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第1章:アンドロイドの少女

瓦礫の街と一人の僕と彼女

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「君はこの世界でただ一人のニンゲンとして生まれました」

 ある日突然そう言われたら、アナタはどう生きますか?

 これはそんなニンゲン、ケンタローの物語。


   * * * * * *


「今日はここまで」

 教師が教科書を閉じる。
 教師一人、生徒一人の空間。
 寂しいのかどうかも分からない当たり前の日常。
 僕はいつも思う。
〈人間は面倒だ。ロボットならチョチョいと覚えられる事なのに〉と。
 窓から見る景色はボロボロのビル群とキレイな青空。それと道を歩く有象無象のロボット達。

 その中でニンゲンは僕ヒトリ。

 ヒトリボッチのケンタロー。

 そそくさと荷物をまとめて学校を出た。小さな小さなビルの隙間にある小屋だ。
 通りに出ると、掃除ロボットが道の清掃をしていたり、飲料オイルを販売するロボットがいたり、それなりに賑やかだ。
 そんないつもの帰り道、一人の少女に目が行った。
 初めて見るロボット。
 かなりニンゲンに近い、所謂アンドロイドと呼ばれるタイプだろうか。
 他のロボット達と違い金属ぽさはあまりなく、僕と同じように洋服を着て颯爽と歩く姿が堪らなく異様で美しい。髪は赤く、肌は白く、凛とした顔立ち。白いティーシャツに膝下まである紺色のスカート。手には花束。
 一瞬、目が合った気がした。
 彼女は僕の前を通り過ぎそのまま街の外れの方へと消えて行った。
 僕は彼女の背中をずっと見ていた。

ーーーー

「おかえり。どうしたんだい? ボーッとして」

 母さんの声。
 いつの間に家に着いたのだろうか。
 あの子の事を考えてるうちにそのまま家に入っていたのか。

「私はロボットだからよく分からないけどね……」

 そう前置きして母さんは話し始めた。

「ニンゲンってね、何かに心を奪われる事があるの。〈恋〉っていうのよ。きっとケンタローのそれも〈恋〉じゃないかしら。どんなロボットが相手かしらね」

 恋?
 僕は知らない。
 だって、物心付いた時からロボットとしか暮らしてこなかったんだもの。目の前にいる母さんだってシュッとした円錐形のロボット。この街にいるのは母さんと同じような金属製のニンゲンの容姿とは違うロボットばかりなのだ。ニンゲン同士で起こる〈恋〉なんて感情が分かるはずもない。
 それに僕と同じようなニンゲンの姿のロボットなんて見た事無かった。彼女みたいなニンゲンの姿をしたロボットなんて初めて見たから、だから気になっただけ。きっとそれだけなんだ。

「違うよ。だいたい僕はニンゲンだよ。ロボットに恋するなんてーー」

 変じゃないか。
 僕はかぶりを振った。

「そうかしら。二次元にだって恋できるのよ、ニンゲンは。ケンタローを育てるためにニンゲンの事、たくさん勉強したからね」

 あっけらかんとそう言う母さん。
 ロボットに感情があるかなんて知らないけれど、自信たっぷりに胸を張って言ってるような感じがした。

「おーい。帰ってきたならワンダと雑草摘みに行ってくれ。ジャガイモを取ってくるのも忘れるなよ」

 奥から父さんの声がする。
 料理が得意な父さん。
 何でも作れるって言うけど、いつも同じようなメニューばかり。今日もジャガイモ料理だ。
 ご飯の事を考えたせいか何だかお腹が空いてきた。僕は犬型ロボットのワンダと食材を探しに出るのだった。

 家の裏手には地面が剥き出しの空き地が広がっていて、良い具合に食べられる雑草が生えている。父さんと母さんが僕の家を選んだ理由の一つだ。ニンゲンはロボットと違って食べないと生きていけないから。
 ワンダが雑草を嗅ぎ回る。
 食べられる雑草のデータと照らし合わせて大丈夫かどうか教えてくれるのだ。もっとも、僕だって何年もワンダと雑草摘みをしているから、ある程度見分ける力はあるんだけど。
 暑い季節は過ぎたとはいえ、だんだんと汗ばんでくる。ワンダと一緒に雑草摘みをする時間は僕にとっても大事な日課。まるで本物の飼い犬といるみたいだから。そんな事を汗を拭いながら思った。
 籠に半分溜まった所で作業を終える。うんと伸びをして身体をほぐす。心地よい疲労を感じる。ワンダに声を掛けると嬉しそうにこちらへ走ってくる。

「さあ帰ろう」

 何気なく足下を見た。小さな花が踏まれている。間違いなく僕が踏んだ物だ。あの子が頭を過る。アンドロイドのあの子。彼女は何者なのだろうか。
 白い小さな花は僕に踏まれていたけど、それでもキレイだと思えた。
 ワンダが吠える。早く帰ろうと急かす。空は少しずつ暗くなり夜を迎え入れようとしている。帰らなきゃ。後ろ髪を引かれる思いを押し殺して空き地を後にする。ジャガイモも忘れずに取りに行かなきゃいけない。僕はワンダと走り出した。さっきまで考えていた彼女の事もすっかり頭の中から消えてしまっていた。

 食事の時間は憂鬱だ。
 何せ食べるのは僕一人だから。
 ロボットたちに見守られながら食べる食事はいつしか味気なくなっていた。

「今日の料理はどうだい?」

「いつも通りだよ、父さん」

「その割に進んでないわね」

「そんな事ないだろ母さん」

 いつも通りの会話。
 何年も変わらない同じやり取り。
 ロボットだから仕方ない。そう自分に言い聞かせてきたけど、やはり寂しい気分になってしまう。
 僕一人が食べ、僕一人のために食器があって、僕一人だけが全く別の仲間外れの存在みたいで。食事の後は特別哀しみが押し寄せる時も一度や二度ではないから。

「そうそう。アンドロイドって知ってる? 人みたいなロボットなのよ。ケンタローもアンドロイドの友達ができれば良いのに」

 アンドロイド。
 見間違いだったのだろうか。
 それとも、本当はアンドロイドなんかじゃないのか。
 その夜はグルグルと考えが巡って中々眠れなかった。
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