転生先はパラレルワールドだった

こぶたファクトリー

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30話 侵食

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(施設科の皆さん、申し訳ない!)

 強化したバイクの前輪を浮かせて突進させ、固く閉じられたままの正門に突っ込んだ。重量鉄骨をそのまま使った閂は枯れ枝のように破断され、鉄扉は逃げるように左右へと開かれた。
「斎城ぃ!」

 広場の中央にほぼ全身をタールに穢された斎城が佇んでいた。口元からは微かな、嬌声とも苦痛とも付かない呻き声が途切れ途切れに洩れて来る。
 侵蝕は首筋で一旦止まり、顔だけはタールに侵されていなかったが、瞳は朱色に妖しく輝き、口元は苦し気に歪めながらも、恍惚とした表情で天を仰いで打ち震えていた。
 生き残った守備隊の兵達は遠巻きに斎城の異変を見守るしかできなかった。ただどの顔も、最も恐ろしい事が起きようとしている事だけは理解しているようだった。
 …斎城は、自分の声に反応すらしなかった。

 なんとも甘美な光景ではないか。…それにしても素晴らしいな!魔族騎士を素材にしたのだろうが、それであの力だ。竜騎兵を素材にしたらどうなるのか、想像もつかない!…隠し持っていた力を二度と拝めないのは甚だ残念だが…まぁいい。、これはこれで愉しませて頂こうじゃないか。
 
(…何を…言っているんだ…?)

 お前こそ何を言っている?…あの女がどうなったか、まだ分からないつもりでいるのか?

(何とかして…助けないと)

 どうやって?

(それは…)
 考えるより先に駆け出した。斎城に取りつき、その体を穢すタールを掴み取った。しかし、手のひらに掬った水のようなソレは、次を掬う前に斎城の身体に零れ戻り、まるで相手にならなかった。
「くそ!やるなら俺にしろよ!無駄に強いイカレ野郎もついててお得だぞ!」

 コイツにモノの価値が分かるとして、折角手に入れた竜騎兵と雑魚の騎兵とを交換してくれる徳があればな。
「畜生!」
 こんな事になっても斎城は自分に気付きもしない。ただ甘い声を吐きながら打ち震えているだけだ。
「斎城、しっかりしろ!」

 コイツはよくやってるさ。とんでもない精神力で、なんとか頭部への侵蝕だけは抑えている。…結果は変わらないが。 だが、良かったな。そのおかげで形見は残る。

(…なんだって?)
 
 コイツはアウターデーモンの一種だ。お伽噺でしかないと思っていた。俺も実物を見るのは初めてだが。…どれ、どうなるか教えてやろうか。

 イメージが脳に直接流れ込んで来た。自分…もう一人の自分によって斬られた斎城が、血と共に結晶を吐き出した。クリスタルのような眩い輝きを放つ、小石ほどの小さな、美しい結晶…

(これが…?)
 
 お前達の言う所の人格だとか、精神…最期まで抗ったあの女の、その燃え滓。 あの女らしく、綺麗なもんだろう?
 
(斎城…そんな…)

 なぁ、俺にだって宿主であるお前に義理の心くらいある。…お前が斬るには辛いだろう。それに、一生引きずることになる。…というより、実力的に無理だろう。…あの女を人殺しにしたければ止めないが、お前がやられた後はここに居る者は勿論、あちらの世界の人間も殺しに掛かるぞ?…お前のお仲間達も。

(…)
 斎城… いつも俺を悪戯っぽくからかいながら、それでも俺の隣に居てくれた…
 たった二月にも満たない時間だというのに、思い出し切れない斎城との思い出が次から次へと溢れ出てきた。

 約束するよ、苦しませないと。
 …だから俺に任せろ

(待…)

 斎城の長刀が振り上げられた。大淵は余裕でそれを避け、宙返りしながら適当な距離を取った。
「良いねぇ…本当に良い」
 ゾクゾクして堪らない。今のは掠れば死んでいた。
 雑魚とは別格。…いや、歴代の魔王軍にもこれほどの闘気を纏う強者は居なかった。

 約束だ、苦しませはしない。苦しませは…な。

 手を掲げると従順な鞘がツヴァイハンダ―を運んできた。…まずはコイツで遊ぼうか?

「あ……うッ…」
 
「チッ…まだ抵抗してやがる」
 呆れた精神力だ…さっさと飲み込まれてくれれば、互いに本気で遊べるものを。
 アウターデーモンによる泥の侵蝕だ、中々の悦楽だろう? どんな男と寝ても得られない至上の快楽なんだから、さっさと身を委ねてしまえ。 そして俺と果たし合おうじゃ無いか?
 
