崖の上のマネキン

ショー・ケン

文字の大きさ
1 / 1

崖の上のマネキン

しおりを挟む
 サスペンスドラマの撮影で、刑事が犯人を追い詰める。何度も反復した筋書きだ。そのあとも順調に撮影は進むはずだった。

 だがスタンバイ中の刑事役の俳優が、運ばれてきた犯人役の(犯人役と同じ衣装をきた)マネキンをみると、ふと、目が合った気がした。
「なんで僕ばっかり……」
 その人形そんな声が聞こえた気がした。かと思いきや意識は突然かわった。
「!?」
 なぜか自分が撮影スタッフに抱きかかえられていた。刑事役の自分も確かにスタンバイをしている。幽体離脱のような状態だ。自分がこちらを見てニヤリと笑った。ここにいる魂が本当の自分なら、あそこにいるのはだれだろうか。自分の体をみる、犯人役の人が着ている衣装にそっくりだ。それに自分の体の関節あらゆる部分に力が入らない。冷たいからだ、動かされるたびにみえる球体関節。自分は今、撮影用のマネキンになっているのだと気づいた。

 撮影は続けられた。いつもはかんだりよく失敗する自分のセリフを流暢に話す自分。あんなのは自分ではない。そんな拒絶をしていても、時間はすぎていく、ついにその時がやってきた。撮影用のマネキン、自分がついに落とされる時だ。

犯人の撮影が終わる。追い詰められた犯人は罪を白状し、白状した苦痛に耐えきれずに崖から飛び降り自殺をするのだ。
「みんな、まってくれ、まってくれ!!」
 そう叫んでも、スタッフに抱きかかえられた自分は、崖の直ぐ傍にもっていかれ、かつカメラもまた、がけ下に一台設置された。準備は万端。自分は何か方法がないかと考え自分の体に乗り移るために、自分に念じた。
「俺の魂を返せ、俺の魂をかえせ、俺の魂をかえせ」
 プルプルと震え自分を見つめてくる刑事姿の自分。それでも時はやってきて、いよいよ落とされる時になった。自分はふと気づいた。そうだ。いつもの癖だ。頭の中で“人”と念じてそれを飲み込むイメージをする、それによっていつも撮影の緊張や混乱をごまかしているのだ。それを試してみよう。
「はいじゃあ、いきまーす」
 時間が過ぎてしまった。だが遅すぎる事はない。崖の直ぐ近くにいるスタッフが自分を斜めにした。
「カット!!」
 監督がよびかける。風がつよいのでスタッフはちからをこめてなげるようにいわれた。そしてその瞬間、私は刑事役の自分をみつめ、念じた。
「人、人、人!!!」
 自分はがくがくとふるえており、やがてふとこちらを見た瞬間、体はいれかわった。・
「ぷはああ!!」
 あまりにも大きな声で、監督たちはこちらをみた。
「○○さん!!どうしたんですか!!撮影中ですよ!」
 笑いが起こる。ベテランだから許されたのだ。だが問題はそんな事じゃない。すぐさま崖を別のルートでかけおりて、マネキン人形をみた。ぼろぼろになっており、それは落下時に崖のあちこちにうちつけて、傷や凹凸のせいで、自分によく似ているようにみえた。
「こんな事を繰り返しているんだよ」
 そんな声が、どこかから聞こえた気がした。

 やがて監督が駆け下りてきていった。
「まさか、○○さん、自分がマネキンになったように感じたとか?」
「え、ええ、それをなぜ?」
「ここで以前、そんな話をした人間が、事故にあい、崖から落ちて両足を切断することになったんです……いわくをあまり信じていないが、あなたの様子は尋常じゃない、中止しましょう」
 やがて、そのドラマは別のクライマックスが差し替えられた。サスペンスドラマで用いられるその崖には、いくつも、何度も殺されたマネキンの念が知らず知らずこもっているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...