ある大富豪の家

ショー・ケン

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ある大富豪の家

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 幼い次女をなくした家に長くからつとめている家政婦A子さんは、ある事に胸をいためていた。その家の次女の母親、つまり奥さんが、ひどく落ち込んでいることだ。旦那さまは近年急激に事業がうまく行き、大金持ちになっていった。いい家に住む事になったのだが、大富豪ばかりが住む住宅地で、かつ人の出入りも激しい、つまり、一時期もうけても急にそうでなくなる人もいる。それが隣家であった。新規事業をたちあげて一時期儲かったが、なにがしかの理由でたちゆかなくなり、採算がとれなくなり倒産、夜逃げ同然ににげていった。それを、旦那さまはからからと笑っていたのを思い出す。

この家にひっこしてきてから、この家の人々は、次女を亡くなった苦しみを少しずつ癒しているかにおもえた。ひとえに裕福になっていくためにおもえたが、次男はそれに葛藤している様子だった。まだ大学生で、しかし、思慮深く、いつも母親の様子をきにかけていた。

母親は、彼に支えられほとんど家にいない父親の目を盗んでは、夜中にないたり、外をあるいて、気を紛らわせたりするが、想い精神病らしい。次女が重い難病にかかって、他界してからというもの、次女の事を思いだし、苦しんでいる。

彼女の奇行は、なぜか放置されていた。彼女のいる部屋には彼女ばかりではなく家のものすべてがA子さんを近づけようとしなかった。それを奇妙に思っていたA子さんだが、それは特段きにならなかった。それよりその奇行こそが、母親を苦しめている気がした。

 その奇行とは、娘の部屋の入り口に、たくさんのプレゼントをおくのだ。お菓子や人形、おもちゃなど、子供がすきそうなものをほとんど、まったく意味がないのに、お菓子は期限がきれるととりあげられ、家族のものにふるまう。なぜかその席で家族はもりあがり、楽しく娘の話をする。その席で母は、うれしそうに彼女が“今でも生きていて屋敷をかけずりまわっている”“引きこもってないででてこればいいのだ”と話すのだが、当然次男と旦那は嫌な顔をするのだった。

奇行といえば、旦那もそうだった、夜中にこっそり、件のプレゼントの山からおかしをぬすんで食べたりしている。ストレスからかと思ったがなぜかとてもうれしそうにほおばるのを、こっそり見たこともあった。おかげで旦那も太っていったのだ。

それでもその家の事だから、家政婦風情がどうこうするのも違うとおもっていたが、耐えられない事があった。夜、眠っていると、子供の笑い声がする、おもちゃの音や、ときおり子供がすすり泣く声すらするのだ。そのことをいいだそうにもいいだせず、彼女は不眠がちになり、目にクマができていった。

それだけではない。夜、自分をさけて走り回る子供の足音をきいたり、かたずけたはずの食器がちらかっていたり、冷蔵庫があいていたりする。

 彼女は熱心な仏教徒であり、ある寺によく頼りにしている住職がいる。彼にそれとなく相談したところ、“なるほど、それはよくない、天国にいくのをとめている可能性がある”とつげられた。

その頃には、プレゼントの山や、お菓子の山がすさまじい量になっていて、さすがにこれはよくないとおもった家政婦A子さんは、悪くなっていく母親の事を考えて、あの扉を開けてみようと考えた。

ある早朝、抜き足差し足で地下への階段をおりる。どうにか気づかれないでこれたようだ。そして、扉に手をかけた瞬間だった。勢いよく階段を駆け下りてくるおと、その後ろには、その家の長男がいた。
「A子さん!!やめてくれ、お願いだ!!」
「もう我慢なりません、これ以上は、お母さまの事を考えてのことです、彼女はよくなりません、私ですら、幻覚を見始めたのです」
「違うんだ、そうしなければいけない理由があるんだ、君は正義感のつもりかもしれないが、この話にはそんなもの存在しません」
「いいえ、私は……守りたいのです、彼女の記憶を、こんなことをしていては、成仏できないではありませんか」
「A子さん、話を!!」
 すると、中から子供の声がしたきがした。
「ははははは」
 らちが明かないとおもったA子さんは勢いよくこじあけた。
「えい!!」
 扉をあけると、窓もあいていない、何もないのに風がとおりすぎ、足音がすさまじい勢いで走っていく音がした。だが正面にむきなおり奇妙におもう。その部屋には、何もなかった。実際には、プレゼントの山があるだけで、B子ちゃんの私物の一切はどこにもなかったのだ。
「どういう……」
また、足音のした方向をふりかえる、長男と自分との間に、見たこともない少女がいた。それも古びた和服すがたで、髪の毛はぱっつんだ。彼女は口をひらいた。
「おまえ、この家のものではないな」
「あ……」
 A子さんは、あまりの事に言葉をうしなった。
「わしは……B子ではない、寂しさを感じて……きてみれば、童がしんだというから、同じ童のわたしが居座っておった、じゃが、いつからか外に出る事は許されず、わたしは、たくさんのプレゼントと引き換えに、ここに居座ることをきめた、しかし取引はもうひとつ、“家のもの意外に見られぬこと”わたしは、寂しさによって死に、寂しさに同情したのだ、家のものがB子を思うことで、ここにいようという気になれた、それもここまで……わしが彼女でないと知られては……」
 そういって、勢いよく長男の傍らを走っていくのだった。長男は、そこにおち崩れた。
 A子さんは、自分の行いを始めて理解した。
「座敷……わらし?」

 A子さんはとがめられなかったが、その後その家は没落した。聞くに、隣の家が没落して、栄えていた理由も“彼女”が理由だったようだ。奥さんの落ち込みはいくらか回復したものの、次女のいなくなった苦しみを抱えて、ただ稼ぐ事だけでその苦しみをごまかしていた旦那様は、さらに太っていったらしい。
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