 どうやら泥は女の頭部…精神を屈服させる事は一旦諦めたようだ。代わりに快楽を与え続けて精神を苛む事で抵抗を封じ、体の方を完全に支配して純粋な戦闘機械としたようだ。
「まぁ、それもいいか…」
 何れにせよ、そう体験できる事ではない。存分に愉しませてもらう。
 長大剣を横薙ぎに払うと、女は刀身に手を添えて防いだ。女にしては見事な長身が押し飛ばされ、地面を摺りながら後退した。
 女が長刀を脇に構え、一足で迫って来る。
「良いぞ、来い!」
 余裕で、とはいかないが、連撃を捌ききり、躱し様に大剣で薙ぎ払った。
 女のメイルアーマーの装甲が服ごと剥がれ、その下の白い肌が露わになった。すぐに泥が装甲から肌に乗り移り、再び顔以外の全身を黒一色に染め尽くす。

 女の鋭い突きが大気を裂き、自然現象を逸脱した力によって裂かれた空気が大淵の頬を斬った。
 その血を舐め取り、ツヴァイハンダ―を鞘に納め、放棄した。 代わりに目敏く見つけたナイフを拾い上げて構えた。
 御馳走を頂こうか。
 腰の騎兵刀が血を求めて懇願するように震えだす。
 まだだ。まだ良い子にしていろ。
 「お預け」をしてから女に向き直り、首を傾げた。その空間を切り下げて行った刀を横目に、ナイフでカウンター。女の腕をメイルアーマーごと切り裂いた。鮮血が噴き出すが、黒い泥がそれを貪るように覆い隠す。
「…ッ」
 女の体がよろめき、後退した。ナイフに付着した血液を舐め取る。…これまでに飲んだ、どんな祝杯の美酒より美味い。
「次は左腕だ」 
 女が抵抗とばかり刀を繰り出すが、どれも避け切る。ある程度強化しているとはいえ、元がこんな粗悪なナイフでは、受けた途端に手ごと飛ばされ兼ねない。
 全ての攻撃を避け切り、最後の大振りで姿勢を崩した女の左腕を軽く撫でる。やはり出血し、その傷を泥が覆い隠す。

(斎城…やめろ…やめてくれ…)
 
 鬱陶しい奴。大人しく見ていろ。
 …いっそ、これでコイツも狂ってくれれば尚更良いのだが。そうすればこちらに主導権が渡る。…こいつらのお仲間と平和な日常を過ごすのは苦痛だが、快楽の為なら背に腹は代えられない。

 女の突きを易々と避け、その嫋やかな身体をメイルアーマーの上から裂いた。
 確かに当たればこちらも即死する。非常にスリリングで愉しいが、剣の軌道も把握した。…そろそろ約束通り、楽にしてやるか。
「いっ…あっ…」
 …女の身体に異変が起きた。激しく打ち震えたかと思うと、全身の泥が剥がれ落ちた。
「アアァァァァッ!」
 女が絶叫し、下から押し破られるように衣服と装甲が剥がれ落ちはじめた。その下からは白い肌の代わりに青い鱗へと変わった身体が姿を現していく。その体に、慌てたように泥が再び纏わりつく。

「これが隠していた力か!」
 竜人化。どれ程の力か、是非とも味わわせてもらおうか。本日のメインディッシュ。ナイフを捨て、騎兵刀を抜き払う。
 目にも止まらぬ速さで迫ってくる竜人の女。薙ぎ払われた長刀を騎兵刀で受けようとして、背筋に…知る限り二度目の悪寒を感じた。
 あの骨野郎の奇怪な術を受ける直前に感じた寒気。
 瞬時に騎兵刀と全身に強化。 全身と騎兵刀に赤く醜い筋が幾条も走った。
 耳障りな金属音。これまでに受けたことの無い衝撃に体が弾き飛ばされ、大地に片膝を付いた。

 …元の身体に遠く及ばない、脆弱な身体とはいえ…強化した自分に片膝を付かせるとは…

 この湧き上がる高揚感をどう表現すればいいのか?
 
 それが感動という事を知らなかった。勇者の一族として生まれ、幼い内から文字通り超人的な力を備えて生まれてきた勇者…それも歴代最強と謳われた勇者にとって、感動という言葉は無縁のものだった。

 どんなに人々が恐れる強大なモンスター…そして魔王を倒して人々に感謝され、祭り上げられても、勇者の心は凍り付いたままだった。
 やっと出会えたかと思った強敵も、戦ってみれば何の事もなく、勇者を落胆させ続けた。

 だが今、目の前に存在する竜人は、今までの敵とはモノが違った。
(…なんだか知らんが、最高の気分だ…)

