愉快な令嬢の遊び 

夕鈴

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おまけ 愉快な令嬢の仲間達。過去と未来

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王家主催のお茶会が開かれていた。
6歳のお姫様と4歳の王子様の遊び相手の選別のため両家の子女が集められていた。
4歳のミーアは公爵令嬢の務めと両親に送り出され、身分の高い者の前ではお行儀よく過ごすんだよと口うるさく言われていた。
お茶会の席に座り、得意のおすまし顔と笑顔でお姫様のつまらない話に耳を傾ける。つまらなそうなミーアの隣の席に座っているダミアンが膝を叩くのでそっと視線を向ける。

「ミーア、遊ぼう」
「駄目。身分の高い方の前よ」
「お付きで遊ぼうよ。あの冴えない二人なんてどうだ?」

ダミアンは王族の視線が自分達に向いていないのを確認してミーアの耳に囁く。
ミーアとダミアンは見つめ合い、人前なのでにっこりと無邪気に微笑みテーブルの下で音を立てずにパチンと手を合わせる。人目がなければニヤリと悪魔の笑みを浮かべてハイタッチしていただろう。
そして挨拶以外一言も話さない冴えない侯爵子息を王子様に、ぽっちゃりしたお菓子に夢中な伯爵令嬢をお姫様の話し相手に選ばせるように動き始める。二人の親は王族と親しくなれとは命じていない。問題をおこさずにお行儀よく過ごしてほしいと願うだけだった。
お茶会の席で、無言の侯爵子息や誰も見向きもしない伯爵令嬢に優しく話しかけるミーアは愛らしかった。怖がられないように無邪気な微笑みで、伯爵令嬢の頬につく食べかすをハンカチで拭きとり王族に挨拶するように窘め、伯爵令嬢や無口な侯爵子息をバカにする子女達には微笑みながら綺麗な言葉で撃退する。その姿に一目惚れした子息も多くその一人がロットだった。
王子と姫が中座すると、ミーアは立ち上がりダミアンの手を取り庭園に消える。

「ねぇ、ダミアン」

ダミアンの手を繋ぎ、悪巧みを耳元に囁く。悪戯の相談は隠れてする二人はカサリとする物音に視線を向けるとロットがいた。
ミーアは一瞬視線を向けて、ダミアンは会釈する。

「はじめまして」
「ごきげんよう。公式の場で挨拶を受けましたので、結構ですわ。失礼します」

ミーアは頬を染めて、自己紹介をはじめようとするロットに礼をしてダミアンの手を引き足早に立ち去る。ミーアの視線はロットの後の大事な遊び相手の伯爵令嬢。また令嬢に意地悪を言われているので楽しく撃退するために、颯爽と立ち去った。いつも一緒のダミアンの手を繋ぐのは条件反射。真顔で固まり、ショックを受けるロットの様子は気にも止めない。ダミアンはロットよりミーアの身分が高いと知っているので、ミーアを優先させる。そしてミーアの見つけた遊びに気付き口元を緩ませ、すでにロットの存在は頭から消えていた。

ロットが放置という扱いを知ったのはこの時だった。ミーアは王族の前だとロットの言葉にもきちんと返すが、それ以外は全く相手にしない。ミーアがきちんと応対するのは身分の高い者とダミアンと王族とお気に入りの伯爵令嬢と侯爵子息だけ。ロットはミーアに声を掛け親しくなるのは諦めダミアンに目を付けた。
人間観察をしているダミアンにロットは笑みを浮かべて近づく。

「何してるの?」
「なんでもありません」
「僕、君と親しくなりたいんだ。ロットでいいよ。敬語もいらない」

ロットは自分より身分が低く逆らえないダミアンに人の良い笑みを浮かべて手を差し出すと握手された。

「わかった。よろしく」
「こちらこそ。ダミアン、今度遊びにいかないか?」

ロットはダミアンが一人でいる時は必ず話しかけた。ミーアは姫から解放されてダミアンのところに戻るとロットと親しそうに話している。

「ミーア!!」

ミーアに気付いたダミアンが手を振る。

「ロット様、ダミアンをありがとうございました。ダミアン、私はそろそろ帰りますが」
「僕の馬車で送るからお茶でもどうかな?ミーア嬢も」

ミーアは礼儀作法が甘いダミアンが心配だった。

「ダミアンと一緒なら」

ミーアはロットとダミアンの様子を観察しながら、害意も敵意もないと判断する。ダミアンよりも身分が高いミーアは弟が不敬で責められ、一緒に遊べなくならないようにしっかり気を使える令嬢だった。

