【ひっそり】たたずむ効果屋さん

龍尾

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シロ(2-1)

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「『うむ、よく似合っている。着心地はどうかね、シロ殿』」

 奴隷狩りからシロが逃げた翌日。チアーレ商会本部にある会長室にて、シロはチアーレに与えてもらった新品の装備に身を包んでいた。

 動きを阻害しないために薄地の布で織られた布鎧と、逆手で持つのに適した刃渡りの短剣二本。それら全てが、光を吸いこむような黒に統一されている。

「動きやすい。それに、見た目より頑丈」

 シロは部屋の中を数度飛び跳ねては短剣を軽く振り回して小さく頷く。最後に確かめるように自らの手にゆっくりと振り下ろした短剣は布鎧を貫くことなく止まっていた。

「『そうだろうとも。魔物が吐く鋼と同じ硬さに羽のような軽さを持つ糸で織った特注の布鎧だからな。もちろんその短剣も普通ではないぞ。『消音』の魔法が付与された逸品だ』」

 シロはチアーレの言葉にキラキラと目を輝かせると、クルリと短剣を回し腰の鞘へと納めた。その間に響いた音は一つ。感嘆して漏れたシロの「にゃぁ」という声だけである。

「すごい。どれも高価なはず。わたしなんかが使っていいの?」

 物の価値に疎いシロではあるが、里で行商人から購入していたこともあり装備の価値は理解できる。主に弓と短剣を里では買っていたが、魔法を付与したそれらの装備は里中の物資を全て払ってもなお半分の価値にも届かないことを知っていた。

「『もちろんだ。それだけ私は違法商人の排除に力を入れているのだよ。それに、それらの装備は需要が高いわけではないからね』」

 音を消す短剣や防刃に優れた布鎧はたしかに希少ではあるが貴重ではない。

 人間の最大の敵とは魔物である。戦うことを生業とする者達が望む装備も当然対魔物を想定した物が主流となり、対人用に特化した短剣や布鎧は不人気となるのだ。

「それなら良かった。それじゃあ、そろそろ行ってくる」

「『うむ。潜入作戦、期待しているよ。ただ、危険だと判断すれば直ちに帰還してくれ。死んでしまっては救える者も救えなくなるのだから』」

「ん。任せて」

 チアーレの言葉に小さく頷くと、シロは窓から外へと飛びだした。陽も傾き薄暗くなった街に、黒に身を包んだシロが降り立つ。

 チアーレが違法商人を排除するために求めたのは、潜入と暗殺を得意とする存在だった。真正面からの抗争を避けたのは、奴隷が人質にされるのを避けるため。

 罪なき人々を奴隷から救い、国の信頼を保つことで商売を盛り立てることがチアーレの目的なのだ。奴隷が傷つけられてしまっては意味がなかった。

「誰も気づかない。やっぱり、すごい」

 人がまだ多く行き交うチアーレ商会本店前から路地裏へと向かう最中、シロは明らかに怪しい格好の自分に向く視線が一つもないことに感嘆の声を漏らす。

 シロの得た効果は【ひっそり】だ。この効果によって必死に探そうとしない限り認識されないシロは、自らを捕まえていた奴隷狩りの拠点を単独潜入調査することになった。

 目的は奴隷商の拠点を見つけること。そして、拠点に奴隷がいるならば解放すること。唯一シロが場所を知っている奴隷狩りの拠点を起点として、チアーレは大本を叩く心算なのだ。

「……少しだけ雨の匂い。好都合」

 自らが捕まっていた奴隷狩りの拠点を目指す最中、シロは空を見上げて雲行きを観察する。雨雲が次第に陽の落ちた空を覆い始め、隙間から微かな月明かりが漏れるだけになっていた。

