ホラー短編集

ショー・ケン

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手の事情

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危険なアパートに住む男性、Aさんの話。
Aさんは、昔から霊感が強く、妙なものをよくみた。しかし、いつもはっきり見えるわけではなく、体の一部だけ透けてみえるような事はよくあった。

そのアパートに引っ越したのは、転職が理由だった。都内に交通の便がいい場所がないかと調べると、その安アパートをみつけたのだ。ボロボロの家だが、昔から質素な生活に慣れている彼は特段不便はなかった。

そしてその部屋に引っ越してから異変はおきた。時折“人の手”を見るのである。地面からはえて何かを探している様子の人の手を、かとおもえば一瞬だけふっと姿をあらわし消えることもある。奇妙なことにそれはすべて右手だったが。
(まあ、また変なものが住み着いているのだな)
 くらいに思っていたし、しばらく問題がなかったので放置していた。

 引っ越しして2か月後くらいの事である。やけにその日は“センサー”が働いた。というのは彼は幽霊をいつもよりハッキリみるタイミングで、額がゾワゾワと奇妙な悪寒に襲われるのだ。何もないまま床についたが、深夜、あまりに額に悪寒が走るのでうなされて目を覚ました。そして、絶句した。
《ゆら~、ゆら~》
 件の手がピンとたって、ゆれている。かとおもえばぴょんぴょんと跳ねたりする。
(これはただ事じゃないぞ、いったいどうすれば)
 考えあぐねていると、突然、体にゆれを感じ始めた。携帯が煩くわめきたてる。その時、ちょうど後に名前がつき語られることになる巨大な首都直下型地震が起きたのだった。

 タンスや、本棚など家具も倒れさんざんな有様になったがAさんは身構えていたこともあり、怪我もしなかった。

そしてそのまた2年後の事だった。仕事にもなれてきたAさんは、しかしその時期が忙しいこともあり、昇給もかかっていた大仕事をこなしている最中で、家に帰るともう深夜、大した時間もなく、用意をして眠りについた。

 その夜も、ひたいに悪寒があり、眠気がひどく煩わしくおもったが、その悪寒がとても耐えきれるようなものではなく、どうあがいても頭がさえてきてしまったので、体をおこし、目の前をにらめつけた。
 やはりそこには、あの手があった。最近は家にいる時間もすくなく、見かけても気にしなかったのだが、ふと、2年前の事を思い出した。
(地震か?)
 と思ったが、しばらくたてど何もない。ふと体をおこし、導かれるように外にでる。すると、アパートの一階が燃えていた。ちょうど下の階の右隣が燃えて、それが下の階へ燃え広がっている最中だった。
(これはまずい!!)
 と思った頃にはサイレンが鳴り響き、瞬く間に消火活動がはじまった。焼け跡から一人の遺体が発見された。火と煙に気づかず寝ていた丁度Aさんの下の階の方だった。ふと思い出す。彼は2年前の地震でも大けがをしたのだ。

 ふと思うところがあり、仕事がひと段落したあと、このアパートを紹介してくれた不動産屋をたずねた。
「私の家、事故物件なんじゃないですか?いえ、特段困ったことがあったわけではない、むしろ私にはいい事ばかりがあったのですが」
 Aさんがせまると、不動産屋は言葉をにごしたりはぐらかしたりするばかり、引っ越しを考えている。といいだすと、ついに折れてこんな話をしてくれた。
「そうじゃなくて、あなたの家の下の階が事故物件なんですよ、いくつか、不審死や自殺が起きている部屋なんです」
 まあ、実際自分に妙な事がおこるわけでもないし、ただ目に端にはいり気になるくらいだし、同居しても害はない。しかし、首をかしげる。じゃあなんで巨大地震の時も、火事の時もおしえてくれたのだろう。なぜ私の部屋に出るのだろう。

 しばらくしてAさんはその真実をしる事になる。ある夜、ふと例の額がゾワゾワする気配に目を覚ますと、やはりあの腕が床からつきでている。それも今日は両腕だ、妙だと思い立ち上がりよく見てみれば、ある事に気がついた。
「ふむ、これは」
 いままで気づかなかったが、もともと両腕がつきでていたのだろう、最近部屋の模様替えをしたことで、タンスの位置を変え、両腕が見えるようになったのだ。そういえば、最初このタンスは、この両腕が隠れる位置においてあった。このタンスだけは、以前の住人がおいていったもので大家がそのまま使っていいといってくれたものだ。以前の住人はこの事をしっていたのかもしれない。

 ふと、体を起こし身構える。きっと何か良くない事がおこるに違いない。しかし、異変が起こる様子はない。ふと下の階こそが事故物件だといわれた事をおもいだし、地面に耳をあてる。
「や、やめて!!なんでも、なんでもいうことをきく、お金だって」
「だまれ!!!静かにしろ!!」
《ドンッ!!!》
 男女が争っている形跡、そういえば風の噂で、つい最近若い女性が下の階に引っ越してきたときいた。

 ただ事ではないと判断したAさんは、頭をこらして考えた。そうだ、一刻も早く状況を改善しなければ、とおもいたち、部屋のつきあたり奥側の窓をあけた、そして、下に向けて語気を強めに叫んだ。
「コラ!!警察に通報したぞ!!!」
 もちろんはったりである、一刻を争うのでその怒声のあとに電話をし、念のために玄関の鍵をかけた。

 そしてまた、床に耳をおしあてる。しばらく無音のあと、
「お願いです、お願いです、助けてください」
「クソ!!!そんな場合じゃねえんだよ!!もういいって、離せ!!」
《ドンッ》
 と人が倒されたような音のあと、足早に廊下を歩き、玄関を開け、閉じる音が響いた。
《キィ、バタン!!》


 玄関を開け外の様子をみると、包丁をてに恐る恐る下をみると、アパートから帽子とマスクをした黒づくめの男がさっていく。
「ふう」
 と一安心すると、そのタイミングでサイレンが遠くから近づいてきていた。Aさんは下の様子がきになり、かけつけると、ちょうど女性が玄関をあけた。
「あなた、上の階の人ですか!!」
「ええ、お怪我は?」
「大丈夫です、大丈夫です!!あなたは命の恩人です!!」

 そういって女性は自分に抱き着いた。かわいらしい女性で、うれしくないはずはなかったが、それよりAさんが気になったのは、奥でみすぼらしい姿の中年の男が、バンザイをして喜んでいる姿だった。しかし、こちらに気づき、現状を把握すると、男はこちらをきっとにらめつけ、Aさんに指をさしたのだった。

 Aさんは察した。
(そうか……あの手は、下の階の住人が危険な目にあうたび、バンザイをしていたのだ……)

 しばらくして下の階の女性は引っ越していった。あれを気にお礼の品を幾度かもらい、仲良くなれるかとおもったが、あんなことがあったのだし仕方がない。Aさんもはっきり、事故物件ですよ、と伝えてしまったのもある。

 そしてそれからも下の住民は頻繁に入れ替わりつづけた。Aさんは手が出るたびに、自分だけではなく下の階の人を助けるようになったが、下の階の人が無事である確率は五分五分といったところである。それでもそんなアパートに居つくのは、やはり、Aさんがお人よしであることが半分と、危険を知らせてくれる幽霊でもあるからかもしれない。
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