3 / 6
2話
しおりを挟む
「まぁ、貴方様がキース様の新しい……ラウラですわ。こちらが娘のマーリアです。宜しくお願いしますわ、フェリーチェ様!」
「フェリーチェはコスタレス家のご令嬢だ。2人とも、粗相のないようにな」
「……え?」
キースがやんわりと付け加えた一言に、ラウラは小首を傾げる。ふわり、と広がったアマリリスの香りにフェリーチェは噎せそうになってしまった。
「どうしてですの?わたくしはキース様の正妃。フェリーチェ様は側妃ですわ。わたくしの方が立場が上なのではなくて?」
「……ラウラ」
キースが低い声で牽制する。
それでもラウラはわからないようで、ぽかん、と間抜けに口をあけて上目遣いでこちらを見ている。
「キ、キース様?お怒りですの?わたくし、何かしてしまいましたか?」
……これが、実態なのか。
ラウラの実家であるシャトラウゼ伯爵家は新興貴族だ。つい10年程前までは一介の商家でそれほど裕福なわけではなかった。
社交界のことを何も知らずに育ち、知らないままキースの正妃の座へとおさまったのだ。恐らく、周りも知らないままの彼女を許してしまったのだろう。
「……良い。俺は公務があるからな。失礼する」
「……え?」
「フェリーチェも来い。マーリア、またな」
「お父様、もう行ってしまわれるの……??」
マーリアはドレスの裾をぎゅ、と掴み涙目でキースを見つめる。なんて可愛らしいのだろう、と微笑ましい光景にフェリーチェは目を向ける。
……と。
「キース様。マーリアが寂しがってますわ。勿論わたくしも……もう少し、居て下さいませ」
無邪気にもそんなことを口にしてしまうラウラがフェリーチェには恐ろしく思えた。彼女は、飽きれるほど何も知らない。正妃の座にも、まわりに言われるまま着いたに違いない。
聞いたところ、ラウラはフェリーチェより六つ歳上……21歳。でも、フェリーチェが良くお忍びで訪れる町や市場の同じ年頃の女性達はまだ物を知っていた。
何が、彼女をこうさせてしまったのだろう。
フェリーチェには、彼女が正妃で居るべき理由が全く分からなかった。
……だからお父様も、彼女から正妃の座を奪えと?
皇室大臣も務める父は、皇后養育……──皇太子の正妃はゆくゆくは皇后になると思われる、にも携わっている。正妃教育は皇室大臣の直属の部下が任命されるために、ラウラの現状を知っていたのかもしれない。
「ラウラ様。キース様はお忙しい中今日この時間を作ってくださったのです。妻とあれば夫の仕事を妨げるようなことをしてはいけないはず」
言いながら思った。
なぜ私が六つも歳上の女性を諭さねばならないのだろう、と。
それと同時に出過ぎた真似をしてしまったかしら、とも思う。立場上、彼女は正妃で自分は側妃なのだから。
でも、そんな心配は無用であったようだ。
「フェリーチェの言う通りだ。また時間を作ってここに来る。我慢してくれ、ラウラ。マーリアも」
「わかったわ、お父様!また来て下さるのね、約束よ!」
マーリアはきらきらとした笑顔を浮かべ、こくり、と頷いた。それに対し、ラウラはまだ何か言いたそうな表情だ。
「……いつでも、お待ちしておりますわ」
幼い。彼女は正妃の立場に相応しくない。
フェリーチェは一連の流れを受け、反射的にそう思ってしまった。
良い意味でも悪い意味でも自分の気持ちに素直な彼女は、正妃の立場には向いていない。幼い母親の元にいると、皇女まで幼くなってしまうのでは?母親より余程聞き分けの良かったマーリアに目を向け、フェリーチェは思う。
子供を立派に育てられない母親は、害悪だ。
父の愛妾に代わり、幼い弟妹の面倒を見た経験のあるフェリーチェはそう思った。
必要のないものは、早く摘み取ってしまわねば。
思ってから、感じた。
やはり私はアルトワ・コスタレスの娘なのだ、と。
「ラウラが済まなかった。あれは昔から立ち回りのきかぬ女で」
「気にしてませんわ、殿下」
2人きりなので、仲睦まじい様子を演じる必要も無い。そう思い、殿下、と呼べばキースは眉を顰める。
「……キースと呼べ」
途端、不機嫌になってしまった彼にフェリーチェは戸惑いつつも、はい、と頷く。気まぐれにころころと態度や表情がかわる彼は、猫みたいだな、と思った。
「……お前の言いたいことはわかる。ラウラは正妃の座には相応しくない、と」
