インサイダー

しーたけの手

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再逃走

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 国警の詰所。

 最新鋭の警備レベルを誇る壁を警備し、また、内部からの反逆者を始末する為にあるこの施設には、最も多くの税が投入されている。

 だからこそ、最新の設備が整えられ、凶悪犯や、危険生物が、街に襲いかかるのを防ぐことができているというわけだ。

 その、危険生物区画の最奥。

 最高機密とも言えるセキュリティの奥底に彼女はいた。

「よぉ。阿形。私が恋しかったか?」

 真っ白な歯をアクリル板の外側に取り付けられた照明に輝かせ、そう不敵に笑っていた。

 真っ暗な周囲に、ポツリと浮かぶ一部屋。その中にはらソファーや、机に、ベッドなどの調度品があり、トイレや風呂などの設備が、透明な壁で区切られて、それぞれの部屋を形作っている。

 彼女はおそらくリビングに当たる部屋で、目の前に移るテレビに向かって話しかけていた。

「水田礼二に何を教えた」

 テレビに移る男は、阿形修好。

 金髪ロリの草角と共に、水田を助けたガチムチ男だった。

「さぁ。現実外アウターリアルのこととか、危険種イエローのこととかを話してやったくらいだけど?」

 怒りの表情を浮かべるその厳つい男に全く動じず彼女はケロッとしていた。

 ソファーに全身を預けながら不敵に笑う姿は、何も怖くないという意思表示か。

「ふざけるな!それだけでどれだけの重要機密だと思っている!有事とはいえど、ただの一般市民に教えてもいい謂れはない!」

 怒髪天をついているのはまさにこのことか。そう思える表情を顔に貼り付け、阿形は取り調べを続けようとする。

「はぁ?あいつが一般市民?お前の目は節穴か?」

 彼女は、嘲るようにそう言った。

「なんだと?」

 怪訝な顔で返す阿形。

 彼だけを暗闇の中で写すスクリーンは、まるで舞に情報を与えなかった。それなのに全てを見透かしたように彼女は言う。

「その様子じゃ、全く気がついてないみたいだな。言っておくが、あいつは、お前たちが管理できるほど甘い存在じゃない。私は優しいからな、忠告してやる」

「何を言う。我々のセキュリティは、災害種レッドにすら耐え得る物だ。たかが人間程度に壊せる道理はない」

 そんな言葉を、まるでナンセンスだと突き放すように彼女は視線を逸らした。

「いいや、あいつはそんなもんじゃない。あの場所ダ・タワーの近郊に徘徊する魔王種パープルに相当するかもな」

「な、なんだと……」

「そこで、私は提案しよう」

 彼女は、不遜な笑みを整った顔にたたえ、そういう

「?」

「提案というのは—————————————」

 阿形は目を見開いた。

 長い、沈黙があった。

「この話は持ち帰りとする」

 その言葉を彼女が聞いたっきり、テレビの映像は、通常のものに移り変わった。

 舞は、暗い目を手元に移して、チャンネルを切り替えた。

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「さて、今回のことに関して一つ言いたいことがある」

 俺は、正座をさせられ、硬い車の床の上で特殊部隊の制服どもに囲まれていた。

「そ、その……」

 奴らは、インサイダーズと呼ばれる部隊だそうだ。だが、この組織の規模も目的も立場と何も俺には知らされていない。

 そんな、実体不明の組織の面々に囲まれて俺は身動きが取れないでいた。

 そして、まるで捕食される小動物のように、罵倒に備えて俺は身を縮こまらせていた。

「君は、誤爆フレンドリーファイアという言葉を知っているかね?」

 金髪ロリに宣告された、正鵠せいこくを射た発言に俺は黙る以外のことができなかった。

 俺は、ただ遠くから——といってもハンドガンの射程だから50mくらいなのだが——そこから有害種ブルーの人形の群れに向かって、自分の持つ範囲攻撃弾レンジド ブレッドを適当に放っただけである。

 いや、それはあまり正確な表現ではあるまい。

 語弊を恐れずに表現するとすれば、俺は遠くから、50m先に爆発をしてしまったのだ。

 もちろん、巻き込まれた同僚たちは、ボロボロになり、戦線離脱を余儀なくされたのである。

 確かに、俺は人のいない区画に撃ったはずなのだが、爆発が予想以上に大きすぎた。

 怒る気持ちも分からないでもない。いや、俺ならブチギレる。それは、この言い訳を聞いたって変わらないだろう。隊員のうちの無気力系お姉さんとホストもどきは、笑顔で、額に青筋を浮かべていた。

