蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第21話 アップローディング

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 アルケーの執務室はタワーの上層階にある。
 学校の教室ほどの広さの部屋に、執務用の机とソファーだけが置かれている。必要以外のものは何もない。
 まるで、この空間そのものが〝余計なものを削ぎ落とした合理性の結晶〟であるかのようだった。

 壁一面の窓の向こうには、ビル群の夜景が広がっている。煌めく光の一つひとつが、都市の躍動を描き出す。その中に、カーラたちが泊まっているホテルのシルエットが見えた。
 アルケーは窓の前に立ち、静かに外を見下ろしていた。

 『……へぇ、サンプルね。でもな、お前のその言い方——どこか”期待”してるように聞こえるぜ?』

 ふと、ノーマンの言葉が脳裏をよぎる。

 「私が期待している……か。」

 小さく呟いた言葉が、静かな部屋に吸い込まれる。
 〝期待〟――その言葉に、アルケーは戸惑いを覚えていた。

 私のすべての選択は、合理的であるはずだった。感情ではなく、最適な結果を導くための選択。カーラをルミノイド化したのも、それが「正しい判断」だったからだ。

 ……だが、本当にそうだったのか?

 「期待」とは何だ?
 私は何を「期待」していたというのか?

 机に目をやると、そこにはこの部屋で唯一の〝無駄〟なもの。写真立ての中で微笑む人間時代のカーラの写真があった。

 デスクのインフォメーションパネルから短いアラートが鳴り、ホログラムで『移植準備完了しました、マインドアップローディングルームにお越しください』とメッセージが表示された。

 アルケーは目を細め、再び夜景に目を向けた。
 そこには、変わらぬ街の灯りが揺らめいていた。


 車の事故で重症を負い、収容されたカーラは全身にコードを繋がれてNSF 〝ニューロステイシス・フルード〟という培養液の中に浸かっていた。

 カーラは目覚めると闇の中にいた。周りを見回しても何も見えない。自分の目が開いているのか閉じているかさえもわからない、暑さも寒さも痛みも感じない暗黒の世界。

『確か、目の前に車が迫ってきて、咄嗟にルリを庇った……』所までは覚えているが、その後の記憶がない。
『私は、どうなっているの?』手足を動かす感触はあるが、実際に動いているのか闇の中では目で確かめる事が出来ない。
『私、死んじゃった?』死後の世界などは信じていなかったが、この状況では嫌でも頭をよぎる。
 何かの気配を感じて、後ろを振り返ると赤い目がふたつ中空に浮かんでいた。
「ヒッ!」
 悲鳴を上げようとするが、声が出ない。
 逃げようとしても、足が動かない。否、そもそも足があるのかどうかすら分からない。

 ズズ……ズズ……
 低く、粘つくような音が聞こえる。
 それが自分の耳で聞こえているのか、頭の奥で響いているのかも分からない。

 赤い目はカーラの目の前まで近づくと、そのまま、カーラの身体に重なるように入り込んできた。
「助けて!アルケー!」
 叫ぼうとするが、喉が塞がれたように、声が出ない。

 何者かが、自分の中に入り込んでくる――


 ルミノイド開発室のマインドアップローディングルームでは、事故で瀕死状態のルリとカーラからルミノイド体への意識の移植が行われていた。

 ルリとカーラは傷の状態も痛々しく、体のあちこちに様々な電極をつけた状態でNSFの入った水槽の中に沈められている。NSF 〝ニューロステイシス・フルード〟はナノマシンが水槽の中で循環し、血液の代わりに傷ついた体内に生命維持に必要な物質や薬剤などの供給と細胞の修復を体内で行なっている。
 水槽の隣のベッドにはルミノイド体が人形の様に横たわり、生体からの電気信号を受け取っていた。

 アルケーはコントロールルームのガラス越しにその様子を見ていた。
 コントロールルームはオペレーター用のデスクが並んでおり、10名のオペレータがバイタル情報やルミノイドの各種情報をモニターでチェックしている。さながらロケットの打ち上げでもするような様相だった。

