蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第31話 跳躍の果てに

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 タカハシがやっと手動コントロール操作盤にたどり着いて持ち手に手を掛けた瞬間。

『グラヴィティ・ブレイクまであと3分です』

 合成音声が響いた。

 操作盤は小型の冷蔵庫ほどの大きさの金属ケースだ。タカハシが外のテンキーパネルに暗証番号を打ち込むと音もなく扉が開いた。

 中にはキーボードとモニターが設置してあった。

「焦るなよ、後少しだ……間に合う。絶対間に合う」

 独り言を言いながら、キーボードにコマンドを打ち込んでいく。
 最後にキーワードの入力を求める画面が表示されて、指が止まった。

「おいおい! キーワードなんか聞いていないぞ!」

 ヘルメットの中で汗が額を伝う。キーワードアタックを掛けている時間などない。

『Planet Celestia』

 思いつく単語を入れてみる。
 パスワードをはねられた。

「くそ! ここのソフトを作ったのはだれた……」

「そうだ、思い出した。重力システム系は花の名前がパスワードだ!」

「確か、ここは……あいつか」

 ブリッジへの回線を開いた。

「――ユミとやん、好きな花、あるか?」
「は? いきなり何ですか?」
「いいから、時間がない!」
「ナデシコです」

 タカハシはキーボードを叩いた。

『Dianthus chinensis』

 突然、ダンパーの動きが止まった。冷気ガスの漏れた音も止まった。
 瞬間、静寂が訪れる。

「ビンゴだったか」

「ユミちゃん、ダンパーを止めるのに成功した。サナエちゃんに感謝してくれ」

『グラヴィティ・ブレイクまで、あと30秒』

 合成音声が響く。

「チーフ! 時間が!」

「ああ、運が良かったらまた会おう……」

『グラヴィティ・ブレイク、開始』

 シャフトが次元シフトの影響で飴のように引き延ばされる。

 ブリッジも待機所の人間全てが、足から奈落の底へ続く穴に引きずり込まれるような感覚に襲われた。身体が引き延ばされてどこまでも落下していく、やがてすべての感覚が遮断され意思のみの存在になる。
 無限に続いていたのか、それとも数秒の出来事だったのかもわからない。ふいに意識が身体に引き戻されて、気がつくと元の席に座っていた。

 外部モニターを見ると、惑星セレスティアをはっきりと目視出来る所まで来たことがわかる。

 ブリッジのオペレーター席でユミがシステムチェックを行った。

「システンすべてグリーン、正常です」

「グラヴィティ・ブレイク、無事に終了しました」

 船長がほっとした様に頷いた。

「タカハシチーフと連絡は取れたから?」

「それが……反応が消失しています」

「無線にも反応しません」

 ユミは返答のないコンソールを見つめたまま、黙って席に座り直した。
 あのとき、なぜ彼が「花の名前」を聞いたのか――いまなら、わかる気がした。

 ここのシステムに携わっていたのは、サナエだったんだ。重力系の手動操作パスワードは

「私の好きな花の名前をパスワードにしていたのね」

 しかし、それを言い当てたタカハシチーフも凄いな。

 船長が全船放送のスイッチングオンにした。
「ラウルス・プリーマ号の全乗組員に告げる。本船は只今最後のグラヴィティ・ブレイクを終えて、無事に惑星セレスティアまで約6000万キロの所まで来た。ここから重力ブレーキをかけて、惑星セレスティアの衛星軌道に乗る予定だ。ここからさらに数カ月を要するが、各員最後まで気を抜かずに頑張ってほしい。最後に船長として感謝の言葉を贈る、ありがとう」

 その後、船内を捜索隊を組織してタカハシチーフを探したが、見つけることは出来なかった。

 ここから。セレスティアの軌道に乗るまで、ユミ達は多忙を極めた。
 このままだとセレスティアを通り越してしまうので、船を回頭させて重力ブレーキをかける。軌道計算や操船はN.O.Aがやるが、そこに至る計画書の作成や船内の調整はやはり人間の手に寄る所が大きい。

 三ヶ月後、ラウルス・プリーマ号は惑星セレスティアの衛星軌道上にあった。

 ここで、問題が起こる。
 ラウルス号をこのまま軌道上に待機させるか、それとも地上に降ろして橋頭堡にするか、船内で意見が真っ二つに分かれた。

 軌道上に残せば、万一の時の避難場所として使える。最悪、第二目標に向かって再航海に出る事も可能だ。
 一方、地上に降ろせば、ラウルス号の資材をそのまま流用して、速やかな都市建設が可能だ。

 当初の計画では地上に降ろす予定だったが、ここに来てセレスティアに縛られるのを嫌う勢力が出てきて、惑星に降りるのを拒んでいた。


 ユミが座っていたオペレーター席には、ユミの同僚のサトルが付いていた。
 タカハシが行方不明のために暫定的にユミがチーフになって船のナビゲートを仕切っているのだ。

 サトルは子供の頃に乗船して、船で育った若い世代だ。サトルはオペレーター席でユミにぼやいた。

「ここまで苦労して、やっと到着したのにまた航海に出る危険を犯すのはどうかと思うんですよね。調査の結果、惑星への居住は充分可能です。安全性も申し分なしで、着陸地点も決まってます。僕たちの航海は次のステージに入っているんですよ」

「そうね。でも、今日の投票次第では計画変更になるかもしれないわ」

 惑星に降りるか、軌道に残るかの投票が行われていた。

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