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34話 一難去って
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二人共ボロボロになりながらも、ようやくの思いで一階まで戻り、地上への階段を見つけた時には思わずアリッサとハイタッチを交わした。
「大丈夫かよ、ダイス、アリッサ!?」
出入口の外ではクリフェが待ってくれていた。背後の空は夕日で赤らみ始めている。
「なんとかな。 …しかし、こっちの世界の住人は皆俺をダイスと呼ぶな…」
「呼びやすいんでショウネ」
「すっげぇな…さすが大人の冒険者は違うな!あんな下階層まで落ちて、無事に帰って来るなんて!」
「とんでもない。…お前にあれだけ偉そうな事を言っておいて、死ぬところだったよ。もう行きたくないな。 ほれ、戦利品だ。これはクリフェ、お前の取り分な」
金銀貨を半分詰め、その中に青いクリスタルも一片入れた布袋を手渡した。
「す…すげぇ…で、でも、何もしてないのにこんな大金貰えないよ!」
「お前が見つけて、案内してくれた洞窟だ。俺達も半分貰ったから、遠慮するな」
「…こんな金見たこと無い…これだけあれば立派な砦が建てられそうだよ」
「生活の元手にしてクダサイ。クリフェほど聡明なら、モウ少し大きくなれば仕事を立ち上げる事も出来るデショウカラ」
「へへっ、その時は二人も俺の店に歓迎するぜ?」
「それと記念品だ。ホレ」
黒竜の鱗を一枚渡した。
「…えっ、これってまさか…」
クリフェの表情が青褪めた。大量の金銀貨を手にした時よりも深刻な顔をするので、不安になった。
「…黒竜のだが…殺したらマズかったか…?」
「こ、黒竜を…!?…伝説だと思ってたけど、まさか…」
「ソレ、売れるんデスか?」
「…先ずはこれが本当に黒竜の物かどうか鑑定しなきゃならないけど、どちらにしても、こんな田舎町じゃ売れないよ。偽物呼ばわりされてすり替えられるか、本物だとしたら尚更、コレを換金するだけの金なんか用意できないさ。…伝説では英雄コロンは黒竜の鱗十枚と引き換えに妖精のギルドに依頼して王国を作ったって言われているくらいだから」
「…どこに行けば替えられると思う?」
「…奇しくも、ここから南西にある街が、その英雄コロンが建てた王国だよ。100万人都市さ。この大陸でもかなりデカくて、強力な経済・軍事力を持っているって、大人達は言ってる」
「…」
大淵は少し考え、アリッサと目配せした。アリッサは微かに首を横に振った。
(…だな。クリフェは連れて行かない方が安全だろうな)
「よし、わかった。クリフェ、とりあえず今日はそれを持ってお前は町に帰るんだ。また会おう」
「…わかった。また来てくれよな」
「ああ、またな」
「…さて、俺達も一旦、キャンプに戻るか」
「デスネ。次なる目的地も分かった事デスし」
夕焼けの草原を歩く中、クリフェは風を感じて振り返った。
白馬の幻獣が誰かを背に乗せ、空を駆け上がっていくのが見えた。…あの二人だろうな、とすぐに思い至った。
「やっぱりすげー奴らだったんだな…」
海岸方面へ戻ると、平原に見慣れない物体があるのに気付いた。
「あれは…」
「自衛隊のV‐22…オスプレイ、デスね。ハンヴィー…高機動車やバイク、その他物資を持ってきてくれたみたいデス」
機体の横では自衛隊員達がきびきびと荷下ろし作業を行い、尾倉と藤崎が立ち会っていた。その邪魔にならないよう、近くに降り立った。
「よう、お疲れさん」
「おお!戻ったか!必要な物が揃った所だ」
「おぅい、大淵、元気してたか?」
「おお、黒島。戻ったのか」
「協議も一段落したんでな。…向こうじゃ、年の瀬のテロ事件を受けて、憂国烈士団がとんでもなく勢力を拡大させている。若者を中心にスキル保有者が続々志願しているらしいが…かなりキナ臭くなってきやがった。和平条約なんて即刻破棄して、魔界を制圧して、日本を真の独立国家にすべし、ってな」
「ったく…頭の中でどんな計算式してるんだか…」
依然として魔王軍と人類とでは勝負にならない戦力差があるのだ。ましてや、日本のスキル保有者が全員一致団結して立ち向かったとて、勝ち目は万に一つも無い。勝ち目があるのは、これまでのようにゲートを桶狭間のように使った、戦線正面を極限に絞った防衛戦闘のみ、だ。
やっと漕ぎつけた和平に水を差すのは許せない。
「だから連中と…米国はお前を狙っている。お前のオリジナル戦闘映像をアイツらは入手済みだからな。…たった一人で、数万の軍勢相手にガチの無双ゲーやってるお前をな」
黒島は気まずそうにアリッサを見たが、アリッサは気にした風もなく肩をすくめた。
「アリッサは知りマセーン。オシゴトしただけデース。 もう、怖いオシゴトはしマセン」
黒島は、おや、とアリッサの表情の変化を見抜いた。
「…お前ら、なんかあったな?」
「…親睦を深めただけだ。ああ、あとダンジョンってやつを一つ攻略して、この大陸でも有力な都市の情報を仕入れた。100万人都市って話だが」
「100万人!?…本当なら、江戸幕府が300年のミラクルピースで最盛期だった頃と同じくらい栄えている筈だな。或いはローマ帝国くらいか」
「俺達が黒船にならなきゃいいが」
「お前がリーダーなら大丈夫だろ。間違って自分から白旗上げる様な奴だが」
「…否定はできん」
「さぁ、キャンプに戻ろうではないか。食えるモンスターを発見してな、尾倉が捌いて大鍋のシチューにしてくれた。…香山や斎城がお前達の身を案じてそわそわしていたしな」
「シチューか。そういや腹が減った」
「アリッサも食べタイデス!」
「安心しろ、俺ががっついても食いきれない量だ。全部ここの食材だけで作ったんだ」
キャンプに行くと、既にオリーブドラブ色のテントが立ち並び、待機していた残りのメンバーが積み上げられた土嚢袋や折り畳み椅子に腰かけ、夕食のシチューを摂っている所だった。
香山と斎城が気付き、手を振った。
「俺達も頂こうか」
「デスネ」
広場の中央には樽のような大鍋があり、分散して食事する自衛隊員にも振舞われていた。
鍋を保温している石かまどの脇に金属製の皿とスプーンが置いてあり、それを取ってそれぞれよそった。まだ鍋には半分近く残っていた。
斎城が折り畳み椅子を二人分用意してくれ、それにアリッサと共に座り、シチューを食べた。
「ん、これがモンスターの肉か。ちなみにどんな外観の奴だったんだ?」
