幼馴染の攻略がこんなに難しいなんて聞いてない!

ぼんばん

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12.作戦⑤:一緒に映る?

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「九重さんちょっといいかな?」
「どうしましたか?」

 デスクで黙々と仕事をしていると、課長に呼び出された。同じ部署ではあるが、別のチームの先輩も一緒だ。
 何だろう、2人して首を傾げていた。
 課長の席の前に2人が揃うと、彼は穏やかな笑みで面倒くさい仕事を押し付けてきた。

「実は、今作成しているゲームの制作秘話、というか裏話的なところをトピックにあげたくてね……。」
「つまりはSNSアカウントを作ってあげるってことですか?」
「さすがだね。その通りだ。」

 先輩は用件を言い当てると、露骨に嫌そうな顔をした。正直、私もやりたくない。

「2人とも我が部署の数少ない若い女の子だし、その辺の流行りは強いかなと。」
「課長、それは偏見ですよ。私カメラド下手ですし。」
「私もSNSは使ったことないので……。」
「そうなのか? 九重さんは狛柴さんから写真が上手かったと聞いているよ。」

 恐らく何かの会議で顔を合わせた際に光莉さんが漏らしたのだろう。余計なことを。

「もちろんただ、とは言わない。ボーナスの時に手当てを加えるから頑張ってほしい。」
「まぁ、それならいいですけど……。」

 課長の言葉に先輩はあっさりと寝返った。
 仕事が余程増えるわけではないはずだからいいけど、文章とか考えるの面倒だなぁ。
 私がそんなことを考えている間に、課長と先輩は実施するの方向に向かっており、気づいた時には大まかな運営方法は既に決まっていた。



「へぇ、SNS係。」
「そうなんですよ。めんどい。」
「コラコラ。」

 制作部門の宣伝アカウントは意外にもフォロワー数が多いらしく、先輩が早速呟いたコメントと制作画像には次々とコメントが載っている。
 社員のプライバシーを守りつつも上手く風景を撮りたいと言っていたが、彼女は手ブレどころではない震えでカメラがうまく使えていないため、私が代打している。

「九重さんは何か呟いたの?」
「文章を考えるのが面倒なんでまだ。」
「それでいいの?」

 狛さんの指摘に私は黙り込んだ。
 ダメなのは理解しているんだけど、どうもSNSのテンションが分からない。

「狛さんってSNSやってます?」
「うん。もっぱら見る専だけどね。」

 狛さんが見せてくれたアカウントは確かにほとんど呟いておらず、宣伝のみだ。フォローしているのは、殆どが作家さんとか写真家さんだから完全に『趣味垢』というやつなんだろう。

「光莉さんは、写真系のSNSやってましたよね?」
「うん。それにメッセージアプリの画像もよく変えてるし、タイムラインも更新してるよ。」

 彼女は副業として小説家もしているため、SNSのアカウントを持っており、写真用のリア垢もあるようだ。加えて、マメな性格なのだろう、プロフィール写真もこまめに更新している。
 この前まで新婚旅行だったのに、気づけばディナー、デート、どんどん変わっていく。
 そういう狛さんに関しても、意外とマメに写真は変わるから侮れない。……光莉さんの画像と対になるようなやつばかりだけど。
 言葉なき惚気だな。

「九重さんは?」
「私はやってないですよ~。むしろやるように見えます?」
「見えないね。」

 狛さんは真剣な表情で無遠慮に言ってのけた。

「まぁでも、練習がてらプロフィール写真変えるとか、タイムラインに投稿してみてもいいんじゃないかな。そもそもみんながどんな写真を撮っているか、需要があるかも確認してみるといいかもね。」
「マーケティングってやつですね!」

 なるほど。
 どうせ見てもらうならたくさんの人に見てもらいたい。会社だってそう望んでいるはずだ。
 それにそういう類のゲーム、と思えばやれる気がしてきた。
 狛さんにお礼を言って、私は意気揚々と仕事に臨んだ。



 まぁ、気合を入れたところで経験の不足っていうのは埋めようが無くて。
 光莉さんにメッセージで色々聞いて、それを見ているけど。キラキラしすぎて、私には及ばない気がしてきた。というか、炎上をしないよう動くゲームでもなかなかこんなリアルが充実した投稿ないよ!
 試しに中高の同級生や同僚のアカウントも見せてもらったりしてるけど、やっぱり私には難しい気がしてきた。
 そもそもこの、映え、とは?
 みんな料理とか景色とか。それに自撮りも結構ある。
 私は自分で撮ろうとするとすっごいブスになるんだけど。

 私がスマホ片手に色々と試行錯誤していると、皿を洗い終わったらしい晴が不思議そうな顔をしていた。
 ちなみに今日は金曜日です。
 チャンネルを回すと、チラリとこちらを見てきた。

「スマホ片手に何してんの。すっげー顔してるよ。」
「晴にはわかんないよ。何でも器用にやるし。」
「どういうこと?」

 仕事のことだったため、一瞬躊躇ったけど別に業務に触れるわけではないし、いいか。
 投げやりになった私は説明した。

「はーん、SNS担当になったからどんな写真を撮ったらバズるか悩んでたところ、そもそも自撮りのセンスのなさに絶望してたってわけね。」
「その通りなんだけど、的確に説明されると虚しくなる……!」
「えぇ~、事実を言っただけじゃーん?」

