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第22話──祈りの果てに・後編

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 人知れず静かに故郷を後にする騎士の胸中を我が事のように感じながら、彼が愛した少女は青年の行く末を想う。
 
 次に彼がフランスの地へ──生まれ育ったブルターニュへと戻るのは何時になるのだろう。
 もしかしたら、これが今生で最後の機会になる可能性もあった。
 しかし、彼は振り返らない。
 澱みなく馬を進めながら、ただ、真っ直ぐに前を見つめて手綱を握っている。
 その碧い瞳が見ているのは、目の前の景色やあるいはこれから向かうローマの地ではなく、更に先の遠い未来の世界なのかもしれない。

 未来の世界。それはかつて青年と少女が語らう中で垣間見た、恋も信仰も自由に許される穏やかな時を享受出来る場所。
 彼にとっての理想郷。 

 青年が歩んできた二十数年を見ればよく分かる。
 彼は、その平和な世界へ至る道筋を、少女の言葉を手掛かりとして、ずっと探し続けているのだ。
 そしておそらく。これから先に続いていく時間も、彼女の騎士はその永久にも等しく与えられた生が続く限り、己が全てを尽くし、かつて少女が語った夢の世界の実現へと奔走するのだろう。

 もしかしたら、と彼女は思う。
 自分は〈救国の聖女〉と慕われ、一方で〈魔女〉と蔑まれたけれど、人々に強い印象を残した私の存在は、実はほんの『切っ掛け』に過ぎなくて。
 真に〈神様〉が望み、尊い使命を賜ったのは、小娘に過ぎない自分などではなく、彼だったのではないかと。

「……ジル」

 今、内に湧き出す彼の想いをこれほど強く感じながら、その肩を抱き締めてあげる事が出来ないのが、とても辛い。
 それでも、ここに至るまでの時間の中で、プレラーティが退き、あらゆる面で騎士の力が強くなったおかげで、彼女は地上に降りてきた当初より、かなり動きやすくなっていた。
 彼女自身もまた、地上での暮らしに慣れて、青年と行動を共にしているうちに、彼にならって強かになったとも言える。

 そうしているうちに、間接的ではあったものの、いくらかは彼の仕事の手助けも出来るようになった。

 彼女の想いの結晶とも言える〈聖遺物〉──猛火の中でも燃え尽きなかった彼女自身の心臓──が魔術師の手を通じて彼に宿った事で、生前のようにその心身を癒し、またこれを媒介として、時折彼の前に顕れるのを許されるようになっていた。
 ──もっとも、かつて彼女を導いた古の聖女達のように、彼女から望んで彼に声をかけたり働きかけたりするのは難しく、せいぜい〈聖遺物〉の主であるジル自身が彼女に意識を向けた時、夢枕に立つのが精一杯ではあったが。

 未だ、世の無常を悼み、時に傷つく青年に励ましの言葉すら与えられず、泡沫の一時、見つめ合うだけ。
 ただ、それでも。この地上を漂う陽炎のような存在である彼女にとって、彼の前に立てる時間は、途方も無く幸せだった。

 ──私は、ずっと貴方の傍に……貴方の中にいます。

 語り尽せぬ思いの丈を微笑みにのせて。
 彼女はいつも眩しいものを見るような視線を送ってくる彼を、碧い瞳に確かに映っている自分自身を感じていた。

 時は流れて。

 少女は〈聖遺物〉を通じて彼の内なる世界に抱かれているうちに、不思議なぐらい穏やかな気分になっている自分自身に気が付いた。
 勝利を求める執念のような慕情が為した今の自分の在り方ではあったけれど。
 次第に、彼女はただ愛した青年の幸福のみを願うようになっていた。

 ──もう、彼を自分から解放してもいいのではないか。
 ──かつて確かに互いの想いを分かち合った、理想を共にした、そのかけがえのない事実だけを抱いて、自分は消えるべきではないのか。

