まりあと不気味なおばけの国~Maria in spooky wonderland~

夜薙 実寿

文字の大きさ
13 / 26
第3章 廃校舎で隠れんぼ

第13話 怪異だらけの夜の学校

しおりを挟む
 その学校は、宵闇に包まれていた。
 一般的なコの字型の、四階建てのコンクリート製の校舎。古びた印象はあまりしないが、もう本来の用途では使用されていないのだろう、光源は非常口を示す緑色の照明だけが唯一だった。
 非日常的な緑の光が照らし出す世界は、悪夢に迷い込んだ錯覚を強くさせる。あるいは、それは錯覚ではないのかもしれないけれど。
 校門前で人気の無い校舎を見上げながら、まりあはごくりと喉元のものを嚥下した。

「病院もなかなかだったけど、夜の学校って、どうしてこんなに怖いんだろうね」
「うん、凄みがあるよね」シフォンが同意する。

 掲げられた表札は、病院の時同様に摩耗して読み取れなくなっていた。〝□□□□□□学校〟……これでは小学校なのか中学校なのか高校なのかも分からない。
 まりあは確認がてらクラウンに訊ねてみた。

「クラウンは、ここでわたしみたいに光ってる子を見たんだよね」
「そうだヨォ。確かにまりあチャンと同じ光り方だったと思うヨォ」

 それならば、やはり自分以外にもこの世界に生きたまま迷い込んでしまった子が居るのかもしれない。

「早いところ見つけてあげなくちゃ」

 たった一人でこんな暗くて怖い場所に居たら、不安で堪らないだろう。
 自らを鼓舞して、まりあはおどろおどろしい雰囲気を放つ夜の学校の門を潜った。途端に、冷えた空気が身体に纏わりつく。門の内外で明らかに体感温度が異なる気がした。……単純にだだっ広い空間に風が吹きさらしている所為とも考えられるが。

(やだ、わたし変に意識しすぎかも)

 歩を進める毎に足が重くなっていくような感覚を覚えていると、実際にズシン、ズシンと重量のある足音が聞こえてきたのだ。気の所為だろうと思っていたら、シフォンが「何の音?」と怪訝げな声を上げたので、どうやらそういう訳でもないらしい。

「みんなにも聞こえてるの?」
「うん、聞こえてるよ」
「ああ、これはアレだヨ」

 まったりとした調子で、クラウンが校庭の方を指さす。緑の照明の届かないそちらは紅い満月の光だけが頼りとなるが、暗闇に目が慣れてしまったのか、不思議とその姿を捉えることが出来た。
 歩く人影。本を片手に薪を背負った、古めかしい着物姿の全身色の無い男の子。

「に、二宮金次郎が歩いてる……」

 勤勉の象徴として小学校などに建てられる銅像でお馴染みの彼だ。クラウンが感心したように顎を擦った。

「まりあチャンは知ってるんだネェ。今時の子はもう知らないんだと思ってたヨォ」
「危険はないの?」
「大丈夫だヨォ。彼はああして時折歩き回るケド、それだけで何の害もないカラ。銅像もたまには動かないと運動不足になっちゃうもんネェ」
「そういうものなの……?」

 クラウンと話しているとどうにも緊張感が抜ける。こういう局面においては、むしろありがたいことかもしれないけれど。

「あの子も亡者なの?」
「ウウン。あの子は怪異カナ」
「怪異?」
「まりあチャンの学校にも無かっタ?『夜になると二宮金次郎像が動き出す』とかいう類の七不思議。ここではそういうのが全部実在してるんだヨネェ」
「えっ」
「ああ、そうか。この世界自体、住人達の記憶や想いの欠片で出来ているから、共通認識度の高い怪談話は全て具現化されているんだ」

 得心がいったようにシフォンが言うが、まりあには今一分からなかった。

「つまり?」
「魂を持った亡者とは別に、魂を持たない怪談由来のおばけ、どっちも出るってこと」
「……おばけだらけで大変じゃない」
「そういうことだね」
「学校怪談だけに限らないけどネェ。てけてけとか口裂け女とかの都市伝説系も町の方ではちゃんと出るヨォ」
「出なくていいんだけど」

 何だか先が思いやられる。

「でも、金次郎が居るってことは、ここは小学校かな」

 改めて校庭を見回してみると、隅の方には雲梯うんていや登り棒などが設置されており、手前側には飼育小屋と思しき檻も存在していた。ますます小学校らしい。……ちなみに、檻の中には明らかにうさぎやモルモットではなさそうな巨大な生物のシルエットが見えたが、それに関してはまりあは深く追及しないことにした。

「どうだろうネ。小中高、全部混じってるカモ」
「とにかく、校舎の中に入ってみよう」

 小首を傾げるクラウンを置いて、シフォンが音頭を取る。まりあが頷いて続こうとすると、クラウンがのんびりと引き止めた。

「あ、ちょっと待ってェ」
「うん?」

 頭上から絹を引き裂くような甲高い悲鳴が響き渡った。

「きゃあああああああー~っ!!」
「!?」

 ギョッとして振り向くと、まりあは校舎から落下する人の姿を目撃した。それなりに離れているのにハッキリと、やけにゆっくりその動作が目に焼き付く。
 セーラー服の女生徒だった。頭を下にして、一直線に地面へと向かっていく。天を指して靡く黒髪。恐怖に見開かれた瞳、口。絶叫が迸る。

「まりあ、見ちゃ駄目だ!」

 シフォンの忠告と同時に、大きな掌がまりあの両眼を後ろから覆った。直後、何かが叩き付けられるような鈍い破砕音だけが耳に届く。
 沈黙が辺りを満たした。

「い、今の、音……」

 まさか、と喘ぐように息をしていると、目隠しをしていた手がそっと外された。見てはいけないと思いつつも、視線が音のした方へと向いてしまう。どくどくと激しく主張する鼓動。干上がる喉。しかし、悪い予想に反して、そこには何も無かった。

「あれ?」

 ホッとしたが肩透かしを食らったようで、まりあは鼻白んだ。すると、シフォンが鋭い声を飛ばす。

「あ、あそこ!」

 彼の示した先、屋上に目を遣ると、なんと先程のセーラー服の女性徒の姿があった。フェンスの外側、遮るもののない空間に立ち、今にも飛び降りてしまいそうだ。

「あの人、何で? さっき、確かに……」
「『屋上から飛び降り自殺する女性徒の霊』……カナァ。大抵ああいうのって、死んでも死にきれなくて何度でも自殺の瞬間を繰り返すって言うしネェ」

 クラウンがのほほんと推論を述べた。先程まりあの目を塞いだのは、言うまでもなく彼だ。

「校舎に近付こうとすると出るんだヨネェ。下手するとぶつかっちゃうカラ、タイミングを見て通ろうネ」
「何その嫌なアクションゲームみたいなの」

(ていうか、怪談の方のおばけ……なんだよね?)

 ではなく、魂のある亡者の方だとしたら――。

(深くは考えない方がいいのかも)

 まりあが努めて思考を放棄すると、程なくして先程と全く同じ、神経を逆撫でするような悲鳴が再度空気を裂いた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...