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第七話
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時は戻って、ガウレオがギルドに依頼を出すと決めてから後のこと。
キュオンと打ち合わせを終わらせると、グリゴリを連れて玄関へ向かっていた。
道中、何度か視線を向けてくるグリゴリに嫌気が差し、話し出す。
「なんですか。言いたいことがあるなら言いなさい」
「……なぜ、ロクサーヌ様を殺すのを止めたのですか? 途中まで本気で殺す気だったでしょう」
それを聞いて、顔から表情が抜け落ちる。
グリゴリは黙って返事を待つ。表情こそ変わらないが、こめかみに一筋の汗が流れた。
「そんなに張り詰めないでください。別に、怒った訳じゃないですから」
ため息をついてから、力を抜く様に促す。それからガウレオは少し、そっぽを向きながら話し出す。
「グリゴリさん、あなたは勇者という存在とはなんだと思いますか?」
突然の問いになんと返せばいいか分からず、眉をしかめると、そのまま話が続く。
「僕はね、勇者とは魔王と唯一、対等になれる存在だと思っています。お互いを高めるのに必須な存在だと」
なのに、とガウレオは吐き捨てる。
「なんですか、あの娘は。訳も分からず、周りに流されるままに。何を守るかを定めることなく剣を握り。何を打ち倒すのかを決めることなく、それを振るう。そんなものは勇者とは呼べません!
勇者とは! 自分の大切なものを守るために立ち上り、結果として世界を救う者なのです! なのに、あんな向けるべき剣先を決めぬ内からフラフラと剣を構えるとは! あぁ、思い出しただけでも腹が立ちます!」
相当、腹に据えかねたのだろう。その体から魔力が漏れ出ている。
自分の主がここまで負の感情を表に出すところを、グリゴリは初めて見た。自らの両親を殺めた時でさえ、目立つようなところはなかったのにだ。
途端、魔力が霧散する。表情を窺ってみると、とびきりの笑顔を浮かべていた。
そう、まだ両親が生きていた頃に、彼等に内緒でプレゼントを作っていた時にみせた顔だ。
「でも、思い直したんです。勇者と呼べないなら、呼べるように育てればいいんだって。この世界で一番、勇者について詳しいのはこの僕です。僕なら彼女を最高の勇者に育ててみせます」
最高の魔王に相応しいね、と呟いた主の顔は恍惚としていた。
グリゴリはこの不安定な感情の揺らめきを危惧していた。まるで器と中身があっていないような。
器から中身が溢れたとき、何が起きるのかは分からない。
勇者との関係が何らかの影響を与えるのは間違いない。ならば、自分のすべきことは彼女が主の期待にそぐわない様に見張ることだ。もし、そうなってしまった時は……。
グリゴリは一度、目をつむることで思考を止める。それを考えるのは主を送り出してからだ。
玄関に着くと、そこにはロキシーとスリーリンがいた。
ロキシーはこちらに気が付くと、泣きそうな顔をしてスリーリンの後ろに隠れる。あまりの情けなさにため息が漏れる。
「よいですか、ロキシー。今日は挨拶だけで済ませましたが、明日からの特訓はこうはいきませんからね。今みたいに私から隠れようとすれば、地の果てまで探し尽くして、死んでも特訓を止めませんからね。よく覚えておきなさい。私からは逃げられない」
その恐ろしいまでの気迫と脅し文句に、ロキシーはスリーリンに縋り付いて泣き出し、スリーリンは彼女を宥めようとするが、あたふたするばかりで手に負えない。グリゴリは我関せずと自分の主を送り出し、ガウレオは明日からどんな特訓をさせようかと意気揚々と出ていった。
結局、この場が収まったのはロキシーの母が帰って来てからであった。
キュオンはギルド宛にしたためた手紙を、家政婦に手渡すと封蝋印を置く。
「それじゃ、それをギルドへ届けてくれ。いつも悪いね。本来、キミの仕事じゃないのに」
「いいんですよ。お使いのついでですから。それでは、行ってまいります。」
家政婦が部屋を出て足音が遠退いていくのを確認すると、ぐったりと椅子に座り込む。
依頼書が密偵の手に渡った以上、王派閥にもその情報がいったことになる。
彼が言っていた言葉が口から漏れる。
「遅かれ早かれ伝わるのなら、あえて罠を張らせて敵の力を見るべき、か。強者の台詞だよね」
あの夜に交わした握手を思い返す。小さな手だった、当然だ。彼はまだ少年というべき年齢なのだ。しかし、既に勇者を殺せるだけの力をその体に宿していた。その力の正体は、未だ掴めない。
だが、契約を迫った時に、確かに感じたあの雰囲気。全てを圧倒する気迫。夜が意思を持ったかのような重い眼差し。あれこそは、魔王のもつ覇気なのではないだろうか。
勇者の息子が魔王の覇気を宿す。そんなことがあり得るのか。
勇者夫婦との交流はあの一時だけが、決して悪意を持った人間ではなかった。むしろ、善良であったと思える。それだけに、どうして彼のような子が育つのか、不思議でしょうがなかった。
しかし、既に契約は交わされた。自分は娘のために、彼と手を組んだのだ。彼の正体が何であろうと娘を守れるなら関係ない。
これも不思議なのだが、彼には彼の父にも感じた、人を信じさせる心の柔らかさがあるのだ。
人を優しく包む込む柔らかさと人を圧倒させる気迫。
相反する二つの印象が彼の中で、絶妙ともいえる調和を保っている。その調和が今後、どうなっていくのか。また、それが周りにどのような影響を及ぼしていくのか。
願わくば、娘に良い影響を与えて欲しいと考えながら、冷めた紅茶に口をつけるのであった。
キュオンと打ち合わせを終わらせると、グリゴリを連れて玄関へ向かっていた。
道中、何度か視線を向けてくるグリゴリに嫌気が差し、話し出す。
「なんですか。言いたいことがあるなら言いなさい」
「……なぜ、ロクサーヌ様を殺すのを止めたのですか? 途中まで本気で殺す気だったでしょう」
それを聞いて、顔から表情が抜け落ちる。
グリゴリは黙って返事を待つ。表情こそ変わらないが、こめかみに一筋の汗が流れた。
「そんなに張り詰めないでください。別に、怒った訳じゃないですから」
ため息をついてから、力を抜く様に促す。それからガウレオは少し、そっぽを向きながら話し出す。
「グリゴリさん、あなたは勇者という存在とはなんだと思いますか?」
突然の問いになんと返せばいいか分からず、眉をしかめると、そのまま話が続く。
「僕はね、勇者とは魔王と唯一、対等になれる存在だと思っています。お互いを高めるのに必須な存在だと」
なのに、とガウレオは吐き捨てる。
「なんですか、あの娘は。訳も分からず、周りに流されるままに。何を守るかを定めることなく剣を握り。何を打ち倒すのかを決めることなく、それを振るう。そんなものは勇者とは呼べません!
