追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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ビアード公爵令嬢の婚約者6

ビアード公爵家次女として生まれたイナリアは野生児に成長している。
話すのも歩くのも早くビアード公爵夫人は感心していた。
俺が知っている赤子はエドワードだ。
エドワードは泣かない大人しい子供だった。イナリアは乳母や侍女に抱かれると大泣きする。泣かなくても玩具を投げる。ビアード公爵夫妻と一部の騎士にはいつもご機嫌なためビアード公爵夫人と騎士が面倒を見ている。
迷惑なことに俺も好かれているが面倒をみたくない。
イナリアと過ごす時間があるならレティシアのために使いたい。俺のレティシアに玩具を投げつけ、髪を引っ張る存在にニコリと笑いかけられても忌々しいだけ。
まだレティシアに抱かれて笑っている従妹のティアラのほうがマシ。ティアラが抱かれて笑うのはエドワードとレティシアだけ。将来は生意気に育ちそうだ。叔母上達は三人の様子を笑顔で見守っている。優しい笑みを浮かべるレティシアは美しいからずっと見ていたい気持ちもよくわかる。
レティシアがいないならビアードに通って、レティシアが頻繁に訪問するルーン公爵邸に住もうかと本気で悩み始めている。

そして俺は目の前にいる愛らしい顔とは正反対の性格の令嬢の相手をしたくない。
本性を隠すことがなくなった、フラン王国屈指に入る男に大人気のエイミー・リール公爵令嬢。ビアード公爵夫人とリール公爵夫人と母上と一緒にお茶会をしていたはずである。ビアードの社交にレティシアは駆けまわっても授業を休んでお茶会に参加することはない。他の貴族令嬢が王家のためにもっと働いてくれればレティシアはもう少し暇になるんじゃないか?レティシアが優秀でも体は一つである。イナリアが生まれてからはクロード殿下の手伝いと生徒会であまり帰ってこない。


「聞いていますか?レオ様が令嬢達に大人気です。特別な方はいらっしゃいませんが―――。マール様」
「レオ様は研究に夢中です。学園にいる令嬢達にお渡ししているのは試作品です。欲しいなら差し上げますよ」
「試作品が欲しいのではありません。私も学園に行ければ、お近づきになれるでしょうか。なんとかしてくださませ。私に恩がありますよね?」

リール嬢に関わりたくなくても敵に回すと厄介である。
俺とレティシアの婚約は派閥の夫人や令嬢達全員に反対されたら破棄だろう。レティシアはビアードに不利益なら婚約破棄するのはわかっている。
そしてリール嬢はその手段を持っている。
リール公爵家は令嬢達に恋物語を売っている。初恋の少女を海の魔物から救い出し結ばれた風の少年の小説は好感度を上げるのにありがたかった。
俺達のファンが増え応援してくれる令嬢が増えたのはリール公爵家のおかげである。
そして王子と演奏家の恋物語が新作である。クロード殿下の婚約者が決まらない限りレオ様の婚約者は決まらないだろう。決まるとすればレオ様が望んだ時だけだが難しいだろう。恋愛に一切興味を持っていない。
手続きすれば学園には足を運べるが、彼女が求めてるのはレオ様との繋がりか。


「平民の生徒に教養を教えてくれる有志の外部講師を募集すると聞いてます。生徒会の仲介で」
「詳しく教えてくださいませ」

目をギラギラさせたリール嬢はレティシアの前では猫を被っている良識的な令嬢である。
俺の執務室を訪ねレオ様との仲介をしろと訴える令嬢と知ったらショックで震えるだろう。
時計を見るとすでに生徒会の会議は終わっている時間。
レオ様なら運が良ければいるかもしれない。埓のあかない話をするより聞いたほうが早いか。用件があるなら繋いでもいいよな。寮ではなくレティシアの特別室に置いてある魔導鏡に通信を繋ぐ。憂鬱だがレティシアの顔を見れば気分は上がる。