「虎みたいなカラフルな体色をした、闘牛みたいな奴だったぞ。俺が追い込んで、尾倉が仕留めた。そのまま解体だ!」
後にタイガスブルと名付けられるそのモンスターは、現地の食料事情…特にたんぱく源を支える、ありがたいモンスターとなるのだった。
「他にジャガイモの代わりに見つけたビーツみたいなものと、例の茸と、玉ねぎそっくりな木の実があったから代用したの」
斎城が捕捉した。
「おお、美味いな。独特なビーフシチューだ。肉は硬めの牛肉って所か。これもジャガイモの食感に似てない事も無い…うん、美味い。こっちで飯屋を開けるんじゃないか、尾倉?」
「…考えておく」
尾倉もまんざらではないのか、珍しく口元を微かに緩めた。こちらの世界でも私物として、金物鍛冶で有名な地域で作られた三徳包丁を持ち歩く程度には調理好きだ。斎城や香山とも時折、レシピについて語らっている事もある。
「どうでしたか、現地の人は?」
香山がジャーに入ったコーヒーを二人に勧めてくれた。それを受け取り、一つをアリッサに渡した。
「バーにいた男達は気性が荒かったが、クリフェという孤児の少年と会った。まだ11歳だが、妹を養って逞しく生きていたよ。彼の案内でダンジョンを発見したので、ボスのドラゴンをやっつけてお宝を分けた。…ああ、これが戦利品だ」
バックパックを下ろし、貨幣は路銀として全体で管理する事にし、問題は地図と青色クリスタルだ。羊皮紙の地図に関しては自衛隊も入念に撮影・記録していった。
「…ここいらの地図じゃ無いのかもな。海岸とベルテ山の地形が当てはまらん」
「宝の地図だったりして」
川村がわくわくした様子で古ぼけた地図を覗き込んだ。
「地図と一緒に宝も隠して、更に宝を隠すなんて相当リッチな遊び心だな」
地図上にはベルテ山の名は合ったが、リディーネの町もアルダガルドの名も無かった。海岸は描かれているが、どう見ても今いるこの海岸とは違う形をしている。
「…手掛かりはベルテ山と…このフィリホノという名前だけか」
「あとはこの青いクリスタルだがどうだ、魔王、星村?何か分かるか?」
「ふむ…魔法石の一つだな。だが、極めて希少なのはわかる…ほぉマルチクリスタルか。精製方法によってスキルを習得するか、いくつかのステータスを強化できる。勿論、この大陸の人間に売れば高値で買い取ってくれるだろうが、それは勿体ないな」
「なるほど!最低限の工具は持ってきてありますから、精製自体はできますよ。こちらでも分析してみますね」
「頼む。ああ…あとこれも」
テーブルの上でバックパックを逆さにすると、黒竜の鱗がたっぷりと積み重なっていた。
「これは…」
「例のダンジョンで倒した黒竜の鱗だ。…恐ろしく硬くてな。俺のツヴァイハンダーでは、強化しても弾かれてしまった。メイルアーマーの素材に出来ればと思ってな」
「大淵さんの強化攻撃を…!?」
「アーマーのスーツアシストとヴェルンの騎兵刀、それを最大強化してようやく勝った。…とんでもなく強くて、アリッサに助けられなければ死んでいた」
夕食後、自衛隊及びクランチーム全員で集まり、ホワイトボードを木に掛けただけの広場で簡単な打ち合わせを行った。大淵がホワイトボードにマーカーで簡単な位置を描き込んだ。
「ここからまっすぐ北にあるリディーネ。その南西にアルダガルドという大都市がある。まずはそこを偵察しに行こうと思う」
「今の俺達の格好じゃ目立つな。現地協力員…そのクリフェ少年がいるだろう?可能ならリディーネで外套を人数分調達したいな。可能なら現地の地図なんかも」
黒島が提案した。隣の自衛隊の補給担当の自衛官も続けて発言した。
「補給体制はどうしますか?現状、高機動車一台だけです。皆さんが移動に使うと、このベースから届ける能力がありません」
V‐22オスプレイでは高機動車を一台ずつ、ワイヤーで吊り下げて運ぶしかない。それでも貴重な空輸手段だった。これを大まかなパーツごとに分けて、かなり整地されたとはいえ、あの洞窟内を苦労して運んできて、平原で組み立て直したのだという。現在、今回の実戦結果を元に、二機目の投入が検討されているという。
「すぐに二台目の高機動車が欲しい所だな。だが、取り合えずの予備燃料もしっかり積み込んだし、そのアルダガルドに行って帰る事くらいはできるんじゃないか?」
「正確な位置も分かっていないし、GPSも使えないから、迷子になった時にヤバくなる。まぁ、焦る事は無いさ。あのオスプレイがまた往復してくれて、新しい高機動車が就役するまでここでゆっくり釣りでもして過ごすのも悪くない」
黒島の内心としては、渦中の魔王と大淵がこの世界に居てくれた方が安心だという事もあった。 …憂国烈士団の最大目標はこの二人なのだから。
「すごいですよ、この魔法石!スキルとしては「収納」が取得可能になります!魔法石の大きさに応じて一定の物品や人を収納できるスキルです!使い方次第で日常は勿論、作戦にも戦闘にも使えますね!」
「おお、それなら燃料や食料も十分持っていけるって事か」
「バッチリです!大淵さん用に試作品を一つ作ってみました。学校の教室にバイクや物を空間いっぱいに詰め込めると想像していただければ」
「そりゃいい!」
「試作品と言えば、アリッサさんのメイルアーマーは先行配備型ですね。どうですか?使い心地は?」
「ベリーナイスデス。ワイヤーアンカー機能もオミットしないで正解デシタ」
「ダンジョンでも、黒竜戦でも世話になったよ。」
「そうだったんですか?…でもワイヤーアンカー機能、結構高いんで、量産型には付かないんですよね…代わりに構造改良で防御力は5パーセント、大淵さんのアーマーよりも高まる予定なんですけど」
「むぅ、じゃあ、このガントレットは大切にしないとな…これが無きゃ今頃どうなっていたか…」
「それじゃ、明日はその収納スキルを実際に試してみようぜ」
翌朝、まずベースキャンプに用意された200L入りの軽油ドラム缶が10本、そしてガソリンのドラム缶が10本、そして飲食料が1パレット分、並べられた。
これだけあればなにかトラブルがあっても対処できるだろう。また、簡易補給拠点として要所に設置していく事もできる。
問題は本当にコレらを大淵が収納し、そして取り出せるかどうかだ。
「どれ…」
大淵はその大量の荷物の前に立った。いずれも、高機動車だけでは到底運び切れない量だ。
言われた通りに魔法石を意識すると、それが手のひらから体の内部に入り込んだ。
「うぉお…」
