早朝の教室、あの人が待ってる

河瀬みどり

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第2話

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そして、教室の扉を開けた瞬間、そんなもやもやは一気に吹き飛んだ。

教室には先客がいた。同級生の志水竜輝しみずたつきが窓際の席に座っている。

背が高く、眉は細く、目は大きくて、鼻筋が通っている。いまはシャツの袖をまくっていて、筋肉質な腕が剥き出しになっている。

わたしと志水くんとの交わりは、これまでほとんどない。

一年生のときも同じクラスだったけど、一年間で数えるほどしか会話をしたことがなかったはずだ。三年生でまた同じクラスになって、おそらく、まだ一度も話をしてはいない。

まぁ、それも当然だ。だって、わたしと彼とでは教室での立ち位置が違い過ぎる。

志水くんはいつだって、一年生のときも、三年生になってからだって、クラスの中心的な存在だった。面白くて、運動神経がよくて、流行に敏感な男子たちの集まり。その中心に志水くんはいる。笑いが取れて、格好良くて、理知的でリーダーシップもある人物。バスケットボール部で主将を務めているというのも、とても自然な話に思われる。真摯に物事に取り組むときの怜悧な表情と、笑ったときの相手まで元気にするような人懐っこい表情の対照には誰だって惹きつけられる。

いま、教室の端で着席している志水くんの表情は真剣そのもの。

志水くんは背筋を伸ばして、整った佇まいでノートに何かを書いている。ノートの隣には参考書が置いてあるようだ。シャーペンの動きが異様なくらい速い。

早朝の教室の、まだ誰にも汚されていない澄んだ空気は彼だけのためにあるような気がして、わたしの足は教室の手前で止まってしまう。

数秒と経たないうちに、志水くんは手の動きを止めて顔を上げた。

そのまま顔を横に向けて、茫然としているわたしに視線を合わせて、会釈をして、再び参考書へと視線を落とす。

わたしは不思議な動揺を感じてしまい、志水くんが参考書に視線を落としてから会釈を返して、ようやく教室へと足を踏み入れた。彼の席から遠く離れた自分の席に座って、教科書とノートを広げて復習を試みる。授業のペースではついていけなかった箇所を、なんとか理解してみようと頭を捻り始める。


それから、わたしは毎日、早朝の教室に足を運んだ。いつだって志水くんはわたしよりも先に来ていて、ひたすら勉強をしていた。わたしも毎日、教科書を広げて、買ってみた参考書も開いて、なんとか数学の考え方を理解しようと悪戦苦闘していた。こうやったら解けるんだ、と一つの問題を理解したつもりでも、次の問題になると解けなくて、何か根本的なことが分かっていないような気はするのだけれど、でも、何が分かっていないのかも分からない。自分が何を分かっていないのかを把握することさえ叶わない。
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