ロットはいつもダミアンに話しかける。ロットの両親は可愛げのない息子の初めての友人を歓迎し、頻繁に遊びにいくのを許した。
ロットの立ち位置はダミアンの友人。ミーアは無関心なのはわかっていても、ダミアンを除けば一番近くにいるの異性は自分だった。ミーアの外面と素を知っても好きな気持ちは変わらず、むしろ無邪気に遊ぶ姿が可愛く余計に夢中になった。
ロットは水遊びをしている二人を眺めながら、そろそろ止めるかと立ち上がりタオルを手に持つ。

「ダミアン、ミーア、やめなよ。風邪ひくよ」
「ロットもやるか?」
「やらない。もう風が冷たいから上がって」

ロットの爽やかな笑みにダミアンが顔を顰める。二日前にミーアと狩りに行きお説教されたばかりだった。

「ミーア、撤収だ。やばい」
「もっと泳ぎ、かしこまりましたわ。また明日にしましょう」

ミーアは顔の青いダミアンとロットの顔を見て、ロットのお説教が怖いミーアは陸に向かって泳ぐ。
湖からあがり、びしょ濡れなのに気にせず歩き出す二人にロットがタオルをダミアンの頭に投げて、ミーアの濡れた髪を丁寧に拭く。

「すぐに乾きますわ」
「屋敷に直行で湯あみとテラスでお茶とどっちにする?父上からお土産が」
「ダミアン、しっかり拭いてください。私も自分で」
「髪は僕が拭くから体をしっかり拭いて。ダミアン?」
「わかったよ。細か、なんでもない」

ミーアとダミアンはサナが用意したバスタオルを受け取り体を拭き始める。
サナは二人が水遊びをやめて、きちんと体を拭く姿に感動する。誰が声を掛けても飽きるまで遊び、びしょびしょの体で森を駆けまわり、全身を汚して屋敷に帰り無理矢理湯あみをさせるのは大変だった。そしてその後の掃除も。
三人はロットの父親の土産の珍しいお菓子を食べながら温かいお茶を飲む。ミーアの頬がじんわりと染まり、体が温まった様子にロットが優しく笑う。ミーアはダミアンと珍しいお菓子の材料を当てる遊びをしていて気付かない。
ロットは危険がなければ、双子の遊びを止めずに見守り世話をやくスタンスだった。そして嫌われないように気をつけながら説教して、そのあとは必ず機嫌を取っていた。
公爵邸に帰り、ミーアとダミアンに湯あみをして着替えるように送りだしたロットの姿をミーアの父親は感心して見ながら、お茶に誘う。

「ロット、来てたのか。いつも世話をかけてすまないな」
「いいえ。大事な友人ですし、好きで一緒にいるのでお気になさらず」
「ミーアもな・・・。アレをみると怖くてお見合いにも出せない」
「ミーアは美人なので、僕も名乗りあげたいくらいですよ。ミーアは放っておけませんし」
「ロット?」
「僕にお任せいただけるなら、責任もって面倒みますよ。そろそろ何か企むかな。僕はこれで」

爽やかな笑みを浮かべて退室し、湯あみを終えたミーアとダミアンが厨房で悪戯を仕組むのをロットは華麗に止めた。公爵の中で娘の嫁ぎ先が決まった瞬間だった。ロットの冗談を子供とはいえ言葉の重みはわかっているだろうと公爵は頷き、ロットの両親にミーアとの婚約を打診した。公爵は面倒見の良い少年が本気とは気づかず、すでに8歳のロットの手のひらの上で転がされたいた。

ミーアはロットと婚約が決まったと聞き首を傾げる。お見合いの釣書はたくさん届いて、好みの相手がいれば教えてほしいと母に言われていた。ミーアは興味がないので、釣書を見ずに父に任せると伝えていた。

「お父様、婚姻は異存はないんですが、公爵家に嫁ぐよりも利のある縁談がありますよ」
「ミーア、うちにとって必要な縁だ」
「かしこまりました。お父様の命に従います」

ミーアは淑女の礼をして退室し昼寝をしているダミアンの隣にもぐり込む。寒がりのミーアはダミアンの温かい体を抱き枕にして眠るのが気に入っていた。成人したらダミアンとも遊ぶ時間が減るなら今のうちにたくさん遊ぼうと思いながら目を閉じた。