「確かに、私のミスだ。習うより慣れろというが、あまりにも急に過ぎたようだ。君の良識というものに期待した私が馬鹿だったよ」

「返す言葉もございません……」

 怒られるのなんていつぶりだろうか。確か、俺は学習装置ナレッジオートメーションを使っていたから、AI先生に叱られることもなかったし、親と引き離された6歳くらいの頃だったろうか。

 まぁ、バーチャルでも怒られてはいた気はするが、あの頃は蛙の面になんとやらという感じだった気がする。

 そう思うと、久々すぎるお叱りは、自分の煽り耐性のなさを突きつけられ、それに驚愕せざるを得ない。くそ、なんで、俺が怒られないといけないのだ。だが、それを表に出す勇気は俺には無かった。

「全く……。それで?あれは一体なんだ?」

 金髪ロリがない胸をそらして聞く。胸のように慎みを持って話せとは思うが、俺はやはり大人しく説明する道を選んだ。

「あれはですね。俺の合成武器で、パーティガンマークツーと呼んでます」

「なんだよ、その腑抜けた名前は……」

 無気力お姉さんは、ようやく怒りが落ち着いたのか、呆れたような声を上げた。

「いや、思いつかなかったから適当につけただけですよ……」

「御託はいい。私は詳しい話を聞きたいんだ」

 そう金髪ロリが促す。

「そっすね。あれのゲーム内での機能は簡単に言うと速度が無限の拳銃です」

 みんなのぽかんとした顔を見て、確かにそう思うのは仕方ないと納得した。

「とにかく、そういうことなんです!それで、俺はこれでどれくらいの功績になるんですか?」

「功罪相半ばして、ゼロだ」

 ですよねー。

 というか、そもそもなんのシステムも理解できていない。こんな状態で聞いたところで、いくらでも裏でシステムを変えられて、誤魔化され続けるだけなのかもしれない。

「そもそも、急に捕まって、寝起きで危険地帯に放り込まれて、今、また車に詰め込まれて訳がわかってないんですけど、昇進のシステムってどうなってるんですか?」

 俺はそう聞く。

「そうだな。人形のランク分けは聞いたことがあるか?」

「さっき、言ってた有害種ブルーとか危険種イエローとかそんなやつですよね」

「その通り。人形はその危険度が、なぜかその目の放つ光によって分かるように出来ている。そして、我々はそれらの危険度別にそう名前をつけて分類したわけだ」

「で、それがどうしたんですか?」

「まぁ、落ち着いて聞け。すぐに話す。その撃破数に応じて、報酬が与えられるんだ。君の場合は、政府の最高機密に触れるわけだから、それなりに撃破しないとダメだな。最低でも災害種レッド三体。危険種イエローなら千五百体。有害種ブルーなら十五万体と言ったところか」

 もう早速無理な気がしてきた。

 いや、そもそもだ。よく考えたら、いくら美少女のためといってもなんで、俺がここまで命張らなきゃならないんだ。

 十分、今も酷い目にあってるじゃないか。それに部屋に匿ってやったし、どうしてここまでやる義理があるんだ。

「ちなみに、俺が今からこの部隊抜けるとかいう選択肢は?」

 俺は血迷ってそう聞いた。

「皆無だ。もし抜け駆けしようものなら、全戦力を以って、私たちは、お前を殺しに行くことになるだろう。お前が匿ったのはそういう類の機密だからな」

 なるほど。俺の前途は美少女一人のために閉ざされてしまったと言っても過言ではないのか……。

 ちくしょう、なんてことだ!もう後戻りできないってことかよ!!!

「くそ、なんだっていうんだ……」

「まぁ、だから。お前も目標を持ってこき使われることだ。幸い我々の待遇はそれなりに良い。理由を見失いかけているのなら、私のために働くというのでも良い。とにかく、世界の真理に君は近づいてしまっていて、政府はそれを隠したいんだ。だから望まれるのは、名誉の殉死だ。それが嫌なら抗え。君は幸運にもその力を持っているのだから」

 そういうと、車は目的地である警察の詰所まで着いたようだった。

「あ、それはそうと、君に巻き込まれた隊員たちが仕返しをしたいそうだから、覚悟しておくように」

 本当になんだっていうんだ……。
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