霊道

ショー・ケン

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霊道

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昔、Aさんが大学生であるアパートに住んでいた頃の話。都内なのにずいぶん安く、これは妙だとおもいながら、彼はその部屋に住んでいた。貧乏学生だという事で、気にしていられなかったのだ。

しかし、ラップ現象、ものが勝手にうごくポルターガイスト、子供の走り回る音、笑い声が聞こえる。などの怪異が続く。

霊能者に頼むお金もなかったので、たまたま“霊感もち”という偶然できた大学の友達に見てもらうことにした。

 彼を部屋にまねいたところ、彼はいった。
「子供、子供が原因になっているね、彼が罪を背負っている、一応除霊してみよう」
 といってくれた。確かに日頃から子供の声を聴くし、足音もきいていたので彼にお願いした。

 その日、寝苦しくて体を起こす。どうやら、子供が部屋に閉じ込められているような夢をみた。どういう事だ?完全に除霊できていなかったのか?もともと期待していなかったが、彼にまた除霊を頼まなければ……ふと部屋を見回ると、一番つきあたりの物置にしている部屋に既視感を覚えた。夢で子供が閉じ込められていた部屋に似ているのだ。

 引っ越して以来ものおき、なにせ埃がすごくて、前の住人がのこしていったらしき古びた箪笥や棚がいくつかある。そのせいで苦手でドアは締め切ったままにしていた。
《ガタガタ、ガタガタ》
 部屋の奥でもの箪笥の引き出し動くような音がする。妙な冷気が、ドアの隙間からもれでてくる。友人を信じるのなら、相手は子供だ。と勢いよく扉をかえた。
《バタン!!》
 その瞬間、気を失いそうになった。普段着をきた老人、制服をきた学生、スーツ姿のサラリーマン、半透明の男女数名がたむろして、子供をあやしているようだった。子供は自分をみつけると、ゆっくりと歩いてきていった。
「消さないで……」
 その子供が自分に近づいてきた瞬間、恐ろしくなって着の身着のまま、件の友人に電話をかけ、事情を説明してその友人宅に泊まらせてもらった。

 目を覚ますと、友人宅、友人は生家の一軒家の離れに住んでおり、母屋のほうから何か騒いでいる声が聞こえた。こちらに近づいてくる数人のバタバタと足音がする。まずい、深夜に上がり込んだのがまずかったのか、と扉の近くにたち、空いた瞬間に頭をさげた。
「すみません!!」
「ごめんなさい!!」
「え?」

 そこには綺麗な女性がたっており、その人は、友人の母親となのった。そして、友人が中途半端なお祓いをしたことを怒っていたようだ。実は友人の母は本当に霊能者で、ひっそりと、副業でそうした仕事をしているようだったのだ。(本業はきいていない)
 どうやら息子が迷惑をかけた変わりに、無償でお祓いをしてくれるという。そこまでしてもらうのは申し訳ないとおもったが、中途半端な事をして、余計に問題をひろげたのだとおこっていた。


 すぐさまアパートに3人で向かう。友人の母親は顔をしかめた。
「“子供が元凶”たしかに、あんたはいい線をいっていたよ、だけど違うねえ」
 
 母親は目をつむる、と、こんな事を言い出した。
「子供は被害者だね……ずいぶん昔の事だ、このアパートが立って直ぐの事さ、子供の両親は、とても固い仕事についていてね、子供が昔から妙な事をいうのでこまっていたのだ、まだ小さいころはよかったが、小学生になると、精神病院に通わせはじめたようだね、だが、医者も頭をひねっていたので、学校から帰ると、息子を部屋にとじこめたんだね」
「いったい、その子は何を?」
「幽霊がみえたんだね、大方、子供も大人もどんな人間もみたんだろう、両親はしつけのつもりで閉じ込めたわけだが、むしろそれは逆効果だった、息子は余計に幽霊を見るようになり、言動はあらあらしくなり、医者もまずいとおもったのか、対処をし始めたんだ、両親は余計にしつけに厳しくなり、ほとんど虐待になり……ついにその子は、餓死をしたみたいだねえ」
「……」
 古い時代の事らしいので何とも言えなかったが、しかし、部屋で人がしんだというのは、気分がいいものじゃない。
「それで、その子は……あの霊たちは、のちに住んだ住人を呪って……誰も助けてくれなかったから」
「そうじゃない、それどころか、両親の事もうらんではいない、ただ……最後に両親に幽霊の姿を見せたかったんだねえ、“トンネル”をほったのさ」
「トンネル?」
 友人が頭をひねると、母親が腰を小突いていった。
「“霊道”さ」

 友人の母親は、件の部屋の前にいくと、その前でドアもあけずに座りこみ、その姿勢で何かを探し始めた。
「あったあった!」
 といって、壁をゴリゴリシャーペンか何かで削ってしまった。
「何してんですか!」
 とAさんが叫ぶと
「大丈夫、ホラ……」
 とそれをみせる。つまっていたのは、明らかに色の違う壁紙と、ぽろぽろと剥がれ落ちる石膏ボードだった。
「大丈夫、これくらい直せるし……大家さんもしっているはずだ」
 そういいながら額の左半分を床につけると、ずずず、とそのまま奥を覗き込んだ。
「これは?」
とAさんが友人に訪ねると。
「多分、子供が最後に“掘った穴”だね、食器か何かでやったんだろう」
 しばらくすると、友人母が、右手の裾をめくり、穴に手を突っ込んだ。けむりがまい、鼻をつまんでいると、しばらくして、母親がたちあがってにこにこしながらいった。
「ホラ!御札がつまっていたよ」
 そこには確かに、ぼろぼろに変色した古い札がおりまげられてつまっていたのだ。
「多分、少年が死んだあと、奇妙な出来事が立て続けにおきて、両親も息子の能力を信じざるをえなかったんだろうね……それがもっと早ければ、ね」

 その日、Aさんは夢をみた。部屋にいたあの幽霊たちが、お札が破られたことによって部屋のそとに旅立っていく夢だ。アパートをでると、スーッとそのまま、天に昇っていく。

 友人の母親はいっていた。
「霊道とはいっても、一時的にそうならざるを得ない場所もある、たとえばあの部屋は、“閉じられていた”ために、幽霊をよびよせた、少年の死とともに、札のせいで外に出られなくなった幽霊は、出口を探していたんだ、あの部屋の中だけが“霊道”だったんだねえ」
 Aさんは目がさめると、決して現世で救われなかった子供と、その子供の霊感を信じて、頼り、あるいは彼を認めていた幽霊たちの、哀れな共同生活を思い、成仏後の来世の幸福を願ったのだった。
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