどんなことも受け止めるよ。君がまがいものでも、俺にとってのレティシアは君だけだ。もしも耐えられないなら連れ出すよ。レティシアが願うなら、なんでも叶えてあげるよ」

目を伏せゆっくりと瞼が上がった。銀の瞳にじっと見つめられふんわりと笑う顔に思考が止まる。

「リオ様、ありがとうございます。私は貴方の幸せを願っていますわ」
「え?」
「送っていただきありがとうございます。失礼します」

額に冷たい手がそっとあてられ、絶対に勘違いされている。短剣で貫いた左手にそっと口づけを落として、レティシアの弱い笑みを浮かべると、ほのかに染まった頬に口元が緩む。人の気配に唇への口づけは我慢する。令嬢達に流行っている小説の憧れの場面を再現するか。前髪を上げて額へそっと口づけ、耳元に甘く囁く。

「良い夢を。また」

もう少し一緒にいたいけど、令嬢達に絡まれたら雰囲気が壊れるからそのまま別れる。俺とレティシアの仲を応援している令嬢達が騒いでいる。盛大に広めてくれればいい。少しは意識してくれただろうか。ふんわりとした笑顔を向けられたのは初めてだ。間違ってるかもしれないけどそれでもいい。レティシアに信じてもらっていずれ恋人になりたい。誰にも見せない本当の心を見せてもらえる存在になりたい。

レティシアに危害を加えた奴らにはレオ様と相談して手を回した。心も体も壊れるだろう。レティシアを傷つけ被験者にしようとしたなら同じ目に合えばいい。レオ様に教わった残虐と有名な治癒魔法が得意な研究者のいる研究所に送った。俺が落とした腕も綺麗に繋がっているだろう。頭のおかしい研究者は探求心しかないから治癒魔法をかけながら殺さずに欲のままに扱う。禁忌を犯しても優秀さを惜しまれ、処刑されずに生涯研究所という牢獄で過ごすことになった研究者達。そして罪人しかいない研究所は道理に反することも許される。重罪人が送られる場所であり斬首よりも国益になり重宝されている場所。フラン王国の闇がある場所。
もちろん邪魔をした侍女も夢から醒めたら非情な現実に絶望するだろう。自分を救った好青年が残虐な色狂いと知れば。修道院から逃げた先で待っているのは奴隷のような生活。フラン王国では人身売買も奴隷も禁止されている。ただし逃げた罪人に人権は保障されないから何をしても許される。フラン王家は罪人は庇護しない。修道院という最後の恩情を自らの意思で手放した者には温厚な王族とはいえ慈悲の心は見せない。罪人の修道院からの逃亡は重罪と誰もが知っていることだ。逃亡の先に幸せが待っているほど現実は甘くない。



生徒会役員はすでに引退の時期を迎えている。俺は任される仕事はないがレティシアと一緒にいるために生徒会に顔を出している。見回りも俺が一緒にいれば逆らう生徒はいない。レティシアに声を掛けようとする男がいるなら抱き寄せ、髪に口づけて牽制する。可愛らしいレティシアを一人で見回りに歩かせれば男の思い出作りに付き合わされるのが目に見えている。

「リオ様、いつまで生徒会の仕事を続けるんですか?」
「卒業するまで」
「変わってますね。最後の学生生活を満喫されればよろしいのに」
「俺はレティシアと過ごせるのが一番だから。もう少し俺との時間を作って欲しいんだけど」

抱き寄せようとすると逃げられた。睨む顔も可愛い。

「卒業式のドレスは贈っていい?」
「ドレスの手配をする前に聞いてください。ドレス合わせのたびに見知らぬドレスがあるのは驚きます」

ドレスを贈らないでほしいと言うのはレティシアだけだろう。どんなドレスも美しく着こなすレティシアが悪い。レティシアのお気に入りの店のドレスは公爵令嬢のドレスにしては低価格だ。だからどんなに贈っても懐は痛まない。エレン義姉上がレティシアのための素材を贈ってくれる。そしてレティシアが新たにドレスに取り入れた素材は流行を呼ぶとマールでは言われている。美しい容姿と所作はへたな王族よりも気品に溢れているためどの夜会に連れていっても絵になるとマールの大きな夜会は必ずレティシアは招待される。そして嫁入りする予定はないのにマール側で接待をこなす。母上と同じ色を持つのでいまだに娘と勘違いされ縁談を匂わす者がいる。レティシアの隣で婚約者と紹介するのがマールの夜会で一番大事なことである。