 数百年を経ようと彼が未だ彼女を忘れずにいてくれるのは素直に嬉しかった。
 でも、彼にはこれからもまだたくさんの時間が、可能性が残っている。
 これ以上、過去に縛られたまま、彼を歩ませるのは酷というものだ。

 もう十分ではないか。
 彼は強くなった。もうその存在を脅かすものは、神秘が薄れた今の世界ではまず存在しないだろう。
 自分より遥かに力を付けた相手をこれ以上、見守る必要もあるまい。

 私は消えよう。
 彼に命と想いを託していった多くの人達と同じように。このまま彼の中で溶けて、本当に一つとなるのだ。
 難しい事は何もない。ただ、願うだけでいい。

 ──貴方に私の全てを委ねます。

 ふわりと、温かいものに心ごと包まれるのを感じる。
 意識が遠のき、彼の中で個を保っていた外核である自らの姿が、指先から光の粒子となって散っていくのを確かめながら、少女は微笑んだ。
 
 ありがとう、ジル。
 今、私はとても幸せなのです。
 
 目を閉じると浮かんでくる、彼と過ごした懐かしい日々。
 敵も味方も傷つく戦はとても辛かったけど、いつもそばには愛しい人がいた。

 ──そう、私はこれまで本当に幸せでした。
 あの時代。人がただ生きるだけでも苦難を強いられる荒れ果てた世界で、まだ貴方のような心から国を憂い、民を思う真の騎士に出会えた事を。そして一緒に戦えた事を誇りに思います。そして──

 少女は回想しながら、己の頬を伝い落ちるものに気付く。
 やがて訪れる最後の瞬間を感じながら、今どうしても伝えたい、託したい一言を口にする。

 ──一人の人間として、貴方に愛された事を、貴方を愛した事を誇りに思います。
 私はもう貴方と共に支え合い戦う事は出来ぬ身ですが、いつもこの心は貴方と一つとなって、その身の無事をお祈りしております。
 ですからどうか──私の騎士よ。貴方は貴方のままでいて下さい。貴方が懐く誇り高い理想は、何時の時代でも人々の救いとなるものです。
 貴方は故国を救う英雄となった。
 その力は更に多くの人々を救う力になるでしょう──

 ここまで祈りを捧げた後、彼女は可笑しそうに微笑んだ。
 
 ──ああ、違いますね。
 私が本当に伝えたいのは、こんないかにも『聖女らしい』言葉ではなくて。

「ジル……貴方も幸せになって下さいね」

 涙の一滴が光に散ったのを最後に、彼女の意識は途絶え、その存在の全ては彼の中に消えた──はずだった。


              ◆◆◆


「……どうして、ですか」

 いつか見た夢の世界──自らが処刑された時から遥か未来の極東の地で、彼女──ジャンヌは問うていた。

 彼は己を欲したからこそ、自らの手で消えゆく彼女の魂をすくい上げ、再び彼女に現世で生きる為の器を与えたのではなかったのか。
 御稜威の王の導きからその知識を得て、少なくはないリスクを払い、師父である同族に嗤われながらも、長い時を経て蓄えた多くの魔力を注ぎ込んだ。
 自らの力を減じる事を分かったうえでなお、あえて〈聖遺物〉──それは多くの人間が望みながらも触れる事すら難しい奇跡の欠片──である彼女を己から切り離し、人として蘇らせたのは、孤高の王であるよりも、彼女を選んでくれたからこそではないのか。

 もし、本当にこれが想いの行き違いで、彼が彼女への贖罪の為だけに自分をこの世界に復元したのであれば、あまりにも悲し過ぎる。

「どうして貴方は……せっかくこうしてまた手を取り合う事が出来るようになったのに……そんな事を言うのですか」
「言ったでしょう。私は貴女に幸せになって欲しい。だから──」
「どうして私もまた同じ気持ちでいると、分かって下さらないのですか……!」

 一喝すると、沈痛な面持ちでこちらを見つめる青年の前で、ジャンヌは立ち上がる。
 内側でずっと堪えていたものが弾けたのが分かった。目の前の彼の姿がふいにぼやける。もう抑えがきかなかった。

