アクション!

松田 かおる

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「あ、その患者さんなら、先週退院なさいましたよ」
仕事やら何やらで忙しかったミカが三週間ぶりに見舞いに訪れた病院で聞いたのは、受付事務員のこの言葉だった。
「え? だって退院はまだ一月先だったんじゃ?」
ミカが聞くと、
「えぇ、本当はそうだったんですけどね。 予想以上に快復が速いのと本人の強い希望で、先週退院なさいました」
「でも、大丈夫なんですか?」
「えぇ。 もう骨自体は完全にくっつきましたし、そろそろリハビリに入る頃でしたから、ご本人がリハビリさえきちんとしてくださればもう問題はない、って先生も言ってましたので…」
「そうですか… ありがとうございました」
ミカは事務員に礼を言って、病院を後にした。
 
その足で晃司の家まで行ってみたが、部屋に人がいる気配はなかった。
時間があるたびに晃司の家まで様子を見に行ってみたが、いつ行っても晃司がそこにいる気配を感じられなかった。
新聞もポストに突っ込まれたままの状態になっていた。
ミカはそのたび軽くため息をついて、晃司の家を後にする事を何度も繰り返しているうちに、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎていった。

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晃司が行方をくらましてから、半年が過ぎた。
その間にもミカは、事務所,知り合い,スタッフなどに、晃司の消息を聞いて回っていた。
しかし返ってくる返事は、どれも同じものだった。
やがて撮影現場にも、晃司の代わりに新人スタントマンが来て、ミカがその指導を兼ねてコンビを組むようになった。
さすがに新人なのでスタントは晃司ほどではないが、新人なりにがんばっているのもあって、現場でもそこそこ可愛がられているようだった。
 
「お疲れ様でした!」
「おぅ、お疲れ」
撮影を終わったミカと新人クンの二人は、控え室に向かって歩いていた。
「ねぇねぇどうでした? 今日のボクのスタント? 決まってたでしょ?」
新人クンはうきうきしたような口調でミカに聞いてきた。
「ん? まぁ、いいんじゃないか?」
ミカは特に褒めるでもない口調で答えた。
「あ。 そう言えば。 先輩はここの事務所でもう随分仕事してるんですよね?」
突然新人クンが、思い出したように言った。
「え? あぁ、まぁ、そこそこな。 で? それがどうかしたのか?」
ミカが新人クンに聞き返すと、
「えぇ。 さっき現場で『晃司』って人の話を聞いたんですよ」
と、新人クンは答えた。
ミカはその言葉に一瞬動揺したように見えたが、それを気付かれない様に、つとめて平静を装った。
「ふーん、 『晃司』ねぇ…。 で、なんて言ってたんだ?」
ミカが聞くと、新人クンは、
「えぇ。 『最近晃司の姿を見ないね』って言ってたスタッフがいたんですよ」
と話し始めた。
「あぁ」
ミカが相づちを打つと、
「で、他のスタッフが『もう半年になるよなぁ』って」
と続けた。
「それで?」
「『あの事故以来、ぷっつりと姿を消しちまったなぁ』って」
「…」
「そしたら、『もしかして、ビビって逃げちまったんじゃないか?』って話してたんですよ」
「…逃げた?」
「えぇ。 ボクは晃司って人の事は知りませんけど、どうなんですか? 本当に事故起こしたくらいで逃げちゃったんですかねぇ? 先輩は知りませんか?」
「んー。 わかんねぇな。 でもいなくなったのは本当の事だしなぁ」
ミカはそう答えたが、本当の事だった。
病因での一件以来、一度も顔をあわせていないどころか、どこにいるのかも分からないのだから、他に答えようがなかった。
「…なぁ、お前はどうだ? 事故一発やった位で逃げ出しちまうか?」
話題を切り替えるようにミカが聞くと、新人クンはしばらく考えた末、
「そーですねぇ。 実際になってみないと分かりませんけど、もしかしたらビビって逃げちゃうかもしれませんねぇ」
新人クンが脳天気な口調で答えた。
「そうか。 意外と根性ねぇんだな、お前は」
ミカが皮肉ぎみに言うと、
「やっぱり自分の体が一番可愛いですから」
と、ずいぶんと割り切った事を言った。
「でも、そんな大ケガしても好んでスタント続けたい人なんて、いるんですかねぇ?」
全然悪気のない口調で新人クンが言うと、
「まぁ… 中にはそう言う物好きもいるだろうな…」
ミカは特に感情を込めていない口調で答えた。
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