「似合いそうなものがあると贈りたくなる。それに婚約者に贈り物は甲斐性だろう?」
「求めてません」
「絶対似合うから。他の男に見せるのが惜しい。俺の傍を離れないで、その日はビアードじゃなくて俺のエスコート」
「リオ様が望まれるならお傍におりますよ。ですが私よりもお話したい方がいらっしゃるでしょうに」

兄よりも優先してもらえることに顔が緩む。卒業パーティーはずっと傍にいよう。ダンスを踊ったら早々に抜け出そう。サロンを貸し切りにして蜂蜜菓子を用意して二人で過ごそう。学生最後の日にレティシアと二人で過ごせるなんて幸せだ。


「リオ様」

呼ばれる声に幸せな気分が急降下する。俺が相手にしないとわかっている令嬢はレティシアと一緒にいる時に声を掛けてくる。無視して進もうとするとレティシアの足が止まった。

「私は生徒会室に戻ります」

立ち去ろうとするレティシアの手を強く握る。貴重な学生生活をレティシア以外のために時間を使うつもりはない。無視するのは諦めて何度断っても声を掛ける令嬢に視線を向ける。レティシアという美しい婚約者に何一つ敵わないのに愛人でも一夜の遊びでもいいと迫る頭のおかしい令嬢の一人。この令嬢を追いかけている趣味の悪い男がいるからそれに遊んでもらえばいい。

「何か?」
「リオ様、ご令嬢への態度ではありません。失礼します」

冷たい声に手が緩むと手を解いて足早に歩くレティシアを追いかけようとすると令嬢に腕を掴まれた。腕を振り払ってルメラを俺の元恋人だと恐ろしい勘違いをしている婚約者にこれ以上誤解されないために追いかける。

「レティシア、誤解」

立ち止まって振り返ってくれたレティシアに驚く。銀の瞳にじっと見つめられるもいつものような冷たさはない。優しく笑う顔は可愛いけどいつも期待を裏切るレティシアだから最後まで警戒を解いていけないことを覚えている。

「私はリオ様の言葉を信じてます」

言われた言葉はずっと欲しかったもの。ようやく信じてくれた。俺はレティシアだけだ。甘さを宿す瞳に顔が赤くなる。抱きしめたいけど後ろで名前を呼ぶ空気を読めない令嬢が幸せに浸らせてくれない。抱きしめてもう一度告白しよう。今度は聞いてくれる気がする。口づけたら笑ってくれるだろうか。目の前の楽園と後ろの地獄。ここで後ろの令嬢を放置しレティシアを抱きしめれば怒らせるかもしれない。後ろの存在は早々に追い払おう。

「す、すぐ追いかけるから」
「会議にリオ様は出なくて平気ですよ」
「俺は残り少ない学園生活はレティシアと過ごすと決めてるから。帰りも送るから」
「わかりました。しっかりお相手してさしあげてくださいませ」

笑って頷いてくれるのが幸せだ。いつもは断られてた。ようやく始められた気がした。抱きしめたいけど今は我慢。名残惜しいけど背中が見えなくなったから片付けるか。

「何度も言うけど婚約者以外興味がない。用件は?」
「ずっと好きです!!ビアード様よりもずっと」
「付き纏われるのも全てが迷惑。レティシアが嫌がるから不敬罪にしてないだけだ。俺は君のために使う時間はない。もう声を掛けないで」
「待ってください。一度でいいからデートしてください」
「俺は婚約者以外に時間を使いたくない」

話が通じない。立ち去ろうとすると腕をがっしり掴まれて胸を押し付けられている。振り払うと腰に抱きつかれる。

「触れないでくれないか。いい加減に」
「お茶を一緒にしてくれたら諦めます」

レティシアに誤解される。いや、されないか。気の迷いの恋慕でも折り合いをつけて前に進むために必要とどんな男の告白も丁寧に応対する婚約者。俺はそこまで付き合いたくない。でもレティシアに直談判に行きそうなしつこさを持つ令嬢だ。

「婚約者がいるのに他の令嬢と二人になるのは許されない」
「お菓子を食べてください。それなら」
「ここでなら。金輪際近づくなよ」
「はい!!約束します」

ようやく放れた令嬢がポケットから取り出したのは大量のチョコレート。もしかして全部食べないと解放されないのか。俺のファンじゃなくて嫌がらせが目的だろうか。固いチョコレートを口に入れながら令嬢の一方的な話を聞き流す。話を聞いてほしい、一緒にいたい、一目で恋に落ちたとかどうでもいい。赤茶の髪色によく似た咀嚼できないチョコレートを舌で溶かしていると味は悪くない。チョコレートを食べながら、愛するよりも愛される幸せを教えてくれるという言葉が耳に残る。甘いチョコレートを食べながらぼんやりと会議が終わるまでなら婚約者を見習って付き合うことにした。
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