蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第44話 ラディカリア大陸

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「ラディカリア大陸が……ない」

 地球儀を指す議員の指先が小さく震えていた。目を凝らして見ても、そこにあるはずの大陸は、どこにもなかった。

「はい、我々のいま立っているラディカリア大陸は一万年後には海に沈んでいます。ホムスビ火山がかろうじて島として残っているのが名残ですね」

「ラウルスシティの地盤沈下ならまだしも、大陸全体が一万年で消滅するなど、常識的にはあり得ません」ハズキが眉を顰める。

「目に見える形で大陸が動くには、最低数百万年単位の時間が必要です。しかし、デルタの情報では一万年後の世界から我々の住む大陸は消えている」

「つまり、何かしらの外的要因があった……?」

「今のところ、観測範囲内では何の兆候も見られません。何らかの外因によるものと考えるのが適当でしょうね」

「ふん、それが我々に口封じしてまで発表する事か? 別に今日明日に突然消えるものでもあるまい」

 ダコメ議員が腕を組み、面白くなさそうにがなった。
 アルケーはダコメを一瞥して一拍置くと、話題を切り替えた。

「ところで、デルタのいた一万年後の時代にも人類は生きており、文明を築いています」

「ほう」
 議場の所々から、関心のありそうな相槌が聞こえた。

「文明レベルはカルダシェフ・スケールで言うところの0.7くらいでしょう。彼らの事は仮に『レナトゥス人』とでも呼びましょうか」

「文明が我々より退化してる?」

「退化ではなく、再起です。文明は一度、完全に失われます。そしてレナトゥス人は、我々が5600年かけて築いた道を、再び一から歩み始めたのです」

 議場の真ん中にいる若手の議員から問いかけがあった。

「一度失われたとは、どういう事ですか? まさか?」

「はい、お察しの通り。我々の文明は失われます。ラディカリア大陸とともに。……それも、近いうちに」

 体育館の外では、激しい雨が屋根を叩きつけ、雷鳴が空を裂いていた。
 突然の轟音が壁を震わせ、数名の議員が悲鳴を上げる。
 議場の喧騒をよそに、アルケーの影だけが壇上に静かに落ちていた。
雷鳴も悲鳴も、彼の表情を揺らすには至らなかった。


「ど、どういう事かね」

「今言った通りです。近いうちにラウルスシティはラディカリア大陸と共に海に沈みます」

 ダコメが席から立ち上がり、アルケーを睨みながら、身を乗り出した。

「他人をコントロールするのに危機感を煽るのは詐欺商法の常套手段ではなかったかな」

「そうですな。私がエネルギー源の私物化を狙ったという指摘もその類では? 〝私ではなくデータが言ってる〟というお言葉、そのままお返ししましょう」

 ダコメ議員は唸ると、再び椅子に座った。

「ふん、与太話に付き合ってやるよ、さあ言ってみろ」

「レナトゥス人の間には神話が伝承されております」
 
 頭上に文字が浮かぶと、合成音声の女性ナレーションが読み上げた。

 ――かつて、人々は空高くに「楽園」を築き、仲良く暮らしていました。

 しかし、人々は争うようになり、神さまの怒りにより「楽園」は消されてしまいます。
 住む場所を失った人々は、ある日現れた「賢者」の助言に従い、星の力を集めて魔法の船を作り、三百年もの航海を経て「新しい楽園」を見つけました。

 新しい楽園には輝く宝玉があり、その力で人々は再び幸せに暮らしました。
ところが、人々はおごりたかぶり、ついには自分たちを「神」と呼び始めます。
 これに怒った本物の神さまは、赤い瞳の「天使」を楽園に送り込みます。天使は街に赤い炎を降らせ、その力で楽園は今度は海の底に沈められてしまいました。

 人々は再び世界中に散り散りになって苦しい日々を送りますが、いつかまた「楽園」に行けると信じ、希望を捨てずに歩き続けたのでした。――

 ナレーションが終わると、静まり返った議場に唾を飲む音が響いた。
 アルケーが話し始める。

「ごくありふれた『洪水説話』ですが、これが一万年後の人達に神話として伝わっているという事実に注目して欲しい」

「この神話で楽園に住む民とは、我々の事を言っていると言うのか?」

 議場のあちこちから疑問の声があがった。

「そうですね、神話を信じるのならば、我々の事でしょう」

「根拠は?」

「この神話が現在の我々の事を指しているという根拠は三つあります。ひとつは一万年後にレナトゥス人がデルタを発見した座標がここ、ラウルスシティがあった〝海域〟でした」

 一万年後の地形図の海域に赤い光点が表示された。

「もうひとつは神話の『宝玉』ですが、マザーオーブを指している可能性が高い。この宝玉の記述は、現代の科学技術では説明が難しい重力制御能力を持つマザーオーブを想起させます。あれは現実に大陸を沈める力を秘めている」

 アルケーが手を翳すと、黒い霧の中に赤く光る不気味な目を持ったヌシの姿が、議場の議員たちを飲み込むかのように大きく映し出された。

「そして最後は、報告書にも書きましたが『ヌシ』の存在です。ヌシはマザーオーブの力を解放するトリガーに十分なりうる」

 会場が騒ついた、頭を抱える議員、資料をめぐる議員、隣の席と話す議員、外と連絡している議員もいる。

「以上の現状から鑑みるに、私は我々の大地が、明日にでも海に呑まれる。その可能性は、限りなく高いです」

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