ロットはミーアの婚約者の地位を手に入れ、いつでも面会にきていいと公爵から許しを得ていた。公爵家の使用人はロットが勝手に歩き回っても奔放な双子に慣れているので気にしない。むしろ双子を止める救世主と一部に崇められ歓迎されていた。
ロットはミーアに抱きつかれて気持ちよさそうに眠っているダミアンを静かに眺める。ロットはおもしろくない。ダミアンはミーアを女として意識してないのはわかっていても。ダミアンが大好きなミーアに距離を保つように言って機嫌を損ねて嫌われるのは避けたい。ロットはダミアンの腹を思いっきり踏みつける。「ぐぇ」と悲鳴が聞こえたので足をどけて笑みを浮かべる。
しばらくして起きたダミアンとミーアの遊びを見守りながら婚約者になっても全く立ち位置が変わらないことにため息を飲み込む。好きな子の前では無様な姿は見せたくなかった。

ミーアは主催のお茶会が終わり、ダミアンを取り合う令嬢達を眺めていた。

「ミーア、冷えるよ」

窓を開けて、外を眺めるミーアにロットは肩掛けを掛ける。

「混ざらなくていいの?」
「口唇を読めたらもっと楽しめますよね」
「教えてあげようか?」
「できますの?」
「次期公爵だから、それくらいは」

ロットはミーアの視線が自分に向いた喜びは隠して穏やかな笑みを向ける。ダミアンさえいなければミーアの視線を独り占めできる機会が増えるので、是非交友関係を広めてほしいロットだった。


「ミーア、ダミアンとばかり遊んでロット様はいいの?」
「ロットは真面目です。義務で面会してるだけですわ。将来、婚姻するのは変わりませんしお互いに有意義に過ごすのが一番ですわ」
「ロット様はミーアを好きなように見えけど」
「あら?恋愛小説の読みすぎでしょう。ロットの視線に甘さも熱情もありませんよ。ほら、ダミアンに恋い焦がれる令嬢達を見たら一目瞭然。せっかくだから遊んできますわ」

姫の侍女になった昔のぽっちゃりした面影はカケラもない細身の伯爵令嬢は異性を魅了する魅惑の笑みを浮かべて立ち去る後ろ姿を見送る。
ミーアは感情の機敏には聡いのに異性からに好意の視線に鈍かった。そしてミーアは自分を性悪と友人に公言している。ダミアンの取り合いに巻き込まれた令嬢を保護し、私的な場所では身分に関係なく誰とでも気さくに話すミーアは性悪には見えない。公爵令嬢として敵に容赦ないのは秩序を守るのに当然。爽やかで好青年と囁かれるロットが夢中になるのがわかるほど魅力的な友人である。
ミーアは気付いていないがロットは空回りしながら少しづつ距離を詰めようとしていた。
全く見向きもされなかった少年が婚約者まで登りつめた。それでも全く相手にされていない。ロットの立ち位置はダミアンの友達でミーアにとってはただの幼馴染み。伯爵令嬢は不器用な青年に一度だけチャンスをあげた。
ミーアにロットが視線を向けられ、意識させる方法は一つだけ。
ロットの初恋を勘違いしたミーアの頭は今まで無関心だったロットのことでいっぱい。ここから意識を持っていくのはロット次第と笑みを浮かべて勘違いしたミーアを眺めていた。
伯爵令嬢は思いやりを無駄にした男が領主を務める領の名物大道芸対決をしているロットとミーアを眺める。ミーアのためなら柄にもないことを躊躇いなくする青年。
伯爵令嬢はロットが取り繕わずに、素直な姿をミーアに見せれば態度は変わったのを知っていた。恋に溺れるのを愚かとミーアは思っている。でも婚約者が自分に溺れるなら許しただろう。好奇心旺盛なミーアは貴族のはしたない遊びを知り、恋に溺れて罪を犯す者を愉快な笑みを浮かべながら、蔑んだ視線で眺めていた。それを知るのはミーアをずっと観察していた伯爵令嬢だけ。

ミーアとダミアンが従姉弟ではなく双子と初めて知ったのは両親の口からではない。使用人の囁く噂を聞いて、父を問い詰めたからである。もう一つの噂は確かめなかった。双子で別々に育てられ、嫡男なのに侯爵家に引き取られたダミアンに違和感を覚えても知らなくていいことは耳を塞ぎ目の前の楽しいことだけ目を向ける。

