タクシードライバー

ショー・ケン

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タクシードライバー

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Aさんはタクシードライバー。そして若干の霊感がある。だから、“その交差点”を通るときいつも困っていた。客が許してくれそうな雰囲気があるならばその道をわざわざ迂回することもあった。

問題の交差点を避けるわけ、そこでは赤い服の女性がでるのだ。車に引かれたと思しきその姿は、頭部もぼこぼこ、体もところどころ欠損し、血だらけである。

そしてさらに悪い事には、彼女は、運転手Aさんに気づき、いつも何かをよびかけてくる。その目は自分を殺した人間を探しているように、行き来する車を凝視していた。
「どうして成仏してくれないんだあ、もういいじゃないか!!」
Aさんは、急いでどうしてもそこを通らなければいけないとき、いつもまいっていた。
あるとき、物静かで世間話にも答えないお客さんがのってきたとき、車内の雰囲気はシーンとしていた。おしゃべりなAさんは、何かを話してさえいれば、あの交差点を乗り切れたかもしれないが、その日は一段と緊張していた。お客さんはお客さんで、もしかしたらその筋の人間かもしれないというようにいら立った様子で腕組みをしてすわっている。
(通るしかないよなあ)
その交差点を通ることを決意した。いざその交差点を通るまえ、
「チッ」
 としたうちが聞こえてびくっとした。というのも、その人の怖さもそうだが、Aさんは一瞬幽霊の立てた物音かとおもってびっくりしたのだ。こわもての男は交差点をうろうろ見回している。まるで自分がこの交差点で何かをしでかしたかのように、眉間に皺をよせている。だがAさんは彼は“そう”ではないという確信があった。

そして運悪く、交差点の信号が赤でとまると、さらにお客さんはいらいらして、貧乏ゆすりをはじめた。Aさんの様子をルームミラーごしに睨んでいるようだ。きっと体が震えてるのを、自分に怯えているとおもったのか、余計ににらみを利かしている。

だが、Aさんの怯えの理由は違った、あの恐ろしい血だらけの女性が、はそのお客さんの右肩に右手、そして、左手のほうは左手に、耳元に顔を近づけ、何かをつぶやいているのだ。
「……まって」
 とか
「……しないで」
とかつぶやいている。


しかしAさんは、奇妙に思った、どうにもその言葉の端々から聞こえるものが、人を恨んでいるような言葉に聞こえないのだ。思えばこれまでその幽霊の言葉をしっかりと聞こうとしたことはなかった。見た目が怖くて怖くて仕方がなかったからだ。

そして、理由はもう一つああった。その交差点でひき逃げした犯人は、すでに捕まっているのだ。Aさんの同僚の人の好いBさんであり、彼はすでにその罪を償い、捕まって刑務所にはいった。

 やがて幽霊は、自分の姿を凝視するAさんに気づき、ルームミラー越しに言葉をはいた。Aさんは、その言葉をしっかりと受け取って、そこで、ある種、絶望した。それと同時に、こわもてのお客さんが叫んだ。

「運転手さん、青なんだけど?何してんの!!」
「はっ!!あっ、すみません!!」

車は走り出した。Aさんはそこで女性が成仏できない理由をしった。彼女は、ひき逃げした犯人を恨みから探しているのではなかった。なぜなら。彼女はいったのだ。
「私は自殺をしたのです、自分から飛び出して死んだ、単なるひき逃げと思わないで、自分をせめないで……自分を許して」
 彼女があそこにとどまり、自分を轢いた人間を探している理由は、犯人をみつけて呪い殺すなどという理由ではなかったのだ。

 
だがAさんは知っている。同僚はすでに自分を許すことはできなかったということを。なぜなら、Bさんはすでにその一か月前、女性をひき逃げした事を重く考え、家族に見放され、自殺をしていたからだ。

そして、その彼が犯人だとつきとめたのはAさんであった。あるとき、仕事中に同僚のBさんとこの交差点でタクシーですれ違い、てをふった。赤信号で、お互い対向車線にいた。Bさんは人のいい笑顔、白髪まじりのかみのとてもみじかいさっぱりした初老の男性で、いつもの笑顔でてをふっていた。Aさんは、その時自分の隣に件の親子が通りかかって指をさしてこういったのをきいたのだ。
「あの人だ……」
それを気に、霊感のあるAさんはもしやとおもってBさんにこの話をしたのだ。するとBさんは泣き崩れて事実をみとめた。しかし思えば、その時もBさんは、何かをいいたげだったが、ぐっとこらえているようだった。

 人を轢いて逃げた事実は確かに犯罪だったが、もしあのとき、あの女性たちが自分から車につっこんで死のうとしたのだという事さえわかれば、Bさんは自殺などしなかったかもしれない。Aさんは、自分が幽霊の言葉をちゃんと聞こうとしなかったこと、それで一人の人間が死を選んだことを、この時ばかりは後悔したのだという。
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