アリステール

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少年期~

アリシア

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「どうしたの?そんなに改まって」

話がしたいと言うアリシアに合わせて問いを重ねていく

「・・・えと、まずはここまでのお金の話」

想定していなかった話題に肩透かしを食らった気分だったが、思い返してみると、二人で宿や食事を共にするときはまとめて支払っていたことに気付く

「あぁ、それなら別に。まだ蓄えもあr「ダメ。二人で旅してるんだから、貸し借りはしっかりするの」
「・・・まぁ、アリシアがそう言うなら?」
「うん。私も進むあいだ余裕なくて、思い出したところで申し訳ないんだけど・・・」

それはまぁしょうがない。自分だって気にして支払いをしていたわけでもないし、金銭の受け渡しのときに自然とこちらに向いていたからしていただけだ
これまで使ったと思われる宿代や食事代を受け取り、財布代わりの布袋へしまってからインベントリに入れておく

「それで・・・」

まだ話題はある、と話を続けようとするが、アリシアの口は重く二の句が告げられないまま少しの時間が経つ

「・・・言いにくいことなら、無理に話さなくても」
「・・・ううん。・・・旅に出たいって言ったことの話。ここなら、他に聞いてる人もいないから」

言いにくそうに、けど言いたそうな複雑な表情を浮かべながら切り出していく


アリシアは街で暮らす、孤児のうちの一人だった

両親の顔も知らず、気付いたころには孤児院で、同じ境遇の子たちと一緒に育てられていた
名前も持たず、出自も明らかではなく、正確な年齢も不明。けれど他の人と明確な違いがあるわけでもない
他の子供たちと変わらずに育てられていたが、選定の日を境にそれが変わっていく

魔力が見えることが判明した、と


知らなかったとはいえ、なかなか飲み込みにくい話だ
けれどそれを話すアリシアの表情や言葉の重みは、嘘をついているとは思えなかった

気になったことを少し質問していく
魔力の停滞による体調不良は、記憶にないと答えた
年齢が分からない場合は、孤児院に来た時から計っていくか、見た目から決められるそうだ。選定の日もそこで決められるらしい
選定によって魔力が見えることが判明してからは、独学で魔力や魔法を使っていたが、院長に勧められて学院へ通うことに決めた、と

「ここまでが、アリスくんに会う前の話」


区切るようにして、アリシアはインベントリから取り出した木筒から水を飲む

これまでに過去の話は聞いたことはなかったが、魔法や授業に対して見せる熱心な姿勢の裏にはそんな事情があったとは思ってもみなかった
しかし、旅に出るという選択肢はまだ出ていない。事情は分かったが、どう繋がってくるんだろうか

話は続いていく

学院に通うようになってからは、孤児院の近くにある、孤児院出身のものたちが営む宿に世話になりながら勉強を続けていた
身寄りのないもの同士の縁というか、従業員室のようなところを格安で借り受けることができ、ギルドでの仕事や街中の手伝いなどで給金を得ては支払う、という生活をしていた
そのおかげとも言うべきか同年代とのかかわりは多く、学院の中では困ることはなかったと

一つの転機となったのは、僕が孤児院の清掃の依頼を受けたことだったそうだ

もともと噂にはなっていたが、実践技術では他の人とそう変わりない成績だった。そんなある日、突然孤児院がきれいになった
理由を院長に聞くと、アリスという少年がそれをしたと話す。初めは信じていなかったものの、話を聞いていくほど同名の誰かというわけでもない
近所の人たちも、世話になっている宿の人たちも驚いていたが、なにか迷惑をかけられたということも聞かず、むしろ院長に話を聞いて感心していた
その後もギルドで指名依頼という形で続けられていたこともあり、その評判もいい。興味を抱くのは当然と言えた


次の転機はゴブリンの騒動のあとだった

病院に世話になることで僕が離れていくと思ったときには強い不安を覚え、不安定になってしまった
魔法実践技術の唯一の同年代ということもあってか、授業でも実践技術でも一緒になれる人がいなかったためか、よくわかってはいないが、離れたくないと思って行動していた
もっとも、それが幸いしてか病院という働き口も増え、魔力と魔法の研究に参加することが出来た

