ミイラエクソシスト

ショー・ケン

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ミイラエクソシスト

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 ある古びた屋敷で、ミイラのように硬直し、ある箱の中につめこまれ、動かなくなった神父、彼はエクソシストでもある。彼の周囲にあつまった関係者は彼を見下ろし、唖然としていた。
 彼の脳内では二つの人格があらそっていた。一つの人格は神父のものだ。神父は後悔していた。
「あれだけ他のエクソシストや師に、"悪魔に同情するな"といわれたのに油断し、つい同情してしまった、悪魔に乗り移られ、悪魔と同化した、ミイラ取りがミイラになった」
 もう一つの人格は悪魔のもので、しめしめと笑いながら神父に罵詈雑言を浴びせた


 彼は数日前にこの屋敷の除霊をしようと入り、家の人をすべて追い出して一週間時間をくれといったが、一週間何もなければかけつけてくれといわれて、人々は一週間何もなかったので心配してかけつけると、家の中は荒らされ放題で、血だらけ、壮絶な悪魔との闘いの痕跡とともに、彼は棺桶にいれられ、体をまるめ、死人のように硬直していた。彼とともにきた一人のシスターと、主人、家人、やじうまの人々が棺桶に入れられた彼を哀れに取り囲む。
「だからあの悪魔には一人で挑むなといったのに」
「悪魔には悪魔をぶつけるのが一番だ、人のいい人がかかわってはだめだ」
「あの悪魔は、もとは人間だ、人間だったころも、最低のクソ野郎だった、少しの事で人を恨み、妬み、絶対に許さなかった」
 そして、それを証明するような事がおきた。ボソボソと、棺桶の中の神父が何かをいっているので耳をそばだててシスターがきくと、彼はこういっていた。
「このクソみたいな世の中め、恨んでやる、妬んでやる、俺の恨みくらい受け入れろ」
 しかし彼は御覧の通り、悪霊にとりつかれ、一人では食事もトイレにも行けない状態だ。人々は彼はもうだめだといいうが、シスターは神父を哀れに想いいった。
「彼はそれでも、悪魔と人を救う事に人生をかけてきたのです、救われないものにこそ救いの手を差し伸べた人格者です、きっと、あなたたちがいうように〝この屋敷に取りついた悪魔〟はロクデナシなのかもしれない、けれど、誰もが生前この人を突き放してきたのでしょう、そして噂した、"関わってはいけない人だと"だから誰からも愛されず、救われず、彼は孤独になった」
 人々はいう。
「でもこうして、悪魔にやられてしまっては意味がない、精神病院に放り込みなさい、あなたも彼に同情すると、碌な事になりませんよ」

 シスターは額に汗を浮かべながらいった。
「私には幾人ものエクソシストのつてがあります、彼らを頼りましょう」
 シスターは彼らを説得し、その国最大の心霊スポットであるそこに、次々に向かわせた。しかし、結果は惨敗。エクソシストは打ち明ける。
「悪魔はいうんだ、私に同情すればそれまでだと……でもなぜわざわざ警告したのだろう」
 家の人も野次馬も、諦めた。そして、その家の主人がいう。
「もう結構です、この屋敷も手放しましょう、心霊現象は収まらず、怪我をするばかり、早く手放さなかったから、あの優しいエクソシスト、神父を犠牲にしてしまった、どうか、あの人を介抱してやってください」

 ところが数日後、別の場所、とある教会にてこの神父を介抱していたシスター。シスター自身も諦め、しかしどこかでは諦めきれず、彼女はつけていたゴム手袋を外す、他のエクソシストに禁じられた行為である〝神父に直接肌と肌で触れ合う”ということをしようとしたのだ。そして、恐る恐る触れた。突然シスターの体に電流のようなものが走り、シスターの目が黒くなった。その瞬間、自分の中に悪魔が入ったと感じたシスター。汚い言葉をいくつも吐き出した。だがその言葉の中に、シスターの言葉が響いた、神父は、それによって目を覚ました。

