8 / 36
chapter.1 新生式
1-6 生贄
しおりを挟む
鏡には、仏頂面が映り込んでいた。
混じり気のない黒の短髪。黒い瞳。やたら育った上背に、広い肩幅。発育が良すぎるのは今に始まったことではないので、特に変わったところはなさそうだが……。
確かめるように鏡面に顔を近付けると、私は口を大きく開いてみた。するとどうだろう、上の犬歯に当たる位置の歯が、左右同時ににょっきりと伸びたではないか。
驚いて今一度閉口してみると、それは縮んで収納される。どうやら、開口した時のみ伸びる仕組みのようだ。何かで見た蛇の毒牙を彷彿とさせる。
何にせよ、牙があるという事実に己の変化を嫌でも実感せざるを得なかった。
私はやはり、〝吸血鬼〟になってしまったのか。
暗澹たる気持ちで溜め息を吐いた。
思い出すのは、今日これまでのこと。
あの後、迎えが来てようやく外に出ることが叶った訳だが、そこでもまた一つ新たな悲劇が起きてしまったのだった。
◆◇◆
地獄の釜、あるいは蠱毒の壺の蓋は、外部からゆっくりと開かれた。警戒するように慎重な足取りで入室してきたのは、ものものしく武装した数人の大人達だった。感染対策だろうか、宇宙服みたいな密閉型の防護服を着込んでいる。銃を持っているが、兵士ではなくこの研究所らしき場所の職員なのかもしれない。
その中心に、あの白衣の男が居た。周囲を部下達に守られるようにして、一人だけ武器も持たず防毒衣も着用せずの軽装だ。――事が起きたのは、その時だった。
男の姿を捉えた途端、鳶色兄が雄叫びを上げてそちらに駆け出した。鎮火していた青い炎が、再びその腕を覆う。銃口が一斉に彼を狙った。程なくして、無数の発砲音が上がる。防毒衣達は躊躇なく鳶色兄を撃ったのだ。
弾は鳶色兄の足や胴体を穿ったが、それで彼が止まることはなかった。着弾した部位からは再生による弾の排出が為され、寸の間で傷が修復されていく。
目を瞠った。本当に、あんなことが。あるいは私も、あのようにして……。
鳶色兄は全く怯むこともなく、凄まじい気迫で白衣の男へと向かっていく。痛みを感じていないのだろうか。そこで、私は見た。男が白衣の内側から何か黒い小型の端末を取り出したのを。――嫌な予感がした。
「やめろ!」
私が叫んだのと、ほぼ同時だった。男が端末を操作し、鳶色兄の身体が吹き飛んだ。あとほんの少しで男に手が届こうかという距離だった。
まるで、弟の時の再現のようだった。胸の内側から破裂するようにして、上半身がバラバラに霧散。残された下半身が力尽きてその場に倒れ、後には紅い雨が降る。青い炎は他に落ち、血液を浴びて燻り、やがては消えた。
しかし、程近い距離に居た男の白衣が赤く染まることはなかった。よく見ると彼の周りだけ透明な硝子のような膜が貼っている。それが血飛沫を防いだのだ。
機械兵が同じものを使っているのを見たことがある。光エネルギーの展開によって形成される障壁――光化学シールドだ。
その内側で、男は涼しい顔で端末をしまいこんだ。そうして、
「ですから、申し上げておりましたのに……非常に残念です」
芝居がかった調子で首を左右に振り動かした。如何にもわざとらしい態度。
――見せしめだ。
そう思った。鳶色兄は、見せしめにされたのだ。言うことを聞かないとこうなるぞと、改めて私達に示す為に。
あの黒い端末が爆弾のスイッチに違いない。罠だ。白衣の男が一人だけ軽装で来るなんて、考えてみればおかしな話だ。奴は初めからこうなることを見越していたのだ。そうして、まんまと……。
殺された。
鳶色兄の残骸は、今や再生の兆しを見せることもない。ただの肉片としてそこに転がっている。やはり、〝食人鬼〟同様、我々の弱点も心臓なのだと思い知る。
言葉だけでは、正直半信半疑だった。もしかしたら、心臓が弱点というのは嘘ではないのか。もしかしたら、本当は爆弾なんて存在しないんじゃないか。こちらの憶測を聞いて、都合が良いから話に乗っただけではないのか。……そんな淡い期待が、今のデモンストレーションで見事に粉砕されてしまった。
その為だけに、鳶色兄は殺されたのだ。
「さて、それでは皆さん、本日は色々あって大変お疲れのことでしょうから、このままお部屋の方へご案内致しましょう。勿論、個別に寝室を用意してございます。お気に召されると良いのですが……もし、ご所望でしたらこちらで夕飯のご用意も致しますので、その際は後程、内線通話などで何なりと」
衝撃で言葉を失った私達を順繰りに見て、白衣の男は満足げに微笑んだ。誰も何も返事をせずとも気にせず勝手に続ける。鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「そうだ、皆さんは本日生まれ変わったのですから、新しい名前が必要でしょう。僭越ながら、わたくしから提案させてもらいます。……そうですね、本来なら〝吸血鬼〟に成られた順番といきたいところなのですが、それぞれがいつ頃かは判然としませんでしたので、元々の名簿の並び順で」
適合体No.01〝eins〟――それが、私に与えられた新たな名だった。