 晴はケタケタと笑う。
 そういえば、と私の中にある疑問が1つ浮かぶ。

「そういえば今まで興味なかったんだけど、晴ってSNSやってるの?」

 割と交流の広い男だ。
 やっていてもおかしくはないだろう。
 ただ、たぶんやってないと思う。

「やってないよ。」
「やっぱり。」

 ほらね。私が口角を上げると、晴は呆れたような顔をした。

「つーか、メッセージアプリのアイコンさえ設定してない男に聞く?」
「……確かにね。私以下だ。」

 私がいよいよ馬鹿にして笑うと、晴は少しだけ悔しそうな顔をした。何を言われるのやら、私が待ち構えていると、スッとスマホを取り上げた。

「ちょ、何するの!」
「間違いなくその辺は疎いよ。それは君の言う通り。でも、美里ちゃんより自撮りは上手い自信あるけどね?」

 明らかな挑発だとは分かっている。
 でも、このままそれを認めるのは悔しかった。

「なら、撮って見せてよ!」
「それくらい余裕だよ~。こっちおいで。」

 晴も意地になっていることは分かる。
 ベッド横に座っていた晴の横に座ると、彼は少し上にスマートホンを掲げ、少し見上げる形をとらせる。

「はーい、じゃあキメ顔ね!」
「キ、キメ顔……?!」

 人生でそんな顔意識したことないんだけど!
 そう思っている間に、シャッター音が鳴る。晴がそれを見つめると、スッと真顔になった。

「何か不意打ちで撮ったせいか、すっげー間抜けな顔だね。」
「不意打ちだったら間抜けにもなるよ! 貸して!」

 晴の手からスマホをひったくり構えた。
 どうやら斜めから撮るのがいいらしい。そうか、上目遣いと小顔効果か!
 勝手に納得していると、カメラに晴も収まった。

「じゃあいい感じで撮ってね~。」
「任せて!」

 ちなみにこの時の私は自撮りの使命感に追われて、晴との距離感の問題などとっくに忘れていた。
 私が意気揚々とシャッターボタンを押した。
 だが。

「って、変顔しないでよ! ひっどい顔!」
「そこまで言う? むしろ美里ちゃんだけキメ顔ってやばくない?」
「やばくない! というか、キメ顔と変顔で並んでるのがダメなんだよ。次は変顔するから裏切らないでよ?」
「そっち? あ、変顔するならサイッコーに悪い角度から撮ろうよ。」
「確かにその方がいいね!」

 ここで完全に私は本来の目的を見失った。
 いかに変顔をクオリティ高く撮るか、キメ顔を撮るか、はたまた『映え』を目指すかにシフトしてしまう。
 晴は自撮りに関しても、恐らく普段やらないくせして上手いものだから、私の負けず嫌いが顔を出した。

 何枚か撮ると、晴はカメラロールをじっと見ていた。

「どうかした?」
「美里ちゃんって意外と写真撮るんだなって。ゲームのスクショばっかだけど。」
「ばっかじゃないよ。晴がバク転してる時の動画とか、ほらこの前の風景もあるよ?」
「それだってレアケじゃん。てか、バク転のやつとか懐かしいね。」

 動画を見ながら晴は懐かしそうに笑っていた。
 確か、研究室の飲み会がたまたま体操部の飲み会とバッティングした結果、ノリでバク転をマスターできるかという勝負に発展したんだっけ。
 それで実際にできちゃうから羨ましいよなぁ。

「晴って、アレを除いてほんと弱点ないよね。」
「うっさいよ。」

 居心地悪そうな晴に、ぐにっと頬を捻られた。

「晴もアイコン設定したら?」
「えー、自撮りはさすがに嫌。」
「じゃあこっちの。私と映ってるやつ。」

 この前4人で出かけた時の写真だ。
 一応登頂した時に、私と晴で取った写真。我ながらいい笑顔だ。

「なら、美里ちゃんも変えてよ。」
「うん、い……。」

 いいよ、と言おうとした時ふと冷静になった。
 あれ、何かこの状況覚えがある。
 揃いのプロフィールとか、狛柴さん夫婦と似たような状態じゃない! いやいや無理だよ無理!
 勘違いされ、るのは良いけど、指摘されたら恥ずかしすぎて自我を保っている自信がない。

「変えたよー。どうしたの?」
「へっ、あぅ、あ……。」
「何、変え方忘れたの? やってあげるよ。」

 盗人も驚きの速さでスマホが私の手から引ったくられた。
 私が手を伸ばしている間にプロフィール写真は変えられてしまった。共通の友達ー小中高大と多すぎるーが見たらすぐに分かるだろう。

「はい。」
「はい、じゃないよ! もう、勝手に変えて……。」
「嫌だった?」

 きょとん、と首を傾げた晴は純粋に聞いているだけの顔をしていた。
 いつもは捻くれててわっるい顔しているのになんでこんな時に限ってそんな真っ直ぐな瞳を向けてくるんだ。

「……嫌じゃない、けど。」
「なら良いじゃん。飽きるまでこのままでさ。」

 そう言うと、スマホを返してくれた。
 私は呆然としながらそれを受け取り、じっと見つめる。


 飽きるわけないじゃんか。


 そんな言葉は私の口から出るわけもなく。
 なぜか鼻歌混じりに酒を取りに行く晴の背中を見ながら私は暫く動けなかった。
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