「光ってる。え!?またマール様?」

映ったのは嫌そうな顔のルメラと無表情のエドワード。さらに憂鬱な気分になった。エドワードでも話が通じるからいいか。
レオ様はいないのか。さっさと用件をすませてリール嬢を追い出そう。

「レティシアはベリーの訓練中のため手が離せません。用件は」
「生徒会で外部講師の募集をしてるだろう?リール嬢が協力したいと。平民の生徒相手でも」
「助かります。レオ様、それは駄目です。まだベリーには早いので後で僕と試しましょう。リオと繋がってますが話しますか?」
「リオか。久しぶり。兄上が一月ほどレティシアを借りたいと言っていた。エイベルから了承は受けているが構わないか?」

笑顔のレオ様の言葉にビアードに殺意を覚えた。ビアードはレティシアの多忙を理解しろ。来月はマールで大規模な夜会があり俺達は呼ばれている。カナト兄上に俺は欠席でもいいからレティシアは参加させろと厳命を受けている。

「レティシアの予定は俺に確認をお願いします。王宮でも学園でも参内しますので。ビアードは予定を把握してません。クロード殿下には俺が話を聞きますよ。レオ様、リール嬢がお手伝いしたいと」
「兄上に伝えておく。リール公爵家は忙しいだろう」
「特に多忙とは聞いていませんが、アリア様の不在に」
「どうされました?エイミー様が?是非お力を貸していただきたいですが、多忙と伺っていますのでお気持ちだけいただきますわ」

エドワードから説明を受けたレティシアが首を傾げ、笑顔で断りをいれた。ローブを着ている姿も可愛いく顔が緩む。リール嬢から冷たい視線を受けている。私的な話をする時間もくれないのか。

「誰から聞いた?」
「ユーナ様から。生徒会に差し入れをお持ちくださったときに教えてくださいました。来月に音楽が好きなお姫様を迎えるのでエイミー様にお茶会の主催をお願いしたいんですがリール公爵家は婚儀の準備で多忙と聞き配慮のかけたお願いをするところでしたわ」

レティシアの口から聞こえた名前に空気が冷たくなった。ケトン嬢のほうが上手だったらしい。レティシアの顔は眺めていたいけど、譲ったほうが賢明か。

「情報の行き違いか。隣にいるから直接話して。イナリアの祝いに訪問した。イナリアは眠っていたから怪我はないよ。謝罪はいらないから」

イナリアが怪我をさせたかと心配して真っ青な顔をするレティシアの顔に赤みが戻った。女嫌いなイナリアは魔法で眠らせてから面会させている。イナリアが令嬢や夫人に怪我をさせればレティシアが謝罪に行き、さらに俺との時間が減るから。
席を譲って魔導鏡にリール嬢を映すと冷たい空気は払拭された。

「レオ様、お久しぶりです。お気遣いはいりません。公爵令嬢としてお役に立てるなら光栄です。レティシア、任されるわ。お茶会だけでなく接待役も」
「そうしていただけるのと助かります。レオ様、ありがたいですね。エイミー様なら」
「ありがとう。急遽だったから助かるよ」

嬉しそうに笑うレティシアとレオ様にリール嬢が男に大人気の笑みを浮かべた。

「私も差し入れに伺ってもよろしいですか?生徒会のお仕事もお手伝いします」
「いつでも。エイミーを見れば士気があがるよ。時間を教えてくれれば迎えに行くよ」
「明日の放課後に」
「明日はセリアが訪問するので、できれば明後日の放課後にお願いします。私は資料の用意に、え?今日来たんですか!?また被害が―――。ロキ、行きますよ。エディ、あとお願いします」

シオン嬢はまた学園で実験しているのか…。
いずれ被害者の会ができるんじゃないか?レティシアが消えてしまった。

「行ってらっしゃい。明後日リール嬢が放課後面会に来られる以外になにかご用件はありますか?」
「ない。お前もシアの部屋に入り浸ってるのか」
「僕はレオ様の補佐官です。僕は部屋を持っていませんし、レオ様はレティシアと合同で任される案件も多いので。失礼します」

