陽の当たる場所

松田 かおる

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もうどれだけ森の中を進んだだろう。
周りがかなり暗いのは、森の木々が陽の光を遮っているのか、それとも本当に陽が落ちて暗くなっているのか、どちらなんだかわからなくなっていた。
森はどんどん深くなっていく気配を見せている。
遠目から見ただけでもあれだけの大きさだったのだから、そんな簡単に森を抜けられるとは思ってもいなかった。
けれども、僕は歩きながらふと考えた。
『僕はこの森に入って、一体どうしたいんだろう?』
はじめはただ単に「あの森へ行ってみたい」と思っているだけだった。
でも今は、どうしてここにいるんだろう?
森に入った後、一体どうするつもりだったんだろう?
周りが暗くなっているせいか、こんな後ろ向きのことばかりを考えていた。
疲れているのもあるんだろう。
一人で心細いのもあったんだろう。
だけどいつまでもこんな事をくよくよ考えていても仕方がない。
ここまで来たら、とにかく行けるところまで進んでみよう。
そう思ったのはいいけれど、ずっと歩き続けていたので、さすがに疲れてしまった。
 
どこかで一休みしたいな…
 
そんなことを考えていたら、茂みの遥か向こうに建物のような物が見え隠れしていた。
こんな所に…と正直思ったけれど、それは確かに何かの建物のようだった。
まぁいいや、とにかくあそこで一休みしよう…
そう思った僕は、その建物の方へと足を向けた。
茂みを抜けてその建物の前についた。
『建物』と言うよりは『小屋』と言ったほうが正しいくらいの小さな建物だった。
ただその建物には、一つも窓がついていなかったので、中に人がいるかどうかを確かめることができなかった。
でもこの際、建物の大きい小さいなんていうのは、どうでもよかった。
中に入って休めれば。
そこで休んでいると、アルフレッドに追い付かれてしまうかもしれなかったけれど、そうなったらなったで、その時考えればいいと思った。
小屋の入口に立ってみて、鉄の扉をノックしてみる。
中から返事は返ってこなかった。
どうも人がいる気配はなさそうだった。
…もしかしたら、鍵がかかっているかも…
そう考えた僕は、ドアの把手をゆっくりとひねってみた。
すると以外にもドアに鍵はかかっていなくて、ガチャリとドアが開いた。
少しさび付いて重くなったドアを、僕は体重をかけて押し開けた。
金属のきしむ音がして、ドアが徐々に開いていった。
やがてドアが開くと、そこには廊下が延びていた。
距離にして大体10mくらいだろうか。
その廊下の向こうには、もう一枚ドアがある。
僕はドアを抜けて、廊下を歩いた。
そして次のドアの前に立った。
今度のドアはさっきのとは違って、鍵が付いている様子もなければ、さび付いてもいなかった。
まるで今まで誰も触ったことがないみたいに、新品同様のドアだった。
把手をひねって、ドアを開ける…
その奥に部屋かなにかがあると思っていた僕は、次の瞬間、僕の目の前に広がっている光景が信じられなかった。
 
見渡す限り、岩とガレキばかりの荒れ果てた大地。
赤黒い空に淀んだ空気。
そして遥か向こうの地平線には、なんとも言えない色の太陽が沈もうとしていた。
いや、それとも昇ってきたばかりなのだろうか?
よくわからない。
けれどもどう見ても、そこに生物がいるようには見えなかった。
 
どれだけの時間が経ったかわからなかった。
目の前に広がる想像を絶する光景に愕然としていると、いつの間にかアルフレッドが追い付いて、僕の後ろに立っていた。
「アルフ…」
僕が力なく振り向いて話しかけても、アルフレッドは何も答えず、黙って立っているだけだった。
「アルフ…これは一体…」
もう一度僕がアルフレッドに話しかけたとき、アルフレッドは僕の前に立ち、二,三度目をちかちかさせて、話し始めた。
「元気でいるか? …お前がこれを聞いているということは、恐らく目の前に広がっている光景が何だかわからないでいることだろう…」
けれどもそれは、いつものアルフレッドの声ではなかった。
どこかで聞いたような声…
それは僕が小さい頃に死んだ父の、かすかに記憶に残っている声だった。
「今までお前が暮らしてきた環境は、すべて作り物だ。 今お前が目にしている光景が、本当の世界だ…」
僕がまだ「父」の言っていることがよくわからないでいると、それを説明してくれるように「父」が続けた。
「…度重なる異常気象と大気汚染、そして各地で頻発する戦乱で、この世界はもう救いようがない状態になってしまった。 そこで残された数少ない人類は、子孫に少しでも安全な環境を提供しようと、巨大なシェルターの建造に取りかかった。 今お前が暮らしている場所も、いくつかある巨大なシェルターのひとつだ。 その中にいれば、『外』の世界に触れることなく、一生安全に暮らして行くことができる。 ところがいずれお前が大きくなって、『外』の世界に触れる機会があるかもしれないと思った私は、申し訳ないとは思ったが、お前をあまり自由に動けない状態にしておく必要があった…」
あの錠剤のことか…
その話を聞いた時、僕はそう思った。
それと同時に、さっきアルフレッドが言っていた、
「ゴ主人サマヲ、危ナイ目ニ遇ワセテハイケナイ」
という言葉の意味が、うっすらと理解できてきた。
更に「父」は続けた。
「だが今の世界の実情を知ってしまった今、お前がどうするかはもう自由だ。 『ここ』に残って安全な一生を送るか、それとも『外』の世界に出て、どこかに…」
そこまで言って、突然「父」の声が途切れた。
まるで何かの事故に巻き込まれてかき消されたような途切れ方だった。
それっきりアルフレッドは黙ったまま、僕の前に立っている。
僕は「父」が残した最後の言葉の意味を考えてみた。
「どこかに…」の後は、一体何を続けたかったのだろう?
一番考えられるのは「どこかにある他のシェルター」という意味なのだろう。
それはつまり、この荒れ果てた世界のどこかに、僕と同じように楽園のようなシェルターに守られて生活している人がどこかにいるかもしれない、ということになる。
 
いるかもしれない。 いないかもしれない。
 
どちらなのかはわからない。
それでも危険を犯して「本当の自由」を手に入れるか。
それとも「作り物の自由」に囲まれて安全な一生を送るか。
そんなことを考えていたら、元に戻ったアルフレッドが僕の顔をのぞき込みながら、
「ゴ主人サマ?」
と言った。
 
僕はいつまでも、荒れ果てた空と済んだ空との境目で考え続けていた。
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