君の手で‪‪✕‬して~適合体No.02の逃亡理由~

夜薙 実寿

文字の大きさ
4 / 36
chapter.1 新生式

1-2 感染

しおりを挟む
 ぶちぶちっ、コードが引き抜かれるような音がして、小柄な男性が長髪の女性の肉を食い破った。叫声が迸る。飛び散る鮮血。鉄錆びた臭いと吐瀉物の臭いが混ざり合い、辺りには吐き気を催すような悪臭が漂った。

「そこで我々が目を付けたのは、〝起き上がり〟という現象でした。かつて土葬が主流だった地域では、時折死者が甦ることがあった。当時は原因不明でしたが、実はそれは特殊な細菌による伝染病だったと判明したのです」

 化け物と化した男性は、口中のものを咀嚼して呑み込んだ。――食べた。人を、喰らったのだ。
 一気に恐慌が伝播した。叫び、駆け出す人々。皆我先にと他者を押しやり、転んだ者を踏み付けて進む。狂乱。そこに、更なる異変が襲った。突然呻き声を上げて倒れ伏した者が居る。それが数瞬後には、最初の男性と同じように狂気に憑りつかれたように暴れ出したのだ。それも一人や二人ではない。集団の中から何人も同じような症状を見せる者が出現した。

「この細菌は人間の血中に寄生し、血液を糧として増殖、活動します。そうして、宿主の肉体を劇的に作り変えてしまうのです。感染すると、まずは強い拒絶反応に見舞われ、大概が死に至る。それから一定数は起き上がりますが、細菌に操られて人を襲うだけの自我の無い怪物と化してしまうのが大半です」

 逃げ惑う人々の中、幾人かが出入り口の扉に辿り着いた。しかし、扉は外側から施錠されているのか一向に開く気配が無い。四方を頑丈な金属の壁で囲われたシェルターのような室内だ。これでは、誰も逃げられない。

「これを我々は〝食人鬼グール〟と呼んでいます。皆さんにはゾンビと言った方が通りが良いかもしれませんね。〝食人鬼〟は心臓を破壊しない限りは頭を潰そうが何だろうが動き続けるので、使い捨ての兵隊としては有用ですが、如何せん知能がありませんので敵味方の区別が付かないのが難点です。それに傷の修復機能が無い為、存在脆いのです。〝食人鬼〟が血液のみならず肉までも摂食するのは、この欠けた機能を本能的に補おうとしてのことなのかもしれませんね。決して己の身にはならないのですが」

 素手で扉を叩く者。体当たりする者。悲鳴と怒号と助けを乞う幾つもの声がとぐろを巻き、出口の無い空間に滞留してはひしめき合う。ほんの数分前までは自分達と同じ境遇だった仲間が、牙を剝いて仲間の血肉を喰らう。そうして命尽きた者までが、程なくして起き上がるや同じように他者に襲い掛かった。

 ――地獄だ。私達は今、地獄の釜の中に居る。

 あまりの光景に、私は逃げることもせず呆然と立ち尽くしていた。目の前の現実が、まるで遠い世界の出来事のように思えた。
 しかし、それは確かに実際に起きていて、私だけを置き去りにするようなことはなかったのだ。

 不意に、眩暈を覚えた。世界がぐるりと回転するような凄まじい酩酊感。堪らず嘔吐し、たたらを踏む。しまいには留まれずにくずおれた。
 それは心因性のものではなく、紛れもなく私の肉体が変調を来した表れだった。遂に、私の番が来たのだ。
 画面の男の声だけが何事もないように淀みなく説明を続けていた。

「ところが、稀に生きたまま――自我を保有したまま上手く細菌に適合して変化を遂げるケースがあるのです。その場合は知能があるのは勿論のこと、強靭な肉体に高い自己再生力、更には特殊な固有能力までもを備えた個体が現れることがあります」

 霞み出した視界の端、抗うように顔を上げると冴えた月光に似た白銀色が引っ掛かった。あの紫電の瞳の青年だった。私と同じく逃げそびれたのか、集団から離れた位置にぽつりと独り取り残されている。そこに、牙を剥いた動く死体がゆっくりとにじり寄っていく様を見た。

 瞬間、脳内にある映像がフラッシュバックした。雪崩なだれ込む機械兵。黒光りする銃身。鉛の雨を浴び、宙を舞う妹の細い身体。

 ――駄目だ。

 白み始めた頭の片隅で、私は必死に前方へ手を伸ばした。

「〝吸血鬼ヴァンパイア〟――人類の救世主となり得る、理想の不死兵アンデッド・ソルジャー。それが、我々の求める強大な力。さあ、この中の何人が、その領域に至ることが出来るでしょうか。改めて、皆さんの新たな門出に、祝福を」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

【完結】火を吐く土の国の王子は、塔から来た調査官に灼熱の愛をそそぐ

月田朋
BL
「トウヤ様、長旅お疲れのことでしょう。首尾よくなによりでございます。――とはいえ油断なされるな。決してお声を発してはなりませんぞ!」」 塔からはるばる火吐国(ひはきこく)にやってきた銀髪の美貌の調査官トウヤは、副官のザミドからの小言を背に王宮をさまよう。 塔の加護のせいで無言を貫くトウヤが王宮の浴場に案内され出会ったのは、美しくも対照的な二人の王子だった。 太陽に称される金の髪をもつニト、月に称される漆黒の髪をもつヨミであった。 トウヤは、やがて王家の秘密へと足を踏み入れる。 灼熱の王子に愛され焦がされるのは、理性か欲か。 【ぶっきらぼう王子×銀髪美人調査官】

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

長年の恋に終止符を

mahiro
BL
あの人が大の女好きであることは有名です。 そんな人に恋をしてしまった私は何と哀れなことでしょうか。 男性など眼中になく、女性がいればすぐにでも口説く。 それがあの人のモットーというやつでしょう。 どれだけあの人を思っても、無駄だと分かっていながらなかなか終止符を打てない私についにチャンスがやってきました。 これで終らせることが出来る、そう思っていました。

処理中です...