アリとキリギリス

ショー・ケン

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アリとキリギリス

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 ある役者の男、演劇団に所属し16で役者の先輩(現在の一座の座長)に才能を見込まれかれこれ10年役者をしているが、まったく売れない。仕事はなんとか食いつなげるほどはあるが、むしろ彼のイライラは頂点に達していた。
 その原因が同期である。同じ時期に上京し役者をめざした。ぼんやりとしたやつで、本当に役者や演技が好きかすらわからない。そいつが最近やけにひっぱりだこなのだ。掃除もしないし、稽古にも遅れてくるし、演技は下手だ。こいつの何がすぐれているのかわからない。
 10年前、こいつに仲良くしようと手を伸ばされたとき、彼はいった。
「俺は、立派な役者になる、お前みたいなどへたで演劇に興味のないやつなんてすぐに追い抜いて見せる」
 そうはいったが、人に好かれる努力はしてきたのだ。ただひとつ、こいつにだけ強くあたっただけで、こいつを見るたびにアリとキリギリスの話を思い出した。

 ある時、耐えきれなくなり、座長と二人であえないかと提案するとサシで飲む事に。カウンター席でちょぼちょぼんでいたが、彼はあえて普段みせない悪態をついた。そしていったのだ。
「俺、役者やめようかな」
 座長はいった。
「いいんじゃないか、お前にはあわない」
 そういわれた瞬間、かちんときて頭に血が上って立ち上がった。
「おい、あんた覚えてるかよ、あんたが俺を引き上げた、あんたが俺の人生をかえたんだ、あんたは、自分の言葉に責任をもっているか?」
「さあ、知らねえなあ、おまえが最後にはきめたんだろ」
 まるで白状な態度に余計にはらがたって、かつてこの男にスカウトされたときに言われた言葉をそのまま述べた。
「あんたこういったよな"人を喜ばせる事だけを意識しろ"と、俺はずっとそれを意識して、能力と技術をたかめた、なのにいつまでも売れずに、うれるのはあいつばっかり、あの怠け者だ、わかるだろ?俺の同期、あんたがスカウトしてきたもう一人のポンコツだ」
「ああ、あいつは人好きのする、ああいうのが、案外役者にむいてるんだよ」
「っ!!!」
 そのまま荷物をでて、店を出ようとすると、ぽつりといった。
「いいたいことはそれだけか?お前はいつも思い悩んでいるけど、その程度の悩みだったのか」
 彼は、その言葉をきいて、怒りながらも席にもどった。
「ようやく腹を割ってはなせるな」
 そして様々な文句をいった。劇団の士気がさがっていること、祖父が死んだこと。もっといろんな演技に挑戦したいこと、なぜ自分に主役がまわってこないのか。すべてを話すと、落ち着いた様子で、座長はいった。
「そうかあ、お前そんなことをかんがえていたのかあ」
 その反応が意外だった。
「当り前じゃないですか、俺はずっとがんばっ……」
「そりゃ、重々承知だ、だがお前は……空回りとはいわねえが、人にとっちゃ、俺意外の人にとっちゃ、高くを望み、とびすぎている、お前の世界感は突出しすぎていて、合う役がねえんだ」
 彼はふと思い出した、脚本家や演出家にすらつっかかるほど暑苦しかったこと、周りが見えないほど熱演して回りをドン引きさせていたこと、すべて、それが人に好かれなかったから、こんな不遇だったのかと瞬間。反省した。
「反省します、だから」
「違うんだよ……」
 ふとため息をついて、座長はいう。
「俺たちはお前を嫌ってなどいないさ、でも確かにお前の同期が好かれているのは確かだ、なぜかわかるか?」
 彼は不満だった、そして不安だった。
「そりゃ……演技だけじゃなくて、奴の人徳もあるかもしれませんね、でも俺は演技をみてほしくて!!」
「ああ、別にそりゃかまわねえのかもしれん、だが人徳というよりもっと単純なことさ」
 カラン、酒の入ったグラスをゆらして、氷の音をならして座長はいった。
「奴は、腹を割っているんだ、誰にもな、お前みたいにいつも気を張っていないし、無理をしていない」
「……そんな、そんなことで」
 気落ちして、うなだれる男
「そんなことで、人に好かれる好かれないだけで、役者としての運命が決まるなんて、おれはやっぱり、やめようか」
「いや、違うんだよ、俺が言ってるのは"観客の目に好かれるか"ってことだ」
「でも俺は、最近目が肥えてしまってどんな映画も音楽も、本もすべて、何か物足りなく感じてしまうんです」
「早熟だなあ、まあ聞け、最後のアドバイスだ、もしこれでうまくいかないなら、もう俺はお前の人生に口を出さない」
 ふと男は酒を飲むてをとめて、すう、吐息を飲んだ。まるで役を演じるときのように、不思議に魅力的であり、人を引き付ける。この感覚、自分にはどこかかけている気もするこの感覚。それほど演技はうまくないが。圧倒的なカリスマ性とオーラがある。
「なぜあいつが売れたのかといったな、それは奴が"等身大"の演技をしたからだ」
「等身大?でも俺は人を喜ばせようと、人の気持ちになろうとしたのに」
「人の喜びは、人の目線、おまえみたいにいつも人の上を目指している人間ばかりじゃない」
 その言葉に妙に腑に落ちる事と、気にかかることがあった。たしかに、彼の、同期の演技にもうまい下手ではない"何か"があった。どんなにメモをしても、どんなに分析をしても、理解できない何かが。
「むりしなくていいんだ。等身大の感情移入をしてもらえば、客は喜ぶ、喜ばせようとしすぎて、お前は空回りをしている、やつは仕事に関してはねをあげない、自分を一番下に見ているぞ、それくらいリラックスしている、そして“観客も”観客だって日常がある、仕事があり、家庭がある、そのつかの間のリラックスに彼は“同化”できる、なんでもない人に戻る瞬間に奴はぴったりとはまった、だからブレイクしてる」
 頭にガツンと走るものがあった。座長は続けた。
「お前に説教をしたことはなかったが、ガラじゃないしな、だがハッキリ言おう、お前の背伸びは鼻につく……役者じゃなくて、"観客に"お前の演技は確かに優れているし、お前の芸術や娯楽に対する造詣は深いし真面目だ、だがお前にだって、気を抜きたいときがあるはずだ、人々にだってそうだ、きっとそういう時が人が一番"娯楽"を摂取したいときなんだ、あいつをみてみろ、あいつはまるでアリとキリギリスのキリギリスにみえる、等身大でしょぼさをそのまま出してるから奴はうれたんだ」

 遊び人の人間に言われたのは尺だったが、そこまでいうことはないとおもった。だって、同期が影で努力しているのはしっているし、演劇の場では誰よりもへりくだっていることは知っている。座長にいわれて、奴の立派さに気づかされるとは。
「見習わないといけない人が、また増えましたね、まさかあいつに気づかされるなんて」
 まるで男はつきものが落ちたかのように笑った。座長はそんな男の背を軽くおした。

 その後、彼は徐々に活躍の場をふやし、歳を重ねるごとに、有名で立派な役者になったという。
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