選べない彫刻家

ショー・ケン

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選べない彫刻家

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 ある若い男、様々な彫刻作品をつくり、幅広い層に人気がある。だが当人は驕ることもなく、淡々と創作活動を続けた。
 ある時その男のインタビューが話題となった。
「創作の秘訣は」
 と聞かれた男はこう答えたのだ。
「人の好きな部分と嫌いな部分を誇張して描写することです」
 このインタビューには様々な憶測がながれた。人々には理解できない部分もあったからだ。なにせこの男の彫刻は、人間ばかりだったが、そのどれもがいかにも“その時代の平凡な人間像”を描写していたからだ。誇張などどこにも見られなかった。

 やがて、それからずいぶん月日がたち彼が老衰で寝込むようになってから、そのインタビューの真相を、彼の息子にいってきかせた。
「私はねえ、下積み時代、ずっと無個性無個性いわれてきたんだ、確かにそれはコンプレックスだった、だが息子よ、今はわかるのだ、私はお前を愛しているので真相を話そう」
 若いころ、ある芸術家に弟子入りしたはいいが身になる事を一切おしえてくれなかった。いつまでたっても芽が出ないので、あきらめて、普通の仕事を探そうとした、師にその事を話した、師はもくもくと芸術品をしあげていて、彼の話を聞いているか聞いてないかもわからない、そしてもうかまわないとおもって去ろうとしたとき、去り際に師がいったそうな。
「お前は、私の作品を本当に好きになることができるか」
 彼はいらいらしながら質問を返した。
「いったい、どういう意味です」
 すると師は答えた
「お前はとてもいい子じゃ、そして才能もある、だがひとつだけ欠けている事がある、それは“本気で人を好きになること”だ」
 男はむっとした。恋人なら何人も過去にいたし、そんなことを言われる筋合いはない。
「まあきけ」
 師は彫刻をいじる手をとめ、彼に向き直った。
「本当に人を好きになることはな、芸術と同じだ、芸術作品のほとんどは万人に好かれることはない、誰かには嫌われ、誰かには好かれるのだ、それこそ“個性”お前は、私の芸術のどれが好きで、どれが嫌いなのだ?」
 彼は押し黙ってしまった。答えることができなかった。何分、なん十分たっても。師は続ける。
「それがお前が我慢していることだ、お前は誰もに好かれようとしておる、それでうまくいく人間もおる、それは生まれながらに人のことを、人の全てがすきな菩薩のような存在だな」
 そしてそれから心を入れ替え、師の教え通り“誰かが好きになり、誰かが嫌うもの”をめざした。それはまるで、子供を生み出す作業のようだった。やがて彼は彼の生み出した彼の一部である芸術を愛してくれた女性と夫婦になり、円満に過ごした。

 やがて現代に戻り、男はまた息子に言い聞かせる。
「あの時気づいたよ、私は好きなものも嫌いなものも大してない、だからこそ、こんな風に何にでもなる“創作”を選んだし、自由に幅広く人の好さや、悪さを表現できるんだってね、気づいたらなんてことはなかった、だって私は根本的に人間が嫌いだったのだからね、その代わりの才能だったのだ、お前もそうだとしても決して諦めるな、“誰かが好きで、誰かが嫌い”それこそ全うな人間なのだから、私は、芸術を通して、まともになったのだ」
 
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