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第3章 エルグレドの旅 編
第 107 話 作られた平和・奪われた平和 1
「……エル、まだ起きてる?」
部屋の扉の外から聞こえるミルカの声に気付いたエグザルレイ・イグナは扉を開いた。
「姉上……こんな時間にどうしました?」
エグザルレイはミルカを室内に招き入れると扉を閉じながら尋ねる。 基幹暦4343年―――エグザルレイ14歳、ミルカ18歳の夜だった。
「……あんた……また背が伸びた?」
部屋に招き入れたエグザルレイの横を通り過ぎながら、ミルカが少し驚いた声で尋ねる。
「そりゃ……男子の成長期ですからね。……姉上はとっくに止まってしまってますね」
ミルカより20cmほどの「高さ」から、わざと見下げる素振りでエグザルレイは茶化すように答えた。身長差の話になるとしばらく前なら「抜いた」「まだまだ」と言い争いを楽しんでいたものだが、この時は様子が違う。
「すっかり……『男の子』は卒業だね……。もうすぐ『 成者の儀』なんだもんね……」
ミルカは寂しそうな微笑を浮かべながらも、嬉しそうな声で答えた。エグザルレイはそんな姉の様子に心を痛める。
「……また……例の話だったのですか?」
「……うん」
7年前……グラディー族の戦士ケパとの別れの後、ミルカとエグザルレイの生きてきた「世界」は大きく変わった。
あの時「盗み聞き」した通り、大陸中東部を支配するエグデン王国は中西部を治めるサルカス王国との連合を 成し、その戦力をもって大陸南部のグラディー族支配地域へ侵攻を開始した。
イグナ王国はエグデン王国からの「戦時不可侵条約」に応じ、それはサルカス王国に対しても同様の条約として守られることになる。結果、グラディー族は2大国連合に一族だけで立ち向かう事になっていた。
後に分かった事だが、エグデン王国はやはりケパがもたらした情報通り、本来は先ず、サルカスとの連合軍でイグナ攻略を計画していたらしい。しかし、ケパの親書の真偽を確認するためにと派遣された調査隊がエグデンに捕えられ、情報漏洩を知ったエグデン王国は方針を変えたそうだ。イグナとの不可侵条約を 締結することで、2国によるグラディー侵攻への集中力を高めたのだ。
「エグデン・サルカス連合がグラディーと事を構えれば、当然、連合軍の戦力も消耗する。それによって大陸4国全てが戦力消耗期になるので、しばらくは 戦禍に怯える事のない平和が訪れる」
エグデン国に捕らわれていた調査隊と3大臣は、解放後にそう判断した。その判断が「あの日」、イグナの王にもたらされた調査結果だった。しかし、その判断の根拠となる情報はエグデン王国……ユーゴ魔法院のゾルドらの策により掴まされたものだったのだ。
作戦情報の漏洩を 逆手に取り、エグデン王国は「背後の敵」と成り得るイグナとの不可侵条約を締結する事で、グラディー族との戦いに全力を注ぐ態勢を整えた。
だが、グラディー族もまた、ケパによってこの不穏な動きを先に知る事が出来たため、迎撃の態勢を整えていた。結果として、エグデン・サルカス連合によるグラディー 征伐は約4年間に及ぶ長期の戦争となった。
しかし、その戦いの終わりは意外なほど突然訪れた。「新しく組織された」グラディー族族長会議がエグデン王国に和平を申し入れ、エグデン王国も即座にその申し出を受け入れたのだった。
この時点で、大陸の勢力図はエグデン王国・サルカス王国・グラディー族の3国連合とイグナ王国という「3対1の構図」になってしまった。戦力に充分な余力のあるエグデンを中心とする3国連合を前に、イグナ王国は戦わずして従属するしか選択の余地は残されていなかったのだ。
「世界が……この大陸の4つの国が1つの国としてまとまる事で平和になるのであれば……それ自体は国民らにとっても喜ばしいこと……」
ミルカは他人事のように声に出して語る。エグザルレイはそんな姉の背を睨みつけるように見つめながら応じた。
「でも……私は納得出来ません! エグデンのヤツラ……何が『共和国』ですか! 結局はサルカスもグラディーもイグナも、あのエグデンに取り込まれてしまっただけではないですか!」
ミルカは振り返りエグザルレイを見つめる。