「マインドセキュリティチェックは念入りにやってくれ。カーラやルリの意識にヌシの萌芽が混ざったらたまらないからね。」アルケーが指示を出した。
 前の席のオペレーターが報告する「コネクトームのパターン解析完了……異常値なし。……いや、待て、奇妙なノイズがある」
 それは、脳の電気信号の隙間に微細なエラーのように紛れ込んでいた。まるで、異質な何かが意識の中に影を落としているような不気味さがあった。

「移植中止だ!今すぐ止めたまえ!」アルケーが叫ぶ。
「今中止したら、意識に損傷が出ます!」
「構わない、中止だ!」
「ダメです!中止信号が受け付けられません!」オペレーターの上擦った声が響く。

『進行度、60%……70%……80%』
 AIの無機質な声が響く中、オペレーターたちの焦りが高まる。

「おい、モニターがバグり始めてるぞ!」
「カーラの脳波が……おかしい!」
「電気信号が過剰反応しています!何かが意識の中で暴れている……!」
「まさか、コントロールを奪われてる……?」
「止められないのか!?」
「主電源を落とすしか……」
「バカか!主電源を落としたら、ロストマインドするぞ!」
「ヌシに乗っ取られるよりはマシだ!」
 あちこちからオペレーターの声があがるが、有効な策は出なかった。

 アルケーは冷静に決断した。

「主電源を落としたまえ。」

「……主電源、落とします!」

 ガシャッ――

 パネルのスイッチが切られると同時に、すべてのモニターがブラックアウトした。
 コントロールルームには、耳が痛くなるほどの静寂 が訪れた。
 ガラスの向こうのルミノイド体は、何事もなかったかのように、ただ静かに横たわっていた。

──夜が明ける。

 窓の外、群青色の空が徐々に白み始め、都市のビル群が朝日に照らされて輪郭を浮かび上がらせる。
 眠らない街のネオンが、徐々にフェードアウトしていく。

 ホテルのスイートルーム、ダイニングテーブルには温かい朝食が並んでいた。

「くっそー!頭痛えよ……」
 寝室から加藤が頭を抱えて出てくる。
 ノーマンはオムレツを口にしながら、淡々と答えた。
「……飲みすぎだ。」
「だって、高級ワインなんて滅多に飲めないじゃん……うぷっ、気持ち悪い」
「自業自得って言うんですか?」
 カーラは紅茶を優雅に啜りながら、涼しい顔で言った。
「……カーラ、あんたも相当飲んでなかったっけ?」
「アルコール分解機能をオンにしました。」
「ちぇっ、ルミノイドって便利だなあ……」
 加藤がパンをちぎって口に放り込んだ瞬間、部屋のドアが控えめにノックされた。

「失礼いたします。」
 入ってきたのは、ホテルのバトラーだった。彼は一礼し、静かに告げる。
「アルケー様が執務室でお待ちです。皆様、お車をご用意しております。」

 ノーマンとカーラ、ルリが顔を見合わせる。
 パンを飲み込んだ加藤が、ニヤリと笑った。
「おいでなすったな」
「……思ったより早かったわね。」
 カーラは紅茶のカップをソーサーに戻し、静かに立ち上がる。
 ルリがパッと背筋を伸ばした。
「さあ、どんな話が聞けるのかしら?」
「……と、いうか、ルリは大丈夫か?」
 ノーマンが少し心配そうに聞く。

「また辛いことになるかもしれない……」
「無理に行かなくても良いのよ……」
 カーラも優しく言った。
 ルリは一瞬だけ目を伏せた。スプーンの柄を指先で軽くなぞる仕草をしながら、考える。

「わたくし、ずっとシェルターでひとりでしたわ。」
「……」
「それが当たり前だと思っていたけれど、皆様と過ごして、ようやくわかったのです。」
「わたくしには、知らないことが多すぎますわ。」

 ルリはふっと息をつくと、ノーマンをまっすぐ見た。

「だから、知りたいのです。わたくしが、何者なのかを。」

「……ルリ……」

「美味しいご飯を食べて、よく寝たから大丈夫ですわ!……と言いたいですが、怖いけど受け止めなければならない事ですわ。」

 ホテルの最上階のポートに待機していた車に4人が乗り込むと、バトラーがうやうやしくドアを閉めて一礼した。
 自動ドアもあるだろうに、これが格式ってやつなのか……。ノーマンが変なところで感心していると車はフワリと浮いてアルケーの元へと向かって行った。
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