「……確かに今の状況ではそうかもしれません。そこで考えがあるのです」
「考え、とは」
「わたくしにラウラ様の正妃教育を任せては下さいませんか?」
フェリーチェは公爵令嬢として、父に冷遇されながらも家庭教師の元一通りの教育はされてきた。正妃に必要なもの、どれをとっても人並み以上に出来る自信はある。自分に自信が無ければ、後宮になど来ない。
「……昔、ハイゼン家の娘が同じことを言ってな。1週間で断念をした。わたくしで無理なら他の方にも無理でしょう。ラウラ様が正妃の
座から退くことをお勧めします、と言い残し俺の後宮からも辞してしまった。側妃という立場の女が高位にある正妃に教育する、といったことに眉を顰めるものも多くてな」
「わたくしは皇室大臣であるアルトワの娘です。
筋は通りますわ」
勿論真面目に正妃教育を施す気など更々無い。正妃教育係となれば、必然的にラウラと共に過ごす時間は長くなる。あわよくば流れのままに彼女の立場を悪く出来るかもしれない。
あまり関わったことのないラウラに恨みはないが、彼女を正妃の座から追い落とさなければ母の命が危ない。
あの父親なら、役を全う出来なかった、といい平気で病気の母を身一つで放り出しそうだ。
「正直なことを申しますと、今の彼女のままでは表へ姿を現した時、後ろ指を指されかねません。キース様が選んだ方ですもの、やはり相応しいように振る舞えるようにならねば」
「……俺は、正妃なんて誰でも良いと思っていたのだ。俺の立場を愛している者はいても、俺自身を愛している者などいないであろうからな」
そうだろうか?
キースは容姿だけを見れば麗しい顔立ちをしているように思える。数多の女性が騒ぎそうなルックスではある。
「……考えが変わった。お前のような女が正妃であれば良かったのにな、フェリーチェ」
「……え?」
「何でもない、忘れてくれ」
聞き間違えだろうか?
さっと顔を強ばらせたキースに、フェリーチェは首を傾げる。
……いや、聞き間違えだろう。
彼に限って、そんなことを言うはずもない。
第一、彼とは関わるようになってまだ1日しか経っていない。夫婦とはいえ、ほぼ他人に近い交友関係の相手にそんなことを言う人間ではない、彼は。
「わたくしは宮に戻ります。キース様、御公務が恙無く進みますよう」
「……あぁ」
「フェリーチェはコスタレス家のご令嬢だ。2人とも、粗相のないようにな」
「……え?」
キースがやんわりと付け加えた一言に、ラウラは小首を傾げる。ふわり、と広がったアマリリスの香りにフェリーチェは噎せそうになってしまった。
「どうしてですの?わたくしはキース様の正妃。フェリーチェ様は側妃ですわ。わたくしの方が立場が上なのではなくて?」
「……ラウラ」
キースが低い声で牽制する。
それでもラウラはわからないようで、ぽかん、と間抜けに口をあけて上目遣いでこちらを見ている。
「キ、キース様?お怒りですの?わたくし、何かしてしまいましたか?」
……これが、実態なのか。
ラウラの実家であるシャトラウゼ伯爵家は新興貴族だ。つい10年程前までは一介の商家でそれほど裕福なわけではなかった。
社交界のことを何も知らずに育ち、知らないままキースの正妃の座へとおさまったのだ。恐らく、周りも知らないままの彼女を許してしまったのだろう。
「……良い。俺は公務があるからな。失礼する」
「……え?」
「フェリーチェも来い。マーリア、またな」
「お父様、もう行ってしまわれるの……??」
マーリアはドレスの裾をぎゅ、と掴み涙目でキースを見つめる。なんて可愛らしいのだろう、と微笑ましい光景にフェリーチェは目を向ける。
……と。
「キース様。マーリアが寂しがってますわ。勿論わたくしも……もう少し、居て下さいませ」
無邪気にもそんなことを口にしてしまうラウラがフェリーチェには恐ろしく思えた。彼女は、飽きれるほど何も知らない。正妃の座にも、まわりに言われるまま着いたに違いない。
聞いたところ、ラウラはフェリーチェより六つ歳上……21歳。でも、フェリーチェが良くお忍びで訪れる町や市場の同じ年頃の女性達はまだ物を知っていた。
何が、彼女をこうさせてしまったのだろう。
フェリーチェには、彼女が正妃で居るべき理由が全く分からなかった。
……だからお父様も、彼女から正妃の座を奪えと?
