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第四話「マヨイガ」④

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「……あー、悪い。説明を要求するぞー! どうなってんだこれ?」

「ああ、そうだね……。まず、実を言うと……この美しが丘って木場(こば)君や田助君の車でも何度か通ってるんだけど。あの二人だとすんなり抜けれるみたいなんだよ。……つまり、見延くんが運転して車で来ると面白いように迷子になる……。そして、私がナビしてもやっぱり迷った。そうなると、単純に道に迷ってるんじゃなくて、君がいると迷う……こう言う図式なんじゃないかと言う推論が成り立つよね?」

 木場君と田助ってのは、俺らの仲間内で他に車持ってる連中の名だった。

 最近は、この二人も時々車出してくれるようになって、仲間達も彼らに送ってもらったり、複数台で遠出とかするようにもなってた。
 当然ながら、二人の車に俺が乗る機会は無かったのだが。

 けど、あの二人はストレートに抜けれるのに、俺の時は迷子になる。

 え? 意味がわからない。

「……え? お、俺のせいだっての?」

「うん、それが第三者たる私の視点での認識だよ。以上の点を踏まえてもらった上で、あくまで推測って前置きしとくけど。多分……あれ、「マヨイガ」ってのだったんじゃないかな? 実際、田助君達の話だと、あの廃墟の方がどれだけ探しても見つからないって言ってて、先週なんて、朝まで一帯を走り回って、探したんだけど見つからなかったんだってさ」

「……マ、マヨイガ? い、いきなり非科学的な……」

 唐突に怪しげな世界に突入したことを実感する。
 
 よ、妖怪の一種だったかな?
 聞いたことはあるんだが……どんなだったかな。

「まだそんな事を言ってるのかい……いいかい? 科学ってのは、あくまで後付理論なんだよ? 要は誰にでも解りやすく、この世界で起こる事象に、人が認識できる範囲で論理的に説明付けをしたものに過ぎない。言ってみれば、宗教のようなものだよ。非科学的とかいう言葉を使うヤツに限って、その実態は熱心な信者とそう大差ないんだから、笑える話だよね」

 ……新興宗教科学教ってか?

 ニフティのオカ板とかって、たまにオカルト否定派が紛れ込んでは、荒ぶったりしてるんだけど。

 世の中、科学で説明出来ない事なんていくらでもあるんだから、それを盲信してる時点で、駄目だと思う。

 ありえないことはありえない。

 これは世の真理でもあるのだ。

 目に見えるものは必ずしも正しくないし、誰もが見えているものが同じだとは限らないのだ。

「……確かに、実際、幽霊なんてのが居るんだから、妖怪や魑魅魍魎も居ても不思議じゃないわな」

「ああ、君の口から非科学的なんて言葉が出るとか、むしろ何の冗談かと思ったよ……話を続けるよ? マヨイガってのは、柳田国男の遠野物語に出てくる伝承なんだけど、知らないかな? 山で迷った人を誘い込む家の形をした怪異なんだけど」

 遠野物語は知ってる。
 
 じっくり読んだことはないんだが、タイトルや大雑把な内容は知ってる。
 主に東北地方に伝わる郷土伝承や妖怪伝説をひとまとめにしたって代物だった。

 座敷わらしとかオシラサマとかは、これで有名になったらしいんだが。

 座敷わらしは、心霊番組で……。
 オシラサマは、サンデーの「うしおととら」で知ったクチだ。

 そういえば、マヨイガも「うしおととら」に出てたっけ! 思い……出したっ!

「マヨイガ……解った! うしおととらに出てた奴だ!」

「おお、御名答。ちなみに、その家から金品を持ち出せば、幸運が訪れるとも、何もせずに、黙って立ち去るのが正解だとも言われてて、色々パターンがあるみたいでね……。ちなみに、家自体は廃墟ってこともあれば、さっきまで誰かいたような無人のお屋敷ってパターンもあるみたいだね。君、東北の方に縁があったりする?」

