暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT

文字の大きさ
7 / 36

第一話「壁の中にいる何か」⑥

しおりを挟む
 誰? そう思う暇もなく、その気配は一瞬で背後に近づき、次にザワっと……。

 ――何かが左肩に触れた感触。
 
 誰かが追い越していって、軽く肩に触れていった……そんな感触。
 
 駅のホームなんかで、たまにギリギリの所を後ろから来た奴に、追い抜かれる事ってあるじゃない?
 
 ちょうどあんな感じの感触。
 何より、一瞬感じた生ぬるい体温……それは恐ろしくリアルな人の感触だった。
 
「……うわっ! あ、すみません!」

 反射的にそんな言葉が口をついて出た。
 
 感覚的には、後ろから来た誰かが立ち止まってた俺にぶつかっていった……そんな感じだったから。
 
 だから、思わずペコペコしながら、その追い越していった誰かに謝ってしまったのだ。
 
 でも、俺は即座に凍り付く。
 俺の左側は10cmほどの距離を空けて、すぐ壁だったのだ。
 
 誰かが無理矢理通れるような隙間もないし、何より左からすり抜けるように、追い抜いていったはずのその誰かは……影も形も無かった。
 
(いやいやいや! 今の何っ! 誰かが触った……絶対、肩が当たった! でも、こっち壁! 壁っ! 誰もいねぇし!)

 もはや、一瞬でパニック状態になって、思考がまとまらない。
 
 極限までテンパった人間ってのは、叫んだり、駆け出したりも出来ない。
 ただ固まって、何もできなくなるのだと……理解する。
 
 正面を見ると、高藤が俺の異変に気づいたのか、5mほど前で立ち止まって、怪訝そうな表情を浮かべていた。
 
 もう一回横を見る……やっぱり壁、スレスレと言っても良い。
 
 ……気のせい……? 俺、ちょっと疲れてるんだ。
 灰峰ねーさんとかに、色々言われて自己暗示にかかったとか?
 
 ……そんな風に思い始めた。

 でも、今のリアルな感触……と言うか、なんか変じゃなかったか?
 押しのけられたような感じだったのに、実際は衝撃もなかったし、押されてもいない……?
 
 強いて言えば、ゆっくりと身体をすり抜けていった……そんな感じだった。
 
 一瞬、どこかで嗅いだ匂いが漂った気がした。
 

 クレゾールとアンモニアの入り混じった匂い……病院の匂い。

 廃墟になって10年近いようなところでするはずもない匂いなのだけど、もう一度壁を見た時に、あの匂いがした……全身に鳥肌がブワッと立つのが解る。
 
「はぅわああああああっ!」

 高藤の絶叫で強制的に意識を引き戻される。 
 見ると、高藤が左腕で、右肩を押さえながら、目を見開いて絶叫していた!
 
「な、何かが……透明な……何かがっ! 俺の体の右半分をすり抜けていったーっ!」

 右? 右? 右って言った? 高藤っ?
 
 何いってんの? 右って言ったよな?
 
 そいや、俺のは左だったよなー。 
 なら、気のせいだ! 高藤が意味不明の事言うのなんて、いつものことだ! 

 でも、なんで右なんだよ……俺は左、右って俺と逆だよ! 高藤は右って言った。
 
 なら、関係ない! 
 
 そこまで考えて、高藤と俺は向かい合わせだった事に気付く。
 
 高藤から見て右は……もう隙間なんて、数cmでいきなり、壁! 壁! 壁!
 
 それに、俺はまだ、何があったかなんて、高藤には伝えてない。
 高藤から見たら、俺は突然キョドったようにしか見えなかっただろう。
 
 ……もう、理屈抜きでわかった。
 
 俺の肩に触れた何かは、そのまま真っすぐ壁の中に半分めり込みながら、まっすぐ進んでいって、向かいから来ていた高藤の身体を通り抜けていったのだ。
 
 もちろん、高藤の後ろには誰もいない! 高藤が叫ぶまでの間の数秒間……俺はキョドりながらも周囲を見渡していたのだけど、お互いの間に何も見てない!
 
 何か……何かが……! 俺たちに触れて行ったのだ!
 
 そう、目に見えない得体の知れない何か……。

 壁にめり込んだまま、ただひたすらまっすぐに突き進む、目に見えないナニかがっ!
 
 高藤が振り返って逃げようとするので、即座に駆け寄って、腕を掴んで引き止める!
 