慣れない感覚に慄きながら手を確認するが、ピンポン玉ほどの大きさの魔法石は完全に大淵の体と同化しており、外観からは決して分からなくなっていた。しかし取り出そうと意識すると、簡単に手の平に戻ってきた。
「アーマーや武器に外付けする方法もありますが、破損や紛失の際には荷物ごと失ってしまいますからね…今のところ、その人体収納が一番確実な方法です」
「よし…やってみる」
今度こそ荷物の前に立ち、魔法石をセットした。
そして、手近なガソリン缶に触れてみた。掃除機に吸い込まれるように、ガソリン缶は大淵の手に消えた。
「お、おお…こんな感じで良いのか?」
次のガソリン缶も、軽油缶も。そして1パレット分の食料も。全て収納するのに五分もかからなかった。大量の物資が忽然と消え失せた。
「それじゃあ、少し移動して、あの丘の上に出してみよう」
黒島に言われた通り移動し、丘の上で手をかざして意識してみた。
イメージに、教室ほどの大きさの何もない空間に押し込められた燃料缶や食料が映った。試しに食料のパレットを意識し、手をかざすと、任意の位置に荷物が現れた。 同じように燃料缶も。
「…さて、コイツが一番肝心なテストだが…人の収納…藤崎、頼む」
「な、なぜ俺なんだぁ!?」
「お前がこの中で一番大柄だからな。お前さえクリアできれば、後は誰でも大丈夫って訳だ」
黒島が言葉巧みに藤崎を実験台にしようとする。
「う、うぅむ…そういう事なら…」
藤崎に手をかざす。やはり藤崎の巨体も一瞬で吸い込まれた。
「大淵、そのまま森林の中を滅茶苦茶に走ってみてくれ」
「ん、わかった」
言われた通り、樹林帯の中を縦横無尽に走り回ってみた。五分程走り回った後、黒島から戻るよう言われ、再び元の位置に戻った。
「よし、藤崎を出してくれ」
藤崎も荷物と同じように取り出せた。藤崎には特に変わった様子も無い。何とも言えない面持ちだった。
「どうだった、藤崎?」
「うむ…大淵の中に入って、360度の景色を見回しているような感じだった。例え大淵が樹林の中で小枝に当たろうと、俺や荷物には何の影響も無かった。…勝手に試してみたが、自分から出ようとしても出られなかった」
ステータスを確認すると、「収納」のスキルが大淵に加わっていた。
「凄い事ですよ、これは。スキルを新たに獲得できる魔法石なんて!しかも収納スキルは新種ですから!なら、他にも同じような魔法石があるかもしれないって事ですよね?」
「ううむ、ならでっかいのを残して来たのは失敗だったかな…まぁいいか。欲張りすぎるとろくなことが無さそうな気がしたし」
そう言えば、クリフェが言っていたか…ダンジョンはモンスターの封印と、宝に目が眩んだものを陥れるための、大賢者が作った物だと。
「補給の問題はクリアだな。あとは、クリフェ少年に協力を仰いで必要な物を得られれば完璧なんだが」
「俺とアリッサでまた行ってくる」
リディーネの町へとバイクで近付いた。ある程度近づいた所で、大淵の収納によってバイクと目立つツヴァイハンダーを隠した。
取り合えずの間に合わせ、と二人は自衛隊員から借りてきたブーニーハットを泥などで汚して目深にかぶり、貨物用のシートを裂いた切れ端を外套代わりに纏っていた。
町人とすれ違うが、この間程奇異の目で見られる事は無くなった。
「クリフェはどこでショウネェ?」
「わからんが、話しぶりからするとそんな豪華な家じゃないだろうな。まぁ、先ずは話を聞いてみるか。…それにしても何で、この世界の魔物や人と普通に話せるんだろうな…?」
「今更ソレデスか…?自他のステータスが視角で確認デキる時点でワタシはそう言う物と割り切ってマシタガ」
「…それもそうだな。昨日のチンピラ共がいるかも知れんから、注意して行こう」
「今度はお返しに捻り上げてヤリマ~ス♪」
「…騒ぎはダメだからな?」
町の中心部に町役場と思しき、入り口に衛兵が一人立つ、まぁまぁ立派な二階建ての建物があった。人々が荷物を持ってそこに入っていく。…行きも帰りも顔は一様に暗い。税金でも納めているのか。
「時代劇デハ番屋?デシタッケ?警察と消防の機能を一人か二人の役人がこなして、私的に助手を養っていたんデシタっけ?」
「ああ。どこの国も似たり寄ったりだろうが、ここでの警察機構と行政を兼ねているんだろうな」
クリフェが浮かない顔をして出てきた。
「クリフェ」
アリッサが声を掛けると、クリフェは最初驚き、それから自分達と認め、顔を明るくして駆け寄ってきた。
「アリッサとダイスか!?…変装してて分からなかったよ」
「そいつは重畳。お前が分からないなら、誰にも怪しまれずに済む。…浮かない顔をしていたが、例の取り立てか?」
「あぁ、そうだよ。…浮かない顔は演技だけどな。昨日、たっぷりもらったお陰で余裕はあるし。ただ、俺がこの町でそんな景気の良い顔していたら、誰だって怪しむだろうからさ。 …今だって、謎の旅人に話しかけてて怪しいよな。話しながら歩こうぜ。俺が商売の誘いをしている体で」
「わかった。…ちょうどいい、俺達が装備しているような外套を買える店は無いか?」
「それならビルジーの店しかないな。幾つ欲しいんだい?」
「ざっと11着。ないし9着」
「…大淵、このシート素材、熱くて厳しいデスよ?町中での変装時だけなら我慢デキマスが、この先の旅を考えるとベリーハードデス」
「…だよな。何とか11着は欲しいな…」
「とにかく行って、相談してみようぜ。ビルジーのおっさんも取り立ての時期だってのに儲かってないから、大喜びで相談に乗るよ」
「…だろうな。誰でも、入用な時に金が無い程辛い事は無い」
「デスねぇ…」
しみじみと三人して頷き合うのであった。
クリフェの案内に従って進むと、いかにも治安のよろしくない雰囲気に変わっていった。
「…この辺は結構食い詰めている奴が多いから、気を付けてくれ。アリッサは絶対に女だってバレないで。ダイスは連中と絶対目を合わせないように。…揉め事はナシで。こいつらに目を付けられると、俺と妹も危ないから…」
「…わかった。いざという時は、お前なりに上手くやってくれ」
道の端々から視線を感じるが、前だけ向いて歩いた。アリッサも帽子を目深に被り直し、外套代わりのシートで口元を隠した。
「…ほらお客さん、ここがビルジーの店だよ」
クリフェがよそよそしく扉を開けて二人を招き入れた。
ドアが大袈裟に軋み、それがドアベル代わりになったか、店の薄暗い奥から初老の男が小走りに向かって来た。
「おお、クリフェか、客を案内してくれたのか?どうも、お客さん。今日はサービスしておくよ?」
ぼさぼさの白髪によれた前掛けを付け、何か構っていたのか、払い合わせた手はまだ錆がこびり付いていた。
