3 / 32
2、アルファザード国のファースト公爵家
しおりを挟むここはクリストフ公爵家。
先ほどデニーロ騎士団長のところから戻ってきたクリストフ公爵は脇目もふらず、生まれたばかりの双子と愛しい奥方の待つベッドに向かった。
「ただいま戻った。クリスティーナ、子供たちの様子はどうだ?」
「えぇ、二人ともよくお乳を飲むのよ。普通の赤ん坊よりも小さな体なのにね。それにね?発見したのよ?ほら見て?」と言って女児の背中をクリストフ公爵に見せた。
「こ、これは・・・」
女児の右肩には大きな痣があったのだ。
「えぇ、こちらの男児の方は反対側にあるのよ。おかしいでしょ。」と言って微笑んだ。しかしその目は真っ赤で先ほどまで泣いていたことがわかった。
「デニーロに相談してきたよ。クリスティーナ、落ち着いてよく私の話を聞いて欲しい。」そう話すとベッドの側の椅子に腰掛け、そっとクリスティーナの手を握った。
「もうすぐデニーロの妹のところにも赤ん坊が生まれるそうだ。お前も知っての通りデニーロの妹の嫁ぎ先のアルファザード国は特に双子の出産については問題視されない。だから、これからこの子をデニーロが預かり、国境をこえ妹のところまで運んでくれることになった。」
「・・・・うぅ。そうなんですね。それしかないのですね。確かにこの国では満月の夜、双子が産まれると国を滅ぼすとして恐れられます。その事が真実ではない話であってもこの公爵家にとって良くない事ぐらいは私にでもわかります。」泣きながら女児の赤ん坊をそっと抱きしめた。そして女児に話しかけた。
「・・・・まだ名前もない貴女。この母の愛情を与えられない代わりにせめてこれを渡しましょう。私の生まれのハントン家に伝わるお守りです。きっと貴女を幸福に導いてくれるはず。」そう話すと首にかけていたペンダントを外し女児のおくるみにそっと入れた。そしてもう一度抱きしめた。「生きるのですよ。たくましく生き抜くのです。」そう呟くともう一度女児にお乳を含ませた。
そして間も無く訪れたデニーロが女児を預かり、暗闇の中、隣国アルファザードへ運んでいった。
双子のもう一人の男児の方はその後「ラリー」と名付けられた。
◇
見事な満月の中、デニーロはたった一人で愛馬にまたがり駆け抜けていった。懐には小さな赤ん坊を抱えて。
幸い、デニーロが住んでいるところから妹のいるアルファザードは隣国とはいえさほど離れていない。アルファザードの首都ドーランに入った。途中少し馬を休ませた。
そして妹が嫁いだファースト家が見えて来るとその道中に見慣れた男が立っていた。妹、リリアナの旦那である、ケイン・ファーストである。
「ケイン公爵殿、これはかたじけない。」デニーロはそう話すと馬から降りた。
「早馬の手紙で事情はわかりました。ここでお待ちしていたのはデニーロ様と少し込み入った話をしたかったからです。今のところリリアナは産気づいていません。まずそちらの赤ん坊をこちらにお預かりしましょう。バーバラここへ」そうケインが暗闇に向かって声をかけると一人の年配の女性が出てきた。
「初めてお目にかかります。私はこの度ファースト家の奥様の出産のために控えております、バーバラというものです。長年ファースト家に使え、このケイン様も私がお育てしてきました。まずはそちらの赤ん坊を休ませてあげましょう。」と言ってデニーロから手際よく女児を引き取った。そして近くの馬車に連れ込み世話をしだした。
「バーバラは私が幼い頃からの乳母だ。信用していい。それよりちょっと話せるか?場所を変えよう。そこに静かなバーがあり私もたまに利用するんだ。時間は遅いが確か開いている。」そう話すと歩き始めた。
閉店間際のバーで客は少なかった。ケインは隅っこに席を取り、注文を取りに来た店主に向かってにっこり笑うと「久しぶりに会ったこいつとちょっと悪い遊びの相談をするんだ。」と話して遠回しに『しばらくほっておいてくれ』アピールした。もちろん嘘である。
「はっきり言って、今回預かる赤ん坊は我が家では男児として育てようと考えている。」ケインは開口一番そう話すと店主が持ってきたラムを一口飲んだ。
「それは驚きだな?もちろん理由を聞かせてもらえるんだな?」
「驚くのは無理はないよ。実はファースト家は男児の誕生を私の両親が心待ちにしていて、日常的にリリアナにプレッシャーをかけている。私から何度も二人に注意したが全く聞く耳を持ってもらえないんだ。デニーロ殿もご存知の通りうちの両親は晩婚で私を作った。ボケているとまでは言えないが何としても男児を。とうるさいんだ。実は少し前にその件でリリアナが参ってしまっていたほどだ。」
「どこでも同じだな。俺は世の中の意識が変わり、女性が領主になるのは普通になる世の中が早くくればいいと思ってるよ。」デニーロは自分がオーダーしたウオッカを口にした。
「急な申し出を受けてくれたことは大変感謝している。しかし女児を男児として育てるのはいいが必ず早い段階でバレるぞ?」
「その辺はわかってる。両親がボケてきたらさりげなくカミングアウトするつもりさ。まぁ寄宿舎に早めに入れるとするよ。」そうケインが話した時だった。ケインの背後から見知らぬ男性が話しかけてきた。「ケイン様、先ほどリリアナ様が産気付かれました。いち早く屋敷にお戻りを。」そう話すとすぐに立ち去った。
「今の男は?」
「あぁ、私が幼い頃から私についている影だ。しかし何という絶好のタイミングだろう。このタイミングなら怪しまれずに我が子と一緒にできる。では私はこれで失礼する。デニーロ殿、満月とは言え夜道だ。気をつけて戻られろ。」そう言ってバーを風のように立ち去った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる