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第2章 心の変化

第14話 ノルヴィスの心

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「そいつらはそのまま森に捨てておけ。獣の餌にくらいはなるだろう」
「かしこまりました」

 俺は足元に転がる人間を蹴り飛ばして地上へと出た。

 返り血で汚れてしまった手を拭いながら控室ひかえしつにおいてある椅子にどさりと腰を掛ける。

 牢屋から運び出される4人の女たちにはいくつもの切り傷があるからすぐにでも獣が寄ってくるだろう。

「……まあネルとかいう女には毒を飲ませてやったから獣も残すかもしれないが」

 イニスを始めとして使用人たちが盛られたという毒はシェフのマイクから話を聞いて没収済みだったのでそれを有効活用させてもらった。

 効き目はしばらくしたら出始めていたからそのうち本格的に症状が出るだろう。


「しかしこの屋敷にこんなおろかしいものがいたとはな……ディグナー、すぐにすべての使用人たちの意識調査を行え。そしてフラリアに敵意のある者は解雇するように」

「かしこまりました。ですがよろしいので? 呪いを解くために少しでも旦那様に好意のある者を雇っていましたが……」
「構わん。どうせそいつらも俺ではなく公爵の地位が目当てだ。例外はない」


 短命の呪いを解くには“真実の愛”が必要。
 だからこそ公爵家は代々少しでも可能性のある人間を雇うのが習わしだった。


忌々いまいましい習わしのせいでフラリアがいなくなる可能性もあったんだぞ」

 俺は苦々しく吐き捨てた。
 ディグナーは一度だけ礼をして屋敷へと向かっていった。

 俺の命令を忠実にこなしてくれるだろう。
 ふうっと息を吐きだして目を閉じた。



 父も習わしにより多くの女たちと身を重ねてきたが、結局呪いは解けず、いたずらに俺の兄妹を増やしただけだった。


 俺はそれに呆れていた。
 どうせ解けることもないのに次代への種を残して、生れてくる子供たちにも呪いを遺伝させるだけの行為にうんざりしていたのだ。


 呪いをもって生まれ、親にも見向きもされない子供の気持ちなど知っているはずなのに、それでも無視し続けて子供を作り続けた父親。

 呪いがあると知って自分の子供に当たるようになった母親。


 そんな大人のもとで生まれ育った俺は親を反面教師として見ていた。

 呪いを解く見込みがないのなら子供など作るものではない。

 だからこそ俺の地位にすり寄ってくる女たちに入れ込むこともせず、ひたすら研究を重ねてきた。
 そしてやっと見つけた唯一の希望がフラリアなのだ。

 彼女を手放すわけにはいかない。


「それなのに……あの身の程知らずどもが」

 恐ろしいほど低いつぶやきが地下に反響する。


 帰ってきて早々に見た光景。

 今にも泣きだしそうなフラリアの表情を思い出せば静まっていたはずの怒りがふつふつと湧いてくる。


 もう二度とこんなことがあってはならない。
 もしもフラリアに害を為すものがいるとするならば……。

「その者にはこの世に生まれてきたことを後悔させてやらねばな?」

 今回のことで内面の問題は解決できるだろう。
 となればあとは外面……つまるところ「ノーレイン伯爵家」の者達の問題だ。

 奴らのフラリアへの態度はすでに調査済み。

 うすうす気づいてはいたが、調べれば調べるだけ埃が出てくる。
 フラリアに毒がなければきっと今生きていてはくれなかっただろう。


 呪いを持っていて、それがなくともうとまれる存在だったフラリア。

 それでもくじけずに自分のできることを精いっぱいやっているその姿を見ていると俺は救われた気持ちになるのだ。


 俺と同じように酷い環境で呪いにむしばまれているにも関わらず前へ進んでいける強さを彼女は持っている。
 それがオレにどれほどの希望を与えてくれたことか。


 ――気が付けば、俺はその姿に惚れていた。


 だから彼女の進む道をせき止めようとするものを許しておくことはできない。

 誰からも、何からも守ってみせる。


 今日の出来事はその気持ちを改めて感じた。

「一つ気がかりなのは、やはりノーレインの今後の動き方か」


 ノーレイン領ではフラリアが離れてから収穫量の落ち込みが激しく領内の雰囲気は非常に悪化していると聞いているが、水面下ではその責を全てフラリアの呪いだということにしようとしているという情報が入ってきている。

 もちろんそんなことさせはしない。

 今回王都へ行ったのも、それを阻止そし撲滅ぼくめつさせるための手を講じるためだ。

 王家の協力も取り付けたし、これで派手に動くことも触れ回ることもできはしないだろう。


 閉じていた目を開くと、部屋に降り注ぐ月の光で照らされる。


 とその時バタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。

 勢いよく扉を開けて入って来た使用人の言葉を聞いた瞬間、血の気が引いていく。


 ――フラリアの行方が分からない


 俺は意味を理解した瞬間に走り出した――


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