オーバードーズ

ショー・ケン

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オーバードーズ

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 エラは、白い室内で目を覚ました。懐かしい家族の顔と、何かへの依存。それだけが最初に思い出したこと。けれどそれ以上は、何も思い出せない。

 しばらくすると、白衣をきた白いひげと白髪を蓄えた男がはいってくる。そしていった。
「ごはんだよ」
「……」
 エラは食事をみる。ごく普通のスープで、いい匂いがする。
「それと、これね」
 錠剤がビンに入っている。
「君のための薬だ、ちゃんと飲むんだよ」

 二日目からもその部屋に閉じ込められていた。本やら、ぬいぐるみが例の男によって差し入れされるが部屋の外に出る事は許されなかった。白い壁の一片に、30センチほどの高さのある鏡が横幅壁いっぱいにある。これは、マジックミラーなのだろう。

 嫌な想像をした。妙な実験、怪しいビデオ。そしてこの薬……エラは薬をみる。薬の量が増やされているような気がした。
 その日夢をみた、白髭のその医者が、どこか、自分の人生に一度出てきたような。そして彼女が“港湾”で捕まった時の記憶。男たちに後ろから殴られ、記憶を失ったらしいこと。しかし、その白髭の医者だけが、自分を過保護なまでにかばっていたような。

 一週間ほどたつと、その部屋から出された。別の部屋の子供たちともあった。まるで牢屋のような施設で、武装した兵士たちが囲む一室で集められ、リーダーっぽい赤スカーフのおとこがこの施設の事を説明した。
「ここは“更生施設”だ、若年犯罪者や、社会不適合者がここにくる、政府は“オーバードーズ”の問題を深刻にとらえている、どんな薬であれ、過剰摂取は危険だ」
 エラはよくわからなかった。だが、その場所へ集まり“教育”と称した演説と、簡単な工場労働を押し付けられるたびに思った。
(私はどんなによくない人間だったのだろう)
 そして、周囲の子たちの姿をみて“奇妙”に思った。更生だというが、皆顔色が日に日に悪くなっていくのだ。
「善良な人間からこの施設をでられる!」
 と赤スカーフの男がいうが、一か月に一人二人この施設をでているが法則性などまるでない。
「きっと臓器売買に集められたのよ、薬だって、なんの薬かわからない、皆弱っている」
 と、仲良くなった友人が話しているのをきいた。

 5か月ほどがたったころ、エラの飲む“薬”は瓶三つ分にもなっていたが、エラはいたって健全だった。しかし、最近やけに“医者”が自分に接近している。手を握ってみたり、めをじっとみつめたり、頭をさすったり。兵士たちも医者には頭を下げるし、この施設の偉い立場にいる人間なのかもしれない。

 そんな時、妙な夢をみた。だがエラはその夢をみて、それが現実に起きたこととは、とても思えなかった。そんなはずはない。そんな偶然があるはずが。

 施設での労働中に、後ろにすわって作業をしている子供たちが変な事をいっていた。
「医者のお気に入り、は特別に医者の“お世話”になるみたいだね」
「どういうことだ?」
「そりゃ、男女の関係を無理やりおしつけられるんだろ」
「なんでそんなこといえる」
「一度、施設を脱走しようとした人間がかえってきたんだが、医者をみて、ひどく怯えて、嘘つきとののしっていたんだ、医者も顏に殴られたあとがあったし、そういう事だろ」

 エラは、その日つかれたので、自分の白い部屋でぐっすりねむっていた。脱走はあきらめていた。希望の道は“外の世界につれだされること”記憶のない彼女にとってもはや、自分や臓器がどうなろうとかまわない。悔しいのは、残してきた家族のことと、それから、自分の臓器が、人の役に立つかどうかだ。

 なにか、生暖かい風が当たって目を覚ます。
「う、うん……」
 目を開けると、そこに医者の顔があった。今日の噂話が咄嗟に頭にめぐって、思わず叫ぼうとした。
「ウグッ!!」
 その口元を医者がおさえた。そして医者はいった。
「静かにしてくれ、もう限界なんだ、私の“したこと”が施設でばれ始めている、君も、私の事について何か思い出しつつあるんだろう?」
「モゴゴゴ!!」
 エラに心当たりはなかった。だが医者はいった。
「君はうなされながらいっていた“おじさん”って」
「!!」
 エラは昨日みた夢をおもいだしていた。

