センスゲイム

ショー・ケン

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センスゲイム

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 ある男、突如としてあらゆる流行やファッションや、文化的なものに関する感度がよくなり、さまざまなセンスのある事をひらめくようになる。会社での立ち位置が徐々にかわり、いい仕事をまかされるように、周囲は、彼の変化に驚いていたものの、彼には納得のいく“理由”があった。

 それはある夢。妻との生活もマンネリ化し、自分の凡庸さにも退屈していた自分は、その夢を見てから人が変わったように将来に希望を持つことができるようになった。
夢の中で出会うもの。それは後ろを向いて、顔こそ見えないが、どうやら男型の妖精らしい。その妖精が、自分で妖精と自称した。彼は面白が手t、それと“契約”したのだ。その姿形や声に覚えがあるが、夢の中の事なのではっきりとした確信がなかった。その“夢”と将来について“契約”して以降、万事が万事うまくいった。

 だが、その生活が長く続いて、男が冴え冴えとしていく反面、男には、真逆の不安が生まれ始めていた。
(俺は妖精と契約して、この“センス”を手に入れたものの、妖精は何も要求してこない、なぜなのだろう、あとから大きな代償を払わされたり、見返りを要求される詐欺のごとき目に合うのではないか)
 その不安は徐々に大きくなっていったので、ある時夢のなかで尋ねた。白い靄に包まれた中で、妖精と自分だけがその場所にいる。
「お前は本当に妖精か、悪魔か何かではないか?俺と契約したはいいが、見返りを求めないのは変だ、いったい、俺の死後に何を求めるというのか、魂を奪ったりするのではないか」
「いや、私は悪魔じゃない、はじめの契約でつげたじゃないか“お前の変化”こそが俺の養分になる、なぜなら……」
 妖精はふり帰りかけたが、やめて、またそっぽをむいた。
「俺は未来のお前だ、未来のお前から、能力を前借してきている」
「なんだと、またでたらめを、早く正体をあらわせ、本当に悪魔でないなら……」
 そういって男は、妖精に手を伸ばす、むりやり振り返らせると妖精は自分そっくりの姿かたちと、声を発していた。

 その日以降、男は、だんだん気づき始めていた。マンネリとはいえ、心のどこかで愛し合っていると考えていた妻との距離感がこの一年で、また一段と遠くなっている気がする。男は、その日決心して夢をみた。例の妖精が現れる夢だ。
「妖精、契約を破棄する」
「そりゃまたどうして」
「俺はきづいたんだ、この“幸福の前借り”こそが、妻との生活をより一層厳しいものにしている、つまり、俺は“凡庸な幸福”に満足すべきだった、その“凡庸さ”こそが、このような契約の元手、あの莫大なセンスと才能の元手になっていたのだから、お前が“契約の代わり”にしている要求は、俺の凡庸な未来そのものだ」
 そうして男は深い後悔とともに、あぐらをかいて、ひざにてをあてて深く考え込んだ。
「はあ、それはまた、勘違いの気がするがなあ……お前がそういうなら、そうしてやらんでもないヨ」
 その翌日から、今夜あたり……と長らくさめていた愛をはぐくむようになった。


しかしその1年後、男は大病を患い床に臥せることになった。
「やっぱり、あいつは悪魔じゃないか、契約を放棄したのに……あるいは俺というやつは、最初から大馬鹿ものだったのか」
 恨みに恨んだが、病になってから、なかなか妖精は現れない。契約を破棄してからというものの、たまに現れて再契約を催促していたあの煩わしい妖精が。

 ある調子のいい日、夢をみる。件の妖精がでてきていった。自分そっくりの声、姿かたち。
「お前、だましたな、やはり俺の命をとるつもりだったのだろう!!」
 男は憤慨した。しかし、妖精はただ、男をなだめるばかり。
「落ち着けって、あー、ほら……“前借り”といったろ、凡庸なお前の人生において、この死は変えられなかった、なぜならお前が変わらないからだ、この“死のリスク”をうまく乗り越える方法もあるいは……だがお前は俺が警告しても変わらない、そのことは、俺が一番わかっている、なぜなら俺はお前の未来の姿“死”を警告にきて、過去へ信号をおくった、いわばスピリチュアルな、火事場のバカ力だからな」
「なぜ先にそれをいわない!!お前はやっぱり悪魔じゃないか」
「いったさ、もっとも、俺が言っても意味がないので、変わりのものがな、俺は悪魔にも、妖精にもなれた」

 やがて白い靄が走り、今度は別の夢の中で、今度は自分ではなく、妻によく似た妖精が微笑む。
「まさか、お前俺の為に、幸運をつかって」
「ええ、二人にとっていい事を選びにきたのよ、あなたを助けにね」
「おまえ、おれのために、自分と“契約”したのか、おれのように、あの恐ろしい得体のしれない未来の自分と」
「ええ、私は、契約である能力をてにいれたの、そこで、あなたを救う方法をみつけたわ」
 二人は徐々に光につつまれ、その夢の中で、抱きしめあって安心して眠った。

 その翌日、二人は無理心中の末に遺体となって発見された。妻が家に火をつけ、男は睡眠薬を飲まされていて逃げようがなかったようだった。遺書にはこう書かれていた。それは遺書というより、妻から夫にあてられた、悲惨な恨み言のようなものだった。
「あなたは今まで、自分の幸福しか考えてこなかった、ここ1年の変化によってあなたは副業だったコピーライターを本業にして、一生ほどの稼ぎをあげたけれど、その稼ぎをすべて自分の娯楽のためにつかってしまった、私は何度も貯金を催促した、なぜなら、未来起こることに気づいていたから、私は、妖精と契約し、あなたとの未来をすべてみて、そのすべてが悲劇的で変えようのない現実だった、ただ不確定だったこの未来の可能性にかけたのだけれど、あなたは、やはりかわらなかった、お願いよ、一緒に死にましょう、もう、治療費も何もないの、なぜならあなたの病は、奇病だから、保険もきかないのよ」
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