「…外套を買いたいのだが。…11着ほど。…それと、この近辺からアルダガルドまでの地図はあるか?」
「11着…?そりゃまた大勢だね。キャラバンかい?」
「まぁ、そんなところだ。在庫はあるか?」
「ちょっと待ってな…」
ビルジーは店の奥に戻ると、木箱を漁り始めた。五分ほど待たされた後、その手に11着分の外套と、自衛隊のそれよりもつば広の、灰色の避暑帽も人数分持ってきた。
「コイツもどうだい?アルダガルドまではいらないだろうが、そこから先にも用があるなら、後で後悔するぞ?」
「…頂こう。…幾らだ?」
「えーと……帽子50ベル、マントが150ベル。それが11。しめて2200ベルだ」
果たしてサービスされているのかどうかは分からないが、値引き交渉する気も無かった。
「…」
先ずは北の大陸の布袋を開き、中にたっぷり詰まった例の硬貨をクリフェに見せた。
「…お客さん、この硬貨はここいらの小さな町じゃ使えないよ。こっちの国の硬貨は無いかい?」
「い、いや待てクリフェ。…それ一枚でいいよ」
ビルジーは唾を飲み込みながら、魔王の大陸で拾った、やや小ぶりな金貨を指さした。
クリフェが小声で「欲張りめ…」と呟くのを聞いた。
(…金の含有量や質でも違うのかね…)
「…この近辺とアルダガルド周辺の地図を付けてくれればな」
「あ、ああ、あるとも!待っていてくれ!」
ビルジーは物に躓きながら奥へ駆け込み、何かをひっくり返しながらまた倉庫を漁りだした。また五分程待たされた後、息を切らしながら店の奥からやや古い地図を2枚持ってきた。
「こ、これがこの町からアルデガルドまでの地図。こっちがアルデガルド周辺の地図だ」
「商談成立だ」
全ての品物を受け取り、指定された金貨を手渡した。
「2000ベルくらい、儲けさせてやったな、ダイス」
「あの金貨でそんなにか」
「ま、これでおっさんも助かったろうな。…もうアルダガルドに向けて出発しちまうのか?」
「ああ。すぐにでも向かうつもりだ」
「…なぁ、俺や妹もついて行っちゃダメかな?」
「…」
「…思ったんだ。この町で生きていくにしても、大した仕事が無いんだ。この間、バーで飲んだくれてた奴らはベルテ山の鉱山で働いているんだけど、最近はその鉱物が今一つ採れなくなってきていて、それで荒れていたんだ。…ここでもらった金貨を消費していくより、大都会に行って仕事を見つけた方が俺にも妹にも良いんじゃないか、って」
「しかし…本当にいいのか?」
「それに、少しくらいは何かの役に立てるかも」
スラムの雰囲気が消え、再び穏やかな町の中心部付近へと戻ってきた。
「…もう十分役に立ってくれてイマスが、願っても無い申し出デス。…ドウシマス、リーダー?」
「…先ず妹と話し合え。一緒に来るなら荷物を纏めて、妹と一緒に町の出口からしばらく歩いた平原の丘まで来い。そこに俺達が通りかかる筈だ。変わった馬車に乗ってるから、すぐに分かる」
「分かった、きっと行くから!」
急ぎ足で家へと向かうクリフェを見送り、大淵達も町を出た。
30分後、3台のバイクに高機動車が続き、平原を疾駆していた。しっかりと必要な物資を収納した大淵は、バイクのリアシートに魔王を乗せ、平原を走っていた。
指定した丘の上に二人は…いた。まだ8、9歳ほどの妹を連れ、丘の上で大きく手を振っていた。
「高機動車、丘の上のお客さんを乗せてやってくれ。現地協力員だ」
『随分と可愛い協力員たちだな。了解』
「クリフェ~、キマシタね。アリッサの後ろにノリマス?」
「妹と一緒が良いだろう。あの鉄の馬車の後ろから乗り込め、クリフェ。乗っているのは全員俺の仲間だから心配するな」
「す、すごい乗り物だな…本当に」
『…本日は当、黒島観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。アルダガルドまで賑やかな旅をお楽しみ下さい。では出発致しま~す』
…出発から丸一日以上が立っていた。信号や障害物の無い平原を快速で走っているにも拘らず、だ。休息時間等を除いても、少なくとも1200キロ以上は走っている事になる。
「ちなみにクリフェ、お前はアルダガルドに直接行ったことはあるのか?」
高機動車に通信を送った。
『いや、無いよ。大人たちの話を聞いただけ。たまにアルダガルドから来た隊商が、俺達の町にも物を売りに来ることがあるけど』
誰かが無線を貸してやり、クリフェが返した。
「思ったより距離があったが、まぁ、いずれは…っと」
左手にベルテ山、右手に別の山に挟まれた地形となっていた。その狭い道を進まねばアルダガルドには進めないのだが、その道が…大規模な崩落によって塞がれている。手前には小さな集落もあった。
『くそ…まいったな』
「取り合えず、降りて様子を見てみよう」
崩落現場の近くでバイクを降り、その途方もない悲惨な状況を目の当たりにした。
小さい物は漬物石サイズから、大なるものは岩山の一部そのものが崩れ込んできていた。…こんなものは、例え自衛隊の重機やモンスタークレーンを総出動させたとしても、何か月かかるか想像もつかない。
「…他の道を探すしかねーな。丁度集落もある、聞き込みを…」
「…別の道といったら、またリディーネあたりまで行って、海岸線を大きく迂回して行かなきゃならないよ。…戻るのとは別に、少なくとも三倍は時間がかかると思う」
「…困りマシタネ」
一行が悲嘆に明け暮れる中、大淵は岩を見つめていた。
「…その前に一つ試してみたいことがある」
地面に手を突き、意識を集中させた。
「大淵?何を…」
アリッサだけがまさか、という顔で大淵を凝視している。
スキル発動…アレンジ
特殊強化の赤黒い回路が草原を奔り、巨岩群に取りついた。
…問題はここからだ。強化はあくまで支配下に置くことでしかない。
…ダブルアレンジ。
今度は自分のスキル・Revocation。
コイツを複合できれば…!
模様を付けられた巨石群が消え失せた。…だが流石に消耗は桁違いだ。SPが著しい-値…いわゆる借金状態になってしまった。
一行が呆気にとられて自分を見ている。…まぁ、確かに凄い事ではあるが。
「へ、へへっ。アイデア次第でこんな事もできるんだな。だがこれで…」
「お、大淵、お前…それ…」
「嘘…大淵君…」
「大輔…くん?」
「oh…」
…おかしい。何かがおかしい。確かにあの岩山に近い巨石群を消したのは凄い事だろうが、驚き方の方向性が…違う。
…何で俺を見てそんなに驚愕しているんだ…?