映像が消えた。
レティシアの周りはいつも賑やかだ。
リール嬢は愛らしい笑みを浮かべていたのが嘘のように冷たい空気を纏っている。春の妖精という通り名を持つとは思えない。

「マール様、どういうこと!?ケトン様が学園に行ってるんですか?」
「知りません。生徒会は多忙なようで」
「レティシアはお茶会には顔を出しません。聞けば教えてくれるのに」
「シアはご令嬢のお茶会に顔を出す時間はありません。サラ様がそろそろ見えられますよ」
「ご挨拶してきます。レオ様とサラ様にお近づきになれる情報があれば流してくださいませ。お礼はもちろんします」

俺の執務室から出て行ったリール嬢。
レオ様争奪戦に巻き込まないでほしい。俺も学園に行くかな。リール嬢とケトン嬢が鉢合わせすればレティシアが怖がるだろう。


放課後に学園に行ってもレティシアには会えなかった。
シオン嬢の研究室に行っていたと翌日聞いたときは探さなかったことを後悔した。ようやく会えたのは休養日。
イナリアがパタパタと邸内を駆け回っているのをレティシアが追いかけている。
器用に扉を開けて部屋に入る。あんなに小さいのに片手で扉を開ける力があるのに感心する。そしてイナリアが一番よく入るのはレティシアの部屋。
手足を器用に使い俺よりも背が高い棚にのぼっている。

「たしの」
「イナリア、危ないですよ。おいで」
「いや」

レティシアが両手を伸ばすとインク瓶を投げるので風で受け止める。
鳥の縫いぐるみの首を片手で掴むとレティシアの腕に向かって飛び降りた。
レティシアが伸ばす手を避けたイナリアはバンと頭を踏みつけ跳び上がった。水球がイナリアを包み優しく床に降ろしたが俺は猿を窓から捨てたい。ふらついているレティシアを抱き寄せ踏みつけられた頭を見ると血が流れている。

「シア!?大丈夫か!?」
「ぐらぐらします。ディーネ、お願い。大丈夫ですわ」

血が流れているのにレティシアの頭には傷がない。治癒魔法を使ったのか。
イナリアは縫いぐるみを抱えてパタパタと部屋から出て行く。

「私のお部屋を移動させてもらおうかしら。見せられないものが」
「捨てたい。アレを諌めなくていいのか?」
「子供が元気なのは喜ばしいこと。怪我さえしなければ構いません。ティアラはまだ歩けませんし、お話もできませんが。お母様達はビアードの期待の愛娘と喜んでます。運動神経は間違いなく」

笑っているレティシアを抱きしめる。治癒魔法を使わせたくないのにあの猿…。

「血で汚れてしまいましたわね」

俺の手にべっとりとついた血が綺麗に消えた。水魔法か。

「痛かっただろう?」
「いいえ。小さい足ですから。擦っただけですよ」

微笑みながら腕から抜け出し追いかけるレティシアを見て、できる限りイナリアと二人にさせないことを決めた。
イナリアに踏まれ、血が出たのを不審に思い、べっとりと血で汚れている靴を調べると異常に重たい。
イナリアはたくさんの靴を持っている。
二足だけ重たい靴があり、布を裂くと鉄板が入っていた。特注で作られた遊びながら足を鍛えられる靴を微笑みながら紹介するビアード公爵夫人にレティシアを襲った惨事を話すと特注の靴は取り上げられた。
「嫌!!」と泣き叫ぶイナリアは魔法で眠らせた。
無詠唱の魔法に気づかないビアード公爵夫人は「疲れたのかしら。うちの天使は可愛い」と笑顔で抱き上げている。
レティシアを連れてマールに帰りたい。イナリアが分別を持つまでマールの社交を増やしてマール公爵邸に泊まるか?
レティシアの部屋はすでに用意してある。レティシアが住んでも問題なく、快く受け入れてくれるだろう。
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