誰かの青春泥棒

ショー・ケン

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誰かの青春泥棒

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 人間が頭脳の一部を機械化、さらには記憶をデータ化し、消去したり保存したりできる時代。もちろん違法な事も行われる。記憶の売買などだ、特に人気だったのが、有名人の記憶の売買、法が厳しくなる前は、本当に有名人の記憶などが売買されていた。

 だが法律が厳しくなり本物はほとんどなくなっていた。記憶を売買するには、いくつもの合意事項や、契約が必要になる。事実上それが足かせとなり、簡単に売買できなくなった。しかしそれでも犯罪者はいるもので、ハッカーがネット上に広がるそうしたデータ、もしくは個人のパソコンに保存された“記憶”を違法にハッキングし、サイトなどにアップロードする。違法な利用者が違法にダウンロードする。
「しめしめ、あの有名人との不倫のデータだ」
 今一人の男がそれをダウンロードし、自分の記憶としてインストールする。しかしその記憶には違和感がつきまとった。
「いやに、“他人の者感”が強いな、それに~ちゃんの(有名人)顔がはっきりとでない、本当に相手は~ちゃんなのか?」
 それもそのはず、それは警察のAIが自動生成したダミーデータ、架空の記憶であり、違法ダウンロード者を突き止めるためのもの。これは、最近できた法律である“そもそも記憶を脳以外のストレージに、分離して保存することにも多重の足かせ”
をかけたためだ。それでもハッカーは、まだ有名人たちが、外部ストレージに記憶を保存している思って、データを盗むが、それがつまりダミーというわけ。

 AIは、警察のものでハッカーを追跡するし、ダウンロード者を追跡するがしかしかといって逮捕するという事はしなかった。見せしめの意味もなかった。AIは昨今の潮流を探っていたのだ。そもそもこの法律と試みは、そのだめのものじゃない。ダミーデータをハッキングしようが、誰も痛みをおわず、ダウンロード者にだって罰則を科すものではないからだ。AIはこの流行自体が人間に危害を及ぼす可能性を心配した。そして、その頭脳で考えた。
「なぜ、こんなものありがたがらずに自分の記憶を謳歌しないのだろう」
 そうしてAIがダミーデーターによって有名人を保護することを考え“犯罪者に対する詐欺”を行うことにした。そしてAIはというと、犯罪の傾向をデータ収集できるのである。やがて……試みは進められ、AI自身の分析とデータ収取により、それには次第にもう一つの流行が関わっていることが分かった。

 こうした記憶の違法ダウンロードは自分自身の記憶の中で“青春”の記憶が抜け落ちていたのだ。それは“輝かしきもの”だけではなく“どんよりとした陰鬱なもの”まで“。
 この“他人の記憶の違法ダウンロードやハッキング”が流行するその少しまえに、人々は成人したときに、青春の記憶を売りに出すのがはやっていた。頭脳の機械化はほぼ同時期に行われるため、その流行とともに過去を振り返らないという通過儀礼のように自分自身によって“青春抹消”が行われていたのである。だから“その記憶”を埋め合わせようと人々は有名人が謳歌する青春、青春モドキを自分の脳にインストールしたがるのではないか。

 しかし、その結果にさらにAIは疑問におもった。自分の自動生成技術は、人々の記録を集積し“人間に似せた芸術、テキスト”をつくるため、人間の感情に例えるならばその意欲は、人間への憧れと嫉妬から生まれる。だが元々の人間である彼らはそれを簡単に手放した。“通過儀礼”だとして。それが〝いい青春〟であれ“悪い青春”であれ、心の奥に蓄えておけば、芸術であれ、テキストの模倣であれ、そうした意欲の原動力になるのに、そうふと疑問に思ったのであった。
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