「だ、ダイス…!なんだその姿はッ!?」
魔王まで。リザベルも言葉を失っている。
…3バカ…もとい、川村、藤崎、尾倉と、星村も、こちらを見て絶句している。
香山が耐えかねたように自分に駆け寄ってきた。…そんなに酷い事になっているのか、俺の身体は…?
踏み出そうとして何かに躓き、転んだ。服だ…自分の戦闘服が全く別サイズになって、身動きがままならなくなっている…
駆け寄ってきた香山を見上げた。
…デカい。驚愕の表情を浮かべた香山に見下ろされている。 …あれ?
「な、何で俺が小さく…子供になってるんだ…!?」
チッ…大馬鹿野郎めが…
(勇者か!?なんだよこれ!?)
オーバーヒートだ。…身の程を知らない使い方をするから…
(な、治るんだよな?)
…いずれはな。それが明日になるか三年後になるかはお前のスペック次第だ。
斎城も駆けつけ、大淵を抱き上げて立たせた。
「だ、大輔君、安心して…私が…私達が守るから…」
…いや、そういう問題じゃないだろう!?とんでもない出来事に、あの斎城まで混乱している…
…大淵の冒険と受難は、始まったばかりだった。
「大丈夫かよ、ダイス、アリッサ!?」
出入口の外ではクリフェが待ってくれていた。背後の空は夕日で赤らみ始めている。
「なんとかな。 …しかし、こっちの世界の住人は皆俺をダイスと呼ぶな…」
「呼びやすいんでショウネ」
「すっげぇな…さすが大人の冒険者は違うな!あんな下階層まで落ちて、無事に帰って来るなんて!」
「とんでもない。…お前にあれだけ偉そうな事を言っておいて、死ぬところだったよ。もう行きたくないな。 ほれ、戦利品だ。これはクリフェ、お前の取り分な」
金銀貨を半分詰め、その中に青いクリスタルも一片入れた布袋を手渡した。
「す…すげぇ…で、でも、何もしてないのにこんな大金貰えないよ!」
「お前が見つけて、案内してくれた洞窟だ。俺達も半分貰ったから、遠慮するな」
「…こんな金見たこと無い…これだけあれば立派な砦が建てられそうだよ」
「生活の元手にしてクダサイ。クリフェほど聡明なら、モウ少し大きくなれば仕事を立ち上げる事も出来るデショウカラ」
「へへっ、その時は二人も俺の店に歓迎するぜ?」
「それと記念品だ。ホレ」
黒竜の鱗を一枚渡した。
「…えっ、これってまさか…」
クリフェの表情が青褪めた。大量の金銀貨を手にした時よりも深刻な顔をするので、不安になった。
「…黒竜のだが…殺したらマズかったか…?」
「こ、黒竜を…!?…伝説だと思ってたけど、まさか…」
「ソレ、売れるんデスか?」
「…先ずはこれが本当に黒竜の物かどうか鑑定しなきゃならないけど、どちらにしても、こんな田舎町じゃ売れないよ。偽物呼ばわりされてすり替えられるか、本物だとしたら尚更、コレを換金するだけの金なんか用意できないさ。…伝説では英雄コロンは黒竜の鱗十枚と引き換えに妖精のギルドに依頼して王国を作ったって言われているくらいだから」
「…どこに行けば替えられると思う?」
「…奇しくも、ここから南西にある街が、その英雄コロンが建てた王国だよ。100万人都市さ。この大陸でもかなりデカくて、強力な経済・軍事力を持っているって、大人達は言ってる」
「…」
大淵は少し考え、アリッサと目配せした。アリッサは微かに首を横に振った。
(…だな。クリフェは連れて行かない方が安全だろうな)
「よし、わかった。クリフェ、とりあえず今日はそれを持ってお前は町に帰るんだ。また会おう」
「…わかった。また来てくれよな」
「ああ、またな」
「…さて、俺達も一旦、キャンプに戻るか」
「デスネ。次なる目的地も分かった事デスし」
夕焼けの草原を歩く中、クリフェは風を感じて振り返った。
白馬の幻獣が誰かを背に乗せ、空を駆け上がっていくのが見えた。…あの二人だろうな、とすぐに思い至った。
「やっぱりすげー奴らだったんだな…」
海岸方面へ戻ると、平原に見慣れない物体があるのに気付いた。
「あれは…」
「自衛隊のV‐22…オスプレイ、デスね。ハンヴィー…高機動車やバイク、その他物資を持ってきてくれたみたいデス」
機体の横では自衛隊員達がきびきびと荷下ろし作業を行い、尾倉と藤崎が立ち会っていた。その邪魔にならないよう、近くに降り立った。
「よう、お疲れさん」
「おお!戻ったか!必要な物が揃った所だ」
「おぅい、大淵、元気してたか?」
「おお、黒島。戻ったのか」
「協議も一段落したんでな。…向こうじゃ、年の瀬のテロ事件を受けて、憂国烈士団がとんでもなく勢力を拡大させている。若者を中心にスキル保有者が続々志願しているらしいが…かなりキナ臭くなってきやがった。和平条約なんて即刻破棄して、魔界を制圧して、日本を真の独立国家にすべし、ってな」
「ったく…頭の中でどんな計算式してるんだか…」
依然として魔王軍と人類とでは勝負にならない戦力差があるのだ。ましてや、日本のスキル保有者が全員一致団結して立ち向かったとて、勝ち目は万に一つも無い。勝ち目があるのは、これまでのようにゲートを桶狭間のように使った、戦線正面を極限に絞った防衛戦闘のみ、だ。
やっと漕ぎつけた和平に水を差すのは許せない。
「だから連中と…米国はお前を狙っている。お前のオリジナル戦闘映像をアイツらは入手済みだからな。…たった一人で、数万の軍勢相手にガチの無双ゲーやってるお前をな」
黒島は気まずそうにアリッサを見たが、アリッサは気にした風もなく肩をすくめた。
「アリッサは知りマセーン。オシゴトしただけデース。 もう、怖いオシゴトはしマセン」
黒島は、おや、とアリッサの表情の変化を見抜いた。
「…お前ら、なんかあったな?」
「…親睦を深めただけだ。ああ、あとダンジョンってやつを一つ攻略して、この大陸でも有力な都市の情報を仕入れた。100万人都市って話だが」
「100万人!?…本当なら、江戸幕府が300年のミラクルピースで最盛期だった頃と同じくらい栄えている筈だな。或いはローマ帝国くらいか」
「俺達が黒船にならなきゃいいが」
「お前がリーダーなら大丈夫だろ。間違って自分から白旗上げる様な奴だが」
「…否定はできん」
「さぁ、キャンプに戻ろうではないか。食えるモンスターを発見してな、尾倉が捌いて大鍋のシチューにしてくれた。…香山や斎城がお前達の身を案じてそわそわしていたしな」
「シチューか。そういや腹が減った」
「アリッサも食べタイデス!」
「安心しろ、俺ががっついても食いきれない量だ。全部ここの食材だけで作ったんだ」
キャンプに行くと、既にオリーブドラブ色のテントが立ち並び、待機していた残りのメンバーが積み上げられた土嚢袋や折り畳み椅子に腰かけ、夕食のシチューを摂っている所だった。
香山と斎城が気付き、手を振った。
「俺達も頂こうか」
「デスネ」
広場の中央には樽のような大鍋があり、分散して食事する自衛隊員にも振舞われていた。
鍋を保温している石かまどの脇に金属製の皿とスプーンが置いてあり、それを取ってそれぞれよそった。まだ鍋には半分近く残っていた。
斎城が折り畳み椅子を二人分用意してくれ、それにアリッサと共に座り、シチューを食べた。
「ん、これがモンスターの肉か。ちなみにどんな外観の奴だったんだ?」
「虎みたいなカラフルな体色をした、闘牛みたいな奴だったぞ。俺が追い込んで、尾倉が仕留めた。そのまま解体だ!」
後にタイガスブルと名付けられるそのモンスターは、現地の食料事情…特にたんぱく源を支える、ありがたいモンスターとなるのだった。
「他にジャガイモの代わりに見つけたビーツみたいなものと、例の茸と、玉ねぎそっくりな木の実があったから代用したの」
斎城が捕捉した。
「おお、美味いな。独特なビーフシチューだ。肉は硬めの牛肉って所か。これもジャガイモの食感に似てない事も無い…うん、美味い。こっちで飯屋を開けるんじゃないか、尾倉?」
「…考えておく」
尾倉もまんざらではないのか、珍しく口元を微かに緩めた。こちらの世界でも私物として、金物鍛冶で有名な地域で作られた三徳包丁を持ち歩く程度には調理好きだ。斎城や香山とも時折、レシピについて語らっている事もある。
「どうでしたか、現地の人は?」
香山がジャーに入ったコーヒーを二人に勧めてくれた。それを受け取り、一つをアリッサに渡した。
「バーにいた男達は気性が荒かったが、クリフェという孤児の少年と会った。まだ11歳だが、妹を養って逞しく生きていたよ。彼の案内でダンジョンを発見したので、ボスのドラゴンをやっつけてお宝を分けた。…ああ、これが戦利品だ」
バックパックを下ろし、貨幣は路銀として全体で管理する事にし、問題は地図と青色クリスタルだ。羊皮紙の地図に関しては自衛隊も入念に撮影・記録していった。
「…ここいらの地図じゃ無いのかもな。海岸とベルテ山の地形が当てはまらん」
「宝の地図だったりして」
川村がわくわくした様子で古ぼけた地図を覗き込んだ。
「地図と一緒に宝も隠して、更に宝を隠すなんて相当リッチな遊び心だな」
地図上にはベルテ山の名は合ったが、リディーネの町もアルダガルドの名も無かった。海岸は描かれているが、どう見ても今いるこの海岸とは違う形をしている。
「…手掛かりはベルテ山と…このフィリホノという名前だけか」
「あとはこの青いクリスタルだがどうだ、魔王、星村?何か分かるか?」
「ふむ…魔法石の一つだな。だが、極めて希少なのはわかる…ほぉマルチクリスタルか。精製方法によってスキルを習得するか、いくつかのステータスを強化できる。勿論、この大陸の人間に売れば高値で買い取ってくれるだろうが、それは勿体ないな」
「なるほど!最低限の工具は持ってきてありますから、精製自体はできますよ。こちらでも分析してみますね」
「頼む。ああ…あとこれも」
テーブルの上でバックパックを逆さにすると、黒竜の鱗がたっぷりと積み重なっていた。
「これは…」
「例のダンジョンで倒した黒竜の鱗だ。…恐ろしく硬くてな。俺のツヴァイハンダーでは、強化しても弾かれてしまった。メイルアーマーの素材に出来ればと思ってな」
「大淵さんの強化攻撃を…!?」
「アーマーのスーツアシストとヴェルンの騎兵刀、それを最大強化してようやく勝った。…とんでもなく強くて、アリッサに助けられなければ死んでいた」
夕食後、自衛隊及びクランチーム全員で集まり、ホワイトボードを木に掛けただけの広場で簡単な打ち合わせを行った。大淵がホワイトボードにマーカーで簡単な位置を描き込んだ。
「ここからまっすぐ北にあるリディーネ。その南西にアルダガルドという大都市がある。まずはそこを偵察しに行こうと思う」
「今の俺達の格好じゃ目立つな。現地協力員…そのクリフェ少年がいるだろう?可能ならリディーネで外套を人数分調達したいな。可能なら現地の地図なんかも」
黒島が提案した。隣の自衛隊の補給担当の自衛官も続けて発言した。
「補給体制はどうしますか?現状、高機動車一台だけです。皆さんが移動に使うと、このベースから届ける能力がありません」
V‐22オスプレイでは高機動車を一台ずつ、ワイヤーで吊り下げて運ぶしかない。それでも貴重な空輸手段だった。これを大まかなパーツごとに分けて、かなり整地されたとはいえ、あの洞窟内を苦労して運んできて、平原で組み立て直したのだという。現在、今回の実戦結果を元に、二機目の投入が検討されているという。
「すぐに二台目の高機動車が欲しい所だな。だが、取り合えずの予備燃料もしっかり積み込んだし、そのアルダガルドに行って帰る事くらいはできるんじゃないか?」
「正確な位置も分かっていないし、GPSも使えないから、迷子になった時にヤバくなる。まぁ、焦る事は無いさ。あのオスプレイがまた往復してくれて、新しい高機動車が就役するまでここでゆっくり釣りでもして過ごすのも悪くない」
黒島の内心としては、渦中の魔王と大淵がこの世界に居てくれた方が安心だという事もあった。 …憂国烈士団の最大目標はこの二人なのだから。
「すごいですよ、この魔法石!スキルとしては「収納」が取得可能になります!魔法石の大きさに応じて一定の物品や人を収納できるスキルです!使い方次第で日常は勿論、作戦にも戦闘にも使えますね!」
「おお、それなら燃料や食料も十分持っていけるって事か」
「バッチリです!大淵さん用に試作品を一つ作ってみました。学校の教室にバイクや物を空間いっぱいに詰め込めると想像していただければ」
「そりゃいい!」
「試作品と言えば、アリッサさんのメイルアーマーは先行配備型ですね。どうですか?使い心地は?」
「ベリーナイスデス。ワイヤーアンカー機能もオミットしないで正解デシタ」
「ダンジョンでも、黒竜戦でも世話になったよ。」
「そうだったんですか?…でもワイヤーアンカー機能、結構高いんで、量産型には付かないんですよね…代わりに構造改良で防御力は5パーセント、大淵さんのアーマーよりも高まる予定なんですけど」
「むぅ、じゃあ、このガントレットは大切にしないとな…これが無きゃ今頃どうなっていたか…」
「それじゃ、明日はその収納スキルを実際に試してみようぜ」
翌朝、まずベースキャンプに用意された200L入りの軽油ドラム缶が10本、そしてガソリンのドラム缶が10本、そして飲食料が1パレット分、並べられた。
これだけあればなにかトラブルがあっても対処できるだろう。また、簡易補給拠点として要所に設置していく事もできる。
問題は本当にコレらを大淵が収納し、そして取り出せるかどうかだ。
「どれ…」
大淵はその大量の荷物の前に立った。いずれも、高機動車だけでは到底運び切れない量だ。
言われた通りに魔法石を意識すると、それが手のひらから体の内部に入り込んだ。
「うぉお…」
慣れない感覚に慄きながら手を確認するが、ピンポン玉ほどの大きさの魔法石は完全に大淵の体と同化しており、外観からは決して分からなくなっていた。しかし取り出そうと意識すると、簡単に手の平に戻ってきた。
「アーマーや武器に外付けする方法もありますが、破損や紛失の際には荷物ごと失ってしまいますからね…今のところ、その人体収納が一番確実な方法です」
「よし…やってみる」
今度こそ荷物の前に立ち、魔法石をセットした。
そして、手近なガソリン缶に触れてみた。掃除機に吸い込まれるように、ガソリン缶は大淵の手に消えた。
「お、おお…こんな感じで良いのか?」
次のガソリン缶も、軽油缶も。そして1パレット分の食料も。全て収納するのに五分もかからなかった。大量の物資が忽然と消え失せた。
「それじゃあ、少し移動して、あの丘の上に出してみよう」
黒島に言われた通り移動し、丘の上で手をかざして意識してみた。
イメージに、教室ほどの大きさの何もない空間に押し込められた燃料缶や食料が映った。試しに食料のパレットを意識し、手をかざすと、任意の位置に荷物が現れた。 同じように燃料缶も。
「…さて、コイツが一番肝心なテストだが…人の収納…藤崎、頼む」
「な、なぜ俺なんだぁ!?」
「お前がこの中で一番大柄だからな。お前さえクリアできれば、後は誰でも大丈夫って訳だ」
黒島が言葉巧みに藤崎を実験台にしようとする。
「う、うぅむ…そういう事なら…」
藤崎に手をかざす。やはり藤崎の巨体も一瞬で吸い込まれた。
「大淵、そのまま森林の中を滅茶苦茶に走ってみてくれ」
「ん、わかった」
言われた通り、樹林帯の中を縦横無尽に走り回ってみた。五分程走り回った後、黒島から戻るよう言われ、再び元の位置に戻った。
「よし、藤崎を出してくれ」
藤崎も荷物と同じように取り出せた。藤崎には特に変わった様子も無い。何とも言えない面持ちだった。
「どうだった、藤崎?」
「うむ…大淵の中に入って、360度の景色を見回しているような感じだった。例え大淵が樹林の中で小枝に当たろうと、俺や荷物には何の影響も無かった。…勝手に試してみたが、自分から出ようとしても出られなかった」
ステータスを確認すると、「収納」のスキルが大淵に加わっていた。
「凄い事ですよ、これは。スキルを新たに獲得できる魔法石なんて!しかも収納スキルは新種ですから!なら、他にも同じような魔法石があるかもしれないって事ですよね?」
「ううむ、ならでっかいのを残して来たのは失敗だったかな…まぁいいか。欲張りすぎるとろくなことが無さそうな気がしたし」
そう言えば、クリフェが言っていたか…ダンジョンはモンスターの封印と、宝に目が眩んだものを陥れるための、大賢者が作った物だと。
「補給の問題はクリアだな。あとは、クリフェ少年に協力を仰いで必要な物を得られれば完璧なんだが」
「俺とアリッサでまた行ってくる」
リディーネの町へとバイクで近付いた。ある程度近づいた所で、大淵の収納によってバイクと目立つツヴァイハンダーを隠した。
取り合えずの間に合わせ、と二人は自衛隊員から借りてきたブーニーハットを泥などで汚して目深にかぶり、貨物用のシートを裂いた切れ端を外套代わりに纏っていた。
町人とすれ違うが、この間程奇異の目で見られる事は無くなった。
「クリフェはどこでショウネェ?」
「わからんが、話しぶりからするとそんな豪華な家じゃないだろうな。まぁ、先ずは話を聞いてみるか。…それにしても何で、この世界の魔物や人と普通に話せるんだろうな…?」
「今更ソレデスか…?自他のステータスが視角で確認デキる時点でワタシはそう言う物と割り切ってマシタガ」
「…それもそうだな。昨日のチンピラ共がいるかも知れんから、注意して行こう」
「今度はお返しに捻り上げてヤリマ~ス♪」
「…騒ぎはダメだからな?」
町の中心部に町役場と思しき、入り口に衛兵が一人立つ、まぁまぁ立派な二階建ての建物があった。人々が荷物を持ってそこに入っていく。…行きも帰りも顔は一様に暗い。税金でも納めているのか。
「時代劇デハ番屋?デシタッケ?警察と消防の機能を一人か二人の役人がこなして、私的に助手を養っていたんデシタっけ?」
「ああ。どこの国も似たり寄ったりだろうが、ここでの警察機構と行政を兼ねているんだろうな」
クリフェが浮かない顔をして出てきた。
「クリフェ」
アリッサが声を掛けると、クリフェは最初驚き、それから自分達と認め、顔を明るくして駆け寄ってきた。
「アリッサとダイスか!?…変装してて分からなかったよ」
「そいつは重畳。お前が分からないなら、誰にも怪しまれずに済む。…浮かない顔をしていたが、例の取り立てか?」
「あぁ、そうだよ。…浮かない顔は演技だけどな。昨日、たっぷりもらったお陰で余裕はあるし。ただ、俺がこの町でそんな景気の良い顔していたら、誰だって怪しむだろうからさ。 …今だって、謎の旅人に話しかけてて怪しいよな。話しながら歩こうぜ。俺が商売の誘いをしている体で」
「わかった。…ちょうどいい、俺達が装備しているような外套を買える店は無いか?」
「それならビルジーの店しかないな。幾つ欲しいんだい?」
「ざっと11着。ないし9着」
「…大淵、このシート素材、熱くて厳しいデスよ?町中での変装時だけなら我慢デキマスが、この先の旅を考えるとベリーハードデス」
「…だよな。何とか11着は欲しいな…」
「とにかく行って、相談してみようぜ。ビルジーのおっさんも取り立ての時期だってのに儲かってないから、大喜びで相談に乗るよ」
「…だろうな。誰でも、入用な時に金が無い程辛い事は無い」
「デスねぇ…」
しみじみと三人して頷き合うのであった。
クリフェの案内に従って進むと、いかにも治安のよろしくない雰囲気に変わっていった。