 暗くなればなるほどにシロの装備は闇に溶けこむ。雨が降れば音が掻き消される。潜入において雨は味方だ。

「でも、今濡れるのは困る」

 ぽつりと猫耳に落ちた雨粒を片手で拭い、シロは不機嫌そうに眉根を寄せた。布鎧が濡れてしまえば重みを増すだけでなく、垂れる水が居場所を知らせる危険もある。

「仕方ない。『加速』」

 なるべく温存しておきたかった魔力を使い、シロは加速して路地裏を駆け抜ける。

 猫人族の使う種族特有魔法は自己強化の魔法だ。詠唱を必要とせず魔法名だけで発動する猫人族の魔法は瞬間的な対応に有用だが、猫人族の魔力量が少ないことから切り札として使われやすい。その中でも直接速度に作用するシロの魔法は逃げにも攻撃にも使える便利さから、使用する機会を見極める必要があった。

「後三回。にゃぅ」

 壁と地面を蹴り跳ねて加速したシロは、自分の魔力量から魔法の残り回数を予測して情けない鳴き声を漏らす。だが、悲しげな声とは裏腹に魔法の効果は絶大。雨さえも避けるような速度で移動したシロは、奴隷狩りの拠点前にほぼ濡れることもなくたどり着いていた。

「着いた。入り口は……」

 奴隷狩りの拠点は街中の打ち捨てられた倉庫だった。窓は一つもなく、出入り口は二つ。倉庫の正面口と裏口だ。だがその両方の内側に見張りがついていることを、その倉庫から先日逃げだしたシロは憶えていた。

 しかし今、その正面口には扉が存在していない。昨晩逃げる時にシロが正面口の扉を蹴破っていたのだ。

「よかった。間に合った」

 シロとチアーレが潜入作戦を即座に実行した理由は、捕まっている奴隷を早く解放するためだけではない。正面口の扉が修復される前に潜りこむ必要があったからなのだ。

「雨、強まってきた。早く入らないと」

 ゆっくりしていれば雨に濡れてしまう。シロは倉庫外に人がいないことを確認し、正面口の方に足早に向かった。

「わたしは、見つからない」

 深く呼吸をして、正面口の蹴破られた扉から中をちらと覗く。その瞬間に中で見張る奴隷狩りが見えて、シロはヒュッと息を詰まらせた。

「にゃぅ」

 弱気な声が不意に漏れて、シロは慌てて口を塞いだ。動転する脳内に駆け巡っていたのは、数々の『お仕置き』をされた記憶。

『おいおい、反抗的だなぁ?』

 耳の側で奴隷狩りの声が聞こえた気がして、シロは恐怖に蹲る。鞭を打たれるのか。それとも水に顔を突っこまれるのか。爪を剥がされるかもしれない。恐ろしさのあまり猫耳をぺたんと伏せ、股の間に尻尾を挟んだままにシロはただ目を閉じていた。

 だが、しばらくしてもシロの身に『お仕置き』が降りかかることはなかった。恐る恐る顔を上げ、シロは奴隷狩りが自分に見向きもしていないことを確認する。安堵にぶるりと身体が震えた。

「おい、さっき何か聞こえなかったか? 猫の声、みたいな」

「いや、雨の音しか聞こえねぇな」

 見張り二人の会話を聞きながら、シロはゆっくりと扉の中に足を踏み入れる。見張りの視界にシロは完全に入っているはずだが、どちらも気がついた様子はない。匂いと音から近くに他の奴隷狩り達もいないことがわかり、恐れる必要はないのだとシロは深く安堵の息を吐きながら鞘から二本の短剣を引き抜いた。

「ふっ!」

 鋭く息を吐いたシロは短剣を一本ずつ、見張りの喉にそれぞれ突き立てる。何が起きたのかもわからずに見張りは目を見開き、痛みに叫んだ。だが、その声が響くことはない。短剣に付与された『消音』の魔法が音を掻き消したのだ。

 どさり。支える力を失った二人の身体が崩れ落ちる。その死体を眺めて、シロは祈りの姿勢でしばし目を閉じた。『お仕置き』に参加していた奴隷狩りの中にその二人の顔があったことを確認していたシロは、心を落ち着かせるように長く息を吐く。

 チアーレから奴隷狩りに堕ちた存在は魔物と同様に駆除指定されていることを聞かされていたシロは、そこまでで気持ちを切り替えた。

「片付けしないと」

 シロは死体を担ぐと近くの部屋に放りこむ。返り血を浴びないようにゆっくりと短剣を引き抜いたシロは、部屋の魔灯を壊して明かりが点かないようにすることで死体を隠した。

 短剣を見張りの服で拭い鞘にしまって、辺りの音を確認したシロはそこでようやく緊張を解いて廊下にぺたんと崩れ落ちる。

「にゃぅ、服濡れた」

 少し居心地悪そうにもじもじと股を擦り合わせたシロは、数回深呼吸をしながら音に意識を集中させると気を取り直して立ち上がった。

「金属の擦れる音。檻に誰かいる」

 聞こえていたのは、鎖が檻とぶつかる金属音。奴隷が捕まっているのは間違いなかった。

「早く助けないと」

 自分と同じように『お仕置き』される人がいるかもしれないと、シロは気合を入れて倉庫の奥へ駆けた。

 自分が逃げた道を逆にたどりながら走ったシロは、正面口と同様に蹴破られた扉を見つける。そこが、檻の置かれた部屋だった。

「おい、ガチャガチャうっせぇんだよ! 動くんじゃねぇ、お前ら!」

 部屋の中から奴隷狩りの怒号が響く。ちらとシロが中を覗けば、奴隷狩りが一人檻に向かって鞭を打ち鳴らしていた。

「くそっ、なんだってんだ。生意気なメス猫は逃げるわ、仲間は何人か消えるわ。これじゃ、お楽しみをやってる余裕もねぇ」

 奴隷狩りは苛立ち混じりに鞭を檻に何度も打ちつける。その度に檻の中に閉じこめられた奴隷が小さく悲鳴を漏らし、奴隷狩りはくつくつと笑った。

「せっかく生きてさえいれば種族も状態も問わないなんて好条件の依頼が大量に来たんだ。楽しむのは当然だよな?」

 奴隷狩りは舌舐めずりをして今度は近場の短剣を檻に向かって見せつけ笑う。檻の中でがくがくと震える奴隷達はその全員が若い女性だった。奴隷狩りは恐怖に震え泣き失禁する少女達を見て楽しんでいたのだ。

 その光景を見つめ、シロはふつふつと湧いてくる怒りのままに短剣を鞘から引き抜く。尻尾と猫耳の毛を逆立たせ、怒りに荒れそうになる息をどうにか整えてシロは奴隷狩りの背後に音もなく歩み寄った。

「おい、仲間が戻って来たら女は全員俺とお楽しみだぜ。せいぜい今のうちに慰めとくんだなぁ。なんせ俺はすぐぶちこーー」

 下品に腰を振った奴隷狩りの言葉がそこで突然途切れた。ごぼごぼと音もなく奴隷狩りの口から血が溢れ、床を赤く染める。その光景を奴隷達は呆然と見つめていた。

「鍵は……。あった。にゃ」

 奴隷狩りの首に刺した短剣をゆっくり引き抜いたシロは、血を男の服で拭いながら鍵を探り当てた喜びに小さく鳴き声を漏らす。その声に、何が起きているのかと必死に状況を理解しようとしていた奴隷達はようやくシロの存在に気がついた。

「あ、あの。貴方は?」

「シロ。貴方達を、助けに来た」

 おずおずと奴隷の一人が零した問いかけに、シロは周囲の警戒を続けたまま答える。奴隷狩りの愚痴通り、倉庫に仲間は最低限しかいないようであることを確認したシロは檻の鍵を開けて奴隷達を枷から解放した。
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