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閑話 天使アーリンの憂鬱 その3

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王立図書館長コルネリスの報告を受けて、魔道賢者アイザックが動き出す少し前、タケル達が伯爵の依頼を受け手マンティコア退治で活躍している頃に、天界に暮らす天使族アーリン達の間でも一つの騒動が起きていた。

「メイガスを名乗る者が現れた?」

地上監視の任を担っている、天使エリクの報告を聞いて私はひどく驚いた。
メイガスといえば反逆者の代名詞とまで言える程、憎まれそして恐れられている存在だ。
かつてその強大な魔力で大陸を支配し、それだけでは飽き足らずオーガ族、竜族、あまつさえ我らの暮らす天界にまで攻め込むという途方もない野望を抱いた者達。

「でも彼らは八百年も前に壊滅し、残った残党も地の底に追いやられたはずでは?」
「そのはずだったのですが、生き残りがいたようです。」

エリクが記録した水晶に写った若者を見て、私はめまいがした。
確かに見覚えがある。
この者は私が、以前に担当した若者だ。
確か・・・タケルとかいう名だったはずだ。
すべての数値をINTに振り分けるという愚かな真似をした人族の少年。
でもステータス調整に失敗したはずの、異世界人がどうしてメイガスに?

しかも以前のオドオドした雰囲気はどこにもない、よほど修業を積んだのか自信に満ちた様子で魔法を行使しており、水晶越しでもかなりの力を感じる。

「この者は一体どうやって、メイガスに?」

「わかりません。ただ人族とは思えないほどの巨大な魔力を持っているようです。
恐ろしく燃費の悪いメイガスの魔法を、いとも容易く使いこなしているとのことです。」
そうメイガスの魔法は並の地上人には扱えない。その威力と引き換えに膨大な魔力を要求されるのだから。

「第2種警戒対象になる可能性があります。」
「そんなッ!」

第2種警戒対象とは、その者を拘束して連行し、その危険性を調査するというもの。
それだけならまだ良い。だが多く場合対象者は長期にわたり監禁され、悪くすれば第1種警戒対象に格上げされることもある。
もし第1種警戒対象となれば・・・抹殺である。

この少年がなにか大きな罪を犯したという訳でもあるまいし、いきなり第2種警戒対象とは、それだけ天界がメイガスを恐れているということだろう。

「アーリン、天使長様がお呼びのですよ」
私が物思いに耽っていると、天界において天使統括の任についておられる天使長ゼブラ様からの呼び出しがかかった。嫌な予感がする。

「アーリン。最近現れたメイガスを名乗る若者について知っておるか?」

「はい、先ほどエリクから報告を受けました。」

「うむ、以前にお主が異世界からの転移を担当したということらしいが、間違いないか?」

「はい、間違いございません。天使長様。」」

「うむ、それではお主に新たな任務を与える。この者を第2種警戒対象とする。天使アーリン、お前は下界に降りてその者を拘束し、監獄都市ドロキアへ連行せよ。」

ああ、やっぱり嫌な予感が当たってしまった。
天使族の役割は異世界人のサポートだけではない。
地上世界に害を与える危険な者を拘束したり、処罰をあたえるのも重要な仕事だ。
メイガスを名乗るタケルが、目を付けられるのも時間の問題だっただろう。
自らが担当し、多少なりともその身を案じていた少年を捕らえなくてはならない。
アーリンの心は重く沈むのだった。
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