 医者は、突然ポケットから薬をとりだして大量に口に放り込んだ。そしてコップに入った水でそれをのみほした。
「ほら、君もわかっていると思うが“君のは”偽薬だ」
「でも私は、きっと悪い子で」
「そう、だが君は克服した、偽薬で大丈夫だったんだ、どうにでもなる、だからこの施設を脱出する手助けをしたいんだ」


 それからはどこをどう走ったのかわからない、施設を人の目から隠れながら手を引かれ進んだ。迷路のような施設を電子鍵の隔壁をあけて、ついに外に出たときには、医者は手を握っていった。
「ここからは、危険な旅になる、だが港湾につけば大丈夫だ、仲間の“医師”がいる」
 施設の駐車場から車にのり、ドライブが始まった。そして、早朝のまだ暗い港湾に到着した。ここがどこかまったくわからなかったが、今はこの“医師”を信じるしかない。

《ブルルル》
 車を停止させると、ヘッドライトにてらされたむこうに女性の医者がいてこちらにてをふっていた。しかし、すぐそのあとに、その医者は何者かに背中から口をおさえられ、かかえられていった。その時だった。医師が自分にのっかかり、そして自分に顔を近づけている。手は胸元に……エラは絶望した。やっぱり、自分は騙されていたんだ。

 そうして時間がすぎて、呆然自失でいると、運転席側の車のドアがひらき、医師がひっぱがされた。
“どこまでやったんだろう”
 そうかんがえていたが、みると自分は服もはがされていないし、医師はどうやらずっと同じ姿勢で自分におおいかぶさっていたらしい。
「まったく、シャンソン……私より先に死ぬなんて……でも、これが私たちの使命だから……」
 医師をひっぺがしたのは、先ほどヘッドライトの先にいた女性の医師だった。促されて外にでてめをしたのは、医師が、首を切られ血を流して、死んでいる姿だった。
「シャンソン……」

 エラは思い出した。家族の友人で、医者をしていた男だ。どんな悪人も分け隔てなくせっし、お金も取らず治療をすることもしていた。そんな彼に憧れていたのだ。しかし、エラは学力の低下でオーバードーズに走り、それを両親に見つかって喧嘩をして家出して、たまたま立ち寄った港湾で、あの兵士たちに襲われたのだった。

 そのことを話すと、女性医師はいった。
「車の後ろをみてみなさい」
「……!」
 そこには、兵士が頭をうちぬかれて死んでいるのだった。サイレンサー付きの拳銃を、女性医師がもっていたことから、エラはすべてを察した。
「あなたたちをかくれておっていたのね、ヘッドライトで照らされたとき、シャンソンを殺そうとしているのがみえたけど、もうおそかった……」

 女性医師は“クレア”と名乗り、ある漁船にのせてくれるといった。それは知り合いの船だと。船長は“外部”の人間で、ほがらかでふくよこな男の人だった。クレアは別れ際いった。
「“更生施設”なんで嘘よ、臓器売買をしている施設だった、今まで救ったのは“あなた一人だけ、シャンソンと私は、ここに無理やりつれてこられてはたらかされていたけど、最後にいい事ができてよかったわ”」
 離れていく船の中で、クレアにてをふった。しかしクレアはずっとてもふらずポケットにてをつっこんでいた。そして、背後から追っ手らしき兵士たちがくると、拳銃を持っていた右手を自分の頭部にむけ、後ろ向きにたおれていった。

 目を覚ますと、ある港湾にいた。記憶の中の港湾で、警察車両がたくさんいた。船からおろされると記憶の中の家族が自分をまっていた。父親、母親、妹、愛犬のダックスフンド。

 そのことから、彼女はかつての失敗と家出を反省し、最後に“シャンソン”が自分にくれた空の瓶を手に、困難があるたびに、その偽薬を飲んで頑張っているのだという。


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