「私、ずっと貴方の中で貴方の喜びも痛みも感じてきました。
 貴方は責任感の強い人だから、優しい人だから、自分の痛みよりも他人の痛みがより強く響くのを知っています。
 そのせいで、私を救えなかった事をずっと悔やんでいる事も。
 でも仕方が無かったんです!あれは避けようのない運命だったんです!
 〈神様〉でさえ違えることが出来ない、世界の理だったんです!」

 蒼い瞳から涙を噴き零しながら、少女は訴える。

「ジャンヌ……」
「私は、自分が処刑されるのを避けられないと理解した時、正直、〈神様〉を恨みました。
 目の前にあのお方がいらっしゃったら、言葉が思いつく限り訴えたかった。
 私を貴方から引き離さないで欲しいと。
 信じられませんよね。聖女なのに。
 でも私なんて、所詮その程度の小娘なんです。
 下手に知恵を付けたばかりに、頭でっかちで小生意気で、無鉄砲で。
 そんなどうしようもなく扱い辛い女を愛してくれたのが、ジル、貴方だったんです」

 彼女が〈神様〉から授けられた知識の数々は、当時はあまりにも突飛過ぎて、作戦会議の席でこれを提案すると、他の幕僚達は呆れて失笑する事がしばしばだった。
 例えば、その頃はまだ城壁を破壊する事にしか使われていなかった臼砲を、直接敵軍に向けて使用する事を訴えた時もそうだった。
 戦を知らない田舎娘が何を偉そうに。
 口で言わずとも視線が雄弁に伝えている。
 それでなくても、フランスの騎士達は飛び道具を卑怯だと言って使いたがらない。今はそんな体裁を気にして戦をしている時ではないというのに。
 知識はあっても、経験がない彼女の言葉には、これを有効な手段だと裏付けるだけの重みが無い。
 まさか「後の世では常識です」と言うわけにもいかない。

 場に重くたれこめる沈黙。
 行く事も退く事も叶わず、貴族や傭兵達の冷たい視線を受けて困惑する彼女を救ってくれたのは、当時から有能な将として知られていた青年──ジルだった。

 彼はいつも彼女が言わんとする事をいち早く理解し、それを他の騎士達にも受け入れられるよう、上手く立ち回ってくれた。
〈聖女〉という神の意志を伝える装置は、ジルという得難い調整者の存在があってこそ機能していたのだ。

 彼はいつも笑いながら、面倒な彼女の〈通訳〉を引き受けてくれていた。
 あまつさえ、こんなじゃじゃ馬女を『それでこそ良し』と認めてくれた。

「〈神様〉の存在に直接触れた事のある私ですら、あの方の御心が理解出来ず、苦しんだというのに。
 貴方はあれほどの仕打ちを受けて、それでも天の采配を憎まなかった。
 そんな貴方だからこそ、私は幸せになって欲しかった。
 心から、何の憂いもなく、笑えるようになって欲しかった──」

 ふいに。
 鼻腔をくすぐる少女の甘い匂いと、半身を包み込む柔らかな感触にジルは戸惑う。

「貴方が言う事は、いつも正しい。
 そして、それがいつも誰かを思いやっての事だと十分理解しているつもりです。
 でも、正しい事がこの世の全てでは決してないでしょう?
 その正しさが、時に誰かを、貴方自身を傷つけると、どうして分かってくれないのですか」
「あ……」

 ジルの胸に縋り付き、絶対に離れたくないとばかりに彼を抱き竦める少女の言葉に、彼の中で蘇る記憶があった。

 ──謙虚なのは君の美徳だが、あまりに過ぎるとこちらが悲しくなってくるぞ。
 ──そうして他の誰かを泣かせた事はなかったかね?

