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第二章:蒼穹水晶編

1話 蒼の世界と少女達

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「ん、ん、ん~~♪ ん、ん、ん~~♪」


 蒼の光が降り注ぐ洞窟に、可愛らしい鼻歌が木霊する。

 歌っているのはスライムの少女、ミント。


 歌なんてものをどこで覚えたのかも不思議だが、メロディーが有名な日本のアニメーション映画のテーマ曲であることが不思議さに拍車をかけている。確かに長距離歩いていると歌いたくなる歌ではあるけれど。


 そんな私の心情を知らず、ミントは手を大きく振りながら気持ち良さげに歩いている。日の光ではないが、まともな視界を確保できるのは久しぶりだし、歩くのが楽しいのだろう。深い青に染まった水晶の洞窟という幻想的な空間であれば尚更だ。


「お姉ちゃん、ご機嫌ですね」

「うん! みんなといっしょに、あるくのたのしい!」


 花が咲いたような明るい笑顔を向けるミントに、私の心は強く揺さぶられる。どうやらアリアもあてられたようで、白い頬を朱に染めている。


「ふたりとも、どうしたの?」

「ミントが可愛いなって思ってたの」

「お姉ちゃん可愛いです……」

「みんと、かわいいの? えへへ……」


 照れ照れと頬を緩めるミントが愛らしい。


 彼女の声。

 彼女の表情。

 彼女の挙動。


 それら一つ一つが愛しくてたまらない。

 ミントが喜ぶ姿を見ると、自分自身のことのように嬉しくなる。


「杏……? 大丈夫ですか?」

「あ……ごめん、少し気が抜けてた」

「杏を骨抜きにするなんて……お姉ちゃん、凄いなぁ」


 アリアは苦笑混じりにそう呟く。

 ぼーっとミントを眺めていたことに気付かれていたのだろう。

 私にはアリアの言葉が皮肉に聞こえてしまい、居たたまれない気持ちになる。


「……アリア、怒った?」

「どうしてですか?」

「えっと……ミントに見とれてたから気を悪くしたのかなって」


 素直に答えると、アリアはキョトンとした表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべた。そして、私の腕に抱きつき指を絡めてくる。


「ア、アリア!?」

「杏は気にしすぎなんです。杏がお姉ちゃんを見つめていても、わたしは怒ったりしないです。それに……」

「……それに?」

「わたしが気付いていないだけで、わたしもあんな優しい目で見つめられてるのかなって思ったら嬉しくて」

「…………」


 はにかみながらも笑顔で話すアリアから思わず顔を背けてしまう。

 頬が信じられないくらい熱を持っている。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。


「あー! ありあがうでくんでる! ずるい! みんともやるー!」


 上機嫌で歌っていたミントがこちらの様子に気付き、駆け寄ってくる。そのまま空いている方の腕に飛び付くように抱きついてきた。


「えへへ、ぎゅーっ!」

「ちょっ、ミント、急に抱きついたら危ない……」

「あんずー、かお、まっかだよ?」

「…………」


 言われなくても分かってるわ。

 そう返すことも出来ないまま、私は黙ってうつむいたのだった。





「あんず……そろそろやすむ?」

「わたしもちょっと疲れてきました」


 美少女達に促され今日はもう休むことにした。

 言われるまでまったく疲れなかったことに今更気付き、逞しくなったものだと我ながら感心する。転生した特典だと思いたいが、あの天使のことだ。きっと後遺症と言った方が正しいに違いない。


「気付かなくてごめんなさい。そうね……じゃあ、あの辺りで今日は休みましょうか。」


 私が指差した先には一際大きな水晶があった。

 十メートルはあろうかという巨大な水晶は、天井から伸びる水晶をものともせず、洞窟を支える大黒柱の様に堂々と聳え立っている。


「すごい! あんず! ありあ! きょうそうだよっ!」

「あ! お姉ちゃん待って!」


 疲れを忘れて我先にと駆け出していくミントと、少し出遅れてわたわたとしながら追いかけていくアリア。

 私は、本当に仲のよい姉妹になったな、と感慨深く感じながらゆっくりと彼女達の後ろをついていく。


「とうちゃく! みんとのかち――あっ」

「はあ。はあ。お姉ちゃん……どうかしましたか?」

「ありあ! あながあるよ!」

「本当、ですね。ふぅ。どこかに繋がっているのでしょうか……?」

「たんけんだね!」

「それは後にしようよぉ……」


 水晶に到着して見上げると、柱というよりは山のように感じる。もしくは何千年と生きている大木だ。 


 ミントがよじ上がった場所へ向かうと、確かに巨木の洞のような穴がぽっかりと口を開けていた。

 ミントがさっき歌っていた鼻歌も相まって、映画のワンシーンを思い浮かべてしまう。映画のように妹が元気いっぱいとはいかないけれど。


「本当ね。でも、アリアはヘトヘトみたいだし、探検は休憩の後でね」

「むぅ……」


 ミントは少し不満そうだが、そもそも先程休むかどうかを聞いてきたのはミント自身だ。それに、疲れている中急に走ったせいで、アリアは呼吸も儘ならないようになっている。いつもの敬語口調も崩れてきてる。