「師匠……ケパさんが言っていた通り……エグデン王国によってこの大陸は『統一』されてしまったわね」
「『統一』だの『共和国』だの……それはエグデンの……いや……『あの連中』の 体の良い言葉遊びです! ヤツラは……ユーゴ魔法院のヤツラは、ただ全てを支配したいだけなんです。そんな事のために姉上をあんなヤツに……」
ミルカは寂しそうに首を振りながらエグザルレイを 諫める。
「エル……言葉を選びなさい。監視の目耳はどこにあるか分からないのですから……」
「クッ……」
エグザルレイは姉からのたしなめを受け歯を食いしばった。
大陸4国は「新生エグデン王国」として統一される事になった。とは言え、これまでのそれぞれの歴史を考慮し、あくまでも「対等な立場での併合」という事で話は進められ、旧4国地域にはそれぞれの王族・部族長を残す「共和国」としての統一となった。
共和国誕生に向けての協議は「国政委員会」により急ピッチで進められたが、その中心・実権は「前エグデン王国」が 担っていた。あくまでも「4国合議・合意による共和制国家」という姿を各国民に周知徹底し、内実は前エグデン王国……その中のユーゴ魔法院評議会による独裁国家となるものだった。
「共和体制としての初代エグデン王となるのは……結局、前エグデン王国の王子ってことらしいわ……」
「……出来レースだった……って事でしょ? 予想はしていましたよ!」
ミルカの報告にエグザルレイは 悪態をつく。
国政委員会……旧4国の共和制合同に向けた体制作りを担う委員会は、4国から選ばれた委員によって構成されていた。しかし、選んだのはユーゴ魔法院評議会であり、委員会の責任者はあの日イグナに来たゾルドだった。
ミルカとエグザルレイに直接大きく関係する問題……それはエグデン以外の旧3国の王族・族長達の取り扱いであり、なによりも「誰が国王として選ばれるのか?」であった。
「1王4 妃制なんて……全くのナンセンスです! 意味が分かりません!」
エグザルレイは尚も怒りを表し、室内を行ったり来たりする。
「仕方ないわ……すでに決められた制度なのだから……。それに……イグナの王族……国王陛下の娘である王女は私だけしかいないのだから……」
「それがおかしいのです!」
エグザルレイは立ち止まってミルカをグッ!と見つめた。
「姉上が拒めば済むことではありませんか!……ヤツラの最初の提起は各国の『高貴な娘の中から1名を妃として』であったはずです! 王族限定では無かったのに……」
「仕方ないことよ……。彼らの都合で条件がコロコロ変わるのも、それに従わざるを得ない立場なのも……。受け入れるしかないのよ……この『新しく作られる平和』のためには……」
ミルカは窓辺に近づくと窓板を開いた。肌寒さを覚える夜の外気がスッと室内に広がる。
「……久し振りね……あんたとゆっくり話せるのも……」
ミルカは窓の外の星空を見上げながら話題を変える。エグザルレイも窓辺に近づく。
「……懐かしいですね……一緒に星空を観測するのは……」
どう 抗おうとも、巨大な力の前に自分達は無力なのだと感じる。たとえるなら、この満天の星空は、人が悩もうが悲しもうが喜ぼうが……生きようが死のうが……全く意に介する事無く自然の 理を紡ぎ続けていくものだ。
私と姉様がどんなに抵抗し、嫌悪し拒んでも……結局は巨大な力を握る「ヤツラ」の前では無力……。師匠……「時」に備えてこの7年間を歩んで来ましたが……私達は無力なままです……
エグザルレイはミルカの横に並んで星空を見上げ、自らの無力を痛感していた。
「あっ……」
ミルカが唐突に小さく声を洩らす。
「……どうしました?」
ミルカが見つめる右側の空を確認しつつエグザルレイが尋ねた。自分が見た「モノ」をハッキリ確認しようと夜空を 凝視するミルカは、問いかけ声も耳に入っていない。エグザルレイもその雰囲気を察し、同じように星空と真っ黒な森の木々の間の空をジッと見つめる。
「……ううん……何でもない。見間違いだったみたい……。何か大きな影が横切っていたように見えたから……もしかしてって……」
ミルカの返答を受け、エグザルレイは改めて姉が見つめる方角を見渡す。
大きな……影……まさか……師匠!?
「ほ……本当ですか!」
エグザルレイは興奮し、ミルカの身体を 窓枠に押し付けるように自分も身を乗り出す。
「……もう! 痛いっ! エル!」
姉からの抗議を受け、エグザルレイはハッと気付き身を離す。
「あ……ゴメンなさい 姉様……」
「もう!……いいよ。ゴメンね……見間違いだってば……」
2人は名残惜しそうにしばらく外を見やり、やがて窓板を閉じた。
「『姉様』は久し振りね。何年ぶりかしら、そう呼んでくれたの……」
ミルカが嬉しそうな笑顔で尋ねる。
「え……あ、スミマセン姉上。ついうっかり 幼言葉が出てしまったようで……」
「いいのよ。むしろ気にせずにずっと『姉様』で呼んでもらいたかったわ、私としてはね」
エグザルレイは首を振りながら応じる。
「いえ……王族男子としてそのような……」
「じゃ、これからは『姉様』に戻ってくれる? あんたも近い内に『王族男子』じゃなくなるんだから……」
共和制国家への移行に伴う各国王族の在り方にも、大きな変更措置がとられることになっていた。その1つが1王4妃制による「統一共和国王制」、そして、その制度に伴い施行されるのが王と皇位継承男子以外の王族男子は全て、王族としての地位・権力・住居から出されて一般国民として生きることを定めた「王族男子降民制度」である。
前エグデン王国国王の王子が共和国制の「新エグデン王国」の王とされる事が正式に決まった今、サルカスやグラディーの王子・族長子息らと同じく、イグナの王子であるエグザルレイも「王族男子」では無くなるという事だ。
「そ……っか……。うん、そうなんですね。……私は……もう……イグナ王国の王子ではなく……1人の国民となるのですよね……。あ! ではますます姉上を『姉様』などとお呼びするわけにはいかないでしょう?」
エグザルレイのどこか安心した顔を見ながら、ミルカは口を尖らせ呟いた。
「あーあ、私も『1人の国民』になれたらなぁ……。そうすりゃ好きな人と結婚して、子をもうけて、あんたやあんたが結婚するお嫁さんや子ども達とも、いつも自由に好きに語らって楽しく過ごせるのになぁ……」
ミルカは笑顔のままで涙を流す。エグザルレイは姉の心の痛切な叫びをその涙に感じ取った。とっさに身体が動き、ミルカを強く抱きしめる。それは幼い頃にいつも遊んでいたあの森の中で、迷子になったり不安になって泣き叫んだ時、いつも姉様が自分にやってくれていたような優しい気持ちの 抱擁だった。
2人は互いを慰めるように強く抱きしめながら、しばらく声を出さずに涙を流し続けた。
……トントン……トントン
唐突に響く木の板を叩くような音に気付き、2人は互いの顔を見、次に部屋の扉に一緒に顔を向けた。……こんな時間に……来客?
……トントン……トントン
板を叩く音は後ろから聞こえた。2人はハッとして音の聞こえた方向に目を向ける。
……トントントン
間違いない。窓板を叩く音だ。……窓板を?ここは王宮の最上階だぞ……
ミルカとエグザルレイの表情に緊張が走る。
まさか……でも……いや! ぜひそうであって欲しい!
2人は飛び出すように窓辺に駆け寄り、窓枠の留め具を外して窓板を開いた。泣き 腫らした目を大きく見開き、2人は室内の明かりに照らされながら窓の外に「浮かんでいる人物」の顔を確認する。
「『備えよ』と指示をしておいたはずだぞ、エル。泣き虫と甘えん坊くらい卒業しておけ」
ミルカとエグザルレイは大声で叫び出したい気持ちを、グッと両手で口を押さえ落ち着かせると、愛する師匠……グラディーの戦士鳥人種ケパを室内へ迎え入れた。
部屋の扉の外から聞こえるミルカの声に気付いたエグザルレイ・イグナは扉を開いた。
「姉上……こんな時間にどうしました?」
エグザルレイはミルカを室内に招き入れると扉を閉じながら尋ねる。 基幹暦4343年―――エグザルレイ14歳、ミルカ18歳の夜だった。
「……あんた……また背が伸びた?」
部屋に招き入れたエグザルレイの横を通り過ぎながら、ミルカが少し驚いた声で尋ねる。
「そりゃ……男子の成長期ですからね。……姉上はとっくに止まってしまってますね」
ミルカより20cmほどの「高さ」から、わざと見下げる素振りでエグザルレイは茶化すように答えた。身長差の話になるとしばらく前なら「抜いた」「まだまだ」と言い争いを楽しんでいたものだが、この時は様子が違う。
「すっかり……『男の子』は卒業だね……。もうすぐ『 成者の儀』なんだもんね……」
ミルカは寂しそうな微笑を浮かべながらも、嬉しそうな声で答えた。エグザルレイはそんな姉の様子に心を痛める。
「……また……例の話だったのですか?」
「……うん」
7年前……グラディー族の戦士ケパとの別れの後、ミルカとエグザルレイの生きてきた「世界」は大きく変わった。
あの時「盗み聞き」した通り、大陸中東部を支配するエグデン王国は中西部を治めるサルカス王国との連合を 成し、その戦力をもって大陸南部のグラディー族支配地域へ侵攻を開始した。
イグナ王国はエグデン王国からの「戦時不可侵条約」に応じ、それはサルカス王国に対しても同様の条約として守られることになる。結果、グラディー族は2大国連合に一族だけで立ち向かう事になっていた。
後に分かった事だが、エグデン王国はやはりケパがもたらした情報通り、本来は先ず、サルカスとの連合軍でイグナ攻略を計画していたらしい。しかし、ケパの親書の真偽を確認するためにと派遣された調査隊がエグデンに捕えられ、情報漏洩を知ったエグデン王国は方針を変えたそうだ。イグナとの不可侵条約を 締結することで、2国によるグラディー侵攻への集中力を高めたのだ。
「エグデン・サルカス連合がグラディーと事を構えれば、当然、連合軍の戦力も消耗する。それによって大陸4国全てが戦力消耗期になるので、しばらくは 戦禍に怯える事のない平和が訪れる」
エグデン国に捕らわれていた調査隊と3大臣は、解放後にそう判断した。その判断が「あの日」、イグナの王にもたらされた調査結果だった。しかし、その判断の根拠となる情報はエグデン王国……ユーゴ魔法院のゾルドらの策により掴まされたものだったのだ。
作戦情報の漏洩を 逆手に取り、エグデン王国は「背後の敵」と成り得るイグナとの不可侵条約を締結する事で、グラディー族との戦いに全力を注ぐ態勢を整えた。
だが、グラディー族もまた、ケパによってこの不穏な動きを先に知る事が出来たため、迎撃の態勢を整えていた。結果として、エグデン・サルカス連合によるグラディー 征伐は約4年間に及ぶ長期の戦争となった。
しかし、その戦いの終わりは意外なほど突然訪れた。「新しく組織された」グラディー族族長会議がエグデン王国に和平を申し入れ、エグデン王国も即座にその申し出を受け入れたのだった。
この時点で、大陸の勢力図はエグデン王国・サルカス王国・グラディー族の3国連合とイグナ王国という「3対1の構図」になってしまった。戦力に充分な余力のあるエグデンを中心とする3国連合を前に、イグナ王国は戦わずして従属するしか選択の余地は残されていなかったのだ。
「世界が……この大陸の4つの国が1つの国としてまとまる事で平和になるのであれば……それ自体は国民らにとっても喜ばしいこと……」
ミルカは他人事のように声に出して語る。エグザルレイはそんな姉の背を睨みつけるように見つめながら応じた。
「でも……私は納得出来ません! エグデンのヤツラ……何が『共和国』ですか! 結局はサルカスもグラディーもイグナも、あのエグデンに取り込まれてしまっただけではないですか!」