皇室大臣も務める父は、皇后養育……──皇太子の正妃はゆくゆくは皇后になると思われる、にも携わっている。正妃教育は皇室大臣の直属の部下が任命されるために、ラウラの現状を知っていたのかもしれない。
「ラウラ様。キース様はお忙しい中今日この時間を作ってくださったのです。妻とあれば夫の仕事を妨げるようなことをしてはいけないはず」
言いながら思った。
なぜ私が六つも歳上の女性を諭さねばならないのだろう、と。
それと同時に出過ぎた真似をしてしまったかしら、とも思う。立場上、彼女は正妃で自分は側妃なのだから。
でも、そんな心配は無用であったようだ。
「フェリーチェの言う通りだ。また時間を作ってここに来る。我慢してくれ、ラウラ。マーリアも」
「わかったわ、お父様!また来て下さるのね、約束よ!」
マーリアはきらきらとした笑顔を浮かべ、こくり、と頷いた。それに対し、ラウラはまだ何か言いたそうな表情だ。
「……いつでも、お待ちしておりますわ」
幼い。彼女は正妃の立場に相応しくない。
フェリーチェは一連の流れを受け、反射的にそう思ってしまった。
良い意味でも悪い意味でも自分の気持ちに素直な彼女は、正妃の立場には向いていない。幼い母親の元にいると、皇女まで幼くなってしまうのでは?母親より余程聞き分けの良かったマーリアに目を向け、フェリーチェは思う。
子供を立派に育てられない母親は、害悪だ。
父の愛妾に代わり、幼い弟妹の面倒を見た経験のあるフェリーチェはそう思った。
必要のないものは、早く摘み取ってしまわねば。
思ってから、感じた。
やはり私はアルトワ・コスタレスの娘なのだ、と。
「ラウラが済まなかった。あれは昔から立ち回りのきかぬ女で」
「気にしてませんわ、殿下」
2人きりなので、仲睦まじい様子を演じる必要も無い。そう思い、殿下、と呼べばキースは眉を顰める。
「……キースと呼べ」
途端、不機嫌になってしまった彼にフェリーチェは戸惑いつつも、はい、と頷く。気まぐれにころころと態度や表情がかわる彼は、猫みたいだな、と思った。
「……お前の言いたいことはわかる。ラウラは正妃の座には相応しくない、と」
「……確かに今の状況ではそうかもしれません。そこで考えがあるのです」
「考え、とは」
「わたくしにラウラ様の正妃教育を任せては下さいませんか?」
フェリーチェは公爵令嬢として、父に冷遇されながらも家庭教師の元一通りの教育はされてきた。正妃に必要なもの、どれをとっても人並み以上に出来る自信はある。自分に自信が無ければ、後宮になど来ない。
「……昔、ハイゼン家の娘が同じことを言ってな。1週間で断念をした。わたくしで無理なら他の方にも無理でしょう。ラウラ様が正妃の
座から退くことをお勧めします、と言い残し俺の後宮からも辞してしまった。側妃という立場の女が高位にある正妃に教育する、といったことに眉を顰めるものも多くてな」
「わたくしは皇室大臣であるアルトワの娘です。
筋は通りますわ」
勿論真面目に正妃教育を施す気など更々無い。正妃教育係となれば、必然的にラウラと共に過ごす時間は長くなる。あわよくば流れのままに彼女の立場を悪く出来るかもしれない。
あまり関わったことのないラウラに恨みはないが、彼女を正妃の座から追い落とさなければ母の命が危ない。
あの父親なら、役を全う出来なかった、といい平気で病気の母を身一つで放り出しそうだ。
「正直なことを申しますと、今の彼女のままでは表へ姿を現した時、後ろ指を指されかねません。キース様が選んだ方ですもの、やはり相応しいように振る舞えるようにならねば」
「……俺は、正妃なんて誰でも良いと思っていたのだ。俺の立場を愛している者はいても、俺自身を愛している者などいないであろうからな」
そうだろうか?
キースは容姿だけを見れば麗しい顔立ちをしているように思える。数多の女性が騒ぎそうなルックスではある。
「……考えが変わった。お前のような女が正妃であれば良かったのにな、フェリーチェ」
「……え?」
「何でもない、忘れてくれ」
聞き間違えだろうか?
さっと顔を強ばらせたキースに、フェリーチェは首を傾げる。
……いや、聞き間違えだろう。
彼に限って、そんなことを言うはずもない。
第一、彼とは関わるようになってまだ1日しか経っていない。夫婦とはいえ、ほぼ他人に近い交友関係の相手にそんなことを言う人間ではない、彼は。
「わたくしは宮に戻ります。キース様、御公務が恙無く進みますよう」
「……あぁ」
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる