千物語 I

松田 かおる

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大つごもり

「ねぇ、知ってる?」
バーのカウンターで隣に座って一緒に飲んでいる彼女が、おもむろに口を開いた。
「何を?」
僕が聞くと、
「地球の歴史を一年で表した時、『ホモ・サピエンス』が現れたのって『12月31日の23時37分』なんだって」
彼女はそう言った。

「そういえば、そんなこと聞いたことあるね」
そう言いながら時計を見ると、「23:40」を示していた。
「その時間」を少し超えたばかりだ。
「でも、なんだか不思議よねぇ」
グラスのカクテルを飲み干しながら、彼女がまた口を開いた。
「不思議って?」
僕が聞くと、
「あともう少しで日は変わって、月が変わって、年も変わる。なのに『23時37分』って言われたら、23分後に終わるように感じちゃうじゃない?」
彼女はそう答えた。
「まあ、そう言われるとそんな気もするね」
「でも、わたしたち人間はあと『23分』じゃ終わらないわけだから、『24時00分』には追いつかないと思うのよねー」
比べる大きさとか例えがなんだか違う気がしたけど、言われてみると納得しそうな感じだったので、
「アキレスの亀みたいだ」
僕はそう答えて、グラスのお酒を飲み干した。
「ねー、不思議よねー」
彼女も自分が言っている事が解ってもらえたようで、少し満足げな表情を見せた。

カクテルのお代わりついでにマスターにその話をしようと思ったけど、ちょうどカウンターの端にいる僕たちと同じく男女二人連れの相手をしていて、取り込んでいるようだった。
振り向いたおかげで、その二人の会話も断片的に聞こえてきた。
『リンゴの木を植え続ける』
『ルターね?神々しいわね』
何の話をしているんだろう…
さすがにこれだけでは会話の内容は判らないし聞くつもりもないので、僕たちはマスターが戻ってくるのを待ってお代わりの注文を済ませる。

「にしても、大晦日でも意外と賑わってるわね」
「だね、もう少しで日付も変わろうかって時間なのに」
もちろんこのバーは、年越しイベントのテレビ番組を流したり、イベントを行っているわけでもない。
至って普通のバーだ。

「まぁ、大晦日だからこそこうした落ち着いた場所で過ごしたい、って言うのもあるかもしれないね」
「そうね、そうかもしれないわね」
僕たちはそんな会話を交わして、お代わりを飲みはじめた。



そんな二人の向こう、カウンターの端に座っている二人客の女性が、周りにほとんど聞こえない声で言った。

「内緒の話ね?実はね、世界は昨日滅んでいたの」
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