ミルカは振り返りエグザルレイを見つめる。
「師匠……ケパさんが言っていた通り……エグデン王国によってこの大陸は『統一』されてしまったわね」
「『統一』だの『共和国』だの……それはエグデンの……いや……『あの連中』の 体の良い言葉遊びです! ヤツラは……ユーゴ魔法院のヤツラは、ただ全てを支配したいだけなんです。そんな事のために姉上をあんなヤツに……」
ミルカは寂しそうに首を振りながらエグザルレイを 諫める。
「エル……言葉を選びなさい。監視の目耳はどこにあるか分からないのですから……」
「クッ……」
エグザルレイは姉からのたしなめを受け歯を食いしばった。
大陸4国は「新生エグデン王国」として統一される事になった。とは言え、これまでのそれぞれの歴史を考慮し、あくまでも「対等な立場での併合」という事で話は進められ、旧4国地域にはそれぞれの王族・部族長を残す「共和国」としての統一となった。
共和国誕生に向けての協議は「国政委員会」により急ピッチで進められたが、その中心・実権は「前エグデン王国」が 担っていた。あくまでも「4国合議・合意による共和制国家」という姿を各国民に周知徹底し、内実は前エグデン王国……その中のユーゴ魔法院評議会による独裁国家となるものだった。
「共和体制としての初代エグデン王となるのは……結局、前エグデン王国の王子ってことらしいわ……」
「……出来レースだった……って事でしょ? 予想はしていましたよ!」
ミルカの報告にエグザルレイは 悪態をつく。
国政委員会……旧4国の共和制合同に向けた体制作りを担う委員会は、4国から選ばれた委員によって構成されていた。しかし、選んだのはユーゴ魔法院評議会であり、委員会の責任者はあの日イグナに来たゾルドだった。
ミルカとエグザルレイに直接大きく関係する問題……それはエグデン以外の旧3国の王族・族長達の取り扱いであり、なによりも「誰が国王として選ばれるのか?」であった。
「1王4 妃制なんて……全くのナンセンスです! 意味が分かりません!」
エグザルレイは尚も怒りを表し、室内を行ったり来たりする。
「仕方ないわ……すでに決められた制度なのだから……。それに……イグナの王族……国王陛下の娘である王女は私だけしかいないのだから……」
「それがおかしいのです!」
エグザルレイは立ち止まってミルカをグッ!と見つめた。
「姉上が拒めば済むことではありませんか!……ヤツラの最初の提起は各国の『高貴な娘の中から1名を妃として』であったはずです! 王族限定では無かったのに……」
「仕方ないことよ……。彼らの都合で条件がコロコロ変わるのも、それに従わざるを得ない立場なのも……。受け入れるしかないのよ……この『新しく作られる平和』のためには……」
ミルカは窓辺に近づくと窓板を開いた。肌寒さを覚える夜の外気がスッと室内に広がる。
「……久し振りね……あんたとゆっくり話せるのも……」
ミルカは窓の外の星空を見上げながら話題を変える。エグザルレイも窓辺に近づく。
「……懐かしいですね……一緒に星空を観測するのは……」
どう 抗おうとも、巨大な力の前に自分達は無力なのだと感じる。たとえるなら、この満天の星空は、人が悩もうが悲しもうが喜ぼうが……生きようが死のうが……全く意に介する事無く自然の 理を紡ぎ続けていくものだ。
私と姉様がどんなに抵抗し、嫌悪し拒んでも……結局は巨大な力を握る「ヤツラ」の前では無力……。師匠……「時」に備えてこの7年間を歩んで来ましたが……私達は無力なままです……
エグザルレイはミルカの横に並んで星空を見上げ、自らの無力を痛感していた。
「あっ……」
ミルカが唐突に小さく声を洩らす。
「……どうしました?」
ミルカが見つめる右側の空を確認しつつエグザルレイが尋ねた。自分が見た「モノ」をハッキリ確認しようと夜空を 凝視するミルカは、問いかけ声も耳に入っていない。エグザルレイもその雰囲気を察し、同じように星空と真っ黒な森の木々の間の空をジッと見つめる。
「……ううん……何でもない。見間違いだったみたい……。何か大きな影が横切っていたように見えたから……もしかしてって……」
ミルカの返答を受け、エグザルレイは改めて姉が見つめる方角を見渡す。
大きな……影……まさか……師匠!?