 今度は神父がおきあがり、彼も黒い目をして、シスターをみた。すると敬虔な、そして、美しいシスターが聞くに堪えない下品な言葉を羅列する。しかしそれは悪魔のと少し違うところもあった、神父の実際の欠点を羅列するのだ。神父、その様子に一瞬ぎょっとして、神父についた悪魔さえぎょっとして、一瞬神父の背中からにゅっとその体があらわれた。そして神父と目があう悪魔、逃げ場をうしない、体の全部をシスターの中に隠してしまった。

 シスターはまた一層悪魔じみた形相になるが、神父は徐々に目が普通にもどり、体の硬直もとけていき、そして、聖なる言葉と聖水をかけた。
「精霊とキリストの名において~悪魔よ立ち去れ」
 悪魔は全然効果がない様子で、ひるむ様子もない。神父はあれやこれや考えた、そしてシスターが先ほど、神父が目を覚ます前に唱えた言葉をおもいだした。
「これだ、"悪魔よ、あなたは己を呪っている、知らず知らず悪魔になり、自分を変えられなくなった自分を、でなければ"同情しないものをとおざけ、同情するものに憑依する意味がない、あなたは、あなたに同情しないものにやさしく警告をだした、あなたは悪魔になりきれていない!、あなたは人の同情こそを恨んでいる!""」

 その言葉を唱えると、これまでとは打って変わって、もだえ苦しむ悪魔、もみあいになり神父は右腕を怪我したが、死闘のすえ、悪魔はより一層苦しんだ。
「私は……私はあ……」
 やがて消え去る悪魔。除霊はなぜか、こんどこそうまくいった。シスターも何事もなかったように神父をみて、そして抱き着いた。
「お父さん……」
 神父は少し間をおいて、いった。
「悪魔を除霊できた、お前のおかげだ……これまでのエクソシストには、この悪魔は除霊できなかったし俺を助けることもできなかった、だがお前にはできたのだ、お前は“私と同じことをした”だから"私は私の欠点を知る事ができた"悪魔と同化し、その悪魔の弱点、妬み、恨み、過去を見る事ができたのだ……彼はあまりに口が悪く、人を恨みやすく、妬みやすかった、だから人にそれの何が悪いかを、直接指摘される機会がなかったのだろう、自覚がなければ直しようもないものだ、だが今、お前が私の中に入り、私がミイラになってからの悪行と、それがなぜ悪いかを教えてくれたので、たまらず悪魔はお前に乗り移りよわった、そこで悪魔の反省を見抜いた私は彼を説得しながら、払い、呼びかけ、成仏した、私は今回の事で学んだよ、一つは、私に払えない悪魔がいること、そして、二つ目は、愚かなミイラ取りを救うのは、もう一人の愚かなミイラ取りという事だ」
 そうして二人は抱き合ったという。

 その後、彼らが例の家にかけつけると、霊障はきえており、人が住めるようになり、主人はひどく感謝していた。そして、神父はミイラになった時にある〝ヴィジョン〟をみたと主人に話す、それがあまりにリアルだったと、すると主人は語りだした。
「そうです、あなたの言う通りです、彼は青年のある時期まで、とても賢く、優しく、人助けが好きな信徒でした、神を信じ、人につくしていたのです、ですが、ある町中で噂のとある口の悪い老婆を助けようとしたところから彼の暮らしは一変した、荒々しい言動をとるようになり、人々をよせつけなくなった、彼がよくいっていたのが"ミイラにならなければ、ミイラの苦しみがわからずミイラを助けられない"彼は老婆になりきり、そのまま、その悪化した性格を戻すことができなくなったのでしょう……老婆は、戦争で夫を亡くした哀れな人でしたが、その悲しみに寄り添う人がいなかった、彼女も元々の評判は悪くはなかった」
 シスターとエクソシストが、本来の仕事場と現在の住まいに戻る途中で、電車の中で、神父がいう。
「ミイラがミイラになった経緯をたまたま考えることができたのが我々ミイラ取りだったというわけだ」
 というとシスターは笑ったが、二度と無茶をしないようにと父を叱責した。
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