混じり気のない黒の短髪。黒い瞳。やたら育った上背に、広い肩幅。発育が良すぎるのは今に始まったことではないので、特に変わったところはなさそうだが……。
確かめるように鏡面に顔を近付けると、私は口を大きく開いてみた。するとどうだろう、上の犬歯に当たる位置の歯が、左右同時ににょっきりと伸びたではないか。
驚いて今一度閉口してみると、それは縮んで収納される。どうやら、開口した時のみ伸びる仕組みのようだ。何かで見た蛇の毒牙を彷彿とさせる。
何にせよ、牙があるという事実に己の変化を嫌でも実感せざるを得なかった。
私はやはり、〝吸血鬼〟になってしまったのか。
暗澹たる気持ちで溜め息を吐いた。
思い出すのは、今日これまでのこと。
あの後、迎えが来てようやく外に出ることが叶った訳だが、そこでもまた一つ新たな悲劇が起きてしまったのだった。
◆◇◆
地獄の釜、あるいは蠱毒の壺の蓋は、外部からゆっくりと開かれた。警戒するように慎重な足取りで入室してきたのは、ものものしく武装した数人の大人達だった。感染対策だろうか、宇宙服みたいな密閉型の防護服を着込んでいる。銃を持っているが、兵士ではなくこの研究所らしき場所の職員なのかもしれない。
その中心に、あの白衣の男が居た。周囲を部下達に守られるようにして、一人だけ武器も持たず防毒衣も着用せずの軽装だ。――事が起きたのは、その時だった。
男の姿を捉えた途端、鳶色兄が雄叫びを上げてそちらに駆け出した。鎮火していた青い炎が、再びその腕を覆う。銃口が一斉に彼を狙った。程なくして、無数の発砲音が上がる。防毒衣達は躊躇なく鳶色兄を撃ったのだ。
弾は鳶色兄の足や胴体を穿ったが、それで彼が止まることはなかった。着弾した部位からは再生による弾の排出が為され、寸の間で傷が修復されていく。
目を瞠った。本当に、あんなことが。あるいは私も、あのようにして……。
鳶色兄は全く怯むこともなく、凄まじい気迫で白衣の男へと向かっていく。痛みを感じていないのだろうか。そこで、私は見た。男が白衣の内側から何か黒い小型の端末を取り出したのを。――嫌な予感がした。
「やめろ!」
私が叫んだのと、ほぼ同時だった。男が端末を操作し、鳶色兄の身体が吹き飛んだ。あとほんの少しで男に手が届こうかという距離だった。
まるで、弟の時の再現のようだった。胸の内側から破裂するようにして、上半身がバラバラに霧散。残された下半身が力尽きてその場に倒れ、後には紅い雨が降る。青い炎は他に落ち、血液を浴びて燻り、やがては消えた。
しかし、程近い距離に居た男の白衣が赤く染まることはなかった。よく見ると彼の周りだけ透明な硝子のような膜が貼っている。それが血飛沫を防いだのだ。
機械兵が同じものを使っているのを見たことがある。光エネルギーの展開によって形成される障壁――光化学シールドだ。
その内側で、男は涼しい顔で端末をしまいこんだ。そうして、
「ですから、申し上げておりましたのに……非常に残念です」
芝居がかった調子で首を左右に振り動かした。如何にもわざとらしい態度。
――見せしめだ。
そう思った。鳶色兄は、見せしめにされたのだ。言うことを聞かないとこうなるぞと、改めて私達に示す為に。
あの黒い端末が爆弾のスイッチに違いない。罠だ。白衣の男が一人だけ軽装で来るなんて、考えてみればおかしな話だ。奴は初めからこうなることを見越していたのだ。そうして、まんまと……。
殺された。
鳶色兄の残骸は、今や再生の兆しを見せることもない。ただの肉片としてそこに転がっている。やはり、〝食人鬼〟同様、我々の弱点も心臓なのだと思い知る。
言葉だけでは、正直半信半疑だった。もしかしたら、心臓が弱点というのは嘘ではないのか。もしかしたら、本当は爆弾なんて存在しないんじゃないか。こちらの憶測を聞いて、都合が良いから話に乗っただけではないのか。……そんな淡い期待が、今のデモンストレーションで見事に粉砕されてしまった。
その為だけに、鳶色兄は殺されたのだ。
「さて、それでは皆さん、本日は色々あって大変お疲れのことでしょうから、このままお部屋の方へご案内致しましょう。勿論、個別に寝室を用意してございます。お気に召されると良いのですが……もし、ご所望でしたらこちらで夕飯のご用意も致しますので、その際は後程、内線通話などで何なりと」
衝撃で言葉を失った私達を順繰りに見て、白衣の男は満足げに微笑んだ。誰も何も返事をせずとも気にせず勝手に続ける。鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「そうだ、皆さんは本日生まれ変わったのですから、新しい名前が必要でしょう。僭越ながら、わたくしから提案させてもらいます。……そうですね、本来なら〝吸血鬼〟に成られた順番といきたいところなのですが、それぞれがいつ頃かは判然としませんでしたので、元々の名簿の並び順で」
適合体No.01〝eins〟――それが、私に与えられた新たな名だった。
10
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる