蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第22話 協力要請

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 執務室の扉が静かに開く。

 カーラたち4人が足を踏み入れると、広々とした空間が広がっていた。窓の外には都市の光が遠く霞んでいるが、室内は冷たい静寂に包まれている。

 部屋の中央には、重厚な執務机。そこに肘をつき、指を組みながらアルケーが座っていた。
 背後の巨大な窓から差し込む薄明かりが、彼の端正な顔立ちを鋭く照らし出す。目の奥には感情の色が見えず、ただ計算された冷静さだけが宿っていた。
 彼はゆっくりと視線を上げ、静かに口を開く。
「今、切迫した事態が起こっている。君たちに協力を要請する。」

「おい、都合が良すぎねぇか?」

 加藤が鼻白んだように肩をすくめるが、アルケーはそれには答えず、まっすぐカーラを見つめる。

「カーラ、君に関わる重要なことだ……」

 低く、抑えた声。しかし、その響きには、ただの合理的な提案ではない、何か別の感情が滲んでいた。

「俺たちには何も情報がない。協力をするなら話を聞いてからだ。」
 ノーマンがカーラを見る。
「……それでいいか?カーラ」
 カーラはゆっくり頷いた。

「ふむ、良いだろう……時間がないので手短に説明しよう。」

 アルケーが机に手をかざすと、机の上にホログラム映像が浮かび上がる。
 20面体を縦に引き伸ばしたような、白く輝く宝石――それは、どこか神秘的な光を放っていた。

「これはマザーオーブ。我々はそう呼んでいる。」

「マザーオーブ……」

 ノーマンが身を乗り出し、映像を凝視する。

「通常の物理法則では説明しきれない性質を持つ、情報の結晶体ともいえるオブジェクトだ。理論上、マザーオーブからは膨大なエネルギーを取り出すことができ、実質的に枯渇することがない。我々はこのエネルギーを利用し、都市の維持をしている。」

 アルケーは、今度はカーラとルリの額を指差した。

「そして、ルミノイドの額にも、これと同じ性質を持つ縮小型オーブが埋め込まれている。これにより、ルミノイドは通常の物理法則を超えた動きを可能にしている。」

 カーラとルリは思わず額に手を当てた。
 確かに、彼女たちの体内には未知のエネルギーが流れている感覚があった。


「マザーオーブとルミノイドのオーブは、量子エンタングルメントリンクによって結ばれている。マザーオーブのエネルギーや情報を、距離やあらゆる障害物を超えて、瞬時に共有することができる。」

 ノーマンが顎に手を当て、考え込むように呟く。

「つまり、ルミノイドはエネルギーを遠隔で受け取ることで、あの超人的な身体能力を維持しているってことか?」

 アルケーは軽く首を振る。

「少し違うな。マザーオーブとルミノイドは、単なる供給元と供給先の関係ではない。互いに情報を分かち合う、同一性のようなものがあると考えるべきだ――そう考えた方がいい。エネルギーと情報は『送る』のではなく、『共有』されているのだ。」

 ノーマンが目を細める。「……共有?」

「そうだ。ルミノイドのオーブは、単にエネルギーを受け取るだけでなく、マザーオーブと同じ原理で動作している。両者は互いに補完し合い、ひとつの巨大なシステムを構成しているんだ。だからこそ、エネルギーの流れが維持されている限り、通常の機械や生物をはるかに超える時間、活動し続けることができる。」

 アルケーが再び手を机にかざすと、今度はマザーオーブとルミノイドの略図が映し出される。

「マザーオーブには操作するためのスイッチに相当するものは全く付いていない。電波や電磁波などの旧来の物理法則に則った方法ではアクセスすらできない。我々がマザーオーブに干渉出来る唯一の手段はルミノイドなのだ。」

「さっき、都市のエネルギーを賄っていると言っていたが?」

 アルケーは軽く頷く。
「量子エンタングルメントリンクを解析し、エネルギー生成のプロセスを制御することまでは可能になった。だが、現状、制御できるのはマザーオーブ全体のわずか0.1%に過ぎない。」