「…この辺は結構食い詰めている奴が多いから、気を付けてくれ。アリッサは絶対に女だってバレないで。ダイスは連中と絶対目を合わせないように。…揉め事はナシで。こいつらに目を付けられると、俺と妹も危ないから…」
「…わかった。いざという時は、お前なりに上手くやってくれ」
道の端々から視線を感じるが、前だけ向いて歩いた。アリッサも帽子を目深に被り直し、外套代わりのシートで口元を隠した。
「…ほらお客さん、ここがビルジーの店だよ」
クリフェがよそよそしく扉を開けて二人を招き入れた。
ドアが大袈裟に軋み、それがドアベル代わりになったか、店の薄暗い奥から初老の男が小走りに向かって来た。
「おお、クリフェか、客を案内してくれたのか?どうも、お客さん。今日はサービスしておくよ?」
ぼさぼさの白髪によれた前掛けを付け、何か構っていたのか、払い合わせた手はまだ錆がこびり付いていた。
「…外套を買いたいのだが。…11着ほど。…それと、この近辺からアルダガルドまでの地図はあるか?」
「11着…?そりゃまた大勢だね。キャラバンかい?」
「まぁ、そんなところだ。在庫はあるか?」
「ちょっと待ってな…」
ビルジーは店の奥に戻ると、木箱を漁り始めた。五分ほど待たされた後、その手に11着分の外套と、自衛隊のそれよりもつば広の、灰色の避暑帽も人数分持ってきた。
「コイツもどうだい?アルダガルドまではいらないだろうが、そこから先にも用があるなら、後で後悔するぞ?」
「…頂こう。…幾らだ?」
「えーと……帽子50ベル、マントが150ベル。それが11。しめて2200ベルだ」
果たしてサービスされているのかどうかは分からないが、値引き交渉する気も無かった。
「…」
先ずは北の大陸の布袋を開き、中にたっぷり詰まった例の硬貨をクリフェに見せた。
「…お客さん、この硬貨はここいらの小さな町じゃ使えないよ。こっちの国の硬貨は無いかい?」
「い、いや待てクリフェ。…それ一枚でいいよ」
ビルジーは唾を飲み込みながら、魔王の大陸で拾った、やや小ぶりな金貨を指さした。
クリフェが小声で「欲張りめ…」と呟くのを聞いた。
(…金の含有量や質でも違うのかね…)
「…この近辺とアルダガルド周辺の地図を付けてくれればな」
「あ、ああ、あるとも!待っていてくれ!」
ビルジーは物に躓きながら奥へ駆け込み、何かをひっくり返しながらまた倉庫を漁りだした。また五分程待たされた後、息を切らしながら店の奥からやや古い地図を2枚持ってきた。
「こ、これがこの町からアルデガルドまでの地図。こっちがアルデガルド周辺の地図だ」
「商談成立だ」
全ての品物を受け取り、指定された金貨を手渡した。
「2000ベルくらい、儲けさせてやったな、ダイス」
「あの金貨でそんなにか」
「ま、これでおっさんも助かったろうな。…もうアルダガルドに向けて出発しちまうのか?」
「ああ。すぐにでも向かうつもりだ」
「…なぁ、俺や妹もついて行っちゃダメかな?」
「…」
「…思ったんだ。この町で生きていくにしても、大した仕事が無いんだ。この間、バーで飲んだくれてた奴らはベルテ山の鉱山で働いているんだけど、最近はその鉱物が今一つ採れなくなってきていて、それで荒れていたんだ。…ここでもらった金貨を消費していくより、大都会に行って仕事を見つけた方が俺にも妹にも良いんじゃないか、って」
「しかし…本当にいいのか?」
「それに、少しくらいは何かの役に立てるかも」
スラムの雰囲気が消え、再び穏やかな町の中心部付近へと戻ってきた。
「…もう十分役に立ってくれてイマスが、願っても無い申し出デス。…ドウシマス、リーダー?」
「…先ず妹と話し合え。一緒に来るなら荷物を纏めて、妹と一緒に町の出口からしばらく歩いた平原の丘まで来い。そこに俺達が通りかかる筈だ。変わった馬車に乗ってるから、すぐに分かる」
「分かった、きっと行くから!」
急ぎ足で家へと向かうクリフェを見送り、大淵達も町を出た。
30分後、3台のバイクに高機動車が続き、平原を疾駆していた。しっかりと必要な物資を収納した大淵は、バイクのリアシートに魔王を乗せ、平原を走っていた。
指定した丘の上に二人は…いた。まだ8、9歳ほどの妹を連れ、丘の上で大きく手を振っていた。
「高機動車、丘の上のお客さんを乗せてやってくれ。現地協力員だ」
『随分と可愛い協力員たちだな。了解』
「クリフェ~、キマシタね。アリッサの後ろにノリマス?」
「妹と一緒が良いだろう。あの鉄の馬車の後ろから乗り込め、クリフェ。乗っているのは全員俺の仲間だから心配するな」
「す、すごい乗り物だな…本当に」
『…本日は当、黒島観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。アルダガルドまで賑やかな旅をお楽しみ下さい。では出発致しま~す』
…出発から丸一日以上が立っていた。信号や障害物の無い平原を快速で走っているにも拘らず、だ。休息時間等を除いても、少なくとも1200キロ以上は走っている事になる。
「ちなみにクリフェ、お前はアルダガルドに直接行ったことはあるのか?」
高機動車に通信を送った。
『いや、無いよ。大人たちの話を聞いただけ。たまにアルダガルドから来た隊商が、俺達の町にも物を売りに来ることがあるけど』
誰かが無線を貸してやり、クリフェが返した。
「思ったより距離があったが、まぁ、いずれは…っと」
左手にベルテ山、右手に別の山に挟まれた地形となっていた。その狭い道を進まねばアルダガルドには進めないのだが、その道が…大規模な崩落によって塞がれている。手前には小さな集落もあった。
『くそ…まいったな』
「取り合えず、降りて様子を見てみよう」
崩落現場の近くでバイクを降り、その途方もない悲惨な状況を目の当たりにした。
小さい物は漬物石サイズから、大なるものは岩山の一部そのものが崩れ込んできていた。…こんなものは、例え自衛隊の重機やモンスタークレーンを総出動させたとしても、何か月かかるか想像もつかない。
「…他の道を探すしかねーな。丁度集落もある、聞き込みを…」
「…別の道といったら、またリディーネあたりまで行って、海岸線を大きく迂回して行かなきゃならないよ。…戻るのとは別に、少なくとも三倍は時間がかかると思う」
「…困りマシタネ」
一行が悲嘆に明け暮れる中、大淵は岩を見つめていた。
「…その前に一つ試してみたいことがある」
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