憎悪殺人

ショー・ケン

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憎悪殺人

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「まともな給料が払われ、まともな労働時間であり、まともな生活が送れるのであれば、我儘などいわない」
 その書き込みの向こう側で大勢の人間が彼を非難して、攻撃した。最初の仕事で心を病み、体や心の動きがコントロールできず、それから副業としていた小説とバイトでなんとか食いつないできた彼だったが、体のだるさ、心の病の進展により長時間労働ができなくなり、首になったため休職。わずかな副業の給料だけで生活していたが、もはや餓死一歩手前。
 彼は藁にも縋る想いで、自分の窮状をSNSで発信した。ある言葉をつけくわえて。
「助けてくれ!!もう死にそうだ、一言いわせてくれ!!AIやアンドロイドが……」
 昨今の潮流、特にアンドロイドやAIによる仕事の置き換えが進み、給料は少なくなる一方のため怒りがたまっていた。しかし、その報復が、罵詈雑言であった。
「もっと働いて稼げ、手足がついているじゃないか、AIをいいわけにするな」
「好きな事をして生きているんだろう、自業自得だ、お前の様な奴が生活保護などっを受け取るな、どうせ外国人だろう」
「私だって、少ない給料で頑張っているのに自分だけ偉そうな顔するな」
 そして、ある男が強烈な書き込みをした。
「お前の様な敗者、今までの生き方が悪かったからそうなったのだ」
 彼は怒りをため、やがて強行に及んだ。その言葉を吐いた人間は、自分の住所さえも晒している作家だったのだ。まさかと思ったが、彼は深夜暴漢によって襲われ、殺された。その犯人が、その言葉を投げかけた男だと知らぬまま。

 犯人は、警察の取り調べである事を聞かされた。
「この作家も、仕事を奪われて食うに困っていたんだ、あんたと同じ、休職者だったんだよ、あんただけが、食うに困っているわけじゃないんだ、それにあんた、精神疾患を原因に、刑を免れるつもりだろう、そんなもの、必要ないのにね」
 その後、彼は刑務所の中で自殺した。気を病んでいた彼にとって、皆同じだから我慢しろ、という言葉は耐えがたいものだったのだろう。彼が、最初にSNSに書き込んだ言葉は、
「人間への不遇に対して誰が声を上げるのかか?」
 という言葉だった。だが誰もその文脈には触れず、自分たちの文脈をぶつけるばかりだった。自分こそ不満をいわずにがお前より努力しているという我慢合戦を始めたのだった。誰もが負けても、その国では、同じ事が繰り返されていた。
 
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