 ノーマンが眉をひそめる。「0.1%……?」

「マザーオーブは極めて高度なシステムであり、人間の技術では完全なアクセスは不可能だ。だが、ルミノイドは違う。ルミノイドのオーブは、人間の意識と一体化することで、マザーオーブと完全に同期し、ほぼ100%のエネルギーと情報の共有が可能になっている。」

「……人間の意識が関係している?」

「そうだ。通常、機械はマザーオーブと干渉できず、人間も同じだ。だが、ルミノイドは両者の特性を持つ存在だ。意識を持ったまま、オーブのエネルギーと同化することで、オーブの特性を最大限に引き出せる。」

「つまり、ルミノイドはオーブの一部でありながら、自分で考え、行動できる存在……?」

「その通りだ」

「……もし、マザーオーブとのリンクが途切れて、エネルギー供給が止まったらルミノイドはどうなる?」

「理論上、そのような事態は起こり得ないが、万一そうなった場合、ルミノイドは内蔵されたオーブのエネルギーのみで活動することになる。」

「そのエネルギーも切れたら?」

「完全に枯渇する前に、安全装置が作動し、機能停止するはずだ。」

 アルケーはみんなを見回した。

「ここまではいいかな?」

「あー、そういう事ね。完全に理解した!」
 加藤が腕を組み、ドヤ顔を見せる。
「うそつけ!」
 ノーマンが顔を抱えて首を振る。

「俺だって半分も理解していない。」
「私も……」
 カーラが肩をすくめる。

「……カーラ、君は僕とこの研究をしていたから、本来なら知っているはずだが……今言っても詮ないか。」
 アルケーは一瞬だけ静かにカーラを見つめ、ゆっくりと首を横に振った。

「マザーオーブに意志があるのかどうかも不明だが、人間では干渉できない。ただ、唯一干渉可能なのが君たちルミノイドだけ。……という事だ。」

 アルケーは一息ついた。「さて、次だ。」

 机の前にホログラム映像で黒い影が現れた。涙滴型を逆にした不気味な黒い霧が竜巻のように渦を巻いてゆっくりと回転している。渦の中心には赤い目が2つギラギラと輝いている。しかし、それをただの”目”と呼ぶのは違和感があった。まるで、こちらの内面を覗き込むような、不気味な知性が宿っているように見えた。

 ホログラムの中で、黒い霧は低く、湿った音を立てながらうごめいていた。ズズ……ズズ……と、まるで何かが這いずるような不気味な音が響く。
 部屋の気温が一瞬下がったかと感じるような寒気が襲った。

「……ッ!」カーラとルリの顔色が変わる。
「なんだ……これは」ノーマンが絶句した。

「ヌシですわね!」ルリが声を張り上げた。
「シェルターで見たものはもっと小さかったですわ!」

「そうだ。〝Non-Entropy Stabilizing Intelligence 〟N.E.S.I.……ヌシと呼称している」

 加藤が息を呑んだ。
「こ、こいつ見た事がある」
 震える手でヌシの画像を指差した。
「ほう、君たちの時代にも現れたのか。」
「こいつはあたしの村を壊滅させて島を沈めたやつだ!」

 アルケーの目が鋭く光った。
「君の村には、オーブらしきものはなかったか?」
「あ、……ああ」
 加藤は少しためらったが、胸元からペンダントを出した。
「村の御神体として祀られていたんだ。」

