蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第33話 鯨鯢の顎にかく

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 悲鳴の様な声が上がった。ラウルス・プリーマ号は惑星セレスティアへの高度を下げ続けている。

「ポイントオブノーリターンを通過! ダメです! 完全にコントロールを失っています!」

 ユミが悲鳴の様な報告が上げた。

「ここまで来て、こんな……」

 声を詰まらせるが、感傷に浸っている暇はないのはユミ自身が一番よく知っている。隅々まで船の状態を把握しなくてはならない。

「ダメージコントロール! シェルを展開しろ! 隔壁を全て封鎖! 早く!」

 船長の命令がブリッジに響く。ユミとサトルがコンソールを操作する。

「航行以外の船内操作は可能な様です」

「非常事態だ、原因を探っている暇はない! 突入角度と着地点を調べろ! N.O.Aのアシストなしで着陸だ。やるしかない」

「突入角度、約20度、第一宇宙速度を維持しています」

 突然、体が浮き上がる感覚が起こると、ブリッジで立っていたテロリストが浮き上がった。ジタバタしながら天井パネルに頭から激突して、そのまま動かなくなった。

「重力コアが重力ベクトルを反転させました、現在-0.2G。減速が掛かります」

「突入の角度、速度……ベクトルの反転タイミング。完全にコントロールされている動きだ、一体何者が船を動かしてる?」

 船長が舌を巻いていると、サトルから報告が上がる。

「予想着地位置の特定出来ました、北緯31.5°、東経65.5°、活断層の真上です。これは本来の着陸予定地点より、約5000kmは離れた地点です」

「着陸予想地点から30km先に活火山があります!」

「なんてこった。セレスティアの逆鱗の真上に降りる事になるのか」

 惑星セレスティアの森林地帯、緑の絨毯の上を巨大な宇宙船が通り過ぎて行く。
 宇宙船はその巨体に黒い霧を纏わせながら、ゆっくりと高度を下げていった。
 全長2300メートルの巨体が周囲の空気を押し退け震わせた轟音は数百キロ先にまで届いた、
 船の下部マストが高木のてっぺんに触れた、バキバキと激しい音を立てて木が薙ぎ倒されていく。
 船はさらに高度を下げ、今度は地面を抉った。
 巨大な船の質量に負けた大地は抉れ、うなりながら船の両側に谷を作った。まるで海の上を航海する船が波を蹴立てて、航跡を描く様に森の中に巨大なV字型の爪痕を作る。

 地響きと共に大量の土砂を巻き上げてラウルス・プリーマは着地した。

「無事、着陸しました……損傷は軽微です」

「まさか、こんな形でセレスティアに降りる事になるとはな」

「コントロールを奪ったのは何者なのだ? まるでこの惑星から逃すまいとして動いていたようだったが」

「わかりません。ただ一つはっきりしているのは、私たちはこの惑星で暮らしていくという事だけです」

「そうだな、この惑星を開拓していくしかない」


――


 カーラは話し終えると、周りを見た。ノーマンや加藤、ルリが固唾を飲んで聞き入っていた。

 ノーマンが喉を鳴らした。
「僕たちは、その……別の星からきた君たちの末裔という事になるのか?」

 カーラはそっと微笑むと頷いた。

「そう、地球からきた私たちは移民船『ラウルス・プリーマ号』を軸に都市を作って発展していったの」

 加藤が頭を抱えて唸る。
「マジか、星降る民って神話じゃなかったのかよ。学校で習った哺乳類が進化して人間になったってのは大間違いだったってことじゃない?」

「カーラ、君はなぜ知り得ない歴史の詳細な部分まで話ができるのだろうか。つくり話とも思えない」
 アルケーもカーラの話に不明な所を感じ取っていた。単に年表的な話ではなく、まるで自分が体験したかのような語りだったからだ。

