シグマの日常

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 朝、志津馬は洗面台の前で己と向き合っていた。
 彼の手元――洗面台の比較的平らな部分に置かれているのは目薬、と、そのパッケージ。
 今しがた開封したであろうその箱はクールタイプによく見られる水色や青色を基調としたデザインでなく、死の淵を思わせるような黒に近い青。
 ディープブルー、ダークブルーをも超越したそれは、深緑、ダークネイビーなどとは到底比べるべくもない、限りなく黒に近い青である。
 本体も同じ色が使われており、形はサンタシリーズのものと同じと思われる。
 通常の目薬との相違点はもう一つあり、それは、パッケージと本体に大きく禍々しいフォントで書かれた内容がはっきりと示している。

『――メンソール100%!!!』

 その下に小さく、

『どんな眠気眼もノックアウト! これでダメなら一生目が覚めない!!!』と文字が並んでいる。

 謳い文句まで読み返した彼は鏡に映った自分を見つめ、

「すぅー。はぁー。すぅー。はぁー。……オーケイ。……I'm fine. ……I'm alright. ……It's gonna be all all all right.」

 流暢な喋りで鼓舞してから目薬を手に取り、

「大丈夫。俺はやれる。俺は飛べる。俺はなんにでもなれる。俺はテニプリの赤目覚醒状態にだってなれるはずなんだ」

 栓をひねって開け、ゆっくりと逆さにした目薬を自らの右目に持っていき、

「……I make it」

 言い終わると同時に力を込め、一瞬で両目に雫を落とした。
 二滴が網膜に触れ、浸透していく最中、

「あは。あ、は……………………」

「――あ゛、う゛、ぐ、す゛、と゛ぅ、す゛ぅぅぅううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 彼の目は強烈な痛みとともに光を失くした。

「あぁぁぁあああああ! あぁあああああぁあぁぁ! 目が! 目がぁぁぁあああああぁぁぁぁあぁあああああああああああああああああああああああ!」

 洗濯機のある部屋で絶叫し、立っていることすらままならなくなった彼は床に倒れ、仰向けのまま両目を押さえてゴロゴロしている。

 その声と雑音を聞いた母は、「まーたバカやってるわね……」と呆れ半分に言った。

「あああぁぁぁぁぁぁぁああああああ! ヤムェルォオオオオ! ヤメルゥオあおおあおおあおおあおああおおあぉあぉあぁおおあぉぁおあぁおああああ!」

 まるで、存在しない誰かに目を抉り出されているかのよう。

「おほぉぉぉおおおおおおおおお! うほぉぉぉおぉぉぉぉおおおおおおぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお! にょほほほぉぉぉぉぉおおぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 その時、空中に光とともに天使が現れた。
 背に二対の小さな羽を持った天使は、二対の結われた御髪をはためくように揺らして、一言祝福した。

「ばるす」

「Whe……!?」

 それと同時に天使は姿を消し、また、彼の苦痛も光のように消えた。

「あっ、はぁ。はぁ。はぁ。はぁ……」

 息が整うまで深い呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着ける。

 それが終わると、彼は言った。

「……見えた! 見えたぞ! 水の一雫ッッ!!!」

 立ち上がった彼は黄金バットになっていた。

 だが黄金バットは自分のものを確認するまでしか保たず(その時の志津馬の反応は「Oh~ m~y god!!! This……this is the golden bat!!!」)、そのあとは放課後まで赤目の状態であった。

 その日の彼は放課後になるまで異常であった。教壇から飛んできたチョークをよそ見をしながらデコピンで弾き返して窓の外のカラスを撃ち落としたり(幸いカラスに怪我はなかった)、テニスの授業で天衣無縫の極みに達しコシマエの真似をして男女ともに沸かせてみたり、木刀を使ってチャンバラごっこをしている時にアカメみたくバッサバッサと男子を斬り倒したりしていた。


 志津馬は変身、黄金バット(条件・時間制限)を手に入れた。
 志津馬は覚醒、赤目またはアカメ(条件・時間制限)を手に入れた。
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