 ……東北地方には別に縁も所縁もない。
 
 あるとすれば、主に中国地方。

 諏訪の方には、多少の縁があるものの。
 別に深い縁とは言い難い。

 東北なんて、夏場は別に行く理由がないし、冬場は雪や寒さに阻まれて行く気が起きない。

 スキーやスノボもやらないから、そんなものだ。

 トラウトの類は、色々釣れて穴場も多いって話で興味くらいはあるんだが。
 山岳渓流釣行とか、さすがに敷居が高いわな……。

「東北に縁なんて無いよ……。中学の時の修学旅行で岩手の方に行った事があるくらいかな」

「そうか、まぁ……マヨイガも東北限定じゃないだろうし、似たような話は他所にもありそうだからね」

「けど、なんで俺だけ? ……するとなにか? 美しが丘に俺が来るとその「マヨイガ」に誘われて、迷子になってた……そう言う事だったの?」

「まぁ、考えてもみてくれよ。私はこう見えて道を覚えるのは得意なんだ。その私がナビやって、道だって木場君の運転の時は完璧にナビ出来て、ちゃんと道覚えてたんだ。でも、君が運転手だと、あっさりどこに居るのか解らなくなってしまってねぇ……。方位磁石も真っすぐ走ってるのに、いつの間にか反対向いたりしてて、役に立たなかったよ」

 ……そんな事やってたのか。
 けど、たしかに仲間内で一番ナビが上手いのは灰峰姉さんだった。

 他のやつは、地図を逆さに見てたり、現在地の把握が出来てなかったりとなかなか酷いものだった。

「……そっか、姉さんなりになんとかしてくれようとしてたんだな」
 
「まぁね……。でも、結果的に毎度、無人の街を一時間も車で彷徨う羽目になって、毎回最後は同じ廃墟に行き着いて、なんだかんだで無事に帰れる……。考えてみれば、割とマヨイガの話そのまんまではあるよね? あれって、マヨイガと遭遇した時点で、その人は遭難してても、必ず無事に帰れるんだよ。と言うか、なんで、あんなあからさまに異常な事になってたのに、君は気付いてなかったんだい?」

 ……そう言われると確かにそうだ。
 
 記憶では、大通りが見える道に入ったはずなのに、入り組んだ住宅地の生活道路がバーンと広がってたとか。
 大きな道を道なりに走ってたのに、何故か行き止まり……とか。
 
 道のつながりがどう見ても、バグってるような感じだったのに、その事を不思議に思ってなかった。

 初見のところで、ヤマカンで適当に曲がってたりすると、そんな事になるのは珍しくないんだけど。

 何度も来てる場所で、そんな変な迷い方をする方がおかしい。

 そもそも、思い起こして、今更おかしいって気付いてるとか、その時点で色々おかしい。
 なんと言うか、明らかに変な認識バイアスかけられてたような……。

 え? マジで何なのこれ?

「よ、妖怪とか、めっちゃオカルトだなぁ……。でも、ありえないことはありえない……だよな。ただ、なんで俺だけなんだよ……。と言うか、俺……なんで今頃になって、おかしかった事に気付いてんだよっ!」

 色々おかしかったことに気付いてないとか、もうその時点でおかしい。
 なんと言うか、急激に見えてる風景に現実感が失せて来た。

 どこからが幻でどこからが現実だったんだ?
 実は、俺……未だに昨日から迷い続けてるんじゃないだろうな?

 そもそも、俺はいつからここに居る? この目の前にいる人は……誰だっけ?

「見延くん……大丈夫? どこを見てるんだい? 大丈夫……私はここに居る。今君が認識して、目にしてるものこそ正しい……おーい、帰ってこーい」

 姉さんが俺の頬をペシペシ叩いて、俺の目をじっと覗き込んでいた。

「す、すまない……。一瞬、正気を失いかけた……。なんか急に現実感が失せて……」

「SANチェックに失敗してる場合か? 頼むから正気くらい保ってくれよ……今、君が見ているこの光景こそが現実なんだ。これはこの私が保証するよ」

 姉さんの言葉でハッと正気に返る。

 言われて、廃墟のあった空き地をじっと見つめる。
 なんだか見覚えのある子ども用自転車や、雑多なガラクタ……。

 妙に綺麗な玄関の向こう側。
 
 それらの面影はそこには何一つ残っていなかった。

 ここはただの空き地だった。
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