 チェーンに付いているオレンジ色の小さな石は、表面こそ光を反射してまばゆく輝いていたが、石の中は深海のように深く濃い色で、吸い込まれるような錯覚にとらわれた。

「これは……」
 アルケーが小さく呟き、一瞬だけ表情が硬くなった。
「あり得ない……」
 微かに唇が動いたが、それ以上の言葉は出なかった。

「調べてみないと詳細はわからないが、間違いない、これはオーブだ……しかも、エネルギーをかなり放出している。」

 アルケーは顎に手をやり考えてから加藤に聞いた。
「島を沈めたと言っていたが、その時にこのヌシを見たのか?」

「ああ、あの赤い目はしっかり覚えている。」
 カーラは「私と勘違いしましたけどね」と言おうとしたが、流石に踏み止まって視線を逸らせた。

「興味深いな。未来でオーブへのヌシの干渉があったと言うことか。」

「すまないがわかるように言ってくれ。」ノーマンがたまらず口を挟んだ。

「そうだな。まず、ヌシというものの説明からしよう。」

 アルケーは一呼吸置き、静かに言った。

「さっきも言ったが、ヌシの名は〝Non-Entropy Stabilizing Intelligence〟……エントロピーを安定化させない知的存在という意味だ。」

 ノーマンが眉をひそめる。「エントロピー……?」

「簡単に言えば、エントロピーとは、あらゆる物事が『バラバラになり、無秩序になっていく』度合いのことだ。例えば、熱いコーヒーを放置すれば冷める。氷は溶けて水になる。どんなものも時間が経てば崩れ、形を保てなくなる。これがエントロピー増大の法則だ。」

「当たり前のことだな」

「そう、通常ならな。しかし、ヌシはこの法則に逆らうように振る舞う。エントロピーを増やすのではなく、『減少させよう』とするのだ。」

「……減少?」カーラが小さく呟く。

「通常、宇宙全体ではエントロピーが減ることはない。だが、ヌシはそれを可能にしている。具体的には、『エネルギーを一点に集中させる』『物質や情報を凝縮し、統一化する』という働きを持つ。」

 ルリが目を瞬かせる。「それは……エネルギーの流れを逆転させるということですの?」

「そうだ。普通なら、エネルギーは拡散し、均等に広がっていく。だが、ヌシはその流れを逆にして、一カ所に収束させることができる。」

「……つまり、ヌシが現れると、そこにエネルギーが吸い込まれるってことか?」ノーマンが尋ねる。

「正確には、ヌシが存在する空間では局所的に異常なエネルギーの集中が発生する。そして、均衡が崩れた結果、現象が暴走し、破壊が引き起こされる。過去の記録では、ヌシが現れた場所は地形が歪み、異常気象が発生し、時には島ごと消滅するほどの影響があった。」

 加藤が拳を握りしめる。「あたしの村も、そうやって沈んだってことか……」

「可能性は高いな。ヌシはオーブに干渉することで、より強力な影響を与えると考えられている。」

 カーラが鋭く問いかける。「つまり、ヌシとオーブには関係がある?」

「ヌシはオーブに引き寄せられ、接触するとエネルギーを吸収しようとする。本来、オーブは安定したエネルギー供給を可能にするが、ヌシが干渉することでその均衡が崩れ、制御不能に陥る。結果として、エネルギーが暴走し、都市や環境に甚大な被害を与えることになる。」

 ノーマンが腕を組みながら考え込む。「待てよ……ヌシは何のためにそんなことをしているんだ?」

 アルケーが鋭い眼差しを向けた。「それが、まだ分かっていない。だが、一つだけ確かなのは――ヌシは、ただの自然現象ではない。明確な意思を持っているということだ。」

 ルリが身を乗り出す。「意思があるということは……何か目的があるのですわね?」

「おそらくな。だが、それが何なのかは未解明だ。ヌシがどこから来たのか、なぜオーブに干渉するのか、そのすべてが謎に包まれている。」

 アルケーはホログラムのヌシの映像を見つめ、静かに続けた。

「だが、ヌシがオーブを狙う以上、我々の都市も、そして君たちルミノイドも――決して安全とは言えない。」

 カーラが静かに声を上げた。「……それが、私たちに協力を求めた理由?」

「そうだ。君たちルミノイドは、オーブに直接干渉できる唯一の存在だ。ヌシの脅威を排除し、この世界を守るためには――君たちの協力が必要だ。」

 静寂が訪れた。

 誰もがホログラムの中で渦巻くヌシの姿を見つめ、胸の奥に何か冷たいものを感じていた。
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