勇者とは! 自分の大切なものを守るために立ち上り、結果として世界を救う者なのです! なのに、あんな向けるべき剣先を決めぬ内からフラフラと剣を構えるとは! あぁ、思い出しただけでも腹が立ちます!」
相当、腹に据えかねたのだろう。その体から魔力が漏れ出ている。
自分の主がここまで負の感情を表に出すところを、グリゴリは初めて見た。自らの両親を殺めた時でさえ、目立つようなところはなかったのにだ。
途端、魔力が霧散する。表情を窺ってみると、とびきりの笑顔を浮かべていた。
そう、まだ両親が生きていた頃に、彼等に内緒でプレゼントを作っていた時にみせた顔だ。
「でも、思い直したんです。勇者と呼べないなら、呼べるように育てればいいんだって。この世界で一番、勇者について詳しいのはこの僕です。僕なら彼女を最高の勇者に育ててみせます」
最高の魔王に相応しいね、と呟いた主の顔は恍惚としていた。
グリゴリはこの不安定な感情の揺らめきを危惧していた。まるで器と中身があっていないような。
器から中身が溢れたとき、何が起きるのかは分からない。
勇者との関係が何らかの影響を与えるのは間違いない。ならば、自分のすべきことは彼女が主の期待にそぐわない様に見張ることだ。もし、そうなってしまった時は……。
グリゴリは一度、目をつむることで思考を止める。それを考えるのは主を送り出してからだ。
玄関に着くと、そこにはロキシーとスリーリンがいた。
ロキシーはこちらに気が付くと、泣きそうな顔をしてスリーリンの後ろに隠れる。あまりの情けなさにため息が漏れる。
「よいですか、ロキシー。今日は挨拶だけで済ませましたが、明日からの特訓はこうはいきませんからね。今みたいに私から隠れようとすれば、地の果てまで探し尽くして、死んでも特訓を止めませんからね。よく覚えておきなさい。私からは逃げられない」
その恐ろしいまでの気迫と脅し文句に、ロキシーはスリーリンに縋り付いて泣き出し、スリーリンは彼女を宥めようとするが、あたふたするばかりで手に負えない。グリゴリは我関せずと自分の主を送り出し、ガウレオは明日からどんな特訓をさせようかと意気揚々と出ていった。
結局、この場が収まったのはロキシーの母が帰って来てからであった。
キュオンはギルド宛にしたためた手紙を、家政婦に手渡すと封蝋印を置く。
「それじゃ、それをギルドへ届けてくれ。いつも悪いね。本来、キミの仕事じゃないのに」
「いいんですよ。お使いのついでですから。それでは、行ってまいります。」
家政婦が部屋を出て足音が遠退いていくのを確認すると、ぐったりと椅子に座り込む。
依頼書が密偵の手に渡った以上、王派閥にもその情報がいったことになる。
彼が言っていた言葉が口から漏れる。
「遅かれ早かれ伝わるのなら、あえて罠を張らせて敵の力を見るべき、か。強者の台詞だよね」
あの夜に交わした握手を思い返す。小さな手だった、当然だ。彼はまだ少年というべき年齢なのだ。しかし、既に勇者を殺せるだけの力をその体に宿していた。その力の正体は、未だ掴めない。
だが、契約を迫った時に、確かに感じたあの雰囲気。全てを圧倒する気迫。夜が意思を持ったかのような重い眼差し。あれこそは、魔王のもつ覇気なのではないだろうか。
勇者の息子が魔王の覇気を宿す。そんなことがあり得るのか。
勇者夫婦との交流はあの一時だけが、決して悪意を持った人間ではなかった。むしろ、善良であったと思える。それだけに、どうして彼のような子が育つのか、不思議でしょうがなかった。
しかし、既に契約は交わされた。自分は娘のために、彼と手を組んだのだ。彼の正体が何であろうと娘を守れるなら関係ない。
これも不思議なのだが、彼には彼の父にも感じた、人を信じさせる心の柔らかさがあるのだ。
人を優しく包む込む柔らかさと人を圧倒させる気迫。
相反する二つの印象が彼の中で、絶妙ともいえる調和を保っている。その調和が今後、どうなっていくのか。また、それが周りにどのような影響を及ぼしていくのか。
願わくば、娘に良い影響を与えて欲しいと考えながら、冷めた紅茶に口をつけるのであった。
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