彼の悩み事、彼女の心配

松田 かおる

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「ちょっと、由紀」
振り返ると同僚のみずほが、ちょっと怖い顔をしてわたしをにらんでいた。
「ん、何?」
「何?じゃないわよ。 あんたこの頃あの子に何かした?」
あの子って… まさかとは思うけど、
「…あの子って、もしかして『きーちゃん』の事?」
「それ以外に誰がいるって言うのよ」
みずほはきっぱりと言い切った。
…やっぱり。 よくもまぁしょっちゅうしょっちゅう聞いてこられるわね…
わたしは半分呆れて、
「そんなにイバって言う程の事じゃないでしょうが」
というと、みずほも負けずに
「何言ってんのよ、あたしはあの子の事が気になるから、あんたにこうやって聞いてるんじゃないの」
と言い返してきた。
「…あのねぇ、わたしは彼の保護者じゃないんだから」
「保護者じゃないけどつきあってるんでしょ?」
「そりゃ確かにそうだけどさ。 それにきーちゃんの事が気になるんだったら、いちいちわたしに聞いてきたりしないで本人に直接聞きゃいいじゃないの」
そんなやり取りをじれったく感じたように、みずほは、
「本人に聞けないからあんたに聞いてるんでしょうが」
と言ってきた。 どうもおかしいな…と思って
「わざわざわたしに聞きにくる様な事なんかあったの?」
と聞いてみた。
すると今度はみずほが呆れ顔になって、
「ねぇ、あんたたちつきあい始めてどれ位になる?」
「えーっと… 2ヶ月かな」
「で、その間何してたの?」
「何って… やぁねぇ、ヤボな事聞くもんじゃないわよ」
「何? あんたたちヤボな事してるの?」
「…そんなことどうだっていいでしょ、だから何が聞きたいの?」
みずほはちょっと真面目な顔つきになって、
「最近あの子、何か悩み事があるみたいよ」
「悩み事?」
あら、あんた知らなかったの、といった顔つきで、
「気が付かなかった?」
「うん、全然気付かなかった」
それは本当だった。 わたしが知っている限り、きーちゃんがわたしと一緒にいる時はいつも楽しそうにしていて、どちらかというと『悩みがないのが悩みです』って感じだったし… それに何か悩みがあったら間違いなくわたしに相談してくるはずだし…
「悩みねぇ」
だれに言うでもなくわたしはつぶやいた。
「悩みがあったら間違いなくあんたに相談すると思ったんだけどねぇ…」
まるでわたしの心を見透かしているような事を言われてしまった。
思わずわたしは、
「みずほ、ちょっと今夜つきあってもらうわよ」
と言っていた。

その夜、行き着けのバーで。
「なんであんたにはきーちゃんが悩んでるってわかるのよ」
みずほは、『あんた一体何言ってんの』といった感じで、
「なんでも何も、ものすごくあからさまよ、あの様子は」
そう言ってカルーアミルクをひとくち飲んだ。
「…そんなに?」
ついわたしは聞いてしまった。
「うん、もうこれ以上はないってくらいにね」
自分の前ではそんな素振りはかけらも見せないのに…
そうなると気になり出してたまらなかった。
「で、何を悩んでる感じだった?」
みずほはいたずらっ子みたいな目つきで、
「本人に直接聞けばいいじゃない」
一字一句同じ言葉を返されてしまった。
「それができないからあんたに聞いてるんじゃないのよ。 ね、お願い、教えてよ」
「んー、そうねぇ… あらぁ、グラスが空っぽだわぁ」
「…バーテンさん、こちらに同じものをもう一杯」
「あら悪いわねぇ、どうもごちそうさま」
「さぁ話してもらうわよ。いったい何を悩んでる感じだった?」
するとみずほはあっさり
「さぁ何だろうね、わかんないわ」
と言ってのけた。
「みずほ、あんた随分いい度胸してるわね。 わたしにケンカ売ってるの?」
きっとわたしは今にもみずほに噛みつきそうな顔つきをしてただろう。
その顔を見たせいかどうかはわからないけど、みずほは
「まぁ、落ち着きなさいよ」
といいながら、新しいグラスに口を付けて、
「あたしがわからないって事は、つまり原因は仕事とかの悩みじゃないって事よ」
と続けた。
なるほど、それも一理ある。 みずほは続けて、
「あの子が上司の嫌がらせを受けるとか、同僚に仲間外れにされるなんて事はまず考えられないし」
と言った。
それもその通りだ。 となると、なにが原因なのか、ますますわからなくなってきた。
「じゃぁ、一体何を悩んでるのかしら」
と、わたしはつぶやいていた。
「夕方、あんたに何て言ったか覚えてる?」
とみずほ。
「えっと、『あんたこの頃あの子に何かした?』だったっけ?」
みずほはグラスを持ったまま、器用にひとさし指をこちらに向けて、
「そう、それよ。 だからあんたに聞いたのよ。 原因が仕事じゃなければあんたしか考えられないからね」
と、ハードボイルドを決め込んだへっぽこ探偵みたいな口調で言った。
「なんでわたしだって言い切れるのよ。 大体原因が仕事じゃなければ即わたし、っていうのも乱暴だわ。 別にわたしはきーちゃんには何もしてないわよ。 する理由も必要もないし」
「そうやってムキになって言い返すところがますます怪しい。 さぁ白状なさい、あの子に何したの?」
みずほは追い詰めるように聞いてくる。
さすがのわたしも少し腹が立ってきて、
「本当に何もしてないわよ」
と、少し強い口調で答えた。
「本当に?いつも『弱くて情けない男は大っ嫌い』って言ってるあんたの事だから、見るからに情けない姿を見て何かヒドい事でも言ったんじゃないの?」
「みずほ、いい加減にしないと怒るわよ。 それにね、きーちゃんはあんたが考えてる程弱っちくって情けない人じゃないわよ」
わたしのその言葉を聞いたみずほは、不意にニコっとして、
「わかってるわよ。 あんたがつきあう位の人なんだから、きーちゃんがそんじょそこらの男よりもはるかに芯の強い人だってことも、あんたがほんとに好きな人を傷つけるような事を言ったりしたりしないって事もね」
そこまで言ってグラスに残っていたカルーアミルクを飲み干して、
「ま、これであの子が悩んでる直接の原因があんたじゃないって事がわかったわけね」
と明るい声で言った。
「…でもこれじゃ何が原因だかまったくわからないわね…」
「そうねぇ。 直接聞いてもきっと教えてくれそうにないだろうし」
しばらく考えてから、
「そうだ、こんな手はどう?」
みずほは言った。
「どんな手?」
「モノで釣るのよ。 たとえば手作りの料理をごちそうするとか」
「…手料理ねぇ」
「そう。 ここであんたがやさしくしてあげたら、もしかしたら悩み事を聞き出すことができるかもよ」
「そんなもんかしらねぇ」
「そんなもんよ。それにあんたが料理を作ってあげる、なんてのも意外そうだし、きっとなにか聞き出せるかもよ」
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