「正しさはもういいんです。
 それよりも貴方自身の気持ちはどこにあるのですか?」

 ──大抵の場合、人の好意は素直に受け取る方が喜ばれる。
 ──君に足りない処世術の一つだよ。
 
「貴方は私を愛してくれていると言って下さいましたね。
 私も貴方を愛しています。
 だって、こんな私を受け入れてくれる殿方なんて、貴方ぐらいしかいないですもの。
 もし他に誰かいたとしても、他ならぬ貴方がいるのに、今更探しに行きたくなんてありません。
 だから、貴方の本当の気持ちが聞きたいのです」
 
 ──ああ、そうか。そういうことか。
 少女の言葉が鍵となり、ジルの心の奥底で頑なに拒み続け封じていた一つの感情が呼び起されていく。

 脳裏で想いを託して自らの内に消えた恩人が在りし日の姿で笑っている。
 彼は全て見透かした上で、その言葉を残したのかもしれない。
 そして、また一人の戦友が、その昔怖気づく彼の肩を一押しした言葉で改めて問うた。

 ──それじゃあ何か?お前さんはこのまま禁欲を通した挙句、澄ました顔して自分がキリスト様にでもなるつもりかい。

 まさか。そんなことが出来るわけない。
 そんな目で見つめられたら、こんなにも温かな肌を感じてしまったら──
 
 青年の唇が、空を掴もうとしたままになっている指先が、慄いた。

 彼女との出会いから始まった夢のような日々。
 少女と過ごした日々は今も誇らしく、彼の中で掛け替えのない宝となり、今尚、戦う騎士の支えとなっている。
 だが、二度と帰らない時間の流れの中で、それでも思わずにはいられなかった事がある。

 自分達はあの時、精一杯、時代の中を生きていた。
 『騎士』としての誉れ、『英雄』としての勲は十二分に受け取った。
 彼女もまた、『聖女』としての役目に殉じた。
 時代がそれを望んだ。自分達もこれを是とした。
 それでも、あの時の自分が、また違った選択をしていたら──
 もっと人間としての感情に早く目覚めていたら──結末は違っていたのかもしれない、と。
 
 500年も前の話である。
 今更何を言っても遅い。女々しい話で自分が嫌になる。

 しかし、『聖女の騎士』にあらず、『救国の英雄』でも、ましてや『聖なる怪物』でもない、己が内で取り残された『人』としての自分が、たった一人の女を愛して顧みられることなく死んだ男が、どうしようもなく哭き叫ぶのだ。

 もっと心に素直になっていればよかった、と。
 ──彼女を抱いていればよかった、と。
 
 なんて浅ましい事だろう。
 なんて罪深い事だろう。
 嗚呼、心だけで、理想だけで、繋がれる事に満足出来る自分であれば良かったのに……

 そんな俗な感情もこの500年に渡る修行の日々で、すっかり消えたものだと思っていた。
 もう自分はただの『騎士』という役柄を演じる装置であり、秩序を乱すものを誅する一振りの剣に過ぎないと。
 しかし、それはただ自分がそう思い込みたかっただけで。
 実際は己を苛む罪悪感に屈し、どこまでも愚かな男に過ぎない自分を認める勇気が持てなかっただけ──

 頑固なだけでまたしても臆病になってしまっていた自分。
 それに比べて彼女は──

「好きだから、離れたくない。
 二人が一緒に居る理由なんて、それだけで十分なのではないのですか?」

 まっすぐで力強い言葉。

「もう『聖女』は嫌です。『乙女』であるのも飽きました。
 どうか私をこの言葉の檻から解放して下さい」

 非業の宿命を経てなお、少女は少女である事を貫いている。
 その姿はなんと潔く、美しいことだろう。

「……ジル?」
 
 力強い腕が、彼女の身体を包んでいた。
 ふいに耳元で響いた軽やかな笑い声に、ジャンヌが顔を上げた。

「……やっと……やっと貴女にふれる事が出来た……」

 差しのべられた長い指先が、そっと髪に触れると、緩やかに波打つその流れにのって滑り、愛おしげに彼女の輪郭を辿ってゆく。

 懐かしい感触。ランスの地で初めて彼の名を呼んだ時の事を思い出す。
 礼儀知らずにも思わずその名を呼び捨ててしまい、狼狽する彼女を安心させるように、優しく宥めてくれたあの彼の温もりを感じる。