 立ち上がり、竜人の女に向き直る。
「お前に会えて良かった。…始めようぜ」
 最大限の敬意を以て、この竜人を殺す。
 
 斬り上げられた剣を受け止めると、衝撃で皮膚が裂かれた。更に反対側から鋭利な爪を伸ばした手が振るわれ、肩アーマーごと腕の肉を削ぎ取られた。
 
 これが負傷か…。
 激痛を感じる。飛び散る自身の血潮を眺め、恍惚とした気分になった。戦いの中で治療を必要とする怪我を負ったことは無かった。
 騎兵刀を薙ぎ返し、竜人の右腕を刀ごと切り落とした。
 竜人が暴れ、左腕の爪でなおも斬りつけて来る。当たらずとも、切り裂かれた大気が破片となり、メイルアーマーの装甲を抉り、肌を裂いた。

 手刀自体は避けるが、頬から血が滴る。
 騎兵刀を突き出し、硬い鱗に覆われた嫋やかな胸元に突き立てた。

 背後で無力な宿主が泣き叫ぶが、もう終いだ。そんなに想うなら、せめて精神だけでも女の後を追うが良い。 
 
 さすがの竜人も心臓はダメらしい。…もしかすると首を落とすより効くのかもしれない。

 なんだ?最期を看取りたいか?まぁ、そのくらいは良いだろう。

「斎城!」
 苦しげな呼吸を繰り返す斎城の体を抱き留めた。未だ、醜い泥が彼女の全身を覆っていた。
「斎城…斎城ッ…」

 呼吸は体の要求に応えられず、口の端から血を流しながらも斎城は穏やかな眼でこちらを見上げた。死の間際である事は、素人目にも理解できた。
 もうじき、泥と融合した斎城の肉体さえも消え…斎城があの結晶だけになってしまう。

「大丈夫だぞ…すぐに香山が…」
 既に手遅れだ。この泥に取りつかれた時点で斎城の運命は決まっていた。…それにこの泥が、死しても彼女の支配権を譲らない。
 俺がコイツさえ剥ぎ取れていれば、こんな事には…



 …そうだ。剥ぎ取ってしまえ。
 こんな運命を、俺は認めない。
 剥奪する。

 〈スキル行使中〉

 なんだ、その力は…?
 
(特殊強化がお前のスキルなら、俺のスキルが別にあってもいい筈だ)
 運命を否定する力。事象を剥奪し、リセットする力。斎城の身体に触れている今、泥も自分のスキル執行対象となる。
〈スキル執行範囲認定中…完了〉

 スキル、Revocation発動。
 この手に触れている限り、対象のあらゆる権利は剥奪される運命にある。
 次元を断絶する能力だろうが、生命体を侵して一体化する能力だろうが…死だろうが…関係ない。

 存在を否定され、剥奪された泥と致命傷が消えていく。どこから来たか知らないが、二度と存在はできない。
 
 舐めるなよ、勇者。
 俺の仲間に何かしたら、お前も剝奪する。容赦はしない。

 …そのスキルだけで何になる?俺抜きで、全ての戦いを勝ち切れると思っているのだとしたらおめでたい奴だ。

(分かっているさ。だからお前も利用してやる。ただし、イニシアチブが自分だけにあると勘違いしないことだ)
 
 ……ふん。…なんでもいいが、女の体を衆目に晒すつもりか?

 慌てて斎城を見ると、魔力が切れつつあるのか、鱗が消えようとしていた。慌てて瓦礫の中からテントの切れ端を見つけ、斎城の身体を覆った。

「…あれ…?…大輔君……助けてくれたんだね…」
 消耗しきった声で、それでも斎城は大淵を見上げた。
「斎城、大丈夫か? あ…」
 後遺症か、斎城の瞳は朱色のまま戻らなかった。燃えるような茜色…夕日の色。
「すまん…目の色は元に戻らなそうだ」
 不思議そうにする斎城に向け、メディカルポーチから取り出した折り畳み式の鑑を開いて見せた。
「…」
「悪い……でも…綺麗だ」
「…こんな目じゃ、もうお嫁にいけないなぁ…」
「……すまん」
「…じゃあ責任取ってね」
 
 いつもの、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
 良かった…本当に…
 視界がぼやける。鼻を啜り上げ、笑顔を返した。
「…いつもの斎城だ。もう大丈夫だな」
「人前で裸にされかけたみたいだし。…責任、とってね?」
「…」
 流しかけた涙が、冷や汗に変わる。
「そ、それはだな…」



「キャー!大淵君のケダモノォ!訴訟よー!」
「きゃー!ケダモノー!サイバンデース!」
 ……厄介な連中が今頃やってきた。 大淵は大きく溜息を吐いた。


 …それでも、取り戻したものの重みを実感し、斎城の手を握り締めた。その手も強く、応じてくれた
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