「ほ……本当ですか!」
エグザルレイは興奮し、ミルカの身体を 窓枠に押し付けるように自分も身を乗り出す。
「……もう! 痛いっ! エル!」
姉からの抗議を受け、エグザルレイはハッと気付き身を離す。
「あ……ゴメンなさい 姉様……」
「もう!……いいよ。ゴメンね……見間違いだってば……」
2人は名残惜しそうにしばらく外を見やり、やがて窓板を閉じた。
「『姉様』は久し振りね。何年ぶりかしら、そう呼んでくれたの……」
ミルカが嬉しそうな笑顔で尋ねる。
「え……あ、スミマセン姉上。ついうっかり 幼言葉が出てしまったようで……」
「いいのよ。むしろ気にせずにずっと『姉様』で呼んでもらいたかったわ、私としてはね」
エグザルレイは首を振りながら応じる。
「いえ……王族男子としてそのような……」
「じゃ、これからは『姉様』に戻ってくれる? あんたも近い内に『王族男子』じゃなくなるんだから……」
共和制国家への移行に伴う各国王族の在り方にも、大きな変更措置がとられることになっていた。その1つが1王4妃制による「統一共和国王制」、そして、その制度に伴い施行されるのが王と皇位継承男子以外の王族男子は全て、王族としての地位・権力・住居から出されて一般国民として生きることを定めた「王族男子降民制度」である。
前エグデン王国国王の王子が共和国制の「新エグデン王国」の王とされる事が正式に決まった今、サルカスやグラディーの王子・族長子息らと同じく、イグナの王子であるエグザルレイも「王族男子」では無くなるという事だ。
「そ……っか……。うん、そうなんですね。……私は……もう……イグナ王国の王子ではなく……1人の国民となるのですよね……。あ! ではますます姉上を『姉様』などとお呼びするわけにはいかないでしょう?」
エグザルレイのどこか安心した顔を見ながら、ミルカは口を尖らせ呟いた。
「あーあ、私も『1人の国民』になれたらなぁ……。そうすりゃ好きな人と結婚して、子をもうけて、あんたやあんたが結婚するお嫁さんや子ども達とも、いつも自由に好きに語らって楽しく過ごせるのになぁ……」
ミルカは笑顔のままで涙を流す。エグザルレイは姉の心の痛切な叫びをその涙に感じ取った。とっさに身体が動き、ミルカを強く抱きしめる。それは幼い頃にいつも遊んでいたあの森の中で、迷子になったり不安になって泣き叫んだ時、いつも姉様が自分にやってくれていたような優しい気持ちの 抱擁だった。
2人は互いを慰めるように強く抱きしめながら、しばらく声を出さずに涙を流し続けた。
……トントン……トントン
唐突に響く木の板を叩くような音に気付き、2人は互いの顔を見、次に部屋の扉に一緒に顔を向けた。……こんな時間に……来客?
……トントン……トントン
板を叩く音は後ろから聞こえた。2人はハッとして音の聞こえた方向に目を向ける。
……トントントン
間違いない。窓板を叩く音だ。……窓板を?ここは王宮の最上階だぞ……
ミルカとエグザルレイの表情に緊張が走る。
まさか……でも……いや! ぜひそうであって欲しい!
2人は飛び出すように窓辺に駆け寄り、窓枠の留め具を外して窓板を開いた。泣き 腫らした目を大きく見開き、2人は室内の明かりに照らされながら窓の外に「浮かんでいる人物」の顔を確認する。
「『備えよ』と指示をしておいたはずだぞ、エル。泣き虫と甘えん坊くらい卒業しておけ」
ミルカとエグザルレイは大声で叫び出したい気持ちを、グッと両手で口を押さえ落ち着かせると、愛する師匠……グラディーの戦士鳥人種ケパを室内へ迎え入れた。
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