辺境伯の愛する傾国

椿猫

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新婚旅行に行こう①

「お父さん、ハンカチは持ちましたか?竪琴は?ドレスも持ちましたか?忘れ物はありませんか?」

 今日も今日とて、息子は父の心配をしていた。
 結婚式から数日の間は、滞在客やロードナイトの親族と話しをしたり色々と賑やかだったが、今はもう日常に戻った。うきうきで旅行の用意をしたのは主に侍女たちなので、まず忘れ物はないと思う。

「大丈夫だよ。侍女さんたちにも確認してもらったし、ねー」

 エデル付きの侍女たちが、にこやかに微笑みながら頷いた。

「お母様もいますし、必要な物があればあちらでも買えるとは思いますが、お父さんはロードナイト辺境伯の夫なんですから、そこのところは忘れないでくださいね」
「あー、そうだよね、俺、辺境伯の夫なんだよね。アリアさんの夫=辺境伯の夫だもんね。分かった、忘れないように気を付けるよ!」

 エデル的には辺境伯の夫というより、アリアの夫という意識の方が強い。それはそれで、アリアをアリアとして見ているからいいのだが、アリアには辺境伯という地位が自動的についてくるわけで、それをうっかり忘れている辺り、エデルの認識はまだまだ甘い。

「お父さん……?」
「いや、その、ほら、アリアさんが貴族で権力者で格好良くて頭も良くて騎士としてもとっても強くて、とかそういうのは色々と理解してるんだけど、何か辺境伯っていうのがしっくりこなくてー」
「何ならしっくりくるんですか?」
「女帝!」

 きっぱり言い切ったエデルに、その場にいた人間は拍手喝采をしたくなった。
 確かに、アリアは辺境伯と言われるよりは女帝の方がしっくりくる。
 くるが、それをうっかりトワイライト側の人間に聞かれたらどうする気なんだろう?
 皇帝に対する不敬だとか、やっぱりロードナイトが皇帝位を狙ってるとか言われたら、とっても面倒くさい。
 と思ったら、何故かまだ滞在していて、なおかつ何故かこの場にいる宰相コーリーが笑顔で拍手をしていたので、それはそれで別にいいのかもしれない。

「確かに辺境伯は、女帝の呼び名に相応しい方ですからねぇ」

 大きな声では言えないけど。
 ロードナイトとトワイライト、二つの王家の血を最も濃く引く辺境伯で、トワイライトの唯一の正統な王位継承者を伴侶に持つ女性だ。
 言葉の持つ意味が強すぎて、誰にも言えないけど。
 
「ですよねー」

 トワイライトの、本人も知らない秘された王子が、のほほんと笑っている姿を見て、コーリーはため息を吐きたくなった。
 ……なんでトワイライトの正統な王位継承者は、こんなにのほほんとした感じで育ってしまったんだろう。
 父、じゃなくて、伯父君はけっこう強烈な性格をしているし、亡くなった方の伯父君は傲慢な性格をしていた。母君の性格かなー?でも、聞いた限りだとしっかりした女性だったらしいし。歴代のトワイライトの王族の中で、一番のほほんとした性格をしているんじゃないだろうか。こんな性格の方が、権謀術数渦巻く中にいたら……あー、こぞって庇護するか。
 権力闘争で疲れ果てた王家の人たちが、のほほんした王子やら王女やらに癒しを求めている姿が思い浮かぶ。あまり知られていないだけで、エデルのような性格の人が、トワイライト王家にはいたのかもしれない。そして、エデルはそっちの人に似たのだ。
 うん、多分、きっと、そう。
 コーリーはそうでも思わないと、突然変異的に現れた王家の血を引くのほほん王子の存在理由が思い浮かばなかった。



 城にいる人たちに盛大に見送られて、アリアとエデルは新婚旅行に旅立った。
 今回は、アリアも馬車の中だ。
 いつもならアリアは馬で移動するが、新婚旅行なので堂々と豪華な馬車に乗っている。

「はぁー、馬車なのに、すっごく乗り心地がいいですね」

 エデルの知っている馬車は、お尻が痛くなるものばかりだった。
 さすがに辺境伯の馬車は違う。
 しかも今回のは、外側も内側も豪華仕様のものだ。
 ソファーが柔らかくてふかふかのクッションもある。内側もそれなりの広さがあるので、ここにアリアと二人で乗っているともったいないくらいだ。

「この馬車は、遠くへ出かけるための物だからな。外側にもしっかり紋が入っているし、この馬車で寝泊まり出来るように、このソファーも平らにして横になれるようになっているんだ」
「へぇー、そうなんですね」
「あぁ、辺境伯ともなればどこに行くにも馬が基本だが、その伴侶や幼い子供たちの移動には馬車が必要だからな。王都に行く時も、基本はこの馬車だ」

 途中で宿屋に泊まれない長旅の時もあるので、数台こういう馬車の用意がある。その中でも、これは辺境伯一家用の特注の物だ。
 
「エデルは馬には乗れるのか?」
「一応は乗れますけど、そんなに上手くはないですよ」
「クロノスと旅をしてきたのだろう?その時は、徒歩ばかりだったのか?夜はどうしていたのだ?」
「クロノスと辺境を目指して旅していた時は、商隊に入れてもらったり、馬車に乗ったり色々でしたね。街道沿いだと野営地ってだいたい決まってるので、そこにいる旅人たちと協力して見張り番とかしてました。野営地で悪さをするとすぐに噂になるので、きちんとした野営地にいる人たちならそれなりに安全ですから」

 アリアは、さすがに普通の旅人に混じって寝泊まりしたことなどない。
 軍でも夜間の見張りは重要任務だし、闇夜に紛れて行動することもある。

「しかし、腕に覚えのある者たちばかりではないだろう?」
「そうですねぇ。でも、だいたい皆、何かしらの武器は持ってますよ。俺も短剣と弓は持ってました。これでも俺、けっこう弓は得意なんです。ちょっとお金持ちの人がいると護衛を雇っているので、時には上位の冒険者と一緒になったりして、けっこう面白いんですよ」
 
 エデル一人の時は、旅の一座に同行させてもらうことが多かった。
 人数もそれなりにいるし、あまり大っぴらには言えないが、他国だと一座ごと盗賊たちの宴に招かれたこともあった。
 盗賊たちは、独自の情報収集ルートと繋がりを持つ旅の一座に対して手を出してくることはまずない。
 時に情報を売り買いし、時に一座に紛れ込ませてくれるので、下手に旅の一座を襲うと、他の盗賊たちから目の敵にされる。
 それが、いつの頃からか、盗賊と旅の一座との間にある約束事なのだ。
 そのことを知っている商人や旅人たちは、野営地に旅の一座がいた場合は歓迎する。
 それでその日に襲われる確率がグッと減るからだ。

「街道沿いだと、兵士が見回りをしてくれている地域もあるので、わりと安全なんです。初心者は絶対街道沿いを行くことをおすすめしますよ」
「道もそう複雑ではないし、分岐点には道標を置いてあるから、そういった意味でもその方がいいだろうな。ふむ、野営地周りの夜間見回りを強化しておくか。その方が旅人も商人も安心だろう」

 さすがにアリアは一人旅などしたことがない。周りの者たちも、腕の立つ騎士や、出かける時には必ず護衛が付く貴族ばかりだったので、そこまでは思い至らなかった。

「えへへ、ありがとうございます。旅人代表でお礼を申し上げます」

 アリアが少しでも自分たちの様な旅の人間に気を掛けてくれたので、エデルはそれだけで顔がふにゃりとなりそうになったのだった。
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