「貴族らしい遊びね」
「貴族は騙し合い。せっかくだから」

悪魔の双子はニヤリと笑い合いハイタッチする。そして、後に公爵邸に絶叫を響かせる悪魔の双子の誕生であり、記念すべき最初の犠牲者は実父の公爵だった。
ミーアは窓から夜空を照らす神々しい月を眺めて呟く。

「私は愉快なことが好きです。でも、快楽や甘美な夢に溺れれば不幸を呼びます」
「ミーア?」
「だまし討ちは節度を持って。真実を知るのは当人だけ。なんでもありませんわ。ロット、楽しませてくださいませ」

ミーアは変化を愛する。でも愛せない変化もある。ミーアが許す恋や愛は正しい形のものだけ。例え愛を捧げたい人が夫や婚約者以外でも節度は必ず守るべきである。ロットの長年の策を聞いた時にミーアは笑った。仕掛けられても微塵も気付かなかった。それでも婚約を結んで、婚姻という手段を整えてからミーアに手を出したロットはミーアの許容範囲内で嫌いじゃない。愉快なことが好きなミーアは恋愛だけは正しい方法を好むのはきっと誰も知らない。

気づくと隣にいる夫にそっと口づけるといくつになっても嬉しそうに笑う顔もいつもの冷静な顔が嘘のようにミーアの所作の一つ一つに反応する仕草も愉快でたまらない。ミーアは愛も恋もわかりたくない。それでも半身と同じくらい居心地がよく刺激的な夫は気に入っている。ロットはどんなミーアも愛しくて堪らない。いつもの楽しそうな笑みが嘘のように静かな顔で月を見上げる姿さえ。視線を向けられ微笑まれるだけで歓喜するロットはどうやって楽しませようか策を巡らせながら、自分の肌で暖を取るのが気に入っている妻を抱きしめた。


ミーアの産んだ第二子はミーアの父親にそっくりだった。義父にそっくりと笑う夫を眺めて、胸に突っかかっていた小さい棘が抜ける。おしどり夫婦と言われる両親が本物で、自分が不義の子供ではないと。ようやく勇気を出して調べると、嘘の噂を囁いた侍女は公爵に振られた腹いせに夫婦仲を壊そうとしていたが誰も相手にせずに、いつの間にか辞任していた。
ミーアは真実を知って、歪んだ笑みを浮かべる。貴族の闇を見過ぎて自分の恋も愛も興味は持てない。そして、人を不幸に陥れる遊びはミーアの趣味ではなかった。

「サナ、ミーアの鈍いところも可愛いけどさ」
「お嬢様もロット様には言われたくないと」
「僕がミーア達を双子と気づかないより、ずっと実父を疑ってたって」
「お嬢様の本心を読み解くのは難しいですが、最近はボソリと呟きますからね」
「わかりやすくていいけど。ミーア達に吹き込んだ侍女は?」
「気づいたら姿がなく。奥様でしょう。旦那様に近づく邪な者は」
「義母上ならうまく処理したね。僕が動くまでもないか」

ダミアンはミーアよりも早く真実に気づいていた。養子に出されたのは不吉な双子と囁く声を自分達の耳にいれないためだとしばらくして実父に教えられた。ダミアンは自分の出仕は興味はなくても、手を繋いでいたミーアの手が震えたから笑わせようとしただけだった。二人で悪戯をするのは楽しく夢中になりミーアが気にした事実も頭から抜け落ちた。優秀な嫡男の実弟を陥れようとするバカな愚か者も多い。ダミアンは公爵には興味はなく、貴族としての務めを果たした上で愉快に暮らせればいい。
一見しっかりしていてるのにマヌケなくらいに抜けているミーアとロットとサナを眺めて笑う。ミーアは隠すのが上手く誤解させるように誘導するのも得意である。
ダミアンはロットとサナの会話を聞きながら、我が子を抱いて妖艶に微笑むミーアに笑みを返す。ミーアとダミアンの遊びは終わらない。せっかくなので、ミーアの望み通りに二人の誤解に油を注ぐ。気にしても出生の秘密で揺らぐほど、ミーアは弱くない。サナがロットの味方についたので、ダミアンはミーアの味方についた。ロットの怒りを鎮める方法をミーアが身につけたため、昔ほど怖くない。ミーアとダミアンの愉快な遊びが終わりを迎える日がくるのかは誰も知らない。
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