「何すんだっ! 今のは! 今のはっ! なんだったんだよっ! 離せーっ! 離してくれっ!」

「バカ! あれは、向こうに行ったんじゃねぇのかっ! 追いかけてどうするっ! こっち来いっ!」

 それだけ言って、そのまま踵を返して、廊下も階段もめちゃくちゃに走って降りる。
 高藤もすごい勢いでついてくるのが解った。
 
「ちょっと待て! 俺をおいていくなっ! いいから待てって!」

「うっせーっ! 早く逃げるぞ! ヤベェ! ヤベェッ! ヤベェッ!」
 
 一階を有無を言わさず駆け抜けて、高藤と押し合いながら、後ろを気にしつつ、入口から揃って、ほうほうの体で抜け出す。
 
 外では、一足早く出ていた灰峰ねーさんが驚いた様子で佇んでいた。
 
「おかえり……その様子だと、何かあったみたいだね」

「ねーさんっ! 何かいた! 何かいたっ! ナニかいた!」
 
「ふぉおおおおっ! 見延……人を見捨てて、真っ先に逃げるとか、あんまりだっ!」
 
「うるせぇ! トチ狂って、アレの方へ行きそうになってたのを、引き止めてやったんだから、それで勘弁しろよな! おい、アレが追いかけてきたりとかしてないよな!」

「知るか! 後ろなんて見てる余裕あると思うか? てか、怖くて後ろ見れねぇっ! 早く逃げようっ!」
 
「まぁまぁ、二人共、ひとまず落ち着こうか……もう大丈夫だから。外には何も居ないし、なにか来る気配もない……。その様子だと、二人揃って何か見たとか……そんな感じみたいだね。いずれにせよ、深呼吸でもして、気分を落ち着けてから、何があったか話してくれないかな?」
 
 ねーさんの冷静さに助けられる。
 テンパった人間を前にすると、人間以外と冷静になれる……ねーさんもそんな様子だった。
 
 とりあえず、もう大丈夫なのが解ると、思考もまとまってくる。
 思わず、高藤ともども、地面にへたり込む。
 
「見延! あれはお前の方から来たみたいだったが……なにかしたのか? と言うか、なんだったんだ……アレは! あんなの俺も初めてだったぞ……!」

「俺は……普通に二階の廊下をウロウロしてただけだよ。そしたら、高藤が来たからさ……。なぁ、そっちから見て、俺、どんな感じだった? 様子おかしくなかった?」

「途中までは普通だったけど、いきなり立ち止まってキョドってたな……。で……何か様子がおかしかったから、そっちへ行こうとしたら、唐突に壁の方に気配だけが湧いて、そのまま俺の身体に重なって、通り過ぎていったんだ……すっげぇ生々しい感触だった! あれは……気配だけの透明な見えない何かが身体をすり抜けていった……そんな感じだった。なんだ! あれはっ! お前、何か見えてたのか?」

「俺は、何も見てない……でも、いきなり背後に人の気配がして、気配だけが俺の肩に触れていったんだ……。俺、壁に向かって何か言ってたろ? あれ、邪魔になってて、ぶつけられたと思って、反射的に謝ってたんだよ……そしたら、もうっ! すぐ壁だったのよ!」
 
 どちらか一人だけで、もう一人は何も感じてなかったら、ここまで動揺はしなかっただろう。
 
 たぶん、今の何? 程度で、気のせいってことにして、終わってただろう。

 ……実際、俺の思考はそんな感じだった。
 正常性バイアスとも言う思考……非日常の出来事に対して、それを否定する人の心理傾向。

 けれど、僅かなタイムラグを挟んで、二人が、口裏も合わせずに全く同じ体験をしたと言うこと。
 
 これは、お互いがお互いの体験を事実だと保証したようなものなのだ。
 そして、その間も……人が歩く程度の速度なら、ピッタリ合う。
 
 ……俺達二人は、言うまでもなく同じ結論にたどり着いていた。
 壁に半分めり込みながら歩く、見えない何かが俺達にぶつかっていったのだと。
 
「とりあえず、もう帰ろう……俺、ここに長居したくない……ははっ、ごめん。誰か手を貸してくれないかな? 腰が抜けた……」
 
 騒ぎを聞きつけたのか、残ってた二人が戻ってくる。

 高籐と灰峰ねーさんが二人がかりで手を貸してくれて、俺もやっとの思いで、立ち上がる。
 
 もう一度、相模外科を見上げてみる……さすがに、もう入りたいとかこれっぽっちも思わない。
 もはや、長居は無用とばかりに、俺達は無言で駅前へと朝日の中を帰路に着くのだった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/25:『さむいごご』の章を追加。2026/2/2の朝頃より公開開始予定。 2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。 2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。 2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。 2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。 2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

私の居場所を見つけてください。

葉方萌生
ホラー
“「25」×モキュメンタリーホラー” 25周年アニバーサリーカップ参加作品です。 小学校教師をとしてはたらく25歳の藤島みよ子は、恋人に振られ、学年主任の先生からいびりのターゲットにされていることで心身ともに疲弊する日々を送っている。みよ子は心霊系YouTuber”ヤミコ”として動画配信をすることが唯一の趣味だった。 ある日、ヤミコの元へとある廃病院についてのお便りが寄せられる。 廃病院の名前は「清葉病院」。産婦人科として母の実家のある岩手県某市霜月町で開業していたが、25年前に閉鎖された。 みよ子は自分の生まれ故郷でもある霜月町にあった清葉病院に惹かれ、廃墟探索を試みる。 が、そこで怪異にさらされるとともに、自分の出生に関する秘密に気づいてしまい……。 25年前に閉業した病院、25年前の母親の日記、25歳のみよ子。 自分は何者なのか、自分は本当に存在する人間なのか、生きてきて当たり前だったはずの事実がじわりと歪んでいく。 アイデンティティを探る25日間の物語。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...