 ただ、その指使いはその時よりもどこか頼りなげで……そして何倍も労りを感じさせるものだった。
 それはとても心地が良くて、思わず瞼を閉じて、されるがままに身を委ねてしまいたくなるが、瞳に映る彼の表情がそれを許してはくれなかった。

 男性、と言うには、まだ幼さの残る端正な顔がごく近くにある。

 長い睫毛に縁どられた、さながら森の奥深くに眠る神秘を湛えた湖水のごとき碧い瞳は、彼の内から抑えようもなく零れる感情に濡れていて、その色の深さを増している。
 震える言葉と共に唇から洩れ出た熱い吐息は、少女の白い頬を優しく一撫ですると、軌跡にそって否応にも淡い紅を刷いた。
 
 泣き顔と笑顔とが入り混じったその表は、あまりにも儚く、寄る辺のない有り様は、まるではぐれていた母親を見つけた幼子のよう。
 いつになく芳醇な感情に彩られた美貌は、今にも崩れ落ち消えてしまいそうな風情で、目を離す事が出来ず、瞬きすら不安になる。

 出会いから人目を忍びつつ心を通わせ、運命が二人を引き離した後も、何時も祈りと共に見守っていた──そんな少女であっても今のような彼を見るのは初めてで、こうして他者には決して見せてこなかった彼の繊細な表情と視線を独占している事は、たとえようもなく嬉しくもあり、苦しくもあり……その心は戸惑いと高まる『何か』に対する甘やかな期待とにかき乱された。

 記憶にある彼はいつも冷静そのものであり、戦場を駆ける横顔は常に凛と引き締められていて、『英雄』という言葉を全身で受け止めるだけの風格をもっていた。
 だからこそ、歴史の中で彼の真の功績や在り方が人々に知られる事がなくとも、彼女は彼が誇らしかったし、また人の善性を体現するような高潔で不器用に過ぎるその生き様を愛してもいたのだ。

 その彼が──自らと並んで『救国の英雄』と敬われ、同時に『怪物』と忌避される青年が、鋼のような意志で永い刻に渡りあらゆる非道や脅威と戦ってきた彼女の騎士が、救いを求めるように細い少女の身体を抱き寄せる。

「……私も……」
 歴戦の猛将と呼ばれるには、あまりにも優美な長身の胸元に手を添えて、少女が応える。
「……私もずっと貴方にふれたかった……貴方にふれて欲しかった……私を感じて欲しかった……」

 それは少女が心に秘めてきた偽りざる本音だった。あのルーアンでの別れから、否、同じ戦場で轡を並べていた頃からずっと──

「……あの日、1431年の5月30日に、〈救国の乙女〉であるジャンヌは天に召されました」

 抜けるように澄み切った蒼穹を思わせる眼差しが、慈愛に満ちて、揺れる碧の視線を優しく救い上げた。

「今、貴方の傍にいる私は、聖女でもなんでもない、ただの人間です。
 身の程知らずにもあなたを愛してしまった……哀れな女です」

 すぐ目の前にあるはずの彼の顔がよく見えない。
 微笑もうとしても、溢れてくる感情に涙が止まらなかった。

「昔……貴方は私の為に生きると言ってくれました。
 己の全てを賭して愛して下さると。
 私も、貴方に私の持てる全てを差し上げて応えたいのです」

 そんな少女の肩を包み込む腕の力が強くなり、伝わってくる鼓動の音が早くなった。

「私、まだランスでしたお約束を果せていません。
 もし、貴方が望んで下さるなら、今度こそ私を……受け止めて頂けますか?」

 肩越しに隠れてしまった青年の表情は伺えない。

 だが、彼女に縋る長身が小刻みに震えている。
 堪えきれなくなった低くかすれた嗚咽が少女の耳朶を打った。
 青年もまた哭いていた。その身に受け止めきれないほどの歓喜と、懺悔と、苦悩とがない交ぜになった感情に打ちのめされて。

 
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