「私にもわからないわ、アルケー。私一人の記憶じゃなくて、何か大きな沢山の記憶と繋がっている感じがするの」

「マザーオーブとリンクした影響かもしれない」

「私であって私でないような感覚があるわ。もちろん、カーラ・マーナーとしての記憶が一番強いし、私の記憶という自覚のようなものはある。でも他に過去の他人の記憶がデータベースのように頭の中にあるの」

「僕の記憶もあるのか?」

 カーラは首を振った。

「アルケーやノーマンたちの記憶はないわね。恐らく私が覗けるのは死者の記憶だけ……だから、これは知識じゃなくて、誰かの生きた証の断片なの」

「すげえな! 名探偵になれるじゃん!」

 加藤がはしゃいで言ったが、ノーマンやルリの深刻な表情を見て静かになった。

「ごめん……」

 その様子を見たカーラがクスッと笑った。

「もしかしたら、名探偵になれるかもしれないわね。この惑星に生きてきた人たちの記憶はきっと私たちの力になってくれるわ」

「話を変えて済まないが、宇宙船のコントロールを奪って着陸させた者の正体はヌシじゃないのか?」

「そうね、ノーマン。あの独特な音や黒い霧は間違いなくヌシね」

「それは記録にも残っている。我々はこの惑星に到着した瞬間からヌシと関わりを持ってしまったんだ」

「むしろヌシに取り込まれてしまったのかもしれないわね」

「まさに、鯨鯢の顎(けいげいのあぎと)にかく状態だな……」
 ノーマンが唇を引き結びながら呟いた。

「それどういう意味?」

「鯨や大きな魚の顎に挟まれるという意味だ。
大きな存在に呑み込まれる、逃れられない状況を言うんだ」

「うへ、まさに今の状態じゃん」

「マザーオーブとヌシか……。それで、マザーオーブというのはどこにあるんだ?」

 ノーマンが眉を寄せて聞く。アルケーが答えた。

「このラウルス・プリーマ号の真ん中さ。重力コアがマザーオーブだ」

「なんだって?」

 ノーマンの驚きに、アルケーは端末を操作しながら淡々と続けた。

「元は船を動かすための人工重力発生装置だった。しかし、この惑星に着陸してから、コアの結晶構造が徐々に変質していったんだ」

「変質?」

「最初はただの金属光沢だったコアが、数週間で内部から光を放ち始めた。一カ月で表面に結晶のような脈動が走り、生き物の鼓動のように見えたと記録されている」

 カーラがアルケーの後に続いて説明の補足をした。

「船にいたユミの記憶にもあるわね。――変質が進むにつれて、誰も触れていないのに低い振動音が船全体に伝わるようになったの。近くに立つと、胸骨の奥が共鳴するような、いやな響きだったわ」

「気持ちわるいな……」
 加藤がうげっと言って率直な感想を言った。

「ふっ、当事者の記憶があると心強いな。……公式記録では、高エネルギー粒子とこの星の地下鉱物との共鳴が原因とされている。だが……それだけじゃ説明できない」

 アルケーは一瞬言葉を切り、低く声を落とした。

「ある時点から、コアは未知のエネルギー波を放ち始めた。その波長は、ヌシが発する波と酷似している。まるで──呼び合っているようにな」

「待てよ、それって……」

 加藤が眉をひそめる。

「そうだ。わざわざ活断層の上に着陸した事といい。この惑星に来た瞬間から、移民船はヌシに目をつけられていたのだろう。いや……もっと悪い可能性がある。コアが変質したのは、ヌシが関与したせいかもしれん」

「関与……って、つまり呪われたってことか?」

「科学的には『構造の再構築』だが、移民船の航海士たちはこう呼んでいたらしい──コアが覚醒したと」

「コアが覚醒……」

「俺たちの祖先はこの惑星にとんでもないものを持ち込んだのかもしれないな」

 メンテナンスルームを重い空気が包みこんだ。
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