 疲れが吹き飛んだミントには悪いけれど、流石にアリアを連れて探検することも、ここに放置していくこともできない。


「ひとりで、みにいっちゃだめ?」


 そう言いながらもミントはそわそわとしている。この水晶の洞窟を見つけたのもミントだし、何か超感覚的なものでこの先を予見しているのかもしれない。


「いいけど……この休憩でご飯はなしよ」

「えっ……」


 心を鬼にして言い放つ。

 ミントが絶望的な表情を浮かべるが、冒険をしたいのはミントのわがままだし、アリアをこれ以上巻き込ませるわけにはいかない。


 先刻はぐれたことが原因なのか、ミントは最近わがままを覚えたらしく、したいことをストレートに要求してくる節がある。それ自体は喜ばしいことだけれど、わがままを言うようならしっかり我慢させないと。


 ずきりと心が痛む。

 今すぐ抱きしめて、励ましてあげたい。


 しかし、それはダメだと、心のどこかで声が聞こえる。

 今は突き放すのが正しいのだと、相手のことを考えるということをちゃんと教えなければいけない、と何かが心に訴えてくる。


 ――の思い――には――ない……。


 自分ではない別の誰かの想いが心に響く。


「杏……?」


 アリアに呼ばれ、ふと我に返った。

 それと同時に訴えかけられた想いは、風に吹かれたように霧散してしまった。


「ちょっと考え事をしてたの。アリア、ここに座って」

「杏……ありがとうございます……ふぅ」


 アリアを水晶に体を預けるようにして座らせる。

 視界の端でミントがオロオロと狼狽しているが、私はぐっとこらえて自らの服に手をかけた。


 服を一気に脱ぎ捨て、下着だけの姿になる。この下着もアリアのお手製だ。


 私は服を脱いで畳むと、アリアの膝の上に対面して座った。

 未だに身長が戻っておらず、私が上になった方が安定することに、少しやりきれない気持ちになる。


「服、脱ぐのですか?」

「ええ、汚しちゃうのは嫌だもの」


 そう言って私は首筋をアリアの前に差し出した。

 ミントへの罪悪感を振り払うように、ぎゅっと目を瞑る。


「ほら、飲んでいいわよ。ここが一番吸いやすいと思うわ」

「えっと……いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 アリアの柔らかな唇が少し戸惑うように首筋に触れる。

 歯を立てる場所を探っているのか、舌がチロチロと肌を撫でる。


「んっ…………」

「あ、痛かったですか?」

「くすぐったいだけよ……続けて……」

「はい……」


 再びアリアが首筋に舌を這わせる。

 柔らかな舌の感触がくすぐったくも心地よいが、ひんやりとした感覚にどこか注射前のアルコール消毒を思い出してしまう。


 しばらくアリアは首筋を舐めていたが、やがて私を抱きしめる手に力が籠った。

 私もその時が来たと身体を固くして身構える。


 ――――ぷつり。


 アリアの犬歯が私の皮膚を破り、体の中に侵入してくた。


「あっ――――くうっ!」

「んんっ――――っ!?」


 せりあがってきた悲鳴じみた嬌声を無理矢理噛み殺す。

 アリアが咄嗟に口を離そうとするが、彼女の頭を軽く押さえて続きを促す。


「私は……大丈夫だから、そのまま――ああっ」

「んくっ……んくっ……ちゅるるっ……んくっ」

「ああっ! んぅ……んんっ! くぅ……っ」


 血が吸いだされる度に、強烈な快感が体中を駆け巡る。

 身体が小刻みに痙攣し、込みあげる嬌声を抑えながらも快楽に身を委ねる。


 ――アリアをもっと感じたい。


 溢れる想いに逆らえず、目の前で揺れる絹のように滑らかな白い髪を指で絡めとる。

 髪を梳くように持ち上げると、処女雪のように白いうなじが顔を覗かせた。


 身体の芯から、熱いものがゆっくりと広がっていく。

 全身を駆け巡る熱はやがて私の思考を支配し、目の前の少女を求めた。


 熱に浮かされるまま、アリアのうなじを指でなぞり、彼女の耳たぶを唇で甘く噛む。


「――――っ!」


 アリアはそれだけで身体を震わせて私に体重を預けてきた。 


「アリア、大丈夫?」

「大丈夫、です……。すごく熱いものが血と一緒に流れ込んできて……。その……とてもよかったです」

「じゃあ、続けてもいいかしら……。私、止まりそうにないの」

「わたしはいいですけど……。その、お姉ちゃんも一緒に……」


 アリアの言葉に振り向くと、ミントがすぐそばに佇んでいた。

 その顔は今にも泣き出しそうに歪み、耐えるように唇を噛みしめている。


 私はアリアに背中を預けるように体勢を変え、ミントに向かって両腕を広げた。


「ミント、おいで」

「でも……」

「反省したでしょ? それに、私もミントが欲しいの」

「――――!」


 その言葉を待っていたのか、ミントは私の腕の中に飛び込んできた。

 軽く小さな身体をしっかりと抱きしめる。


「あんず、わがままいって、ごめんなさい」

「いいのよ。でも、他に謝る人がいるわよね」

「うん。ありあ、ごめんね」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。休み終わったら一緒に探検しようね」

「うん!」


 どちらが姉か分からないなと苦笑しつつ、私はミントに口付けるのだった。
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