そうして着実に知識や経験を積み重ねたことで、多少なり余裕ができた。その余裕は、もし出来るなら両親に一目会ってみたい、という気持ちを芽生えさせていた
その時に僕が街を出て旅をするという話を聞きつけ、同じように街を出て両親の足跡を探したいと思い、周囲の人々に相談した

「セドリック先生にシェリルさん、ユフィ先生とも相談するうちに、アリスくんのお母さんにも話が伝わってたらしいの。
それでアリスくんのお母さんから、それなら一緒に旅をして、探してみないかって提案されて。一人旅だと不安もあるけど、よく知った子が一緒ならアリスくんも無茶はしないだろうって」

セドリック先生から言われたことや、村を出る前に母さんから言われたのはこのことか、と納得する
別に一人でも無茶をする気はなかったけど・・・いや、アリシアがいなければ、門のことや宿の鍵のことは対処しきれなかったか

「そうだったんだ」
「黙っててごめんね」
「ううん、話してくれてありがとう。でも、手掛かりとかはあるの?」
「孤児院に捨てられた時の籠と布をインベントリに入れてきたの。
自分でも調べたんだけど、籠はこの辺の素材じゃないって。布には見たことない文字が繕ってある。似たものを見つけられれば、手掛かりにはなるかなって」

少なく見積もって10年は経っているであろう手掛かりだが、なにもないよりは探す手間は格段に違う
籠と布を見せてもらうが、籠の素材は竹のようにしなりがある。竹であれば、たしかに街や村の周囲では見たことがないし、ここまでの道中も見かけなかった
布も木綿や麻とは違う、絹のような素材で編まれている。そしてアリシアの言う通り、これまで見たことがない文字が繕われていた。何が書いてあるかも検討がつかない
どちらも高級な仕立てに思える。もしこれが普段使いされているものだとしたら、高貴な出の人か、あるいは別れの餞別か

「見ただけだと、僕も分からないや。ごめんね。でも、ここなら物もたくさんあるだろうし、なんらかの手掛かりは見つけられるかもね」
「うん、もしよければなんだけど・・・」
「見かけたらアリシアにも知らせるよ。一人より二人のほうが、探せるものも多くなるしね」

道中の村やこの港町で市場を見ていたのは手掛かりを探すためだったのだろう。むしろ早く知っていれば手伝うことも出来たが、今考えるべきはそこではない
幸い道中の村の市場は規模が小さかったが、この港町の市場は昼間少し見ただけでもかなり大きい。一人ですべてを見てまわるのは労力と時間を考えても厳しいものがある
それなら人の手を増やしたいと思うのは当然だろうし、それが悪いとは思わない。むしろそういう理由であるなら喜んで手伝おう

「・・・ごめんね、身の上話に、同情させるような「アリシア、そこまで」

アリシアの話を遮る。二番目の村の途中であったように、この世界は魔物や魔獣といった脅威が蔓延り、命の危険が付きまとう世界だ
命が軽いわけではないが、アリシアが孤児院に入れられたのも何らかの事情があってのことだろう
アリシアの身の上に同情しないわけではないが、これまで頑張ってきたことを知った。だから協力する。一方的なものではないし、そもそも自分ひとりで賄えることでもない
もともと目的を決めていない旅だ。それを今からアリシアの両親を探すことに切り替えるのは別段難しいことじゃない

「そんな安い感情で手伝うって言うわけない。あまり自分を責めすぎないで」

その言葉を皮切りにアリシアは顔を伏せてしまうが、部屋を照らす淡い光が目元から流れる雫も照らしていた

学院での一幕も、病院で働きたいと言ったときも、魔力や魔法の研究に参加したことも全て自分に関係している
今までは掴めなかったアリシアの行動理念が繋がり、それをどうにかしてあげたいと思った気持ちは嘘ではない
そしてアリシア自身が話をすると決心したことを否定したくない

「今日はもう遅いし、明日から忙しくなる。まずはしっかり休もう」

かけたい言葉はたくさんあるが、これからいくらだって時間はある
アリシアの部屋まで付き添い、ベッドに入ったことを確認して部屋の灯りを消す。明日からまた、少し忙しくなりそうだ
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